カテゴリー: 練習日記

  • みんなから命をもらった「鮎の歌」

    【令和2年2月22日(土)】
    今日は、みなさんから命をもらいました。先週のノートに記したとおり、今日は名古屋市小中学校合唱フェスティバルが予定されていて、嶋田先生も実施委員の一人なのでそちらに行く予定でした。ところがコロナウイルスの影響でフェスティバルは中止となり、予定が狂った嶋田先生は「空」の練習に行くことにしました(笑)。
    練習に行くことは恒川先生にも浜田先生にも父母会にも、誰にも伝えませんでした。今日は透明人間になって、恒川・浜田両先生が立ててくれていた予定どおりの練習を見学しようと思っていました。練習場に入った嶋田先生を見て、みんなビックリしていましたが、その様子を見てトッテモ嬉しかったです。
    もっと嬉しかったのは見学の子が来てくれたことで、いっしょに歌うことができました。来週も来てくれるといいなぁ。心から願っています。
    練習は「鮎の歌」でした。5曲目の「鮎の歌」です。結論から記すと、恒川先生が進めた「鮎の歌」の練習は見事なものでした。初見の子が多いので、一からスタートさせる必要があります。生まれて初めて「鮎の歌」の楽譜を見て歌う子に対して、どこからどのように音を示していくか、どのように歌い、どのようにハーモニーを作っていくか。「あっ。ここは全員で歌うと良いな」「あっ。ここは順番に交代してハーモニーを作ると良いな」「あっ。もう一度くりかえして歌うと良いな」などと心の中で思ったことが、思った次の瞬間に全て実際の方法として提示され、嶋田先生が「こうなると良いな」と思ったとおりの歌声が響き渡りました。嶋田先生は単なる第2鍵盤ハーモニカ担当として黙って音を出していただけです。ですが、約80分で「鮎の歌」を全部、全員が全てのパートを歌った上で、ほとんど完璧なハーモニーを響かせることができました。部外者の合唱関係者が見たら「初見のメンバーを含む初めての曲の練習だとは信じられない」と言うであろう運びでした。
    それ以上に驚いたことは、メンバーの反応の鋭さです。「こうしてください」「次はこうしましょう」という指示が全部通って歌声として表出される、リハーサルとしては非常にハイレベルな反応でした。指揮者が言ったことが全部歌声となって実現される、授業として考えると理想的な教室空間の反応でした。このことは、横で聴いておられた当番の父母会の方々が証人になってくださいます。みなさんに命をもらいました。今日は嶋田先生にとって予定されていなかった本当に幸せな時間となりました。ありがとうございました。

    休憩の後、ご自身のレッスンのために早退しなければならない恒川先生に代わって指揮を取りました。何を歌うか迷いましたが「いちごたちよ」を歌うことにしました。これも多くのメンバーにとって初めて歌う曲です。まずはソプラノのメロディーを最初から最後まで全員で歌い、その上でハーモニーを作っていきます。全曲を通してハーモニーを作ることはできませんでしたが、これは嶋田先生の責任です。音とハーモニーの話に集中すれば「いちごたちよ」を最初から最後まで、全員が全部のパートを歌い切ることはできたと思いますが、途中で嶋田先生のスケベ心が出てしまいました。
    それは歌詞に対するイメージです。「いちごハウスのイチゴたちとは何か。それはチャンとした服を着て、朝ごはんを食べて、夜は布団の中に入って寝ることができる、あなたたち。みなさんのことですよ」と言ってしまいました。そして「野イチゴとは、着る服もない、ごはんも食べられない、夜は固い地面の上で寝ている、世界のどこかの国の子供たちのことです」と。
    ですが、そんな発展途上国の子供たちの方が知っています。日本の恵まれた子供たちよりも。
    満天に輝く星の輝きを。木の葉と風とが囁く会話を。渓流に歌うカジカ蛙の歌声の美しさを。
    経済的に恵まれ、三度の食事に事欠かないがゆえに、みなさんが見失ってしまうかもしれないものがある。それは「生命の本質」です。そのことを「いちごたちよ」は歌っています。
    みんなの歌声を聴いていて、初見の段階であるにもかかわらず、そんなイメージの話をしてしまいました。ですが反省はしていません。前回「空」が「鮎の歌」を歌った時、湯山先生は

    「今まで、いろんな合唱団が「鮎の歌」を歌ってくださったけれども、「鮎の歌」に関する限り今回の合唱団「空」の歌声が最高です」

    と言ってくださいました。当時のメンバーの何人かは覚えていると思います。それは、その時のメンバーが、作曲者の心をも震わせるほどの豊かなイメージを持っていたからに他なりません。
    今回は当然、前回の「鮎の歌」を凌駕する史上最高の表現を目指します。その第一歩として「いちごたちよ」のイメージを伝えたことは、スタートラインであったからこそ有効であったと信じています。

    今日は多くのメンバーが参加してくれて意義深い練習でした。命をもらいました。本当に感謝しています。音楽をやっていて良かった…と思える一日でした。

    追伸。「コタンの歌」のCDを配布しました。素晴らしい演奏が二つ並んでいます。聴いた感想を教えてください。楽しみにしています。「

  • 「マリモの歌」は「空」の声に合っているなぁ

    【令和2年2月15日(土)】
    来週(練習会場はフェールマミ)は名古屋市小中学校合唱フェスティバルがあり、どうしてもそちらの仕事を欠かすわけにはいきません。ですから来週の練習を浜田先生・恒川先生に「小さな目」と「鮎の歌」を歌ってくださいとお願いし、今日は「コタンの歌」に専念することとしました。
    「コタンの歌」は当然のことながら「空」が初めて取り組む曲であり、浜田先生はピアノを弾いたこともなく、恒川先生も歌ったことがありません。嶋田先生はウィーンで(湯山先生の指揮で)歌ったことがあり、何よりも大学生の時から知っている曲なので、練習スタートの現段階では嶋田先生が中心にならざるを得ません。
    しかし「小さな目」と「鮎の歌」は浜田・恒川両先生とも経験値は十分。湯山先生の指揮でも嶋田先生の指揮でも歌い、ピアノを弾いておられます。この2曲の経験値と表現のツボの熟知度に関する限り、日本中を探してもこの両先生を凌駕する指導者はそうカンタンには見つからないはずです。安心して任せることができます。むしろ、嶋田先生とは違った視点からのアプローチも期待できることと思います。みなさん、力を貸してくださいね。
    というわけで「コタンの歌」。まずは先週取り組んだ「船漕ぎ歌」と「マリモの歌」の復習から入ります。今日も何度も言いましたが「船漕ぎ歌」や「マリモの歌」の表現を練り上げるための練習ではありません。「船漕ぎ歌」と「マリモの歌」を使って「合唱力」を高める練習です。その練習の貯金が多ければ多いほど、パートを決めた後の表現の練習をロケットスタートさせることができるのです。
    「船漕ぎ歌」の最初の5小節「アイヨー アイヨホ」は全員で、アルトを歌ってメゾソプラノを歌ってソプラノを歌って、それで3回ハモらせて歌います。つまり3つのグループに分けて各パートを交互に歌っていくわけです。この部分のハーモニーはソプラノとアルトが常に不協和音になっている独特なもので、このような和音感覚を養っておくことは極めて大きな力になります。P8の「ホーマイコ ヤンクル コタンヨ」も常にどこかのパートがブツカッて不協和音となっており、経験したことのない新鮮なハーモニーが響いて、とても面白いと思いました。
    この未知のハーモニーを何の戸惑いもなくスラスラとハモらせてくれるメンバーに感謝です。嶋田先生の頭の中にあるハーモニーがスパッと響いてきて気持ちの良いことこの上もありません。しかし声の色は違います。またまた書きますが声が柔らかくて美しく、キレイすぎるのです。「ホーマイホー」はアイヌ語で「よいしょ よいしょ」というくらいの意味で、早い話が船を漕いでいる掛け声です。まぁ今の段階でイメージのことをあれこれ言っても仕方がありません。今は音をキチンと理解し、合唱力を高めてくれればOKなので、「もっと力強い声でね」とお願いするに止めました。
    「マリモの歌」は合唱団「空」に合っている曲だと思います。柔らかい声が曲の世界に合っていて、長いフレーズの歌い方も言葉の発音も高いレベルです。やはり不協和音になる「清らかさを生きている」「静けさの中にいる」の部分も全員が全てのパートを経験しながらキッチリとブツカッた音をハモらせてくれます。名演奏になる予感がします。
    「熊の坐歌」は初めて歌いました。「トイマ ペトゥン ぺ チシテ」の部分はアルトがずうっとソの音を継続させます。これに対してソプラノはド・レ・ソの3音(変イ長調の場合)でメロディーを作ります。
    アイヌ民族の歌の音階は3つしかありません。ハ長調で言えばド・ファ・ソの3つです。日本古来の音階はド・レ・ミ・ソ・ラの5音(この5つの音で「春の小川」のほとんどを歌えます)、沖縄の民族音階はド・ミ・ファ・ソ・シの5音です。そんな話も興味深く織り交ぜました。この曲も音程に対する抵抗感はほとんどなく、音取りは速い速い。まさに1回聴けば歌えるようになる…というレベルでした。むしろ大変だったのは「コル エペレ ホプ二 ナー」「ヘオ リムセ ヘチュ ヤン」というカタカナ歌詞で、こいつぁドイツ語よりもムズカシイ(笑)。先生、どういう意味なんだよぅ?と言われても困るんです。しかしアイヌ民族には引き据えた熊の頭を大ナタで切り落として神(カムイ)に捧げるという儀式があったことは事実で、想像ですけれども熊の魂を慰める言葉であると思います。
    来週の練習で「コタンの歌」の音源CDを配布します。今日はそのデータCDを持っていましたので、急遽1000円払って中リハーサル室の音響機器を使わせてもらうこととしました。「船漕ぎ歌」「マリモの歌」「熊の坐歌」の3曲を聴いて、直後にCDに合わせて歌う…という場を設けました。
    「コタンの歌」は混声合唱ですから、女声パートを受け持つ合唱団「空」がいかにレベルの高い練習をしても、男声パートが無い限り完成した響きにはならないのです。どこまで練り上げても半分の完成度。100%の響きを味わうためには東海メールクワイアーとの合同練習を待つしかありません。
    3曲ともなかなか正確なハーモニーを響かせてくれたので、集まっているメンバーに男声パートが入った音を聴いてもらい、その響きに合わせて歌ってみるのもアリかな…という判断でした。
    通常、CDに合わせて歌うなどという方法は有り得ない方法で、合唱団「空」が始まって以来の練習でした。普通なら絶対にやりません。
    しかし、練習がスタートした今の段階で、半分のパート(女声パート)だけで練習する意味を分かってもらうことは大きいのではないかと思いました。つまり完成したハーモニーがどのようなものなのかを捉えておいて、その上で女声パートのハーモニーを作っていく練習をする意味を理解してほしかった。ゴールをみんなで覗いてみた…というわけです。

    「ムックリの歌」も美しく響きました。これはCDではありません。人間だけでのハーモニーです。ムックリというのはアイヌ民族の伝統的な民族楽器です。北海道に旅行に行けばお土産屋さんで売っています。このような抒情的な曲は「空」は上手ですね。合唱団がチームとして持っている声と音楽性が「マリモの歌」や「ムックリの歌」には合っていると思います。

    来週はごめんなさい。「小さな目」か「鮎の歌」か、どちらが中心の曲になるかは集まったメンバー次第だと思います。いちおう「コタンの歌」の楽譜も持ってきてくださいね。恒川先生・浜田先生よろしくお願いいたします。みなさん、力を貸してくださいね。

  • 大中先生追悼コンサート ドキュメント

    【令和2年2月1日(土)】
    本番を明日に控え、午後に新実徳英先生をお迎えするこの日。午前中は「空」単独ステージの総まとめに投入するつもりでした。遠方からサポートメンバーも駆けつけて、3ヶ月ぶりにフルメンバーが揃いました。
    結果は素晴らしいものでした。4月のスプリングコンサート、11月の定期演奏会と歌い継いできた「うたにつばさがあれば」です。メンバーの手の内に入っていて「どのように歌うか」(これは指揮者のレベル)ではなく、「どのように歌いたいか」というメンバー一人一人の主体性を感じます。
    特にそれが顕著なのは「きみとぼくと地球のうた」と「うたにつばさがあれば」(5曲目)です。まあ5曲目の「うたに…」については毎年の定期演奏会のオープニングですから、「私ならこう歌う」という思いが膨らむのもナットクです。しかし「きみとぼくと地球のうた」に関しても「うたに…」と同様に表現に関する注文はいっさいしませんでした。する必要がなかったのです。先生はただ、みんなが歌いやすいように(アンサンブルが乱れないように)ブレス(息継ぎ)のタイミングとテンポを知らせていただけで、生き生きとした表現が自然に生まれてきました。
    「元気のヒミツ」の歌い出しは何度か練習しました。特に「ヒミツをね」と階段のように音が上昇していく部分の歌い方。これは今の「空」が柔らかく歌うのを得意とするチームになっているので、今の「空」に対する注文であって、これまでの先輩たちに注意したことはありません。同じ合唱団「空」でも10年前や20年前に存在していた「空」とは違う合唱団「空」なのです。
    ソプラノパートの細かい音程は10年前にも20年前と同様に細心の注意を払いました。この部分は大変です。そんじょそこらの児童合唱団には歌えないムズカシさがありますが、さすがに歌い込むほど正確になっていきました。
    「あめとひまわり」は冒頭のハーモニーがムズカシイ。単純に音程を正確にすれば解決する問題ではない。すごく複雑な問題が隠されています。さすがは大中先生。カンタンにはクリアできない「味」を付けてあります。
    この複雑な問題をカンタンに記せば、ドミソでハモる瞬間にパートの母音が違う…ということです。冒頭、メゾソプラノとアルトは「明るい」の「あ」で始まりますが、ソプラノだけが「いつも」の「い」で歌い出します。つまり「あ」母音と「い」母音が混ざる。他の要所要所にも同じことが言えます。よほどウマく発音しないと、いやいや発音だけでなく母音の響きを工夫しないとハモらないんです。音としてはハモりますよ。音としてではなく響きとしてのハーモニーの話です。
    こんな高級な話は10年前20年前の「空」にはしませんでした。今の「空」だから注文したのです。ですが、何度か確認するうちに本当に精錬(せいれん)されて美しく響くようになってくるのが嬉しかったですね。

    休憩の後は「月のうさぎ」です。今回の「月のうさぎ」の表現は単純明快です。できるだけ明るい声で全体を歌うこと。ただし「するとウサギは焚火の中に身を投げて…」は激烈な炎の声で。「月の世界へ送りました」は氷のように冷たいピアニシモで。書いてしまえばこれだけなのですが、実際に歌うとなると大変です。
    でも、明るい声で全体を歌うことは、その気になればすぐにできます。「焚火の中に身を投げて…」の炎の表現も、なかなかに激しい表現として広がりました。
    問題は氷のピアニシモです。高い♯ソをピアニシモで正確に響かせるためには、身体のポジションを整えて呼吸のタイミングにも神経を使って、きめの細かい発声と発音が要求されます。フォルテで出すのは比較的カンタンなのです。だから3回くらい思い切ったフォルテで楽譜通りに歌い、そのポジションを保ったままで声だけピアニシモにする…という練習をしました。10回歌って1回成功するくらいの確率でした。この確率をいかに上げるか、課題を残して午前の練習は終わりました。

    午後、高蔵小学校に移動します。さすがに本番前日とあって会場は熱気に包まれています。
    新実徳英先生が登場。「わたりどり」の表現は予想通り、嶋田先生の表現とは違います。新実先生の表現は1番は3拍子の感覚で2小節ごとのブレスを基本として「ゆっくりめに」(それでも嶋田先生のテンポよりはやや速い)。そして2番は2拍子(6/8拍子)の感覚で4小節ごとのブレスを基本として「やや速めに」というものでした。面白い。音楽を創造する至福の瞬間です。自分が「こんな表現だろう」「こんなふうに歌いたい」と主体性をもって                     ※ここで「主体性」という言葉を使ったのは意味があります。冒頭の2段落目に使った言葉です。  練習を重ねてきた表現に変化が生まれる。指揮者の音楽性によって「新たな表現へと生まれ変わる」瞬間です。
    大切なことは、その時に、生まれ変わる前の「自分の表現」を持っているかどうかです。「自分ならこう歌いたい」という表現を持っていなかったら、新実徳英なりアグネス・グロスマンなりに「こう歌いましょう」と言われて「ああ、そうですね。そうしましょう」で終わってしまいます。それはツマラナイ。
    その時に「自分ならこう歌いたい」という表現を持っている人が新実徳英なりアグネス・グロスマンなりに「こう歌いましょう」と言われると「自分の表現」に変化が生まれます。その生まれ変わる前の「自分の表現」を持っている人だけが味わうことのできる瞬間。これが「音楽を創造する至福の瞬間」なのです。
    「海の若者」については新実先生から小田原事件の話が出てきてビックリしました。小田原事件とは佐藤春夫と谷崎潤一郎とが絶縁状態となった事件のことで、谷崎潤一郎が自分の奥さんの妹と結婚してしまい、その捨てられた谷崎潤一郎の(元)奥さんを佐藤春夫が自分の奥さんにしてしまうという、小説家でも作れない(佐藤・谷崎ともに小説家ですが)話です。これ、近代文学の専門家の中ではチョイと有名な話でありまして、嶋田先生は1月18日の合同練習で「みなさんの中で『小田原事件』と聞いてピンとくる方はおられますか?」と質問したら、200人のメンバーの中でたった一人手を上げてくれた人がいました。アルトのメンバーだったと思います。まぁ嶋田先生を含めて二人くらいは知っている、200人の中で。そんな程度の話です。それが新実先生の口からイキナリ「解説」として出てきた。すごいものですねぇ。東京大学の工学部を卒業した後で東京芸術大学に入り直して作曲家になって「白いうた青いうた」を作った。この人の頭の中はどうなっているのでしょう?
    「秋の女よ」の加川先生のソロは絶唱でした。「空」のソプラノメンバーの隣で歌っておられましたが、隣に座っていたメンバーは他の曲に関しても加川先生の歌い方をいっぱい聴くことができて幸せでしたね。
    「草原の別れ」も少し速めのテンポでした。白状しますと嶋田先生のテンポが遅いのです。これは自覚しています。嶋田先生の手にかかると、どんな曲でも遅めのテンポで情緒纏綿(じょうちょてんめん)の音楽になります。良いか悪いかは別として、これが嶋田先生の音楽の個性です。みんなはどう感じてくれたのかな。「あぁ、嶋田先生のテンポよりも新実先生のテンポの方が爽やかで歌いやすい」なんて感じて歌っていた子がいたら最高に嬉しいですね。もちろん「嶋田先生のテンポがいいなぁ」と思ってくれた子がいたとしたら「おぉ、兄弟よ」と言って抱きしめてあげたくなりますけどね。

    夜は新実先生を囲んで夕食をご一緒しました。その場で「明日、どこか空いた時間に「空」の子が歌う「南海譜」を聴いてください」とお願いしました。「いいですよ。楽しみですね」とのお答えをいただき、すぐにメールで連絡配信していただいたことはご承知のとおりです。

    【2月2日(日)】
    朝、一番に新実先生に「南海譜」を聴いていただくことを知らせ、少し練習をしました。まさしく11月10日以来ただの一度も歌っていない、文字通り3ヶ月ぶりのブッツケ本番です。今日の演奏会には4つの合唱団が参集していますが、朝イチから本番とは全く関係のない曲を練習している合唱団は「空」だけでしょう。3ヶ月ぶりのブッツケ本番を作曲者本人に聴いてもらおうってわけですから、自分で言うのも何ですが日本一ズウズウシイ指導者ですよ嶋田先生は。だけどそのズウズウシさには理由がありまして、昨日の練習で「新実先生の指揮で「白いうた青いうた」を歌ってみたい人はいますか?」と聞いたら全員が手を上げる合唱団ですからね。みんなの願いを実現するためには相応の布石を打たなきゃならない。そのためには多少ともズウズウシくならないと世の中渡っていけませんよ。
    見事に歌えるもんですね。多少アヤフヤなところがありましたが、一番アヤフヤだったのは嶋田先生の「歌詞を伝えるクチビル」で歌詞間違えまくり。そんなアヤフヤ指揮でも何とか歌い切ってしまうのですから大したもんです。「自分がチャンと指揮をすれば大丈夫」と、わけの分からない自信をつけた嶋田先生でした。
    ステージに移動します。会場では「花すみれ」と東海メールクワイアーのほぼ全員が着席して聴いています。本番では「空」の演奏を聴くことができないかもしれないのでリハーサルを聴いておこう…という気持ちの表れでしょう。誰が聴いていようと関係ありませんが、結果的に東海メールクワイアーのメンバーに「空」の歌声を聴いていただくことができたのは、11月1日の第24回定期演奏会に向けて大きな布石となりました。
    ステージでの第一声は「月のうさぎ」の全力フォルテです。「月の世界へ送りました」を楽譜通りに全力フォルテで響かせます。これを3回繰り返しました。「花すみれ」のメンバーには聴き慣れたサウンドだったと思います。大中先生の追悼コンサートに参加しようなどと考える女声合唱愛好家にとって「月のうさぎ」は100%全員が知っている名曲だからです。全力フォルテは「花すみれ」メンバーにとっては予想どおりのサウンドだったはずです。「なぜ3回も繰り返すのだろう?」と疑問に思われた方もいるはずです。でも「ここが曲の感動の頂点なのだから繰り返して練習するんでしょう」とナットクされていたと思います。そして次に出てきたサウンドは
    「つーきーの せかいへー」という全力ピアニシモ。
    いやぁ、うまくハマりましたねぇ。指揮している嶋田先生も全身にゾゾ毛が立ちました。「花すみれ」の方々は、この意表を突いた表現をどのように聴かれたのかな。
    「うん、それでいい。素晴らしいですよ。じゃ、全部通しましょう」と言って「月のうさぎ」を通しました。出だしの霧の中にいるような歌い方も、「ある時」から始まる明るい語り方もキッチリと表現できます。そして一転、「すると うさぎは」の暗い声。「焚火の中に身を投げて…」の燃え上がる炎の声。「神様の…」の情愛に満ちた声を引き継いで「月の世界へ…」の究極ピアニシモ。全てが完璧でした。この表現が第23回定期演奏会でなぜできなかったのか?とは言いますまい。あの11月の定期演奏会での表現を土台として、さらに練り上げ高められた究極の表現です。2月2日の歌声を実現するためには、11月の演奏会までの必死の練習と本番があり、その本番を経て3ヶ月間、メンバーの中で表現が発酵する時間が必要だったのです。素晴らしかった。このメンバーの発酵が始まった段階の11月と十分に発酵した2月との表現の違いは、間もなく配布される2つのCDによって明らかになるはずです。
    この後、豊田市民合唱団男声のリハーサルでメゾソプラノのNさんのバスガイド役が登場。大健闘の名バスガイドをやり遂げたのを見届けてリハーサル室に戻りました。
    リハーサル室では「あめとひまわり」の冒頭のハーモニーをしつこく繰り返しました。前に書いた「母音の違い」を克服するトレーニングです。きれいにハモっているんですよ。でも足りないのです。分かりやすく例えると「あ」母音はリコーダー、「い」母音は鍵盤ハーモニカ、「う」母音は鉄琴の音色だと思ってください。リコーダーでド、鍵盤ハーモニカでミ、鉄琴でソを出したとします。それはそれで美しくハモるはずです。ですが、それは違う楽器の音色で生まれたドミソのハーモニーです。これを全部リコーダーでドミソを出したとしたら、同じ楽器の音色でドミソのハーモニーを生み出すわけで、前者と後者では全く違う響きになるわけです。
    だから母音は違っても同じ楽器になるように工夫して声を響かせる必要がある。そのために「よく聴き合って。全神経を耳に集中して」とお願いしました。
    そんなにピリピリ神経を使わなくてもいいじゃん。と声が聞こえてきそうですね。そうなんです。嶋田先生も「空」に対して、ここまでの要求をしたことは今回が初めてです。サポートメンバーのTさんは「あめとひまわり」ってムズカシイんですね…と音を上げていました。TさんやHさんや恒川さんの時代には行わなかったトレーニングです。
    なぜ、そういう要求が出てきたと思いますか?みんなをイジメるためだと思いますか?
    みんなをイジメるためではないのです。今の「空」ならこのレベルの話ができるから、その話をして、「やってみましょう」と提言したに過ぎません。みなさんがどんなにレベルを高めたとしても、次のレベルの話があります。その一歩上の話をしたわけなんです。

    東海メールクワイアーのリハーサル時間が迫ってきました。嶋田先生はメンバーですからステージに移動します。みんなにはトイレにいってもらって、極力、会場で東海メールクワイアーのリハーサルを聴いてもらうようにお願いしました。赤いベストが散らばっている客席に向かって、一生懸命に「走れわが心」を歌いました。みんなは東海メールクワイアーのハーモニーをどう聴いてくれたのかな。ハッキリしていることは、この合唱団といっしょに11月1日に「コタンの歌」をうたい上げる…ということです。
    ウイルあいち始まって以来の180人がステージに乗るという合唱台が組みあがっています。ウイルあいちのスタッフに感謝です。全員が参集して新実徳英先生が登壇。そのリハーサルは素晴らしいものでした。嶋田先生も合唱団「空」のメンバーの横で、一人の合唱団員として対等に歌っていました。なかなかできない体験でしたね。幸せでした。

    昼食後、新実徳英先生をリハーサル室にお迎えしました。本来はピアノ伴奏がある「南海譜」ですが、その時間にはピアノは片付けられていました。だからアカペラでの「南海譜」です。作曲者は全てお見通しです。「最後にG(ソの音)が入っていましたね」と言われました。「はい。表現の工夫です。私が男声合唱版を参考にして入れました」と答えました。それにしても「空」の「南海譜」は見事の一語に尽きます。新実先生は「すばらしい。いろんなところが良かったよ」と声を掛けてくださいました。しかし嶋田先生は大喜びはしていません。「いろんなところが良かったよ」という言葉を「いろんなところに工夫が必要だよ」というメッセージとして受け止めました。でも、約10年ぶりに新実先生と「空」だけで過ごした貴重な時間でした。この成果は大きい。来年の第25回定期演奏会の骨格が固まりました。

    本番は、もうわけがわかりません。「空」を指揮して東海メールクワイアーで歌って合同演奏で歌って、目が回りました。でも素晴らしい歌声が響いていたことは確かです。会場にいらした大中先生も、きっと大満足で天に帰られたのではないでしょうか。絶対にそう思います。

    【総括】
    今回の演奏会は大中先生の訃報を受けて急遽決まったものでした。一昨年の12月16日の東海メールクワイアー役員会で話が立ち上がり(大中先生は12月3日に帰天)、その後の「空ノート」にある展開を経て、1月の新年会の終了後に新実先生から指揮していただける返信をいただきました。「空」メンバーは昨年の新年会の場で「がんばるよ」と言ってくれました。11月の定期演奏会のプログラムに「うたにつばさがあれば」が入っていたことも幸いしました。それにしても全てがスレスレの危うさで、「小さな目」と「うたにつばさがあれば」の練習が並行する時間が続きました。メンバーのガンバリと父母会の協力に大感謝です。
    東海メールクワイアーの団報に載せられた都築会長のメッセージを引用します(東海メール通信No1579 2月6日号)。
    「大中先生追悼コンサート」は530人のお客様においでいただき大成功でした。(中略)大中夫人の聖子さん、二人のお嬢さんにもお出でいただき打ち上げでご挨拶いただきました。愛知県合唱連盟の要職の方もお見えになり、大変感銘を受けられたとのこと。日頃、別々に活動している団体が、こうして大中作品で歌いあうことの意義を認めていただいて良かったです。
    今回のコンサート、嶋田さん、矢代マミ子さん、鈴木さんに大変お世話になりました。深く感謝申し上げます。
    今回のコンサート、ウイルあいち始まって以来の180人がステージに乗った。山台組みなど大変だった。ウイルあいち舞台係の方と設営・バラシを黙々と手伝って作業してくれた東海メールと豊田市民男声の方々に感謝。会場係の合唱団「空」父兄の方々に感謝。
    今回のコンサートで、豊田市民合唱団男声が歌った「バスのうた」に、「空」のメゾソプラノNさんが、バスガイドの制服で登場!満場の熱烈大拍手を浴びた!

    続いて新実先生からのメールと私の返信です。

    嶋田浩文さま、鈴木順さま
    いろいろとお世話さまでした。佳き場が生まれ、大変に嬉しかったです。皆さんのご尽力の賜物です。
    それぞれのステージ、充実していました。合同もとても良かった。
    今回の皆さんを軸に、大中恩合唱祭を立ち上げてはいかがでしょうか。各団の持ち時間を10分前後として呼びかけたら10団体くらいはすぐに集まると思います。僕も何らかの形でご協力できると思います。ご検討ください。
    嶋田さんには来年の日程をよろしくお願いします。
    新実徳英

    新実先生、昨日は本当にありがとうございました。
    大感謝です。
    大中恩合唱祭
    思いも付かなかった素晴らしいアイデアです。ひとつ真剣に考えます。
    「島よ」グループと「月と良寛」グループで混声・女声2つの合同演奏も面白いですね。夢は広がります。
    合唱団「空」来年の定期演奏会日程ですが、2021年の10月31日(日)11月07日(日)あたりが候補日です。
    また相談させてください。
    本当に夢のような時間をありがとうございました。
    嶋田浩文

    来年10月31日11月7日、今のところ大丈夫です。
    新実徳英

    ありがとうございます♪
    10/31、11/7、両日とも予定に入れていただくことができれば幸せです。
    11/7で会場が押さえられれば10/31はご指導いただくリハーサルに当てたいです。
    10/31が本番になった場合はリハーサルの日程はご相談させてください。
    どちらが本番になっても、事前に2~3回のご指導リハーサルを組ませていただきたく思います。
    よろしくお願い申し上げます。
    嶋田浩文

  • 第24回定期演奏会に向けての練習がスタート。「コタンの歌」について

    【令和2年2月8日(土)】
    今日から本格的に第24回定期演奏会(11月1日・ウイルあいち)に向けた練習が始動しました。すでに「小さな目」は楽譜を配って何度か練習を重ね、おおむね全曲を歌い初め、どんな曲がどのように並ぶかなどはメンバーの周知するところとなっています。
    2月2日(日)の大中先生追悼コンサートの前日に「鮎の歌」と「コタンの歌」の楽譜を入手することができ、コンサート当日にメンバーに配布することができたことは、時間の短縮の上でもラッキーでした。
    第24回定期演奏会は「湯山昭先生 米寿記念コンサート」と銘打ち、そのプログラムは
    ○「小さな目」
    ○「鮎の歌」
    ○「コタンの歌」
    ○アンコール「おはなしゆびさん」「あめふりくまのこ」「大漁」
    という予定を立て、湯山先生にもお伝えしてあります。
    「空ノート」の報告としては、今日は「コタンの歌」を紹介し、「船漕ぎ歌」と「マリモの歌」は全部のパートを全員で歌い通し、「臼搗き歌」はソプラノを歌って全曲を通す…というところまで漕ぎつけることができました。
    ソプラノメンバーはソプラノパートを練習し、アルトメンバーはアルトパートを練習するという形はいっさいしない。今日からは、そもそもパートが決まっていない。全員で全てのパートを練習し、全員が音感を鍛えること目指します。だから今日は10回くらい
    「今やっていることは『船漕ぎ歌』の練習ではありませんよ」「これは『マリモの歌』の練習じゃないからね」
    と叫び続けました。では何の練習であったかと言うと、「合唱力を高める」トレーニングです。
    P5の下の段を見てください。「ホーマイホー」という歌詞が4小節続きます。これが4回繰り返されます。この部分、完全平行になっていて、ソプラノとアルトは違う音のように見えますが(事実違う音ですが)実は高さが違うだけで同じ音です。ソプラノを半音ずつ下げて歌っていくと5回目にはアルトの音になります。逆にアルトの音を半音ずつ上げていくとソプラノの音になります。こういうことを知らずして音取りだけをやっていたら「合唱の力」は身に付きません。
    P16とP20のメゾソプラノパートを見てください。♯ファと♯ソがブツカッています。このブツカリがいかに美しいか、これは片方だけの音取りをしていては味わえません。両方とも歌ってみて、それからみんなで不協和音を作ってみる…これをやることで初めて「不協和音の美しさ」を味わうことができます。
    そんなこんな話を続けながら歌った「船漕ぎ歌」と「マリモの歌」は美しかった。生まれて初めて見る楽譜ですし参加者も多くはありませんから、声は小さくて細い感じです。ですが一番大切なことは正確な音程でハモらせることであり、少なくとも先生の耳にはキッチリと正確な音を捉えた響きが聞こえました。今日のメンバーは最高の大健闘でした。

    「コタンの歌」。これは湯山先生の最高傑作です。2012年にウィーンで行われた演奏会でも歌われています。ベートーヴェンの代表作を1曲と言うなら「運命」でしょう。チャイコフスキーの代表作を1曲と言うなら「白鳥の湖」でしょう。メンデルスゾーンなら「結婚行進曲」でしょうね。
    湯山昭の代表作を1曲と言うなら「コタンの歌」です。残念ながら「あめふりくまのこ」ではありません。ウソだと思ったらWikipediaでも何でも調べてみてください。これまでの「空」の演奏会プログラムの湯山先生プロフィールでも良いです。大中先生追悼コンサートのプログラムでも東海メールクワイアーのページに「コタンの歌」の名前が上がっています。
    では、なぜ湯山先生に音楽監督まで依頼しながら、今まで「コタンの歌」を取り上げなかったかと言うと、ひとえに「コタンの歌」が混声合唱であるからです。混声合唱の曲を作曲者自らが女声合唱や男声合唱に編曲することは多くの事例があります。みんなの身近では大中先生で、「いぬのおまわりさん」は追悼コンサートで歌った混声合唱がオリジナルコーラスですが、みんなが持っているオレンジ楽譜には少年少女のための編曲が載っていて、これは大中先生自らがアレンジしてくださったものです。
    しかし「コタンの歌」は男声合唱や女声合唱にアレンジすることは不可能です。あくまでも混声合唱。このように他の合唱形態にアレンジすることが不可能な曲はいくつかあり、新実徳英先生の混声合唱組曲「幼年連祈」などは日本中の女声合唱団や男声合唱団が「編曲してください」と作曲者に声を上げたのにもかかわらず、新実先生は絶対に編曲をしないのです。「なぜですか?」とタクシーの中で新実先生にお尋ねしたら、「女声合唱の音と男声合唱の音が両方とも必要であり、僕の頭の中では『幼年連祈』の音を男声あるいは女声だけに限定して作り直すことは不可能なのです」というお答えが返ってきました。「コタンの歌」に対する湯山先生のお答えも同じだと思います。
    ゆえに合唱団「空」のメンバーとは「コタンの歌」抜きで生きていこうと思っていたのです。それで20年以上が過ぎ去りました。
    しかし、今の「空」のメンバーの力は過去最高のレベルにあります。そして11月9日に東海メールクワイアーの都築会長と鈴木副会長が、みんなの「わたりどり」を聴いてくださいました。その後、大中先生の混声合唱を響かせる「空」の歌声を東海メールクワイアーのメンバー全員が聴いているわけです。これが大きかった。
    「コタンの歌」を歌うために絶対に必要な男声合唱パートを、東海メールクワイアーが全員で受け持ってくださるということが1月12日の東海メール役員会で決議されました。
    東海メールクワイアーには第5回定期演奏会で「ビリーブ」、第19回定期演奏会で「フォスター名曲集」に賛助出演していただいています。ですが第5回定期演奏会は少年少女合唱と男声合唱のステージは単独で、アンコール1曲だけの混声合同でした。第19回は完全に混声合唱ステージで5曲を歌いましたが、「メールが全員来ると「空」の声が消し飛んでしまう」と言って12人のメンバーだけにジョイントしてもらいました。
    今の「空」なら消し飛ばされたりしない。むしろ東海メールクワイアーを吹っ飛ばすくらいの「力」があると思います。
    今回の第24回定期演奏会は東海メールクワイアー全員とのジョイントです。嶋田先生は自信があるのです。今の「空」の力なら(もちろんこれからトレーニングを積み重ねていくことが前提ですが)東海メールクワイアー全員が来ても対抗できるだけの声を作ることが可能です。
    そして「今しか無い」という時の采配もありました。湯山先生は9月に米寿(88才)を迎えられます。3年後とか5年後とか言ってノンビリと計画しているヒマはないのです。88才という年齢を考えれば、名古屋にお迎えすることができるのは時間的に限られてきます。
    そんなわけで今年の第24回定期演奏会は「湯山先生米寿記念」「合唱団「空」創立25周年記念」「『コタンの歌』作曲50周年記念」というコンセプトで動き出しました。
    嶋田先生としては、死ぬまで絶対に「空」とは歌えないだろうと思っていた「コタンの歌」の実現です。それも今や日本一のアマチュア男声合唱団と評される東海メールクワイアーを迎えてです。今日の練習はそのスタート。冒頭の2曲を1時間足らずで全員が全部のパートを歌い通して、さらに1曲をメロディーだけとは言え歌い通した効率に脱帽。本当に感謝しています。

  • 自分で表現方法を発酵させること

    【令和2年1月25日(土)】
    今日も新入団員を迎えることができました。本当に嬉しいことです。合唱は一人ではできないもので、自分が仲間を支えることで友達が伸び、力の伸びた友達が自分を支えてくれるので自分も伸びることができる、そのスパイラル(繰り返し)なのです。だから、仲間が増えることはひとえに合唱団「空」のレベルが増加することにつながるのです。先生がやっていることは、みんなの相互の助け合いを支援し、その伸びる方向性を整えているに過ぎないのです。今日も嬉しい一日になったことを報告しておきます。
    前半は11月の定期演奏会で歌う「小さな目」、後半は来週に迫った大中先生追悼コンサートの曲を練習する予定は先週と変わりありません。
    「小さな目」の練習は「どのように歌うのか」という表現の練習ではありません。「あんた、何回おんなじことを書いたら気が済むんじゃ?」という声が聞こえてきそうですが、大切なことだし心の底から分かってほしいことなので今日も書きます。「小さな目」を使って「合唱の力」を高めておく。これが現在(4月か5月まで)取り組むべき「小さな目」の練習です。だから今日は「おうちの人」と「ちゅうしゃ」の2曲でしたが、徹底的に全員で全部のパートを歌うことに終始したわけです。
    今日は特に嶋田先生が自ら歌ってメンバーがマネをする(同じことをする)方法を何回か行いました。P6の2段目「だってさ」はソプラノがシッラレ、メゾソプラノがソッソ♯ファ、アルトは♯ドッドレです。これを「シッラレ、ソッソ♯ファ、♯ドッドレ」と続けて全部歌ってから好きなパートを歌ってハーモニーを作る。同じトレーニングが「妹が言った」でも可能です。また、「ちゅうしゃ」のP13「スゥーッと止まった」でも同じことができました。
    これは音と音との関連性を身体で感知する能力の育成です。自分のパートの動きを覚えるのではなく、自分が声にして出す音に対して相手がどんな音で応えてくるか…という関連性。「だってさ」と「スゥーッと止まった」とに共通するのは、前半の「だって」「スゥーッと止まっ」までは不協和音になる音が入っていて、最後の「さ」と「た」はキレイにハモる協和音の音が使われているということです。
    ムズカシイことを書きましたけれども、要するに音と音との関連性。これが一度身に付くと、あらゆる曲のあらゆる部分で、たとえ生まれて初めて見た楽譜でも頭の中で和音がポンッと鳴る感覚になります。で、話が決着しますけれども「合唱の力」です。

    後半は「うたにつばさがあれば」のポイントを押さえました。新しい仲間も、この曲は合唱団「空」の団歌なのですし、2月2日の後は予定が無いだけで、機会があれば歌うことの多い曲ですから、早く覚えて(自分のものにして)ほしいです。
    それにしても今さらながら、「いぬのおまわりさん」や「サッちゃん」の作曲者が「空」のためにと書いてくださった曲を持っているなんて、本当に幸せなことだと思い、大中先生に感謝の思いを禁じ得ません。
    今日はインフルエンザや発熱で何人かのメンバーが欠席しており、本来のハーモニーを響かせることは十分にできず、またパートの人数バランスも良くないという条件でしたが、先生は気にしません。気にするのは「今、目の前にいるメンバーの力をどう高めるか」だけです。
    「元気のヒミツ」は「葉っぱに隠れたカタツムリ ツバメが作ったヒナの家」の歌詞が伝わるように。ソプラノは表記してある強弱記号よりも少し強めに歌い、メゾソプラノとアルトは表記してある記号よりも少し押さえて歌うように指示しました。
    「あめとひまわり」は「今日は誰も通らない」の部分を明るい声で歌うこと。「雨の日の絵を描くとして、その絵に描く空を何色で塗りますか?」と聞きました。そして「おそらく誰もが灰色で塗るはずですよね」と続けました。その灰色で塗った画用紙の真ん中に金色に輝くヒマワリを描いてください。そのヒマワリは灰色じゃダメだ。メチャクチャ明るいまっ黄色の絵の具を使うんです。声も同じです。こんな指示を出しました。
    「となりのカンタロウ」と「きみとぼくと地球のうた」は上手です。問題なし。
    「うたにつばさがあれば」の2番、「遠く離れた友達に 今は会えない友達に」の部分。今回の追悼コンサートに限って…と前置きしておいて「友達という言葉を大中先生と置き換えてイメージして歌いませんか?」と提案しました。実現すれば、こうなります。
    遠く離れた大中先生に 今は会えなくなった大中先生に
    私たちの歌に翼を付けて お空に飛ばそうよ みんなで力を合わせて

    合同の混声合唱は「海の若者」「秋の女よ」「じゃあね」の3曲しかできませんでした。しかも歌っているのを止めて注意をしたり、同じ場所を繰り返して反復練習したり、ということは1回もありませんでした。ただただ音程の確認をしただけです。しかしですね、今日の嶋田先生の感想は「混声合唱が一番うまかった」というものでした。「海の若者」の氷のような声の表現や「秋の女よ」のシットリとした歌い方など、そんなふうに歌えなどと一度も言っていないのに、メンバーの中から溢れ出る表現に酔いしれていました。
    「空」のメンバーは音程と歌詞の意味を理解してしまえば、あとは自分で表現方法を発酵させることができるんだな…と感じて、とても嬉しかったです。
    次回の土曜日(2月1日)は新実徳英先生が指揮してくださいます。すごい贅沢な時間ですね。本当に楽しみです。
    午前中は、久しぶりに駆けつけてくれるメンバーや卒団生を交えて、全員で全力を尽くして「月のうさぎ」と「うたにつばさがあれば」5曲を通します。力を貸してください。よろしくお願いします。

  • 混声合唱の貴重な体験

    【令和2年1月18日(土)】
    湯山先生の「小さな目」の練習が進んでいます。全部で10曲あるので「今日はどの曲を歌おうかな」と考えるのは楽しい時間です。しかしこの日は午後から大中先生追悼コンサートの合同練習が予定されているので、その練習も必要だな…というのが事前に考えていた「予定」でした。
    練習会場に入ると見学者が来てくれました。こんな時、メンバーが誰も知らない曲があるのは本当にありがたい。見学の子もベテランメンバーも同じ土俵に立って一緒に歌うことができるからです。
    で、予定通り(笑)に「小さな目」から選んだのは3曲目の「おとうちゃん」です。曲の練習を始める前に、ドの音を聴いてミの音を出す、ドの音を聴いてソの音を出す…という練習を久しぶりに少ししました。この「ドが分かればミとソも同時に分かる」という力がいかに大切か、「おとうちゃん」はその大切さを証明しメンバーにナットクしてもらえる要素を持っている曲だからです。
    楽譜を見れば最初から、アルトはドドドード ドドドドドーです。メゾソプラノはドドドーミ ミミミミミーです。ソプラノはドドドーミ ソソソソソーです。ハ長調の「ドミソの和音」をイキナリ作るわけです。7小節進んだ「シーンとなる」の部分でミ・♯ソ・シのハーモニー。これはホ長調の「ドミソの和音」です。練習番号Cの「いかす」はレ・♯ファ・ラで、これはニ長調の「ドミソの和音」です。そして「おとうちゃんは」の「は」の部分は嬰ハ長調の「ドミソの和音」。最後の「笑い出した」の終結部分はミ・ソ・ドで再びハ長調の「ドミソの和音」を作る。ただし、曲の最初は「ドミソ」ですが曲の最後は「ミソド」です。実にウマく作られています。これほど徹底して「ドミソの和音」で押し通してある曲に取り組む時、前述した「ドが分かればミとソも同時に分かる」という力を持っていなかったら、底もフタもない桶で水を汲むのに等しい状態になります。
    これを最初にホンの少し「ドミソの和音」について注意を高めておいて「おとうちゃん」を歌ったワケです。
    残るは10曲目「おかあさんの手」だけになりました。この曲は最後の部分から攻めていきました。まずP41の「言う」のハーモニーを作ります。次に「誰が言うのかな?」と前置きしておいて「お父さんは言う」のハーモニーを作りました。続いて「お父さんは何を言ったのかな?」と前置きしておいて「たくさん洗ったからだとお父さんは言う」のハーモニーを作りました。そして「何を洗ったのかな?」と前置きしておいて「ぼくたちのオシメをたくさん洗ったからだとお父さんは言う」のハーモニーを作りました。これらの作業は全て「全員が全部のパートを歌ってから」進めた作業です。だから「おとうちゃん」にしても「おかあさんの手」にしても、パートは関係ない。大中先生追悼コンサートのパートは決まっていますけれども、「小さな目」に関しては全員が全てのパートを知っている状態を徹底しました。
    しつこいようですけれども、この作業はメンバー一人一人に「本当の合唱力」を身に付けてもらうために必要なものなのです。

    練習の後半はサスガに「合同の混声合唱」をやらないわけにはいきません。見学の子には「ごめんね。今からチョッとムズカシイ曲を歌います」と謝っておきましたが、それでも一緒に歌ってくれたのはウレシイことでした。
    「わたりどり」「海の若者」「秋の女よ」「草原の別れ」の4曲を全員でソプラノ・アルト・テノールのパートを歌いました。このように書いていても笑えてくるのですが、日本中の少年少女合唱団の中でテノールパートを歌ってみる合唱団が他にあるでしょうか。小学生もいるのにテノールを歌う。これは普通の音楽教師なら考えもつかない話だと思います。ようするに「その曲をどう歌うか」だけを考えていては一生思いつかないでしょう。嶋田先生は普通ではないので「その曲をどう歌うか」を考える前に「その子にどんな力を付けておくか」を考えるワケです。大中先生の混声合唱にチャレンジすることによって合唱団「空」のメンバーが得た「力」は計り知れないものがあったと思います。これも大中先生が「空」にくださったプレゼントなのかもしれません。
    「いぬのおまわりさん」と「サッちゃん」はサスガにテノールを歌うわけにはいきません。大中先生は混声合唱のスペシャリストなので、男声パートを小学生が歌える限界を超えています。しかし曲が面白いので楽しく歌うことができました。
    大中先生に「いぬのおまわりさん」の犬は何犬ですか?とお尋ねしたことがあります。「柴犬ですか?それとも秋田犬ですか?まさかスピッツではないですよね?」と聞いた記憶があります。大中先生は何と答えられたと思いますか?それは次週の「ソラノート」をお楽しみに。

    午後の合同の混声合唱は素晴らしいものでした。女声合唱団も男声合唱団も各自の練習を深めているのでしょう。素晴らしく美しいハーモニーが響いていましたね。合唱団「空」だけでは味わうことのできない深い響きのハーモニーです。男声の低音が入ることでハーモニーの深さが広がります。
    これは少年少女合唱団がいかように努力しても研鑽を積んでも実現することのできない「混声のハーモニー」です。だから残る2月1日と2日の練習と本番は、「空」のメンバーにとって貴重な体験になるはずです。単なる体験だけではなく「合唱力」を高めるための大きなチャンスです。それを忘れずに参加し歌ってくださいね。
    加川先生の「秋の女よ」と大橋先生の「じゃあね」のソロを聴くことができたのも大きな収穫でした。みんなはどう感じて聴いていてくれたのでしょうか。

    次回の合同練習は新実徳英先生が指揮をしてくださいます。これはすごいチャンスです。鋭意、スケジュールの調整をお願いします。それから「月のうさぎ」と「うたにつばさがあれば」に関しては、2月1日の午前中の練習に全てを賭けます。遠隔地から来てくださるサポートメンバーも2月1日に向けてスケジュール調整をお願いいたします。

  • 令和2年の歌い初め

    【令和2年1月11日(土)】
    あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
    今日は、おめでとうの2倍でした。新入団員を迎えることができたのです。新年の最初の練習を始める前に、自己紹介のリレーをすることができたことは本当に嬉しいことでした。
    だけではありません。見学者も来てくれていて、いっしょに歌ってくれました。来週も来てくれるといいな。本当に嬉しく思います。
    新入団員がいて見学者がいるのですから、楽しい歌、分かりやすい歌、ベテランメンバーも知らない歌などから取り組むのが鉄則です。しかしながら来週は「大中先生追悼コンサート」の合同練習を控えているので、「小さな目」だけに集中するわけにはいきません。前半は混声合唱の合同曲と「うたにつばさがあれば」全曲、そして「月のうさぎ」を1回通しました。
    本当に通しただけです。歌うのを止めて注意をしたり、より良い表現を目指すために繰り返したりということを一切しませんでした。ただただ歌っただけです。ですから今日は参加できなかったメンバーと参加できたメンバーとの間に「うたにつばさがあれば」「月のうさぎ」に関して何か決定的な差が生まれたということはありません。
    しかし特筆すべき点がありました。それは「月のうさぎ」の最後の場面、「月の世界へ送りました」の部分です。ソプラノの最高音(高い♯ソ)が極めて美しいピアニシモで響いていました。凍り付くような冷たいピアニシモでした。そして、ソプラノを支えるメゾソプラノとアルトが、非常に安定した温かい響きを持っていました。
    このハーモニーは定期演奏会に向けてのトレーニングでは要求していなかったものです。定期演奏会では全てのパートに向かって「凍り付くような冷たい声で」と要求していたはずです。
    ソプラノは極めて冷たい、青ざめたピアニシモを出してくれました。しかし今日はメゾソプラノとアルトが何だかとても温かく優しい響きでソプラノを支えてくれました。
    これは一瞬のできごとでした。しかし、新しい表現が生まれつつあるのは事実です。ソプラノの「静(せい)」とメゾソプラノ・アルトの「動(どう)」。あるいは凍り付く声と温かい声との融合(ゆうごう)。分かりやすく言うとですね、どこかの喫茶店で売っている熱々のホットケーキの上に冷たいソフトクリームを乗っけてくるやつ。あれですよ。熱々のケーキの上にソフトクリームを乗っけようなんて馬鹿げているにもこの上ないのですが、しかしこれがウマい。温かいハチミツをかけるのが普通でしょうがソフトクリームもウマいんだなぁ。
    思うにメンバーの心の中で「月のうさぎ」という楽曲が11月から1月にかけてさらに発酵(はっこう)し、旨味を増している…そのように感じました。一瞬のできごどでしたけれども。
    この新しい表現は、本番前日の練習か当日の朝の練習で共通理解し、やってみたいと思っています。

    「小さな目」は「えんそく」から入りました。前回も歌ったのですが今日が初見のメンバーも多いので効果的に進みます。「ばなな ばなな ばなな半分あげるよ」の音程を確認しました。
    「えんそく」は、なぜ輪唱になっているのか分かりますか?分からないでしょうねぇ。Aさんが「先生センセイ、あれを見て」と言ってくる。先生は「ふんふん、あれはね…」などと答えているヨユウは無いのです。なぜか言うとAさんに返事をする前にBさんが「先生センセイ、これを見て」と言ってくるからです。AさんとBさんの二人だけではないのです。CさんDさんEさんが同じことを言ってきて、30人くらいが同時に話しかけてくるんです。気が狂いそうになりますよ。この気持ちを本当に理解したいと望むのならば教員採用試験を受けて合格してください。そうすりゃぁ分かりますって。
    「おうちの人」は湯山先生の言葉を借りれば「仕掛けがいっぱいある」曲です。冒頭の「パパは」の最初の「パ」にスタカートが付いています。つまり「パッパー」と弾んで歌うことになります。直後の「やさしい」はタッカリズムにも関わらずスラーが付いています。つまり弾むことなくナメラカに歌うことが必要です。直後の「から」はスラーが付いているからナメラカに。しかし「ら」にスタカートが付いていますから短く切ります。
    このように最初の2小節だけで4つの仕掛けがあります。「おうちの人」だけではなく10曲全部に細かい注意点がありますから、「カンタンな曲だ」などと思って歌っていると大目玉を食います。でも10カ月ありますから、そこは任せてください。
    「手紙」は初めて歌いました。今日は言いませんでしたがP21の3段目の「みると」にはアクセントとスラーとスタカートが付いています。どんな表現になるか予想しておいてくださいね。「きずだらけの顔で」とか「ひょうたんみたいな」などのハーモニーは一発で正確なハーモニーを響かせることができました。驚きでした。
    「えんそく」も「おうちの人」も「手紙」も全部のパートを全員で歌いました。これは必ずやります。合唱力を身に付けることが曲を理解することよりも上位であるからです。その上での正確なハーモニーでしたから大したものだと思います。

    午後は楽しく新年会を行うことができました。その最中に新実徳英先生から2回もメールが入り、その返信内容について矢代さんと相談して返信したりしていましたので、何だかケータイばかり見ていて申し訳ありませんでした。
    その席上で聞いたのですが、新実徳英先生の曲を近未来に歌ってみたいという子がほとんどだったので、2月1日の夜、新実先生に相談してみようと思います。

    令和2年も最高のスタートを切ることができました。メンバーとスタッフ、父母会の方々に大感謝です。あらためて、今年もよろしくお願い申し上げます。

  • メンバーの今年の成果に祝福と拍手

    【12月28日(土)】
    素晴らしい成果を上げた令和元年も終わろうとしています。4月のスプリングコンサート、6月の愛知県合唱連盟合唱祭、8月のふれあい合宿、そして11月の定期演奏会と、それぞれのステージで大きな成果を上げてくれました。力を尽くしたメンバーと支えてくださった父母会と技術スタッフに、あらためて感謝を申し上げます。ありがとうございました。
    さて、今年は曜日の巡り合わせで28日が土曜日となりました。31日が土曜日なら当然練習はお休みです。28日練習というのは「空」の歴史の中でも最も遅い練習ということになります。記憶では1度だけ29日に練習したことがありましたが、それは第1回定期演奏会の前の時代です。
    旅行があることは分かっていますし、お正月の準備があることも分かっています。それでもこの日に練習会場を取ってもらったのは、Aさんが旅行の時はBさんとCさんが頑張る、Bさんが部活の時はAさんとCさんが頑張る、Cさんが病気の時はAさんとBさんが頑張る、そういう助け合いが「空」の生命の根幹であり、それを分かってほしかったからです。いつも助け合う、そういう力と考え方を持つ。そんなファミリーチームでありたいと願っています。
    そしたら何と見学者がいるではありませんか。今日の練習を設定しなければ「この子」と出会うことはなかったんだなぁと思うと、少ない人数でも練習に力が入る嶋田先生でした。ぜひ次回も来てくれると良いな…と思っています。
    あらかじめ合唱組曲「小さな目」の練習に入ることを連絡してありました。つまり、ほとんどのメンバーが初見の楽譜に取り組むわけです。見学の子もベテランメンバーも初めて見る楽譜で、同じ土俵に立てたのは良かったと思います。
    全部で10曲ある合唱組曲です。今日歌ったのは「おうちの人」「ちゅうしゃ」「ふうりん」「べんとう」「えんそく」の5曲でした。11時までの1時間半で初見の曲を5曲も歌い通したのですから、やはり大したものです。しかも、全員で全部のパートを歌ってからハーモニーを作る方法は不変ですから、ものすごい効率でした。
    歌った5曲の内容について記すのは今日はあまり意味がありません。参加できなかったメンバーは楽譜を持っていないし何よりも知らない曲の話ですから「何のこと?」で終わってしまいます。
    今日のメンバーに言ったことは「休符になっている部分も可能な限り歌って助け合いましょう」ということです。これは今までもいろいろな曲で試みてきましたが、令和2年はもっと徹底します。ソプラノの子が突然アルトに回ったり、逆にアルトの子がソプラノの高い声で歌ったり。こうすることで全てのメンバーが日常の練習で高い声から低い声までカバーすることになります。
    さらに言えば、普通なら有り得ない音程の跳躍を(たとえば低いドからイキナリ高いファの音に跳ぶことを)日常的なトレーニングとすることで、確実に「合唱力」を高めることができるはずです。
    言うまでもないことですが、全員が全部のパートを知っていることにもつながります。だから今日はソプラノ・メゾソプラノ・アルトのどこのパートにも勝手に移動して歌って良い(座席のことではありませんよ。歌うパートのことです)こととして、ゲーム感覚で歌を進めました。嶋田先生的にはケッコウ面白かったと思っていますが、メンバーの感覚はいかがだったでしょうか?また教えてください。

    休憩の後は「うたにつばさがあれば」の5曲を歌いました。ただし今日はメロディーを歌うことに特化しました。これは初めから計画していたことです。年の瀬に集まってくれた少ないメンバーに十分なハーモニーを要求するよりも、一人一人の歌唱力を高めよう、いやいや1時間かそこらでグーンと歌唱力が高まったりはしなくても、せめて歌い方のヒントをあげようと思っていました。だから全員でメロディーを歌って、嶋田先生の耳で「あれ?」と思った部分を修正していく方法を取ったのです。
    新実徳英先生の記述にも「メロディーを歌えない合唱団が多い」という部分があります。これは嶋田先生が東海メールクワイアーでも実感していることです。東海メールクワイアーでもキチンとメロディーを歌うことはムズカシイ。ましてや嶋田先生がお風呂か便所で歌ってみたら、自分が歌うメロディーがいかに不十分か分かります。
    幼稚園や1年生の子がテキトウに歌う時の話ではありませんよ。ピアノ伴奏と一対一で対峙して「さあ、どうだ」という話です。だから、けっこう細かい部分までキビシク指摘しました。
    もともと合唱団なのであってソリストの歌手ではありません。ですけれども、メロディーをキチンと歌うことができる力を身に付けた子が合唱をやったら、そりゃあ楽しいでしょうし醸し出されるハーモニーにも輝きが出てくることはマチガイありません。
    来年は、助け合い、一人一人が力を高め合う、そんな1年にしたいと思っています。

    もう一度、「空」のメンバーの今年の成果に祝福と拍手を贈ります。次回は1月11日に音楽プラザで。楽しみにしています。
    本当に素晴らしい年をありがとうございました。

  • 大中先生コンサート合同練習①

    【12月21日(土)】
    今日は午後から東海メールクワイアーをはじめとする大人の合唱団との合同リハーサルがあります。だから午前中の練習は、午後の合同リハーサルに備えた練習プラス「うたにつばさがあれば」「月のうさぎ」が目標でした。

    男子メンバーに話を聞くと、どうやら混声合唱となる合同演奏はアルトではなくテノールでチャレンジしようという希望を持っているようです。全員で全てのパートを歌うという「空」独自の練習方法(これは練習ではなく一人一人の合唱力を高めるためのトレーニングです)は変わりませんから、いつもならソプラノとアルトだけですが今日はテノールを加えて、ソプラノ、アルト、テノールを全員で歌う(歌ってみる)という画期的な練習となりました。
    日本に少年少女合唱団あまたある中で、テノール(アルトの下の音域)まで歌う(歌ってみる)などというトンデモナイ練習をしている合唱団は「空」だけだと思います。
    普通の指導者なら、その子が歌う予定のパートをその子にいかに覚えてもらうか…に神経を集中します。嶋田先生は普通ではないので、その子が歌わないパートも全部体験してもらうことによってその子がまず力を付けることに神経を集中します。合唱力が育っていない子に「合唱をしろ」と言うのは無理な注文です。合唱をしてほしかったら、まずは合唱力を高めてあげようと考えるのが指導者です。野球をしてほしかったら、まずは投げる、走る、打つ、捕るという力を、子供たちが高めるようにしなくてはなりません。そういう練習を軽視してユニホームの取り合いをさせていたってダメなのです。それは時間のムダ、努力の浪費です。
    テノールパートを歌ってみることによって得られる効果はたくさんあります。第一は低音を響かせる練習になることです。少年少女合唱団の場合、優秀なアルトを育てることは実は非常に難しく、それは作曲家の先生たちも分かっていて、だから日本の少年少女合唱の曲はピアノ伴奏付きの曲がとっても多いのです。ピアノ伴奏は音を支えることが大きな役割ですが、それは言葉を返せば音を支える必要があるということであり、その支えるべき音の根元は低音にあります。少年少女や女声合唱の場合はソプラノとアルトだけなので基本的には低音が足りない。
    本当に低音が響き始めると「ピアノが不必要になる」とまでは言いませんが、少なくともピアノに頼らない「ハーモニーの力」が付きます。その力がある上にピアノが加われば鬼に金棒という話になるわけです。
    第二は、あらかじめテノールを歌っておくことで、実際に男声の響きを聴いた時にテノールがよく聴こえるようになる。普通なら「おじさんたちが低い声で歌ってるゥ」くらいの子で終わりでしょう、子供の合唱団が男声合唱とジョイントする場合。でも実際に(上手でなくても良いから)自分の身体で歌っておけば、その音が必然的に聴こえるようになる。今日の午後の合同リハーサルで男声と合わせてみて、「テノールの音の動きが良く聴こえた」と思っている子がいたとしたら、それは相手の音を「聴く力」です。その力があることで合唱は何倍も何十倍も楽しくなるのです。ナットクしてくれたメンバーもいるのではないでしょうか。
    さすがにテノールの下のバスまで歌ってみることは不可能です。それはメスライオンに「タテガミを生やせ」と言うに等しい無理難題です。ですがアルトよりも高い声をテノールが歌うことはよくあることで、今回の曲目では「じゃあね」にアルトとテノールが全く同じ音程を歌うフレーズも出てきますよね。「秋の女よ」ではP17の上段「古城の道を」でテノールがアルトより高い音を歌っています。
    ようするに大切なのは「曲を歌えるようにする」ことよりも前に「合唱の力を高める」ことを考えるべきだということです。午前中の練習は、曲の歌い方について言及することはほとんどなく、ひたすら全てのパート(バスを除く)を実際に歌ってみて「聴く力を高める」ことに終始しました。
    それでも30分の時間が余りました。すごい効率です。2時間弱で合同の混声合唱は終わってしまった。で、「月のうさぎ」と「うたにつばさがあれば」を1回通して歌うことができました。「あめとひまわり」は冒頭の部分のハーモニーを確認(かなりハイレベルな水準で)することができたことを報告しておきます。

    午後、会場を高蔵小学校の体育館に移して、総勢200人の合同リハーサルです。期待していた男声メンバーの集まりが少なく、東海メールクワイアーの中嶌さんは「みんなにハッパをかけんとイカンわ」とカンカンに怒っていました。でも集まっていた男声メンバーは精鋭・強力な人たちで、なかなか美しいハーモニーをみんなに聞かせてくださいました。
    驚いたのは女声合唱団の出席率で、ほぼ全員が集まったと思われる充実したシフトでした。
    最初に「空」だけで「わたりどり」を歌って聴いていただきました。これは嶋田先生の作戦でありまして何日も前から決めていました。「空」だけで歌ったハーモニーを聴いてもらって、そのハーモニーを生かすように大人がフワッと乗っかってくれれば最高のスタートが切れます。案の定、聴いておられる大人たちの目つきが変わりました。音楽の流れを止めることなく大人が乗っかってきます。最高の響き、最高のスタートを切ることができました。「空」のメンバーに大拍手です。
    「わたりどり」「海の若者」「秋の女よ」「草原の別れ」の4曲を、1パートずつ歌わせていきました。歌っていないパートのメンバーには「絶対に聴いていてください。そして聴きながら、自分のパートを頭の中で鳴らしていてください。そのように聴いてください」とお願いしました。
    「空」のメンバーを含めて練習会場に集まった全員が、全てのパートを聴くことができました。最初はアヤフヤだったテノールやバスも2回目にはキチンと正しい音で歌えるようになる場面が何度もありました。相手のパートを「聴く力」がいかに大切か、そしてこのトレーニングが大人にも通用する(必要な)方法であることを「空」のメンバーに分かってもらうことができたと思います。
    「空」のメンバーに分かってほしいことは、アヤフヤだったテノールやバスの男声が1回目にはアヤフヤでも2回目にはキチンと音をハメたことです。おじさんたちは仕事で忙しくて十分な事前練習ができなかった人もいるはずですが、1回目で「あぶない」と思った部分を2回目ではキッチリ修正する力を持っているのです。これが嶋田先生の言う「合唱力」です。
    それからイメージの大切さ。これまで3週連続で「空ノート」に書いてきたイメージを大人に伝えました。みんな合唱を愛して何十年という方々です。うなずきながら嶋田先生の話を聞いてくださるメンバーがたくさんいて嬉しかったです。
    「いぬのおまわりさん」と「サッちゃん」を楽しく歌った後、「じゃあね」のソロは大橋多美子先生。後ろで歌っておられたので、みんなは歌っている姿を見ることはできませんでしたが、何というデリケートな歌であったことか。さすがに東海地方屈指の名歌手です。嶋田先生は大橋先生のソロを殺さないように、合唱団の声の圧力をコントロールするので精一杯でした。ソロの「じゃあね」と直後のコーラスの「じゃあね」という掛け合いは究極の表現と言っても良く、デリケートな上にもデリケートに歌わなくてはならないことが判明しました。次回1月18日(土)に向けた課題ですね。

    終了後、コンサートの実行委員会の打ち合わせに行ってきました。様々なことが決まりましたが「空」に関係する内容については役員会の各々の担当にお伝えします。
    打ち合わせ終了後、東海メールクワイアーの都築会長と鈴木副会長から、思いもよらない言葉をいただきました。
    「今日の女声パートは「空」の声しか聴こえんかった」
    嶋田先生は思わず「えっ、そんなにウルサく歌っていましたか?」と聞きました。すると
    「よく練習していて、よくトレーニングされているので、声がよく通るんだよ」
    とのお答えが返ってきました。
    女声合唱団の皆さんも精一杯の表現で歌っておられたことを断言できますが、その中で「空」の響きがよく聴こえたとつぶやいておられたことを、最大限の誇りと拍手をもって報告しておきます。
    みんな、ありがとう。

  • 命って不思議だな

    【12月14日(土)】
    今日は浜田先生が本番?で、アカペラ(無伴奏)での練習に終始しました。ピアノの伴奏は美しいものであり、テンポを示してくれますから指揮の代わりにもなり、特に少年少女合唱には欠かせないものです。
    しかし、ハーモニーを作る場合にはピアノの助けに頼ることなく、自分の声と相手の声との関係を純粋に聴き合うことが必要になるので、時には伴奏付きの楽曲をもアカペラでトレーニングすることは極めて有効な方法となります。
    まずは「わたりどり」。この曲は元来がアカペラなのでスタートにはもってこい。「わたりどり」という言葉を「自分自身」と置き換えてイメージして歌ってほしいと願っています。

    あの光は 未来に向かう私自身
    あの輝きは 未来の私が目指す目標(雪)
    その目標は遠ければ遠いほど 空のように青く澄み
    その目標は高ければ高いほど 山のように彼方に波立つ
    あぁ あの乗鞍を目指す鳥のように
    私は光になって今 飛び立つのだ

    ホントに美しいハーモニーを響かせることができます。「空」の音程は完璧でした。
    「海の若者」。短い曲ですが4つの部分に分かれています。
    第一は、海で生まれた若者を祝福する喜びの場面。生き生きと思いっ切り明るく歌いましょう。
    第二は、「ある日…」から始まる、若者の死を告げる場面。ここは少し悲劇的であっても良いと思います。
    第三は、「もしかすると…」から始まる、若者が「次の世界へ歩み込んだ」と告げる場面。この部分をどう歌うかで表現の骨格が決まるように思います。「次の世界」とは「天国」であり「あの世」なのですが、もう少し高いレベルで考えると「彼が行くべき世界」と言うことができます。
    今、私たちは「この世」に生きているのですが、私たちには理解できない「あの世」というべき世界があるのではないか。
    分かりやすいく言うとですね、嶋田先生が大中先生にお願いして「うたにつばさがあれば」のオレンジ楽譜を作った時、今の「空」のメンバーのほとんどは「この世」にいなかったのです。つまり「あの世」にいた。その「あの世」にいたメンバーが今、「この世」にやってきて「うたにつばさがあれば」を歌ってくれるわけです。
    みなさんは「あの世」にいた頃、みなさんは「うたにつばさがあれば」を歌え!という神の指令を受けて「この世」にやってきた。その時、「あの世」に残された人々は、みなさんがいなくなってしまったことを悲しみ、みなさんのために小さな墓を建ててくれたと思います。
    滝廉太郎は24才で天へ帰ったのですが、彼は「この世」にいるべきではなく、もっと偉大な仕事を「あの世」でするために「この世」から去っていったと考えるわけです。
    「あの世」の存在を理解できない私たち凡人は滝廉太郎が死んだとしか考えることができず、ただ悲しむことしかできない。しかし「命」というものの本質は、「この世」にいるか「あの世」にいるかは同じ価値があり、みなさんが「あの世」から「この世」にやってきて「うたにつばさがあれば」を歌ってくれるのと同じように、滝廉太郎は今「あの世」で活躍しているだけだ…という思想です。
    ムズカシい話は止めましょう。でも、みなさんが「あの世」にいた時に「うたにつばさがあれば」ができたことは事実です。みなさんは「あの世」の神様に「おまえは「うたにつばさがあれば」を歌うために次の世界へ行け」と言われて「この世」にやってきたのかも知れない。そのくらいのイメージは持って歌いましょう。第四の「墓を建てた」の部分は、だから「暗く」「悲しく」歌えば良いという話にはならないワケなんです。
    ムズカシい話は止めて「命って不思議だな」。これだけで十分です。
    「秋の女よ」は、みなさんにとっては「おばあちゃん」であり「お母さん」です。おばあちゃんもお母さんも、みなさんのことを愛してくれています。だから、おばあちゃんやお母さんにとって「愛するもの」とはみなさんのことです。
    おばあちゃんやお母さんが生きるっていうことは、1歩1歩「愛するもの」すなわちみなさんから「遠ざかる」ことを意味します。愛するものから遠ざかる終点を「死」と考えるならば、私たち人間は全て1歩1歩その終点に向かって歩いています。「生きる」ということは「死」に近づいていく…ということです。そしてそれは嶋田先生を含めて、みなさんも同じ。みなさんは「うたにつばさがあれば」を歌うために「この世」に来てくれましたが、1歩1歩再び「あの世」に向かうために歩みを進めているのです。だからみなさんは今「春の女(男)」かもしれないけれども、絶対に必ず「秋の女(男)」になる時がやってきます。そのことだけは知っておいてほしいけど、ムズカシい話は止めましょう。
    ムズカシい話は止めて「命って不思議だな」。これだけで十分です。
    「草原の別れ」は「わたりどり」と同じです。卒業式で歌われるのに最もふさわしい曲です。

    あじさい色に華やぐ空が私の目標
    青く光る山が私の理想の姿
    今 出発しようとする私に
    風が別れ(出発)の時をそっと告げる
    私の未来に広がる草原(行くべき道)は輝いている
    さぁ、さわやかに出発せよ と言うように
    また戻ってくるぞ 故郷へ
    また会おう かけねない親友よ
    再会の日まで 健やかに

    これらのイメージを表現に生かすためには音程が決まっていなければ話になりません。だから今日は何だかんだと言いながらも、音程を確認し確立させた練習でした。しかし、「空」の音程は極めて正確であったと断言しておきます。ありがとう。
    次回21日(土)は、午前中に音程とイメージの最終確認をした後で高蔵小学校に移動し、午後からの合同練習に臨みます。東海メールクワイアーを含めた大人150人くらいを合わせて、総勢200人の大合唱です。みなさんにとっても良い経験になることでしょう。
    練習指揮者は嶋田先生が務めます。だから安心してついてきてください(笑)。
    体育館での練習になりますから、スリッパあるいは体育館シューズを持ってきてくれると良いと思います。高蔵小学校の教頭先生がスリッパを用意してくださるとは思いますけれども(笑)。
    よろしくお願いいたします。