SORA NOTE

嶋田先生から空のみんなへ


目標はメロディーを捉える

【令和3年2月13日(土)】
今日は「白いうた青いうた」をたくさん歌いましたよ。まぁメロディーだけですから、防御担当者も「あぁ~ん、アタシ、置いてけぼりになっちゃう~ん」なぁんて心配しなくてもヨロシイ。先週も今日も来週も同じですが、嶋田先生が集中して聴いているのは、今歌ったり鍵盤ハーモニカで出したりした音をスグに歌う時、どのくらい正確に音を再現できているか…という「音の聴き方」です。聴き方を聴いている…っていうと変な言葉ですが、再現の仕方を聴いている…と言い換えてもヨロシイ。
歌った曲は以下のとおりです。

曲集「われもこう」から「忘れ雪」「火の粉」「とげのささやき」「就職」
曲集「ぼくは雲雀」から「自転車でにげる」「ふたりで」「わらべが丘」

どの曲も目標はメロディーを捉える(とらえる)こと。だから楽譜を開いてCD(HPの専用エリアの参考音源)を聴いてくれれば、防御担当者と攻撃担当者とに差が付くことはありません。せいぜい「自転車でにげる」とか「ふたりで」の最後の2小節でハーモニーを作ってみたくらいです。

ですが、1曲だけハーモニーを作って楽しんだことを報告しなくてはなりません。楽しんだと言うよりも嶋田先生にとっては驚いたと言うべきでした。
それは「就職」です。この曲はCDを聴いてもらえばスグに分かりますが、日本やヨーロッパの音楽ではありません。東南アジアの音楽です。インドネシアのガムランとかケチャと言うと「あっ、5年生か6年生の時に授業で少し聴いたかも」と思ってくれるメンバーがいるかもしれませんね。
これらの音楽は、どこで始まったのか、あるいはどこで終わるのか、明確でないという特徴を持っています。ホント、CDを聴いてくれればナットクしてもらえると思いますが、別に楽譜どおりにスタートしなくても、5小節目から始めても9小節目から始めても17小節目から始めても、曲の感じはゼンゼン変わりません。
逆に、楽譜どおりに終わらなくても、4小節前で終わっても8小節前で終わっても12小節前で終わっても、曲の感じはゼンゼン変わらないのです。まぁ、終わる時には少しずつデクレッシェンドしてテンポをゆっくりにしていけば、どこでも終わった感じになります。
そもそもピアノ伴奏の左手の楽譜を見てくれれば、「なんじゃ こりゃぁ」という形をしているでしょう?
(印刷楽譜が届いていないので確認できない…というメンバーがいたら、必ず嶋田先生まで電話をください。すぐに送ります)
HPの専用エリアのコンピュータ音取り音源を開いて、各パートの音を聴いてみてください。「なんじゃ こりゃぁ」というサウンドが飛び出してきます。このコンピュータ音源を聴いて「おお!これは美しい音だ。ぜひ友達にも教えて、クラスで歌ってみたい」と思うメンバーは絶対にいないと思います(笑)。
だから今日の練習で「はい。それではメロディーを歌いましょう」なぁんてことをやると、今日の攻撃担当者は全員、合唱がキライになります。
だからハーモニーを作ってみないと分からない。曲の魅力が分からないんです。で、この曲はハーモニーを作ってみた。
ところがそのハーモニーがスゴイ。11小節目の3拍目(ソプラノなら「よあけに」の「に」の部分)なんぞはソプラノがミ、メゾソプラノが♯ファ、アルトが♯ソになっていて、完全なクラスター(音の固まり)です。
これはドミソでハモって「ああ楽しい」なんていう世界ではない。地獄を覗いて見たような、陰鬱(いんうつ)な、とにかくキョーレツな世界です。
ホント、ぜひ一度、HPの専用エリアのコンピュータ音源と歌唱音源とを聴き比べてみてください。音程だけは正確無比のコンピュータの音が、いかに無味乾燥(むみかんそう)なツマラナイ音かが分かると思います。逆にこれを人間の声で組み立てると、何とも言えない味わいがある。と嶋田先生は思う。
この段落の最初に「楽しんだと言うよりも嶋田先生にとっては驚いた」と書きました。この地獄を覗いて見たような陰鬱(いんうつ)なハーモニーが響くではありませんか。これはオドロキでした。もちろん全員が初見に近い状態ですから、自信がなくてフラフラとした不安定な声になることもありましたが、それにしても「就職」という曲の世界を作って味わうことができました。これは予定していなかったオドロキでした。

あと、谷川雁の詩を説明しました。「火の粉」は

この世のかたすみ
  (この世界のどこかで)
たき火がはじけます
  (爆弾が爆発しています)
そろわぬ口ひげ
  (父のヒゲがバラバラになり)
帽子がころげます
  (首がちぎれて吹っ飛びます)
さそり わし座
  (空にいる神様たちが)
うわさにこがれて
  (戦争の話を聞いて)
荒れ野に 三日
  (戦争を止めようと)
あるいてきたのさ
  (やって来たけれど)
ほらほらほらそこ
  (ほら、そこに)
火の粉がのぼる
  (戦争の炎が天へと上ります)

こんなイメージですね。「南海譜」と同じ世界です。谷川雁。教科書には出てきませんがガチの「反戦詩人」です。

今日も最後に30分の時間が余るように工夫をして練習を組み立てました。そして最後の30分で「コタンの歌」を通しました。これは来週もそうするつもりです。
先々週「地に足が着いた表現」を目指そうとして、かなり深い表現を要求し、そして成果を上げました。
しかし、その深い表現を追求すればするほど、いわゆる「攻撃担当メンバー」と「防御担当メンバー」との間に経験値の差が生まれてしまいます。
漢字でも計算でも、クラスの中で経験値の差を過大に生み出すことは良い学級経営とは言えません。これは嶋田先生の信念です。だから緊急事態宣言が出ている間(練習への参加を自粛するメンバーがいる間)は「コタンの歌」は最後の30分で1回だけ通す…という練習にします。
だからねぇ、ひとつだけお願い。「攻撃担当メンバー」と「防御担当メンバー」もCDを聴いて、歌詞だけは全部覚えておいてくださいね。
そして宣言が解除されて全員が揃ったら、ここ一番、乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負をしましょう。その準備を全員で努力しましょう。
よろしくお願いしますネ。


Comments are closed.