カテゴリー: 練習日記

  • 目標はメロディーを捉える

    【令和3年2月13日(土)】
    今日は「白いうた青いうた」をたくさん歌いましたよ。まぁメロディーだけですから、防御担当者も「あぁ~ん、アタシ、置いてけぼりになっちゃう~ん」なぁんて心配しなくてもヨロシイ。先週も今日も来週も同じですが、嶋田先生が集中して聴いているのは、今歌ったり鍵盤ハーモニカで出したりした音をスグに歌う時、どのくらい正確に音を再現できているか…という「音の聴き方」です。聴き方を聴いている…っていうと変な言葉ですが、再現の仕方を聴いている…と言い換えてもヨロシイ。
    歌った曲は以下のとおりです。

    曲集「われもこう」から「忘れ雪」「火の粉」「とげのささやき」「就職」
    曲集「ぼくは雲雀」から「自転車でにげる」「ふたりで」「わらべが丘」

    どの曲も目標はメロディーを捉える(とらえる)こと。だから楽譜を開いてCD(HPの専用エリアの参考音源)を聴いてくれれば、防御担当者と攻撃担当者とに差が付くことはありません。せいぜい「自転車でにげる」とか「ふたりで」の最後の2小節でハーモニーを作ってみたくらいです。

    ですが、1曲だけハーモニーを作って楽しんだことを報告しなくてはなりません。楽しんだと言うよりも嶋田先生にとっては驚いたと言うべきでした。
    それは「就職」です。この曲はCDを聴いてもらえばスグに分かりますが、日本やヨーロッパの音楽ではありません。東南アジアの音楽です。インドネシアのガムランとかケチャと言うと「あっ、5年生か6年生の時に授業で少し聴いたかも」と思ってくれるメンバーがいるかもしれませんね。
    これらの音楽は、どこで始まったのか、あるいはどこで終わるのか、明確でないという特徴を持っています。ホント、CDを聴いてくれればナットクしてもらえると思いますが、別に楽譜どおりにスタートしなくても、5小節目から始めても9小節目から始めても17小節目から始めても、曲の感じはゼンゼン変わりません。
    逆に、楽譜どおりに終わらなくても、4小節前で終わっても8小節前で終わっても12小節前で終わっても、曲の感じはゼンゼン変わらないのです。まぁ、終わる時には少しずつデクレッシェンドしてテンポをゆっくりにしていけば、どこでも終わった感じになります。
    そもそもピアノ伴奏の左手の楽譜を見てくれれば、「なんじゃ こりゃぁ」という形をしているでしょう?
    (印刷楽譜が届いていないので確認できない…というメンバーがいたら、必ず嶋田先生まで電話をください。すぐに送ります)
    HPの専用エリアのコンピュータ音取り音源を開いて、各パートの音を聴いてみてください。「なんじゃ こりゃぁ」というサウンドが飛び出してきます。このコンピュータ音源を聴いて「おお!これは美しい音だ。ぜひ友達にも教えて、クラスで歌ってみたい」と思うメンバーは絶対にいないと思います(笑)。
    だから今日の練習で「はい。それではメロディーを歌いましょう」なぁんてことをやると、今日の攻撃担当者は全員、合唱がキライになります。
    だからハーモニーを作ってみないと分からない。曲の魅力が分からないんです。で、この曲はハーモニーを作ってみた。
    ところがそのハーモニーがスゴイ。11小節目の3拍目(ソプラノなら「よあけに」の「に」の部分)なんぞはソプラノがミ、メゾソプラノが♯ファ、アルトが♯ソになっていて、完全なクラスター(音の固まり)です。
    これはドミソでハモって「ああ楽しい」なんていう世界ではない。地獄を覗いて見たような、陰鬱(いんうつ)な、とにかくキョーレツな世界です。
    ホント、ぜひ一度、HPの専用エリアのコンピュータ音源と歌唱音源とを聴き比べてみてください。音程だけは正確無比のコンピュータの音が、いかに無味乾燥(むみかんそう)なツマラナイ音かが分かると思います。逆にこれを人間の声で組み立てると、何とも言えない味わいがある。と嶋田先生は思う。
    この段落の最初に「楽しんだと言うよりも嶋田先生にとっては驚いた」と書きました。この地獄を覗いて見たような陰鬱(いんうつ)なハーモニーが響くではありませんか。これはオドロキでした。もちろん全員が初見に近い状態ですから、自信がなくてフラフラとした不安定な声になることもありましたが、それにしても「就職」という曲の世界を作って味わうことができました。これは予定していなかったオドロキでした。

    あと、谷川雁の詩を説明しました。「火の粉」は

    この世のかたすみ
      (この世界のどこかで)
    たき火がはじけます
      (爆弾が爆発しています)
    そろわぬ口ひげ
      (父のヒゲがバラバラになり)
    帽子がころげます
      (首がちぎれて吹っ飛びます)
    さそり わし座
      (空にいる神様たちが)
    うわさにこがれて
      (戦争の話を聞いて)
    荒れ野に 三日
      (戦争を止めようと)
    あるいてきたのさ
      (やって来たけれど)
    ほらほらほらそこ
      (ほら、そこに)
    火の粉がのぼる
      (戦争の炎が天へと上ります)

    こんなイメージですね。「南海譜」と同じ世界です。谷川雁。教科書には出てきませんがガチの「反戦詩人」です。

    今日も最後に30分の時間が余るように工夫をして練習を組み立てました。そして最後の30分で「コタンの歌」を通しました。これは来週もそうするつもりです。
    先々週「地に足が着いた表現」を目指そうとして、かなり深い表現を要求し、そして成果を上げました。
    しかし、その深い表現を追求すればするほど、いわゆる「攻撃担当メンバー」と「防御担当メンバー」との間に経験値の差が生まれてしまいます。
    漢字でも計算でも、クラスの中で経験値の差を過大に生み出すことは良い学級経営とは言えません。これは嶋田先生の信念です。だから緊急事態宣言が出ている間(練習への参加を自粛するメンバーがいる間)は「コタンの歌」は最後の30分で1回だけ通す…という練習にします。
    だからねぇ、ひとつだけお願い。「攻撃担当メンバー」と「防御担当メンバー」もCDを聴いて、歌詞だけは全部覚えておいてくださいね。
    そして宣言が解除されて全員が揃ったら、ここ一番、乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負をしましょう。その準備を全員で努力しましょう。
    よろしくお願いしますネ。


  • 準備を全員で努力しましょう

    【令和3年2月6日(土)】
    今日は「白いうた青いうた」から練習を始めました。というのはですね、アンケートの結果が3集が同点という結果となり、困ってしまってワンワンワワンと鳴いた後、新実先生に相談したのです。以下にメールの内容を記します。

    新実徳英先生
    寒い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
    10月から「空」ホームページ団員専用エリア(団員以外聴けません)に「白いうた青いうた」全曲を聴ける環境を整え、1月末を〆切にアンケートを取りました。結果は以下のとおりです。
    曲集「われもこう」   12票
    曲集「火の山の子守歌」 10票
    曲集「南海譜」     10票
    曲集「ぼくは雲雀」   10票
    「1・2・3集から14曲」4票
    曲集「はたおりむし」  2票
    2集を選ぶので「われもこう」を1ステージは良いとして、残りの1集をどうするか…。嶋田が決めることは簡単ですが、「われもこう」に対比する曲集は何がベターか、ここは新実先生に相談させていただきたく思います。新実先生にしか分からない曲集の色というか相性のようなものがあろうかと思いますので、お考えをご教示ください。
    それにしても、このような接戦(?)になろうとは思いもよらないことでした(笑)。
    ちなみに「やさしい魚」は楽譜を購入配布し、少しずつ練習を始めております。

    嶋田さま
    接戦というのは子どもたちが迷い悩んだ結果でしょうね。
    いろんなことを伝えたいのですが、ここは一つ、子どもたちの弾ける空間を作るべく〈ぼくは雲雀〉にしませんか。小物打楽器もあちこちに配する、といったやり方で。
    いかがでしょうか。
    新実徳英

    新実徳英先生
    ありがとうございます。
    明日、さっそく楽譜を発注いたします。
    ご指導よろしくお願いいたします。

    と、このような流れで決定しました。
    「白いうた青いうた」は53曲全て、メロディーの音楽です。メロディーを自信を持って歌えることが何よりも大切です。メロディーを歌えない、あるいは知らない状態でパートを決めてハーモニーを作る練習をしたって何の意味もありません。
    だから、例年この時期に行っている「耳を鍛える」「正確な音を取る」「メロディー大切にする」という練習にピッタリなのです。
    この考えにしたがって今日は
    「われもこう」「なぎさ道」「卒業」「ぼくは雲雀」
    この4曲を、徹底的にメロディー中心で歌いました。
    この練習に約1時間を投入しています。参加できなかったメンバーもぜひHPの団員専用エリアの参考音源を聴いてみてください。楽譜を見ながら参考音源を聴けば欠席したことにはなりません。立派に練習したことになります。
    しかし、思うところあって、「われもこう」では部分的にハーモニーを作りました。みんなに配ってある印刷楽譜のP15です。
    P15の3小節目から10小節目、歌詞で言うと「にわかに秋の日 輝く深い紅」の部分です。ここはソプラノもメゾソプラノもアルトも、みんなメロディーになっていて、その三つのメロディーが重なった時にゼツミョーなハーモニーを生み出すからです。だからメロディーの練習とハーモニーの練習が同時にできる。すばらしい部分です。
    P15の2段目は楽譜を見ただけでも「輝く」「深い」「紅」という歌詞が美しく絡み合っていることが分かります。ちなみに東海メールクワイアーで「われもこう」を歌った時、嶋田先生のパート(セカンドテナー)はメゾソプラノのラインでしたが、嶋田先生はそれがメロディーだと思っていました。実はソプラノのラインがメロディーなのですが、それに気付いたのは最近です。「われもこう」を歌ったのは2000年でしたから約20年もの間、どこがメロディーだか間違って覚えていたことになります(涙)。
    それから詩のイメージをいろいろ伝えましたが、これはユックリと膨らませていきましょう。

    最後に30分の時間が余るように工夫をして練習を組み立てました。そして最後の30分で「コタンの歌」を通しました。これは来週もそうするつもりです。
    先週「地に足が着いた表現」を目指そうとして、かなり深い表現を要求し、そして成果を上げました。
    しかし、その深い表現を追求すればするほど、いわゆる「攻撃担当メンバー」と「防御担当メンバー」との間に経験値の差が生まれてしまいます。
    漢字でも計算でも、クラスの中で経験値の差を過大に生み出すことは良い学級経営とは言えません。これは嶋田先生の信念です。だから緊急事態宣言が出ている間(練習への参加を自粛するメンバーがいる間)は「コタンの歌」は最後の30分で1回だけ通す…という練習にします。
    だからねぇ、ひとつだけお願い。「攻撃担当メンバー」と「防御担当メンバー」もCDを聴いて、歌詞だけは全部覚えておいてくださいね。
    そして宣言が解除されて全員が揃ったら、ここ一番、乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負をしましょう。その準備を全員で努力しましょう。
    よろしくお願いしますネ。

  • 地に足が着いた表現

    【令和3年1月30日(土)】
    総務の方から連絡が入ると思いますが、4月4日の第24回定期演奏会は無観客での開催と決定しました。ステージは十分な間隔を確保するために左右の花道からステージ下まで使って並ぶという具体案を示しました。またステージ上でもマスクを使用することも盛り込まれました。
    開催中止…という心配もあった中で、まずはメンバーにとって嬉しい結果になったことと思います。去年の2月から練習を続けてきた努力を精一杯に発揮しましょう。
    また、11月のメモリアルリハーサルと合わせて「小さな目」「鮎の歌」「童謡」「コタンの歌」と並ぶステキなCDを作りましょう。「コタンの歌」でズッコケたらステキなCDにはなりません。あと一息、みなさんの力を貸してください。

    今日もスタート時にはメンバーが少なかったので「もう少し人数が増えるまで待ちましょう」と言って「歌はともだち」P115の「どこかで春が」を紹介しました。集まっていたメンバーの誰も知らない曲だったからです。P80の「里の秋」は一人だけ知っていたようです。
    どちらの曲も16小節で、「このくらいの長さなら一回聴いただけですぐに歌えるようにしましょう。それができるような聴き方をしてください」と言ってから鍵盤ハーモニカを吹きました。で、どちらの曲も一回聴いただけで正確に歌うことができました。これ、毎回書いていますし、それほど大したことじゃないと思っているかも知れませんが、実はとても大変なことで、大切な力なんですよ。聴く…ってことができなきゃあ音楽はできませんのでね。大したことなんです。はい。
    「どこかで春が」は合唱部分も完璧に歌ったことを報告しておきます。

    さて本題です。「コタンの歌」については先週、「表現は地に足が着いていない」と書きました。そう書いた以上、どうすれば良いのかとか、どこがどう足が付いていないのかをキチンと説明しないといけません。
    まず使ったのが7曲目の「パナンペ・ペナンペのリムセ」です。P67~69までの間に「だから いつも 心の中で(中は)」というフレーズが2回出てきます。ここは思いっ切り明るく温かく。色で言えばオレンジ色だと説明しました。
    しかもP67の「小鳥のカムイが鳴いている」よりもP69の「泉のように澄んでいる」の方を明るさや温かさが強く伝わるようにお願いしました。
    その証拠として、P67の「小鳥のカムイが鳴いている」を切り取ってP69の54小節目と55小節目の間に貼り付けてくださいと言いました。もちろん頭の中で、です。そのようにして歌うと次のようになります。
    「だから いつも 心の中は 小鳥のカムイが鳴いている 泉のように澄んでいる」
    このように歌うと自然に「小鳥のカムイが鳴いている」よりも「泉のように澄んでいる」の方が強い表現になります。みんなの歌声もキチンとそうなりました。
    この作業は楽譜を開いて頭の中で歌ってみれば必ず実感できることと思います。今日の自粛メンバーもぜひ頭の中で歌ってみてください。ナットクできると思います。「そんなことメンドクサイからやらねぇよ」なんて言わないで。1回だけで良いですから。
    つまりP67もP69も思いっ切り明るく温かく歌うのですが、その温かさ明るさには違いがある…ということです。
    同じことがP73とP75に出てきます。こちらも同じ作業をして歌いました。ただし、こちらは思いっ切り暗くて冷たい声で歌うのです。その暗さ冷たさは、「冷たい魚がはね返る」よりも「自分の汚れた背中だけだ」の方が強い表現になります。ぜひ頭の中で歌ってみてください。
    だから明るく歌う1回目は「カニツンツン」という喜びの踊りの音楽になり、暗く歌う2回目は「チュプカムイ ホー」という祈りの音楽になるわけです。ナットクできるでしょう?
    これが先日の合同練習では全て同じように歌われていました。まぁ「チュプカムイ ホー」の祈りの部分が本気の声に聴こえましたが、他の部分は同じような声と歌い方で表現が平坦なんです。立体的じゃなかったんです。
    P67 思いっ切り明るく温かく
    P69 思いっ切り明るく温かくをより強く
    P73 思いっ切り暗く冷たく
    P75 思いっ切り暗く冷たくをより強く
    このように歌うと音楽が立体的になると思いませんか?
    これをできるようにしましょう。P67→P69→P73→P75と、出てきたページの音符を声にするだけでなく、立体的に歌い上げるのです。表現が「地に足が着く」とはそういうことなのです。

    次に「カエルの子守歌」P81の27小節目。ここは21小節目からつないで歌って、27小節目でフッと消えるんです。まるでローソクの炎が消えるような感じで。
    ローソクが消える時、その炎はだんだん小さくなっていきますが、それが目に見えなくなるほど無限に小さくなっていくわけではありません。最後の最後は白い煙を残してフッと消えますね。「そんなこと知らなぁ~い」と言う人は必ずローソクを燃やしてみてください。1本や2本は家にあるはずです。なけりゃコンビニで買ってきましょう(笑)。
    これと同じことが「マリモの歌」の男声部にあります。P18の10~11小節目です。限定公開になっている映像録音を聴くと、東海メールクワイアーは見事にローソクのように消えています。これを真似しましょう。真似じゃなくて、自分に取り入れれば良いのです。
    P79の9小節目から始まるフレーズは全く同じ音でP82の37小節目から繰り返されます。ただしハミングではなく「カエルの子はみんな眠った」という言葉になっています。
    なんで? とチコちゃんに聞かれたら答えられますか?
    たぶん「ボーっと生きてんじゃねぇよ!!!!」と叱られるでしょうね。
    と思っていたら、なんと全員が「私はこう思う」「1回目は◯◯だからハミングで、2回目は△△だから言葉になる」と答えてくれました。
    チコちゃんは一つしかない正解を知っていますから番組は成立します。10人が出した10通りの答えがみんな正解だったら番組になりませんよね。
    ですが音楽では「10通りの答えがみんな正解」で良いのです。大切なことは「歌う人が自分のイメージ」を持っているかどうかです。
    だから、もし「う~ん、わかんなぁ~い」なんて言う子がいたら「ボーっと歌ってんじゃねぇよ!!!!」と叱られるでしょうが、今日の「空」には叱られる子は1人もいませんでした。

    次は「ムックリの歌」。5小節目と10小節目と15小節目に「ムックリの音の中を」があって23小節目に「ムックリの音は」と続きます。この4回の「ムックリの……」を同じように歌うと音楽が平坦になります。地に足が着いていない表現になってしまうのです。
    どうすれば良いか。ヒントは後に続く歌詞の中にあります。
    5小節目の「ムックリの」の後は「白鳥が渡ってゆく」です。緑の大地、真っ青な空、金色に輝く太陽、その中を飛んでゆく純白に光る白鳥。この色彩感。緑、青、金、そして純白。これを5小節目の「ムックリの」の歌い方に生かしましょう。
    男声部の9小節目の最後は、だから高いシに音が上がります。
    10小節目の「ムックリの」の後は「女(おばあちゃん)が咽んでいる」です。灰色の暗い部屋の中で、おばあちゃんが一人ぼっちで咳こんでいる。この暗い色彩感。灰色の中。これを10小節目の「ムックリの」の歌い方に生かしましょう。
    男声部の14小節目の最後は、だから低いシに音が下がります。
    15小節目の「ムックリの」の後は「雨が降っている」です。これは温かく。つまり、この雨は家の中に降り込んでおばあちゃんを濡らす雨ではなく、おばあちゃんの辛くて苦しい心を慰める「慈愛の雨」なのです。慈愛の色。それは絵の具で表現できる色ではありません。みんなの心の中にある色です。これを15小節目の「ムックリの」の歌い方に生かしましょう。
    男声部の16小節目は、だからハミングではなく「アー」と動いて答えます。
    そして23小節目。後に続くのは「アジサイ色に濡れている」です。それは「愛の色」でしょう。絵の具でもクーピーでも出せない色です。
    最後の「女たちの永遠の悲しみに」は永遠に続く地獄のような「絶望の悲しみに」ではなく、おばあちゃんの悲しい心の中に広がった七色のアジサイの光の色なのです。だから湯山先生は23小節目の「ムックリの…」だけに「アジサイ色に濡れている」と男声のエコーを加えているのです。
    この一連の「ムックリの」の声と歌い方が立体的にイメージされた時、みんなの「ムックリの歌」は地に足が着き、感動的な表現になるはずです。みんなで力を(心を)合わせましょう。

    結論。「地に足が着いた表現」とは、ページの上に書かれている音符を再現するのではなく、その小節やそのフレーズ、そしてフレーズとフレーズとの関連性をいかに立体的に表現するか…ということなのです。そして、なぜ? と聞かれた時に「自分なりの答え」「自分なりのイメージ」を持っているということ。正確な音程だけではなく、美しい声でもなく、その音程と声を支える「自分の表現」なのです。

    あとは時計との相談で8曲全部を歌い通す時間となりました。しかし、嶋田先生が伝えようとしたこと、やってほしいと思ったことを、全て実際の声と表現にしてくれたメンバーに感謝します。
    集まった人数の多い少ないではない、一人一人がそのように「やろうとしてくれたこと」に無限の価値と喜びを感じる嶋田先生でありました。

  • 録音を湯山先生のご自宅に持って行っても良い

    【令和3年1月24日(日)】
    結論を先に書きます。
    大健闘のリハーサルでした。「空」メンバーの頑張りにも脱帽ですが東海メールクワイアーの頑張りにも同時に深い感謝を捧げ、「空」にも東海メールにも拍手を贈りたいと思います。
    13時過ぎから始めたリハーサルは2回の休憩をはさんで15時30分から全曲を本番通りに通して歌いました。「空」のメンバーに「立って歌いませんか?」とお願いしたら、東海メールのメンバーも全員立ってくださいました。出てきた歌声はまさに、今できることを全て出し尽くそう、練習不足の部分はあっても気持ちを込めて全力で歌おう…という演奏でした。
    「空」も東海メールも予定している人数の約半分です。それでも一人一人が自分が持っている力を振り絞り、お互いに助け合って集中して歌い尽くした35分でした。
    そうなったのには理由があります。1回目の休憩の後、嶋田先生が

    今度の土曜日に父母総会があります。そこで4月4日の本番をどのようにして行うか、あるいは行わないか、それを決定します。今の状況を考えると「中止」という結論が出されることも当然ありえます。無観客での開催でも…とお願いをするつもりですが、開催か中止かを決定するのは私(嶋田)ではありません。父母総会です。
    「中止」という決断がなされる可能性がゼロではない以上、「コタンの歌」を歌うのは今日が最後になるという可能性もゼロではないわけです。だから今日の最後で全曲を通して歌って、みなさんの歌声を録音・録画しておきたいのです。

    と、お願いしました。それを受けての全曲通しでした。
    福永陽一郎先生や田中信昭先生(みなさんに配ってある「コタンの歌」CDの指揮者)や湯山先生に聴かれたら、そりゃあキズだらけで危ないところだらけの演奏だったはずです。はずです…はなくて、でした…です。
    でも、今日初めて歌い合わせた演奏なのです。みんなが男声パートのハーモニーを聴いたのは今日が初めてだったわけです。普通なら何度も何度も歌い合わせて、1曲に3時間くらいかけて表現を練り上げるのです。
    それを今日初めて顔を合わせたメンバーが、1曲の練習は15分くらい歌っただけなのです。それを8曲全部。その事情を話せば福永先生も田中先生も「ホントウですか?」と言ってくださると思います。だから今日の録音を「初めての合同練習ですが…」と前置きはしますけれども湯山先生のご自宅に持って行っても良い、と嶋田先生は思っています。
    そう思えるような最後の演奏でした。本当に感謝です。ありがとうございました。
    しかし…。
    当たり前のことですが完全な表現ではありません。当たり前のことですが今日初めて聴いた男声パートに合わせたわけですから、表現が中途半端で地に足が着いていないのです。これは「空」だけではなく、東海メールクワイアーだって初めて女声パートと合わせたわけですから、表現が自分のものになっていません。これは事実ですし、歌っていたみなさん自身が一番分かっていることと思います。これは当たり前のことです。
    だから、これからが面白くなる。表現を練り上げて練り上げて、自分のものになっていく楽しさ。コロナのせいで準備期間が長すぎましたが、ホントウはここからが合唱の面白さなのです。

    今日来てくださったセカンドテノールは2名でした。あと3名は自粛(昨日の話で言えば防御)されています。バリトンもあと2名、バスもあと2名、トップテノールもあと1名増えるはずです。
    「空」も同じ状況です。コロナがすっかり消えて準備練習に取り組んだメンバーが全員揃ったら、いったいどんなハーモニーになるのでしょうか。そう考えると期待は膨らみます。コロナに負けるな!!!という言葉は、こういう意味なのかなぁ…と心の底から思います。
    最後に東海メールクワイアー団員全員に今日配信された一斉メールを転載しておきます。


    東海メールの皆さま
    1月24日(日)の練習報告です。
    会場は、名古屋市芸術創造センター リハーサル室でした。
    参加者は、トップはNMさん、HMさん、KTさん、セカンドはNAさん、嶋田さん、KUさん、バリトンはSAさん、TTさん、YNさん、バスはOYさん、SIさん、SYさん、KSさんとSSの合計14名でした。また「空」関係でWさんとKさんが男声を支えてくださいました。
    久しぶりの参加はKTさんとTTさんです。
    合唱団「空」のメンバーの皆さんと「コタンの歌」全曲を本番さながらの緊張感をもって練習しました。
    30日(土)に「空」父母会が開かれる予定で、ここで4月の演奏会をどうするのかが決定されます。
    観客なしであっても開催したいというのが嶋田先生や私たちの願いでもありますが、父母会が中止を決定すれば今後の練習も当然中止となります。
    つまり場合によっては今日の練習が「コタンの歌」の最後の練習となるわけですので、練習の最後に全曲の通し演奏を行い、録画をしました。
    「空」の皆さんにとって、1年間をかけて練習をしてきた成果を何か残してあげたいという嶋田先生の思いを受けて、今できる精いっぱいの演奏をしました。
    愛知県の新規感染者は日曜日ということもあって200名を久しぶりに下まわりました。
    明日以降の状況次第で、緊急事態宣言が2月7日までで終わるかどうかが決まります。
    練習計画については、今後のお知らせを注意深く確認ください。
    今後の予定は、次の通りです。
    緊急事態宣言期間中は生涯学習センターの夜8時以降の利用ができないため、木曜日の練習をお休みにしています。
    そこで1月28日、2月4日、11日は、練習をお休みとします。
    2月18日(木)19時~ 中生涯学習センター
    2月21日(日)13時~ 熱田生涯学習センター 「コタンの歌」
    2月25日(木)19時~ 中生涯学習センター 「コタンの歌」
    2月28日(日)13時~ 芸術創造センター・リハーサル室 「コタンの歌」合同練習


    あっと、もう一つ最後に、「白いうた青いうた」のアンケートの〆切が次回の30日です。ぼく知~らない…なんて言わないで、自分の意思を示してください。必ず嶋田先生に手渡すか、852-5407にFAXしてください。大事なことなので、みんなからの返事(回答)は紙レベルで保管しておきたいのです。よろしくお願いいたします。

  • 攻撃と防御は表裏一体

    【令和3年1月23日(土)】
    今日はサスガに人数が少なくて寂しいムードでした。でも「コタンの歌」を全曲確認し、練習会場当番だったお母さんの言葉を借りれば「この人数で歌っているとは思えないスゴイ響き」だったということでした。
    何しろ先週の「ソラノート」で「このコロナの状況で土曜日曜レンチャンは不安だなぁ」なぁ~んて迷うくらいなら「土曜日は自粛して日曜日を優先してください」という意味のことを書きました。
    まだまだ受験も真っ最中で、本来の「空」の年間スケジュールならば、曲の練習よりも「耳を育てる」「声を育てる」という基本のトレーニングに専念する時期です。
    それが混声合唱組曲「コタンの歌」を全曲歌おうってんですから、本来ならば正気の沙汰じゃぁない。
    でも、今日のメンバーの響きは本当に良かったです。

    発声練習では速いテンポの1・3・5・7曲目を使いました。「どんなふうに歌いたいか」という表現についてはメンバーの中に浸透しているので、ザーっと歌い飛ばすことができます。ただ、明るく楽しくゲラゲラ笑うような声で…とか(P49)、心の底から神に祈るような強い声で…(P73~74)などという指示は嶋田先生の口から出てきました。

    「アツシの歌」にはdolce、テヌート、espress.、dolciss.、Molto espress.という記号がたくさん出てきます。全部で11カ所あるかな。これらは全て「ていねいに」「思いをこめて」と思ってください。だからテンポのゆらめきが多く、情感あふれる表現になります。
    このあたりのテンポのゆらめきは今日のメンバーだけでも高いレベルで表現されていて、今日のメンバーも流石(さすが)なのですが、東海メールクワイアーを含めて全員での表現になると全く違うレベルに高まる可能性があります。ここらへんは、やってみないと分かりません。すごく緊張感の高い、同時に楽しみな部分でもあります。

    緊急事態宣言が出ていて、何人かのメンバーから明日24日の合同練習を「自粛します」という連絡が来ています。
    そのメンバーにお願いしたいのは、「ここで自粛することは勇気が要る、必要な判断だ」と思ってほしい…ということです。何も恥ずかしいことではない。大きな視点(してん)で見れば、あなたが大事を取り自粛することは合唱団「空」を守ることにつながります。そこのところを間違えないでほしい。
    では、今日集まったメンバーは、自粛しない、つまり合唱団「空」を守らないメンバーなのかというと、そうではない。
    今日そして明日の練習に参加してくれるメンバーは、攻撃することで合唱団「空」を守っている。
    今日・明日を自粛するというメンバーは、防御することで合唱団「空」を守っている。
    どちらも「空」を守ることになっているんです。そこのところをキチンと理解してください。
    嶋田先生は将棋五段(もちろんアマチュアの五段)ですが、将棋の格言に「攻めるは守るなり 守るは攻めるなり」というものがあります。これは攻撃と防御が同じものであり、表裏一体のものであることを教えています。
    ところが将棋は一手しか指せません。一手で攻撃と防御を同時に指すことはできず、一手だけ見れば攻撃か防御かどちらかになります。
    将棋で一手しか指せないのと同じように、みんなも明日は一手しか指せません。つまり攻撃の一手を指すか、防御の一手を指すか、どちらかしか指せないのです。これは人生でも同じことが言えます。
    しかし、攻撃か防御か、そのどちらも合唱団「空」を守ることにおいては同じ意味があり同じ値打ちがあります。

    とりあえず明日の練習に参加してくれる「攻撃担当者」は、気を付けて移動してくださいね。会場の芸術創造センターリハーサル室は200人入れる広い部屋なので「密」は心配ありません。あとは手洗い・検温・マスク着用など。
    どんな成果と課題があったか、続きは明日のソラノートで報告します。

  • 一人で歌うことの大切さ

    【令和3年1月16日(土)】
    愛知県にも緊急事態宣言が出されて心配が続いています。受験生は大変な状況ですね。42年前、初めて行われた共通一次試験を受けた嶋田先生としては、試験会場の様子もよく覚えていますし、その緊張感も覚えています。その上のコロナ対策ですから、想像することもできないプレッシャーがあることでしょう。まだ明日があります。心からエールを送ります。平常心で。ね。

    緊急事態宣言が出されたものの、春の時と大きく違うことは、ホールでのイベントOK、音楽プラザの使用もOK、そこで合唱をしてもOK…ということです。もちろん十分な感染対策を施しての話ですが、「空」も東海メールもその対策は万全です。
    学校では部活動もOKです。ようするに不要不急の外出と多人数での会食に対する宣言と言っても良いでしょう。
    みなさんも同じでしょうが嶋田先生も普段は外出をほとんどしません。コンビニに買い物に行くのと三重県の父親の家に行くくらいで、あとは東海メールと「空」の練習です。外出はそれだけ。これは学校へ行くのと部活動に行くのと同じレベルですね。

    今日はウレシイことに見学者がありました。だから…と言うわけではありませんが、「あめふりくまのこ」を歌って聴いてもらいました。
    その練習はけっこうレベルの高いもので、楽譜を見ないで一人ずつ歌ってもらいました。気を付けることは音程で、歌詞はマチガッても良いことにしました。一番歌詞を間違えたのは誰あろう嶋田先生です。まぁ、歌詞を間違える子はいませんでしたけれども、声が小さくて表現が縮んでいる子はいました。声が小さいということはいろいろな原因がありますが、その大きな原因の一つに「歌詞に十分な自信がない」ということがあります。結果、間違えないで歌えたとしても、
    ①絶対の自信があって100回歌っても間違えない
    というレベルと
    ②何とか最後まで間違えないでたどり着くことができた
    というレベルでは大きく違います。①も②も100点なのですが、同じ100点でも意味は全く違います。
    「あめふりくまのこ」のような曲では、ぜひ①になってほしいな…と思います。これは無理な注文ではないと思うし、みんなも①になった方が楽しいと思うのです。
    ただし、嶋田先生が気を付けてみんなの声を聴いていたのは音程です。全員が一人で、1番から5番まで全部歌ったわけですから、自分でも自分の音程を確認することができたことでしょう。たまにはこのような練習も良いですし、原点に立ち返ったこのような練習が必要かつ効果的なものであることは間違いないところです。
    見学の子はどう感じてくれたのかな。また来週も来てくれると良いですね。
    続いて「おはよう太陽」も歌いました。これは一人で歌うことはしませんでしたが、ハーモニーの確認に重点を置きました。パートの人数バランスが悪かったのですが、よくハモりました。一人一人が正確な音程で歌っているからです。

    後半は「カエルの子守歌」から始めました。今日は「カエルの子守歌」に一点集中したと言っても良いでしょう。
    9小節目から20小節目までのフレーズ、これは37小節目から48小節目のフレーズと全く同じ音程です。リズムや歌詞は違いますけれども音程は同じだからハーモニーも同じ。
    71小節目から78小節目に3回目の同じフレーズが出てきたと思ったら、最後のアルトの音だけが違う。アルトの音はレではなくドになっています。これで前の2回はレファラのハーモニーでしたが3回目はドファラのハーモニーになる。この変化を味わいたいですね。
    それから「空」全員で共通理解しておきたいことがあります。それはP81の33~34小節目です。
    33小節目は全員同じです。ここはソプラノとアルトの女子は「レレレレ ラ♭シー」と歌ってください。メゾソプラノとアルトの男子で「レレレレ ラーー」と歌います。
    34小節目は
    ソプラノ   「ラララ ミファー」
    メゾソプラノ 「ラララ ミーー」
    アルト女子  「ラララ ラ♭シー」
    アルト男子  「ラララ ラーー」
    と、このように処理しましょう。そのように共通理解しておいて、その上で本番でマゼコゼになっても構わない。ミかファか、あるいはラか♭シか、その音程さえ守ってくれればマゼコゼでも良いのです。ただ「どうすりゃ良いのさ」と迷わないために、上のように役割分担だけはしておきます。
    最後の40分で「コタンの歌」を全曲通しました。今度こそは「船漕ぎ歌」から「カエルの子守歌」まで8曲全部を歌い通しました。楽譜から目が離れる部分もかなり増えてきて頼もしく思いました。大感謝です。

    来週23日に、もう一度「コタンの歌」を確認し、翌日24日(日)には東海メールクワイアーとの合同練習に臨みます。合同練習に漕ぎつけるまでに11か月かかりました。誰も悪くない、みんなコロナのせいですが、11か月温め続けたパワーを思い切りぶつけてください。責任は嶋田先生が取ります。
    なお、24日の練習会場の芸術創造センターリハーサル室は200名入れる大ホールです。仮に「空」と東海メールクワイアーが全員参加したとしてもMax60人ですから、一人一人の間隔を前後左右2メートル離すことが可能です。当日は嶋田先生がそのようにイスを並べます。
    「密」に対する対策はバッチリ。これにマスク着用に手指消毒に検温に参加者名簿での参加者確認は「空」よりも東海メールの方がキビシイくらいです。
    もし、感染対策で「土曜日と日曜日とレンチャンで行くのは不安だなぁ」という心配があるのなら、日曜日の方を優先してください。日曜日に参加するために土曜日を自粛すると言うのなら、それはアリだと思います。それで土曜日の参加者がゼロになったら、ちょっと寂しいですが仕方がないと嶋田先生は思っています。

    明日の日曜日、その東海メールクワイアーは「コタンの歌」を練習します。午後から昭和生涯学習センターで。「コタンの歌」の楽譜だけを持ってくるように…との連絡が回っていて、他の曲は練習しません。
    がんばってきますね。
    受験生のみんなも、がんばってね。

  • 「春の歌」「朝の歌」から一気に「秋の歌」「夕暮れの歌」へ

    【令和3年1月9日(土)】
    あけましておめでとうございます。令和3年が「空」だけではなく、全ての合唱関係者にとって、また全世界の人々にとって良い年になりますように…と祈っています。
    それから受験まっただ中の中学3年生と高校3年生には「どうか頑張ってください」とエールを送ります。集中して、時間を大切に…。月並みなエールしか送れない非力な嶋田先生ですが、心から祈っています。

    さて、令和3年の歌い初めは「地球はひまわり」からスタートしました。そうと決めていたわけではなく、集まったメンバーとパートのバランスを見た上での即時の判断です。
    出てきた歌声は柔らかい。どちらかと言えば春の歌よりも秋の歌を歌うとピッタリの声です。朝の歌よりも夕暮れの歌を歌うとピッタリ…とも言えます。
    秋の歌や夕暮れの歌を歌うのにピッタリの声ですから悪い声ではありません。そのような歌を歌う時には強力な武器になる声です。しかし、いつも書くように(言うように)曲に合った声あるいは表現が大切です。曲の世界が春なのか秋なのか、あるいは朝なのか夕暮れなのか、それは小学生でも瞬時に分かる(感じる)ことができるはずです。
    1回目の「オラリラリララ」は♯ドから始まります。2回目の「オラリラリララ」はシから始まります。そして続く「ぼくらの星は」はラから始まりますね。つまり音が低くなっていくわけで、それに合わせて見事なくらい声も暗くなっていくのです。明るい響きを保つトレーニングが必要だな…と思いました。これは今日集まったメンバーに限った話ではないと思います。
    でもね、今日のメンバーは間違っているわけではないのです。どんな曲でも(ベートーヴェンやモーツァルトでも)音域が低くなる時は声が自然に暗くなります。いわば「声の音楽」のセオリー(常套手段)でありまして、今日のメンバーがやったことは正解中の正解であったと言えるわけです。
    ですが「曲に合わせた声や表現」となると話は別になります。「地球はひまわり」の世界を表現するためのセオリーは、「音域が低くなるほど声を暗くする」というセオリーよりも上位になるので、「明るく明るく」と繰り返したわけです。

    その後は「コタンの歌」にしました。1月24日(日)には東海メールクワイアーとの合同練習が控えています。会場の芸術創造センターリハーサル室は200名は入れる広い会場なので「密」については心配ありません。手洗い・うがい・マスクの着用・検温などに気を付けていきましょう。
    とにかく初めての合同練習ですから「空」の子には自信を持って臨んでほしい。そのために、今日のメンバーの自信が少しでも高まってくれれば…との願いがありました。
    「船漕ぎ歌」の「ホーマイホー」は「ホー」が大切です。「マイ」には付いていないアクセントが「ホー」には全部付いています。網をガーンと引いている瞬間あるいは船を漕ぐ艪(ろ)をガーンと引っ張る瞬間に出てくる掛け声が「ホー」です。だから全部アクセント。なかなかエネルギッシュな表現になりました。
    「マリモの歌」はブレス(息継ぎ)のタイミングです。P20の19小節目と20小節目の間にはブレスがありません。しかしここは「言葉が聞こえるか」を優先します。「歯がゆいほどの 静けさの中で」とノンブレスで歌えれば一番良いのですが、つないで歌って苦しくなって「静けさの中で」という言葉が消えてしまってはイケナイ。苦しくて言葉が歌えなくなるのならブレスした方が良いのです。だから19小節目と20小節目の間にブレスしても良いことにしました。ただし、つながるものならつなげて歌ってください。
    「熊の坐歌」は素晴らしかった。
    「アツシの歌」は後半P41からの表現です。みんなの心の中にあるイメージが問われる部分です。「だけど見てごらんよ。おばあちゃんの心は生きているよ。ホラ、縦糸にも。ホラ、横糸にも。おばあちゃの心が刻まれているんだ」と気付いた喜びを思いっ切り明るく歌い出します。しかし50小節目から「縦糸にも 横糸にも 縦糸 横糸」とエコーするうちにウワーっと暗くなっていく。続く「おばあちゃんの悲しみだけが残っていたんだ」と歌う部分につながる、急激な転換(てんかん・切り替わること)です。この50~51小節目は東海メールクワイアーと呼吸を合わせる必要がある部分です。
    いわば「春の歌」「朝の歌」から一気に「秋の歌」「夕暮れの歌」へ持っていく部分ですね。「地球はひまわり」の声から一気に「荒城の月」の声に持っていくわけです。たのむぜぇ~。お願いしますよ~。
    次の瞬間、一気に「怒り」に変わる。動かなくなった機織り機が今、織っているのは「アツシではないんだ!!!」「それを自分は分かっていたのか?」という自分に向けた怒りです。
    そして「虹色の願いだけが 切なく織られていたんだ」という気付き。これは気付いた喜びの「春の声」でしょうか?それともおばあちゃんの死を悲しむ「秋の声」でしょうか?
    どちらでもないと先生は思います。喜びでもない、悲しみでもない。朝でもなく夕暮れでもなく、春でもなければ秋でもありません。
    おばあちゃんの残した「愛」が自分の心の中にスゥーっと入ってきた、その瞬間の「真っ白になった自分の心」。
    みなさんはどう思いますか?

    以下、7曲目の「パナンペ・ペナンぺのリムセ」まで一気に歌い通しました。すごい効率でした。

    前後しますが練習の最初で「白いうた青いうたアンケート用紙」を配りました。歌いたい曲集を二つ選んで◯を二つ付けるアンケートです。今日欠席のメンバーには郵送で送ってもらうように手配しました。嶋田先生に直接手渡すか、FAXで送ってください。「今日出しても良いですよ」「今出しても良いですよ」と言いましたが、誰も出しませんでした。〆切の1月30日までジックリ考えようとする子ばかりのようです。
    何度も繰り返しますが、音源はホームページの団員専用エリアにアップされています。とても難しいアンケートになると思いますが、楽しく気楽に、そして真剣に考えてください。

  • ソロの練習は失敗しました

    【令和2年12月26日(土)】
    1行目の【 】の中に令和2年と書くのも今日で終わりになります。次回は令和3年と書くことになります。何か特別なことをしようかなぁ…などという思いも頭をよぎりましたが、その「特別なこと」を思いつかず、けっきょくいつもと同じ練習を地道に繰り返すこととなりました。
    特別なことはありませんでしたが、今年最後…ということもあってか思いのほか多くのメンバーが集まってくれて、充実した練習をすることができました。メンバーに大感謝です。
    年が明けた1月の終わりには「白いうた青いうた」の楽譜を注文しなくてはなりません。だから次回1月9日(土)の練習の時に「白いうた青いうた投票用紙」を配りたいと思います。参加できなかったメンバーには郵送してもらい、全員に届くようにします。
    この「投票用紙」は二つの曲集に◯を打てるようにしておきます。つまり一人2票あるわけです。
    投票をしやすくするために12月5日から今日までの4週間「白いうた青いうた」を紹介する発声練習を組み立てました。しかし投票は、この期間に(あるいはコロナが心配で最近ずっと)休んでいたメンバーも投票してください。
    そのために全員に楽譜を手渡し(郵送し)、ホームページで参考音源を聴けるようにしてあります。
    「みんなで作るステージ」が第25回定期演奏会のコンセプトです。そのコンセプトのスタートすなわち「投票」には、「白いうた青いうた」を紹介する練習に参加したか欠席したかは関係ありません。その子の「やる気」が全てです。「これを歌いたい」という「思い」が全てです。嶋田先生は、仮に白血病で(水泳の池江選手のように)1年間入院しているメンバーがいたとしても、その子に「投票」するチャンスがあるべきだと思い、その子が戻ってきた時に一緒に歌える合唱団「空」であるべきだと思うのです。だからと言って白血病なんかにならないでくださいよ。
    この投票の集計を1月30日(土)に行い、結果を新実先生にメールで伝えて了解を取り(新実先生はすぐに返信メールをくださいます)、2月そうそうに楽譜を発注する予定です。
    クソッタレコロナのせいで「ステイホーム」の年末年始になりそうです。それを逆手に取って「白いうた青いうた」がみんなの心の中に膨らんでくれるといいな…と思います。

    さて、今日の紹介コーナーは
    曲集「南海譜」から「海」
    曲集「火の山の子守歌」から「夢幻」と「落葉」
    曲集「われもこう」から「忘れ雪」
    曲集「第1・2・3」から「夜と昼」
    です。
    欠席していたメンバーも楽譜があれば分かりますから書きますが、こんなことを「海」では言いました。
    ねぇねぇ、嶋田先生は男だから分からないんだけどさ。女の子ってこういう詩をどんなふうに感じるのかなぁ…
    「この世は二つの手品をして見せる」
    その一つ目の手品は
    「私の腕から沖へ逃げ出す島」であり
    二つ目の手品は
    「あなたの足元に動かなくなる虹」だと歌うのです。
    おお、何というロマンチックな世界。男である嶋田は頭がグラグラします。ですがこの詩の主体「わたし」は明らかに女性であり、「空」の女子メンバーがどう読みどう感じるのか知りたい!!!!
    しかし本当に知ることは男である嶋田には無理だと思うのです(涙)。
    詩は続きます。
    「この世は二つの
     飾りをつけている
     私の首にはサンゴが生まれる波
     あなたの髪には人魚がこぼした砂」
    おお、自分もこんな恋がしてみたい。こんなことを言ってくれる女性がいたら幸せだあああ~!!!!
    奥さんにはナイショですけれども。
    あるいはこんな詩を読んで一人でグラグラしている男って、やっぱりヘンタイなのかなぁ(涙)。みなさんはどう思いますか?

    なぜ今日は4つの曲集だったのかと言うと、去年までの取り組みによって「ライオンとお茶を」「あした生まれる」など、みんなが知っていた曲が10曲以上あるからです。それをプラスすると
    曲集「南海譜」は紹介した4曲と「南海譜」で5曲
    曲集「火の山の子守歌」は紹介した5曲
    曲集「われもこう」は紹介した4曲と「薔薇のゆくえ」で5曲
    曲集「第1・2・3」は紹介した4曲と「ともだちおばけ」「壁きえた」「無名」「盲導犬S」で8曲
    曲集「はたおりむし」は紹介した3曲と「八月の手紙」「恐竜広場」で5曲
    曲集「ぼくは雲雀」は紹介した3曲と「あした生まれる」「小さな法螺」「ライオンとお茶を」で6曲
    となります。「第1・2・3集」は14曲の中の8曲ですからだいたい同じ割合。
    もちろん去年いなかったメンバーもいるし、紹介コーナーを欠席したメンバーもいますから、一人一人が知っている曲数は差があって当然です。そこは仕方がないし、参考音源でカバーできるはずです。
    投票の結果がどうなるか。これはアメリカの大統領選挙よりも面白い。嶋田先生だったらこれとこれっていう思いは当然ありますが、全部メンバーに任せてしまった。だって歌うのはみなさんなんだもの。
    お金を払って友達に「この曲集に投票してよ」と頼んだり、仲間と共謀(きょうぼう)して「この曲集にしようよ」と圧力をかけたりしても先生には分かりません。しかし今、話題になっている政治と金の問題などは、ようするにこのような反則なのです。おお、合唱団「空」で政治や選挙の不合法を学習する。すごい合唱団だ!!!

    「やさしい魚」は1曲目の「感傷的な唄」を歌いました。これは曲の練習ではありません。徹底的にメロディーラインを全員で歌うことに終始しました。この川崎洋の詩も深い内容がありますので、ついつい詩の内容について話してしまいましたが、その内容はここでは触れません。やっぱり直接メンバーに伝えるべきことと考えます。
    それにしても感心するのはメロディーラインだけとは言え「1回聴いたらスグに声として音を再現できる」能力です。相当にムズカシイ旋律だったと思うのですが、耳は(聴く力は)一流だと思います。

    短い休憩の後、「コタンの歌」の「カエルの子守歌」のソロを確認しました。ここは少し失敗しました。全員でソロパートを確認し、一人一人に歌ってもらったのですが、そもそもソプラノパートに書いてあるソロであり、アルトのメンバーには無理は要求であったかも知れません。高い音を歌い切れないメンバーも数人いて、彼女たちにはよけいなプレッシャーをかけてしまったかも…と反省しています。ごめんなさい。
    その場で言ったのですが、嶋田先生もソロは苦手です。セカンドテノールなのですからトップテノールのような高い声は出せません。だからメンバーにも分かっておいてほしいのですが、そのソロを歌えなかった、その音を出せなかったということと、合唱団員メンバーであることとは違うということです。ソロなんかやらなくてもハーモニーの柱になっていることが最も大切なことです。今日の(あるいは先週先々週の)練習は、あくまでも練習の場での「力試し」であり発声のトレーニングであったということです。練習の場ではどんな失敗もズッコケもあるし、あって良いのですから。
    「コタンの歌」のハーモニーは本物です。歌ったのは後半の4曲です。今日も全員で歌ったわけではなく、参加してくれたメンバーだけでの話ですが、「いったい全員が集まったらどんな響きになるのだろう」と、この嶋田先生が分からなくなるようなハーモニーでした。

    本当にいろいろあった1年でした。
    2月の大中先生コンサートは素晴らしい歌声でした。
    6月の合唱祭は中止。8月の合宿も中止。東海メールクワイアーとの合同練習も老人ホーム慰問コンサートも全部中止。
    11月のメモリアルリハーサルは歌声は素晴らしかったのですが無観客ネット配信となってしまいました。
    そんな中でも来年の4月そして10月の演奏会に向けて前向きに取り組む子供たちに、最大の敬意を表します。そして父母会のみなさんに最大の感謝を申し上げます。
    ありがとうございました。そして頑張りましょう。
    良いお年をお迎えください。

  • 30年前の子どもたちにゴメンナサイ

    【令和2年12月19日(土)】
    うーん、やっぱり耳って大切だな…と実感して練習から帰ってきました。「聴く力」です。今日の練習は大部分が「聴く力」を大切に…という話だったと振り返っています。
    その手始めは先々週から始めていて今日が3回目となる「白いうた青いうた」の紹介です。
    来年10月の第25回定期演奏会で歌う曲集をメンバー自身で決めるために、実際に声に出して歌ってみて、どんな曲かという理解を深める…というのが目的ですが、(みんなも耳にタコができているとは思いますが)聴いたメロディーを今すぐだったら正確に声に出して再現しよう…、それができるような「聴き方」をしよう…というわけです。
    実は先週の練習から今日までの間に、三重県の津市の父のところに2日間行っていました。その他の日は主に資料の片付けをしていました。自分の授業を記録したカセットテープやビデオテープ、写真、子供たちの記録など、膨大な資料を整理する必要があるのです。45分間回しっぱなしにして録音した授業のカセットテープを聞くと「まぁ何というヘタクソな授業だったのか」と今さらながらに恥ずかしくなります。
    その資料の中に合唱部のビデオテープやカセットテープがあります。この一週間整理していたのは平成元年度の音源資料でした。
    当時の宝南小学校は部員は70名。4年連続でNHKコンクール名古屋市1位、2年連続愛知県代表で、元年度は全国大会で銅賞受賞という、いわば全盛期の子どもたちの歌声です。
    しかし音程が悪い。複雑なメロディーになると各パートの音程が決まらず、だからハーモニーにも曇りがあります。
    当時のメンバーの名誉のために補記しておきますが、小学生のハーモニーとしては超一流のレベルです。よくもこんなふうに歌ってくれたものだと感心します。しかし音程が良くない。
    当時のメンバーに「ごめんなさい。もっとキチンとした練習をしてあげるべきだった」と言いたいです。反省し、恥ずかしくなりました。
    小学生のハーモニーとしては超一流かも知れませんが、合唱としては二流三流です。今日の「空」の方が格段に正確な音程であり、正確なハーモニーです。
    「空」は小学生だけではなく中学生高校生もいるのですから、比べること自体に無理があるのですが、それにしても同じ嶋田先生が指導しているわけで、いったい何が違うのだろう…と反省するわけです。今日の「空」の10数人と、全国大会出場の70人の小学生と、声の厚みやパワーはともかく音程に限って言えば全くレベルが違う。圧倒的に今日の「空」の方が上です。
    整理したビデオテープは平成元年7月7日とありましたから楽譜を手渡して練習を開始してから3ヶ月後の記録です。ほぼ毎日練習して3ヶ月。でも音程が決まらない。対して今日の「空」は全員が初めて歌う初見のメロディー、つまり練習開始1日目です。初めて歌う曲なのに音程はピシッと決まっていた。
    同じ嶋田先生なのに何が違うのか。そりゃぁ30年間、嶋田先生が年を取ったんだわさってのは事実ですが正解ではありません。
    指揮のテクニックから言えば30才の嶋田先生の方が今よりも良いかも知れません。ですが、当時の(30才の)嶋田先生がやっていなかった練習方法がある。それが分かりました。
    ピアノの弦を声で鳴らすというトレーニングは30年前に発見した方法ですから当時もやっています。鍛えるべきパートの前に座って鍵盤ハーモニカで音程を補助することも30年前にもやっていました。
    30年前にやっていなくて今やっているのは、「聴いた音をスグに声で再現する」という今日のトレーニングです。もう一つは「全員で全部のパートを実際に歌うこと」です。
    決定的な違いはメンバーの「聴く力」です。「聴こうとする力」と言っても良い。当時のメンバーに「ごめんなさい」と言いたくなったのはその部分です。

    今日は
    曲集「はたおりむし」から「はたおりむし」
    曲集「第1・2・3集」から「島原」
    曲集「われもこう」から「とげのささやき」
    曲集「南海譜」から「鳥舟」
    曲集「火の山の子守歌」から「夏のデッサン」
    曲集「ぼくは雲雀」から「なぎさ道」
    の6曲を紹介しました。
    最初に書いたように、曲の紹介というのは表の話で、聴いた音をスグに声で再現するというのが裏の話です。もちろん裏の話の方が重要であり、それが十分に達成された(30年前にもやってあげたかった)トレーニングになったことを、今日のメンバーへの感謝とともに報告したいと思います。

    続いて曲集「やさしい魚」の中から第5曲目「やさしい魚」の続きです。ですが先週のソラノートに書いたとおり、来年度の(第25回定期に向けての)パートも決まっていない状況でハーモニーを作ろうとするのは無理があると思ったので、主旋律を全員で歌って最後まで通すことを重視しました。
    だから「白いうた青いうた」と同じように、「聴いた音をスグに声で再現する」ための耳の練習の続きみたいになりました。
    新実先生の音楽は独特のハーモニーと各パートが複雑に絡み合う構造に魅力と特徴があります。だからメロディーだけを通して歌っても新実先生の音楽の魅力は理解できません。その意味で今日のメンバーは苦しかったと思うし、今日感じたイメージが「やさしい魚」の全てではありません。しつこいようですが今日の練習は「耳の力」に尽きます。

    後半は「コタンの歌」。主にソロを確認しました。また来週も確認します。全員の声を聴いた上で「誰と誰を組み合わせると最も効果的か」を考えたいのです。全員が練習に出席するということはなかなか難しいので嶋田先生も苦しいのですが、毎週少しずつ確認していくことでカバーしていきたいと思います。

  • 幸福な王子

    【令和2年12月12日(土)】
    今日は最後にビックリしました。後半で「コタンの歌」を全部通すつもりで歌っていったのですが(けっきょく最後の「カエルの子守歌」は時間切れで歌えなかったけど)、「パナンペ・ペナンぺのリムセ」の最後の和音(P78の下段)がバーンと決まりました。一瞬、50人くらいいるのかと思った。すごい響きでした。理由は…? ……分かりません。

    今日も発声練習の時間には「白いうた青いうた」を紹介しようと思っていました。つまり全員が初見で歌うわけです。この「初見」という点を生かして、ノドの発声練習ではなく、耳の鋭さを育てる練習をしようと思っているわけで、先週から始めたわけです。
    「聴く力」「鋭い耳」と書くとカンタンなようですが、実際にそのような力や耳を育てることは時間がかかるはずです。しかしキチンと練習すれば必ず伸びる。身長や体重と同じで、1日で5㎝伸びたり5㎏増えたりすることは有り得ませんが、キチンとご飯を食べていれば1年後には5㎝だって5㎏だって確実に伸びて増えます。
    肝心なことは「耳のトレーニング」をやってもやらなくても命に関係はありませんが、「ご飯を食べる」ことをやらないと命に関係してくるということです。だいたいお腹が減って辛い。ツラいのはイヤだから誰でもご飯を食べる。だから人間は全員、身長と体重が増える。(大人になると増えなくなります)
    しかし「耳のトレーニング」はやらなくてもゼンゼン辛くない。だから歌が好きな人しかしない。合唱団に入ろうなんて思う人でも、たぶん半分くらいの人は真剣に「耳のトレーニング」をしない。歌って楽しけりゃいいさっていうレベルです。
    歌って楽しい…これは大原則です。ですけれども「楽しい」とか「きれい」とか「きたない」とか「大きい」「小さい」といった言葉はみんな「い」で終わります。形容詞と言います。つまり3年生の国語で言えば「様子を表す言葉」ですね。
    これらは分かりやすくて使いやすい言葉なのですが、実は非常に分かりにくいのです。「きれいだなぁ」と言いますけれども、何がどのようにキレイなのか…と聞かれるとなかなか上手く説明はできません。先生が「オモシロイ」と思うテレビ番組を奥さんが「うわぁ、ツマラナイ」と言うことなんてしょっちゅうです。
    つまり「歌って楽しい」の「楽しい」はいろんなレベルがあって、人によっては全く違うのです。だから単純に「☆楽しけりゃいいさ」という合唱団があっても良いのです。
    申し訳ないけど嶋田先生が合唱団「空」で実現しようとしている(つまりメンバーに味わってもらおうと思っている)楽しさは、もうちょっとだけキビシイものです。と言うか高いレベル。今日の練習の最後で響いた「パナンペ・ペナンぺのリムセ」のハーモニー。これが実現したら★楽しいですよね。
    で、☆の楽しさと★の楽しさとは少し違うわけなんです。★の方が少しキビシクて高いレベルの楽しさです。
    その★の楽しさを実現するための「耳のトレーニング」なわけです。これはキビシイです。
    そのキビシさを新実先生が助けてくれます。「白いうた青いうた」を使うことによって、キビシイなんて思うことなく耳のトレーニングを進めることができます。それにしても美しい(これも「い」が付く言葉だ)メロディーですね。歌ったのは
    「ぼくは雲雀」から「自転車でにげる」
    「火の山の子守歌」から「青い花」
    「第1・2・3集」から「十四歳」
    「はたおりむし」から「春つめたや」
    「南海譜」から「ぶどう摘み」
    「われもこう」から「われもこう」
    の6曲です。初めて見る楽譜で、ピアノか鍵盤ハーモニカか、あるいは嶋田先生が歌って聴かせるか、とにかく1回聴いただけですぐに歌うわけなんです。それも4~8小節のまとまりとして。
    歌詞を間違えたって音が少し狂ったって問題にはしません。ピアノが鳴ったり先生が歌ったりして「聴いている時」に、いかに集中して聴いているか、ここが勝負です。
    この練習、昨日や今日に始めたトレーニングではありません。だからこれまでの成果もあって、発声練習だけでなく音取りもドンドン進みます。「自転車でにげる」の最後の難しいハーモニーも一発で作ることができます。それだけではなく「十四歳」などは上のパートも下のパートも(二部合唱の曲です)歌っておいて、1曲通してハーモニーを作ることができました。「耳の力」は確実に高まってきています。ですが、これからも磨きをかけていきましょう。
    これで先週と合わせて12曲を紹介することができました。第25回定期演奏会でどの曲集を歌いたいか、そのような「思い」の高まりにも期待しています。

    ここまでで10時30分。次は新実徳英先生の名曲「やさしい魚」の楽譜(これは正式な楽譜です)を配りました。5曲からなる組曲で、その第4曲目は「鳥が」です。湯山先生の音楽で溢れかえっているメンバーの頭を新しい感性へとチェンジする意味もあり、何よりも第25回定期演奏会に向けての取り組みをスタートさせるという意味もありました。
    最初に歌おうと選んだのは5曲目の「やさしい魚」です。合唱組曲のタイトルにもなっているのですから、5曲目の「やさしい魚」が組曲全体の中心に位置することは想像がつくでしょう。いわば合唱組曲「鮎の歌」の5曲目が「鮎の歌」になっているのと同じ意味ですね。
    何よりも、みんなが大好きな「鳥が」の次に配置されている曲です。どんな曲なのか早く知りたいでしょうし、先生だって早く知ってほしいと思っていました。
    しかし「鳥が」でもそうなのですが、そうカンタンにアッサリと歌える曲ではありません。しかも新実先生独特の、各パートが複雑に絡み合う部分があり(「鳥が」で言えば「トァララ」と絡み合う部分)、一筋縄にはいきません。しかも第25回定期演奏会でのパートも全く決まっていないのですから、全員が全てのパートを歌って確認していくという、例の地道な時間のかかる(しかし確実な)音取りとなりました。約40分で半分ほど進むことができたのは予想以上の大健闘だったと思います。
    ここで音楽の内容について書いても意味はありません。今日の初見メンバーは半分しか歌っておらず、参加できなかったメンバーは楽譜すら持っていないのですから。
    だから、ここでは詩の内容について書くこととします。
    『幸福な王子』という、アイルランドのオスカー・ワイルドが書いた童話を知っている子がいるかもしれません。こんな話です。

    ある街に「幸福な王子」と呼ばれる像がありました。この国で若くして死んだ王子を記念して立てられたこの像は、両目には青いサファイア、腰の剣には真っ赤なルビーが輝き、身体は金箔に包まれていて、とても美しく輝いていました。
    冬を越すために南の国へ行こうとしていたツバメが寝床を探し、王子の像の足元で寝ようとすると突然上から大粒の涙が降ってきました。王子は街の不幸な人々に「自分の身体の宝石をあげてきてほしい」とツバメに頼みます。ツバメは王子の剣に使われていたルビーを病気の子供がいる貧しい母親にとどけ、両目のサファイアを幼いマッチ売りの少女に持っていきました。南の国に渡ることを中止し、街に残ることを決意したツバメは街中を飛び回り、両目をなくし目の見えなくなった王子に色々な話を聞かせます。王子はツバメの話を聞き、まだたくさんいる不幸な人々に「自分の身体の金箔を剥がして与えてくれ」と頼むのでした。
    やがて冬がきて王子はボロボロの姿になり、南の国へ行けなかったツバメも次第に弱っていきます。ツバメは最後の力を振り絞って王子にキスをし、彼の足元で死んでいくのでした。
    この様子を見ていた神は王子とツバメを天界に入れ、そして王子とツバメは楽園で永遠の幸福を得たのでした。

    この童話を知っていると、5曲目の「やさしい魚」に詩人が込めたイメージが膨らむことは明らかです。

    この後、最初に書いたように「コタンの歌」を通しました。最後のハーモニーだけではなく、どの曲も力強いハーモニーが響きわたったことを、大きな喜びとして報告しておきます。