• 和音を聞くだけでメロディーが聴こえてくるような感覚これこそが耳で聴いて育つ、真の「音楽の力」です

     12月20日(日)の中部国際空港セントレアでのクリスマスコンサートの練習からスタート。まずは童謡。定期演奏会での充実した響きを12月まで継続させるために、全ての曲を1回ずつ通しました。これは問題なく進みます。時々で良いですから、CDを聴いていてください。

    次に「きよしこの夜」の資料を配りました。楽譜と英語の歌詞とその意味と、英語の読み方をカタカナにしたものです。
    カタカナさえふってあれば、先生がとやかく言わなくても、きれいな英語に聞こえるからたいしたものです。フォスターの成果と言えるかもしれませんね。
    ですが、「きよしこの夜」での練習は、発音や音程を含めて、ある「ねらい」を持っていました。それは、目が見えなくても音楽ができる…という力です。
    だから、「できるだけカタカナの歌詞を読まないように」と指示しました。サイレントナイト、ホーリーナイト、オールイズカム、オールイズブライト、ラウドヤン、バージンマザー、アンドチャイルド、ホーリーインファントソー、テンダーアンドマイルド、スリープインヘブンリー、ピース。これで全部です。これくらいなら頭に入っていても損はない。英単語のボキャブラリーを増やすのにも多少は役立つことでしょう(笑)。かなりしっかりと覚えている子が増えていることは確かな手ごたえとして感じます。

    英語っていうものは、目で読んで、手で書いて、ということも大切ですが、もともとは会話。聞いて話す力です。赤ちゃんが日本語を覚える時、最初に書き始めるか…。最初は聞くことのはずです。次は話すこと。みんなだって、そうだったはずです。
    同じことが音楽にも言えます。楽譜を見て、それを読む力はもちろん大切です。ですが、音楽することの根源的な力は、「聴くこと」であるはずです。

    メロディーを確認した後、ピアノで和音を弾きます。C(ドミソ)、F(ドファラ)、G7(ソシレファ)の単純な構成ですが、この和音を聴くだけでメロディーが聴こえているような感覚になると良いのです。「どう?メロディーが聴こえる?」と聞くと、みんな「聴こえる」と答えてくれます。本当に聴こえているかどうか、耳の穴をほじくって確かめるわけにはいきませんが、「聴こえる」と言うのだから間違いないでしょう。
    その「聴こえる力」。これこそが「音楽の力」です。「音楽の力」とは目で見て育つものではない。耳で聴いて育つものです。

    メゾソプラノの音とアルトの音。みんな初めて見る楽譜です。これを和音だけを聴いて歌っていきます。けっこうできるものです。けっこう…と言うより、ほぼ完全に、音をとることができました。
    先生の本音を言えば、今の「空」の子が、そのくらいのことができる力を持っていることは分かっているのです。この練習では「そのような力が自分たちにあるのだ」と実感してもらうことをねらいました。そして「その力をもっと高めたい」と思ってくれれば、とても嬉しい。大成功となります。

    3声に分けて歌うときれいでしたね。またやりましょう。しかし、本番は飛行場のロビーですから、その場の判断で全員ソプラノのメロディーのみ…と指示するかもしれません。
    どちらでも対応できるようにしておく。これほど楽しく、面白いことはありません。

    湯山先生の合唱組曲「鮎の歌」の楽譜が届いています。先週は「雉」をやりました。だから後半は「いちごたちよ」を歌うことにしました。
    先生が歌って聴かせる。それを聴いていて、すぐに自分たちで歌う。聴いた旋律を、すぐに歌う。その繰り返しで、全員が3つのパートを、最初から最後まで通すことができました。音楽は「聴く力」が全てです。
    浜田先生にピアノ伴奏を弾いてもらいます。それを聴いて、歌う旋律が聴こえてくるかと確かめてもらいます。「聴こえる」という答えが返ってきます。
    このように全てのパートを歌っていくことで、全員がどのパートになっても対応できる力を付けるようにする。これも大きなねらいです。

    なかなかに充実した練習をすることができました。月曜日から期末テストになる人たち、健闘を祈ります。がんばってください。では、また来週。

  • すばらしい成果をあげた定期演奏会から1週間第20回定期演奏会に向けて新たな一歩

    すばらしい成果をあげた第19回定期演奏会から1週間。その余韻にひたる間もなく、第20回定期演奏会に向けての練習を開始します。もちろん振り返ることは大切ですが、人生も音楽も常に前にしか進みません。今日という日は、ただ1点、明日というものにのみ存在する1日なのです。

    12月20日(日)に中部国際空港セントレアでのクリスマスコンサートを控えていますから、まずはそのコンサートに対する共通理解を図ります。事前に伝えておいたのは、第19回定期演奏会の第3ステージ(童謡)を、そっくりそのままクリスマスコンサートのプラグラムにする…ということでした。

    音楽というものには(ここでは音楽=クラシック音楽と思ってください。ロックやポップスなどは対象外です)大きく分けて2種類あります。その第1は「聴く人に安らぎを与えるもの」です。つまり聴いているうちに眠くなるものですね。そして第2は「聴く人に元気を与えるもの」です。つまり聴いているうちに目覚めて元気になるものですね。
    嶋田先生個人としては、「ネムチェンコじいさん」「くじらの子守唄」「きいろいちょうちょ」などはメチャクチャ好きな曲です。しかし、飛行場でブラブラ歩いている人や買い物に関心がある人、あるいは外国人や音楽が好きではない人たちもいる中で、じっくりと音楽を聴かせることは不可能です。そういう状況では、パッと聴いた瞬間に、1秒以内で惹きつけるような音楽でなくてはなりません。そのような状況で、先に記した曲は明らかに不向きです。
    代案として考えられるのは、「地球はメリーゴーランド」「おはよう太陽」などの曲。これらは「安らぎを与えるもの」ではありません。「元気を与える」ものです。実際に、集まった子たちに、「老人ホームや病院での慰問コンサートで、きょーうのおひさま、しずんでも、また、あたらしいかぜがふくって歌ったら、お年寄りや病気の人はどう感じるだろうね」と投げかけてみたら、全員が納得の表情でした。そのような場では、「ネムチェンコじいさん」「くじらの子守唄」「きいろいちょうちょ」などが珠玉の輝きを放つはずです。
    で、嶋田先生が後ろを向いて目を閉じた状況で挙手による選曲委員会を設けたところ、以下のような曲目となりました。

    ○ヘイ、タンブリン
    ○ゆきってながぐつすきだって
    ○あひるのスリッパ
    ○おはなしゆびさん
    ○山のワルツ
    ○地球はメリーゴーランド
    ○地球はひまわり
    ○おはよう太陽
    ○大漁
    ○きよしこのよる

    このうち、「きよしこのよる」は英語でいきます。楽譜は来週に配ります。それにしても、めっちゃ元気が出るプログラムですね。

    後半は、合唱組曲「鮎の歌」から「雉」を練習しました。嶋田先生にとってもウィーン以来、3年ぶりの「鮎の歌」です。
    「雉」という曲は、本当にすばらしい曲です。詩の内容、ストーリー性、それを表すピアノ伴奏の構成、3つのパートが生み出すハーモニーのドラマティックな響き。どれを取っても日本の少年少女合唱の歴史の中で5本の指に入るものです。
    わずか1時間足らずの時間で、新しいパートも決まっていないのに(つまり全員で全てのパートを歌うという、いつもの時間がかかる方法をとったにもかかわらず)最初から最後まで通してしまいました。
    充実した練習でした。「きよしこのよる」も、楽譜なしの状態で先生の口伝えで、まがりなりにも英語で歌えたのは、耳が育っている証拠です。

    「空」のみなさんの、ますますの努力に期待します。それから期末テスト、がんばってくださいね。

  • 「アホー」に血が通い、共感の高まりを感じます最高の演奏になるかもという期待が出てきました

     11月1日(日)は「空」だけで素晴らしい「東北の讃歌」を聴くことができました。
    その前の「童謡」も、東海メールクワイアーとの「フォスター」も充実した響き・表現でしたので、今日は「チコタン」です。そして、本番前日のゲネプロを除けば演奏会に向けての最後の練習…ということになります。

    まずは発声練習も兼ねて団歌「うたにつばさがあれば」。
    各パートを1回ずつ音程確認して、4回目で合わせます。よい響きだったと思います。何よりも指揮なしで歌うことが前提ですから、表現の主体性が育っていくことが嬉しいです。
    一点、注意しておきました。2番冒頭のハミングです。楽譜に書いてあるとおりの表現をしましょう。すなわち、ソロが終わった後のクレシェンドをしっかり…ということです。
    このクレシェンドは、ソロが「あの子に伝えたい」と歌っているうちに始めると、ソロの歌詞が聞こえなくなってしまいます。あくまでも、ソロが「伝えたい」と言い終わった後で響かせて「雲で作った…」に持っていってください。これが成功すると、感動的な表現になります。

    さて、「チコタン」です。
    「なんでかな」は「どないしょう」が弱い。メゾとアルトが強く出てからソプラノがさらに強く追いかける形になります。そして、「ぼくはあなたを」と「食べてもたろか」は、出るタイミングを合わせるために、必ず指揮を見てください。
    「プロポーズ」は1年間、温めていた一言を言い放ちました。
    「チチチチチチチ…」「ぼぼぼぼぼぼぼ…」「およおよおよおよおよおよおよ…」なんか、どうだって良い! ということです。
    これらは緊張して「どもっている」わけであって、大切な言葉ではありません。大切な言葉とは「チエコさん」「ぼくぼくの」「およめさんに」「なってください」です。この言葉をエネルギッシュに、強い表現で歌うことができればよいのです。都合で練習に参加できなかった人は、頭の中で歌ってみてください。「どもり」の部分を無視して下線部だけをしっかり歌うのです。どうですか?納得できるでしょう?
    では、どうして、その「どうだって良い」部分の練習を、あれほどやったのか?という疑問がでてくることと思います。いったい何回「はっきりと」「みんなで揃えて」「ちゃんと7回言うんだ」などと言ったことでしょうね。しかも、一人ずつ歌ったこともありましたね。
    それは、これらの練習が必ず他の部分に生きてくるからです。どの曲の、どの部分に生きてきたか…ということをハッキリと示すことはできません。ですが少なくとも、みんなは力を付けました。どんな力かというと、
    ①決められたテンポにのって単純な発音を繰り返すことの難しさを知る
    ②単純な発音でも、しっかりと7回繰り返すことの難しさを知る
    ③それを実行するためには、前奏をよく聞き、呼吸を整えて、スタートを狙わなければ歌えないことを知る
    ④これら①②③に実際に取り組んでできるようになる
    ということです。楽しくもあり苦しくもあり、なんでできないんだろうという落胆もあれば、失敗の繰り返しで爆笑ということもありました。
    でも、あの練習で培った力は、絶対に「東北の讃歌」や「フォスター」に生きています。
    本番では気楽にやりましょう。ただし、前に書いた下線部だけはハッキリと歌ってください。
    「ほっといてんか」は「母ちゃんのあほたれ」の次の「何で僕一人だけ産んだんや」は激しく、「父ちゃんのあほたれ」の次の「何で魚屋なんかしたんや」は絞り出すように、ということです。理由は、ピアノの伴奏を見ればすぐに分かります。
    「プロポーズ」は中間部、3声に分かれて「チコタンチコタン、ニッコリわろた」と歌う部分の音程に問題があります。何回か繰り返し、パートごとに鍵盤ハーモニカで確認し、いろいろ手を尽くしました。鼻腔共鳴の話もしましたが、これは文章化は難しいので14日に言います。そして、かなり正確になってはきましたが、これはすぐに元に戻る可能性があります。また、何よりも、参加できていないメンバーが同じ病気(?)にかかっているかもしれず、だとしたら、集まったメンバーだけに時間を投入するのはロスが大きい。だから、「かなり正確になってきた」段階で切り上げました。14日に確認します。
    「だれや」は良くなりました。「アホー」は血の通った表現になってきました。みんなの「ぼく」に対する共感の高まりを感じます。最高の演奏になるかもしれない…という期待が出てきました。

    時間が10分余りました。そこで「地球はメリーゴーランド」「ヨット」「サスケとともだち」「おはよう太陽」を歌いました。パーティー用の歌です。暗い暗い「メリーゴーランド」でした。爆笑です。「だれや」の後に歌うと、こんなに暗くなるのだ。これは、みんなの歌った「だれや」が本物だったという証拠です。
    ですが、ちょっと待てよ。ということは、本番で「だれや」の後に歌う曲は「夢見る人」です。暗い暗い「夢見る人」になる危険性が…???

    プログラムが完成したので配布しました。美しいプログラムです。湯山先生をはじめとして、大中先生・池辺先生・新実先生と、4人の作曲家のメッセージが乗っているプログラムなんて見たことがありません。「空」は幸せな合唱団になりました。
    ご尽力いただいた父母会担当の方々に、心から感謝を申し上げます。

    14日(土)はフィオリーレに12時50分集合。湯山先生、女声コーラス青、東海メールクワイアーと全てのキャストがそろいます。楽譜は全て、持ってきてください。
    よろしくお願いいたします。

  • 定期演奏会目前にして、いよいよ「生きた歌声」が!父母会、「青」、「東海メール」の協力おかげです

    この日は女声コーラス「青」はいないので,「空」だけの声を湯山先生に聞いていただくことになります。少し不安に思っていたのですが,25名の参加があり,非常に充実した響きを聞いていただくことができました。

    「へい!タンブリン」は終結部に変更があります。P5,1段目の4小節目。「タン,パン,パン,パン,パン」の後,「ヘイ,ヘイ」を加えます。音はド,ファです。ピアノの右手と同じですが,音を外してもOKです。

    「ゆきってながぐつすきだって」はP7の1小節目「キュッ」にフォルテの記号が抜けています。P8の1小節目はmpの記号が抜けていますから,記入しておいてください。その後の歌声は,指示された強弱記号のとおりにできました。感心です。

    「くじらの子守唄」では1~2番の変ホ長調から3~4番のホ長調に半音上がった時,「明るさを出すこと」という指示がありました。これも即時に対応できました。

    「きいろいちょうちょ」では歌詞についての説明がありました。「黄色いチョウチョはなぜ黄色なのか。当たり前のことなんだけど…」との前置きから,「当たり前のことが,なぜ当たり前なのかを考えると,意味が出てきます」とのお言葉。「お母さんからもらった命」は当たり前のことなんだけど,みんなはなぜ,みんなのお母さんから生まれてきたのでしょう。他の女の人からではなくて,なぜ,あなたのお母さんからだったのですか?
    「そんなこと考えても意味はない」と思うのか,「不思議だな。神様に聞いてみたいな」と思うのか,それによって歌に込められる生命力は決定的に異なってきます。
    みなさんは,どちらのタイプなのでしょうか。

    「おはなしゆびさん」は4~5番でハミングが入った時に「旋律が消えないように」との指示でした。これは嶋田先生の責任です。本番の当日に声量のバランスを見て工夫します。

    10時に始まったリハーサルは50分で終了。10分の休憩をいただき,残り1時間あります。その時間を,「東北の讃歌」を指揮していただくようにお願いしました。前日の「青」との練習に都合で参加できなかった子に配慮して,「空」だけですがお願いします…というつもりだったのす。

    ところが,この1時間は驚くべき時間となりました。1曲目「うみねこの島」から素晴らしい響きです。「青葉の詩」の繊細な表現も,「南部うまっこ唄」や「鮭の大助」のフォルティッシモも,本当に素晴らしい。この演奏を録音することができなかったことが悔やまれます。CDにして発売しても売れるぞ,少なくともこの演奏なら嶋田先生は買う…というレベルでした。本当に驚きました。

    一人一人が自立し,生きている歌声とはこういうものか…という思いを新たにしました。
    女声コーラス「青」の賛助出演がなくても,十分にステージに立てる演奏であることは間違いありません。しかし,半年に及ぶ女声コーラス「青」との合同練習がなかったら,このような演奏力はとうてい育たなかったであろうと断言できます。

    合唱団「空」が歌うこと,合唱団「空」が育つこと。それは父母会の陰の支えがあり,「青」や「東海メールクワイアー」などの協力があったおかげだと,改めて思った2日間でした。

    繰り返して記します。11時から始まった「空」だけの「東北の讃歌」は,本当に素晴らしかった。25人で歌える曲じゃないですよ,「東北の讃歌」は。素晴らしい強弱表現,素晴らしいハーモニー。
    信じられない時間でした。

  • 湯山先生の気持ちがみんなの心に火をつけてさながら本番の演奏を聞いているようでした思わぬハプニングにも完璧な父母会の対応に感謝

    この日の父母会の対応は,まさに的確かつ配慮の行き届いた完璧なものでした。本当に感謝の他ありません。

    湯山先生が久我山のご自宅を出られた後,久我山というくらいですから駅までの道中に坂があり,そこで転んでしまわれたとのこと。名古屋に到着され,全ての練習を終わった後で念のために医者にお連れしたら,結果は唇を2針も縫合する大ケガでした。その他に中央線で人身事故があり,予定していた新幹線に間に合わず,到着が遅れるというハプニング。お迎えと食事に案内する接待係のみなさんは大変だったことでしょう。

    到着された湯山先生は「大丈夫,大丈夫」と言われながらも,顔の傷口には血がにじんだままです。足も打撲があるようで,歩くのも痛々しい感じ。
    父母会が手分けして,ケガの塗り薬や打撲の湿布薬を買いに走ります。その間に練習を開始した湯山先生は,ケガも痛みも何のその…という熱の入ったご指導で,これには「空」の子も「青」のみなさんも応えないわけにはいかない。その気持ちのこもった表現は,さながら本番の演奏を聞いているようでした。

    ダメだしというほどの指摘はほとんどなく,「本番が楽しみです」というお言葉もいただきました。

    その中で,P31の46小節目,アルトは「るんー」と歌うことを確認しました。「るーん」ではありません。48小節目は「るーん」です。確認をお願いします。

    「鮭の大助」の手拍子もうまくいきました。また,それぞれのソリストも,とても美しい響きだったと思います。

    練習が終わった後,父母会がネットで調べた病院へ直行。先に記したとおりの処置と,足のレントゲンを撮り,骨に異常なしを確認。湯山先生も「ありがとうございました。もう,これで安心です」とおっしゃっていました。
    対応された父母会のみなさん,本当にありがとうございました。

  • 交通事故で大切な人を奪われた悲しみ、憎しみ自分の心と精神のすべてを振り絞って想像してほしい

    先週は女声コーラス「青」のみなさんとの合同練習、来週は湯山先生をお迎えしての総合練習というスケジュールの狭間で、この日のメインは「チコタン」です。

    まずは、団歌「うたにつばさがあれば」から。全員で主旋律を歌い、次に鍵盤ハーモニカで各パートを支援しながらハーモニーを作っていきます。
    毎年、同じ工夫をするのですが、終結部「うたにつばさがあれば、お空に飛ばしたい」「あの子に伝えたい」の部分は、メゾソプラノからアルトへ主旋律が移り、他のパートのハミングが強くて主旋律が消えてしまいます。で、バランスを見て、ハミングをしないで主旋律を歌う子を決めています。
    この工夫は、誰が主旋律を歌うのかを今日決めるわけにはいかない。全員がそろった上でパートの声量のバランスを考えなくてはならないので、毎年、決めるのは本番の日の朝です。
    そういう離れ業ができるのは、全員が主旋律を完全に理解しているからできるのであって、その準備を進めた…ということになります。
    ついでに記しますが、2番のソロも当日の朝に決めます。
    残りのスケジュールを考えると「うたにつばさがあれば」に多くの時間は割けません。各自、楽譜を見ておいてください。

    さて、「チコタン」です。繰り返し言ったことは、「もっと乱暴に」「もっと汚く」「もっと激しく」です。上品な言い方をすれば「もっと生き生きと」になるのですが、その上品な言い方では間に合わない。今は、じっくりと表現力の熟成を待つ…という段階ではありません。先生は、今この瞬間に何をすれば良いのか、どうすれば良いのかを具体的に示す必要があり、みんなはそれを実行できるようにする必要がある。今は、そういう段階です。

    リリック(抒情的=じょじょうてき=感情や気持ちなどが、じんわりと外に現れるような雰囲気や文章などを表す言葉)な表現を得意とするみなさんに、「なんでかな」から「こんやく」までの一連の流れを表現してもらうためには、「乱暴に、汚く、激しく」歌ってもらってちょうど良いバランスになります。先生は、そういう計算をしているわけです。

    休憩をはさんで「だれや」です。冒頭の「二人で指切りしたのに」は、かなり良い。ずいぶん怖くなりました。しかし、もっと緊張感がほしい。十分ではありません。
    具体的に書きましょう。「二人で指切りしたのに」は3回繰り返されますが、3回とも違う表現でないとダメです。だんだん悲しみが深くなっていくように…。そして3回目は、「大人になったら結婚しようと」「結婚したら日本一の魚屋になろうと」のような、何を指切りし約束したのかが音符になっていません。本来、そこにどんな「約束」があったのか、みなさんはまだまだ想像して表現していない。そして、その3つ目の約束が音符になっていないのは、悲しみが深くなって「ぼく」の言葉にならなかった…ということで、3回目はそのような極めて深く緊張感のある「二人で指切りしたのに」にならなくてはいけない。

    「一生懸命勉強したのに、良い子になったのに。そやのに…」の次も、歌詞が省略されています。作曲者は音符にしていません。では「そやのに」の次には、どんな言葉が来るのでしょう?そこを想像しないといけない。
    想像とはイマジネーションであり、表現者(つまり、みなさん)のイメージです。その想像がない音楽って何なのでしょう。ただの「カラッポの音の進行」に過ぎません。
    想像のない音楽、イメージのない表現、カラッポの音の進行。そういうことをステージの上でやりたいと思っている子は一人もいないと思います。であるならば、もっと努力し想像してほしい。自分の心と精神のすべてを振り絞って思いやってほしい。と、思います。

    もう少しです。かなり深い表現になりつつあります。現に、最後の「アホー」は11時59分でしたが、今までで一番怖かったです。
    もし、合唱団「空」全員が、他の誰でもない自分で感じ取った想像力を確立させてくれれば、それは掛け値なしの、この世のものとは思われない激しさと憎しみと「交通事故をなくしたい」という思いの爆発となって、ステージの上から聴く人の心を貫いていくことでしょう。
    もう少しです。

    次週は、湯山先生と女声コーラス「青」と東海メールクワイアーをお迎えしての練習です。湯山先生は東京から3時間かけて来てくださいます。東海メールクワイアーは本来のスケジュールの関係で3週間連続の日曜日練習となります。女声コーラス「青」のみなさんも同じような日程でしょう。みんなが「空」の演奏会の成功のために集まってきてくださいます。このスケジュールは1年前から文書でもHPでも公開されているものです。次週の次の合同練習は、本番前日になります。

    合唱団「空」の鋭意努力に期待します。

  • 小学生だって、たとえ30分でも、集中していれば1回聴いただけで音の動きを掴んでしまうことは可能

    この日,嶋田先生は学区内の幼稚園の運動会を小学校でやるということで出校せねばならず,大橋先生に指導をお願いしてありました。ところが16日の18時の時点の天気予報を見て,園長先生が18日(日)への延期を決断され,急遽,嶋田先生が練習できることとなりました。
    ですが,18日の午前に予定されていたウイルあいちでの演奏会打合せも,午後に予定されていた東海メールクワイアーの練習もキャンセルせざるを得ないこととなり,特に打合せでは父母会の担当の皆さんにご迷惑をおかけしてしまいました。

    さて,思いもかけず自分が練習できることとなった嶋田先生は,自転車を走らせながら考えていました。団歌「うたにつばさがあれば」の練習です。1度も歌ったことのない子のためにも,どうしてもやらなければなりません。
    女声コーラス「青」との合同練習は10時からですから,9時30分からの30分が勝負です。
    集まっている子を別室に呼んだのが9時25分。その時点で,初めて歌うという子が3人いました。時間はありませんが,全員でソプラノを歌い,全員でメゾソプラノを歌い,次にアルトを…という方法を取ります。
    30分しか時間がないのに…と,自分でも思いましたが迷いません。この方法が,最も確実な方法なのです。自分のパートだけを知っている…という人は,何も知らないに等しい。相手が何をするか,他のパートがどう歌うのか全部知っている…という人が,初めてスタートラインに立つのです。時間がないのは集中力でカバーです。集中していれば小学生といえども,1回聴いただけで音の動きを掴んでしまうことは可能なはずです。

    この方法の良い点は
    ①全員が全てを理解し,知っている
    これがポイントなのですが,
    ②あっと思って分からなくなった時に,適当(適切に当てて)にハモることができる
    そういう力を付けることが大きいのです。合唱をする上で最も必要な力であって,分かりやすく言えば「正しく間違える」ことができる力です。ソプラノの子が一瞬間違えてメゾソプラノを歌ったとしても,それは全体としてはプラスであり,間違えたことにはならないのです。
    そして,もうひとつ。
    ③去年と歌うパートが変わっていても,すぐに歌うことができる
    実際にいます。去年ソプラノを歌っていた子が,今年はメゾソプラノを担当している。そういう子にとって,普通の合唱団なら最初から音の取り直しになるでしょうが,「空」は去年も同じやり方をしていますから,最初からメゾソプラノの音を知っているわけです。パートが変わっても,そのパートの音を確認するだけですから,すごく効率が良い。
    結論を言うと,30分で必要な作業をほぼ終えることができました。3つのパートを全員で歌い,その後,自分のパートで歌ってハーモニーを作る。鍵盤ハーモニカで各パートを1回ずつ補助しましたから,3回ハモらせて歌ったことになります。
    その間,「あれ?『うたにつばさがあれば』って,こんなにきれいな響きだったっけ?」と,嶋田先生が新しい発見をした瞬間もありました。とても嬉しかったです。

    女声コーラス「青」との合同練習も効率よく進めることができました。音程についての注文はほとんどありません。いかに豊かなイメージをもつか,歌詞をどのように読むかを主に投げかけました。音程とハーモニーが整ったら,あとは表現に魂を入れ,音楽に命を吹き込む作業になるのですが,それができました。感謝です。
    湯山先生によると,「東北の讃歌」はその長大さのせいか,同一の合唱団が単独で全曲を演奏したことはないそうです。初演も4つの合唱団が1~2曲ずつ担当する変則的な形を取っています。
    今回の演奏会は,「東北の讃歌」を同一のメンバーが6曲全てを歌い上げる,初めての演奏になるわけです。しかも湯山先生にとっても初演以来,37年ぶり2回目の指揮。
    現状に満足せず,もっともっと表現を練り上げていきましょう。

    ですが,来週24日(土)は「チコタン」に全力を投入します。あと,「うたにつばさがあれば」とタンブリンの練習。
    その後は31日・11月1日と湯山先生の練習になりますから,来週が勝負です。合唱団「空」のみなさんの鋭意努力に期待します。

  • 湯山先生指導 2日目読む人には文字があり、歌う人には楽譜がありますが、聞く人には文字も楽譜もありません

    湯山先生をお迎えしての二日目。

    この日は湯山先生のボルテージは上がらず、嶋田先生も冷や冷やものでした。
    湯山先生の心中は分かりませんが、おそらく見た目の人数が少なかったことが原因の一つと考えられます。参加者は15人ほどだったかなぁ…。
    中間テストが近いこともありますし、各種の部活動があることも良く理解しているつもりですが、「空」の(特に湯山先生の)スケジュールも1年前からHP上にも公開しているわけですから、次回の湯山先生のリハーサルには鋭意、調整をお願いします。参加人数の問題に関しては、嶋田先生がいかに努力し工夫しても、どうにもごまかしようがありませんので。
    音楽の問題、たとえばパートのバランスとか声の量、言葉の聞こえ方などでしたら、たとえ作曲者であっても、それなりに取り繕い、早い話が「ごまかして」しまうこともできるのですが(ただし、その日のその場しのぎだけですが)、人数だけはごまかせません。

    参加者は良くがんばっていたと思います。「ヘイ!タンブリン」は実際に全員が一つずつタンブリンを持ってのリハーサルとなりましたが、動きも揃って良かったと思います。湯山先生も「面白いですね」と楽しそうでした。

    「くじらの子守唄」では「全体に言葉をハッキリと」という指示がありました。この理由は分かります。阪田寛夫さんの詩は非常にロマンチックな不思議な世界を歌っていて、次にどのような言葉が来るのか(どんな情景になるのか)が予想しにくいのです。
    これを「ヘイ!タンブリン」と比較してみますと、たとえば「陽気なタンブリン」の次の「ダンスが大好きで」という流れは、読み手の予想の範囲に入ります。
    ところが「くじらの子守唄」では「ちがうよ、よくお聞き、海だよ、海の音」の次の「うたんだ海たちの、せき込む音なんだ」という流れは、読み手の意表を突きます。
    読む人には文字があり、歌う人には楽譜がありますが、聞く人には文字も楽譜もありません。音としてしか、声としてしか、世界が存在しないのです。ゆえに「言葉をハッキリと」という指示になるわけです。

    このことは、よく理解してほしい。言葉をハッキリするだけじゃダメです。どんな声でその言葉を表現するのか、どんな声色で表現するのか、よく嶋田先生は言いますが、聞く人にとっては声や声色、表情などから「詩の世界を想像するしかない」わけで、そういう努力を重ねるのが表現の世界(合唱も表現のひとつです)の練習なのです。

    「おはなしゆびさん」は1番から5番まで、「おはなしする」という歌詞が5回出てきます。今回は、その「おはなしする」を全部、歌い方を変えることになりました。すなわち、1番の「おはなしする」はパパの声で、2番の「おはなしする」はママの声で、そして5番の「おはなしする」は赤ちゃんの声で、それぞれ歌うことになります。
    前回「おはなしゆびさん」を歌った時は、前半はパパ、ママ、兄さん、姉さん、赤ちゃんの声で歌い、「おはなしする」は全て普通の声で表現したのですが、今回は前述のとおりです。

    同じ曲だけど少しずつ仕掛けが変わってくる。湯山先生だって成長する。って言うか、以前の湯山先生と今回の湯山先生では、同じ湯山先生なんだけど違う湯山先生なのだ。分かりやすく言い換えれば、常に新しい工夫を求めておられるということ。あるいは常に新しい可能性を追求しておられるということです。

    東海メールクワイアーをお迎えしてのフォスターは良くハモりました。人数はさらに減りましたが、最後まで頑張ってくれたメンバーに感謝と拍手を送ります。

    「草競馬」は鋭く、各所の入りをハッキリと歌うようにしましょう。P28「デ ロンティ フィリ」を強く歌わないと、東海メールをもってしても「アンデ ビッグ ブラック ホース」をきちんと出るのが難しくなります。同じように東海メールがハッキリ出てくれると「空」が歌いやすくなる部分もたくさんあります。これは大人も子どもも関係ない。表現の追求に、年齢や経験は関係ないのだ。ただ一つ、必要なことは「お互いを支え合おうとする協調性」です。
    このことを子どもたちが本当に実感できたのであれば、今回の第19回定期演奏会は大成功であったと断言することができます。

  • 湯山先生指導 1日目積み重ねた練習は、一人一人の対応する力を高め自信となって厳しい課題をもクリアしていく

    湯山先生をお迎えしての一日目は女声コーラス「青」のみなさんとの合同で「東北の讃歌」です。

    午前中は嶋田先生の指揮で「鮭の大助」の手拍子を中心に確認しました。
    安楽城の手まり唄になる部分の手拍子は、アルトは一貫して叩いていますが、ソプラノとメゾソプラノは最初に4回と最後に2回の合計6回叩くだけです。そして、最初の4回は、別に何のことはない。普通に音楽の流れに乗っていれば叩く場所は分かります。
    問題は、手まり唄を歌った後の最後の2回です。
    これは、P49の下の段、ソプラノは121小節目「さくらがおで」から、メゾソプラノは122小節目のハミングから、それぞれ楽譜を見るのを中止して脇に挟んでください。で、ページをめくることなくP50へ入り、手拍子を2回打って、間奏の間に再び楽譜を開きます。
    この方法で、おおむねクリアできたようです。

    「うみねこの島」は調性の変化にどう対応するかが前回の課題でした。回りくどい方法ですが、P5「白いウミネコたちよ…」と歌い出す前にホ長調でドミソのハーモニーを確認、P6「ウミネコよ…」と歌い出す前にヘ長調でドミソのハーモニーを確認、P7「太平洋の春風に…」と歌い出す前にイ長調でドミソのハーモニーを確認、という作業を行いました。これ、一人では絶対にできない練習、家では不可能なトレーニングです。相手がいて初めて成立する。自分がいて仲間がいて、そこで生み出されるハーモニーの中に身を浸し、集中して音を聞いて、自分の感覚でつかむことのできるもの。個人競技にはない、合唱の醍醐味の一つです。

    午後、湯山先生が入ってこられました。1曲目からスタート。
    1曲目「うみねこの島」は、問題の調性変化対応について、一言も指摘はありませんでした。「午前の練習の効果があったのかな」と胸をなで下ろします。でも、本当は、合唱団一人一人が、この曲の和音構成とその変化を感じ取り、対応する力が高まっていることが、クリアできた理由です。

    P11、73小節目からのアルトのハミングは「オープンで」という指示がありました。P14、98小節目のソプラノとメゾソプラノのmpは「強めに」という指示。P15、108小節目のアルト、「蕪島」の「ま」を「はっきりと」も作曲者の指示です。

    2曲目「青葉の詩」。P21の歌い出しは「mf、mp、pの変化を生かして」という指示。
    この曲は全てそうですが、特にP27から繰り返し取り上げられ、「言葉をハッキリ」と繰り返されました。中でも「宮城」の発音について注意されました。

    3曲目「南部うまっこ唄」は「90点。この調子」という評価。

    4曲目「鮭の大助」の手拍子は、うまくいきました。少し自信をもっていただけたのかな。

    5曲目「かまくら幻想」、6曲目「でこでこ三春」も「90点~95点」ということで、「東北の讃歌」は「本当に良く歌い込んでくださって感謝です」という嬉しい評価をいただきました。

  • 合唱表現の優先順位は ①声 ②ハーモニー ③歌詞 の順番声がなくなった合唱は、もはや「命を失っている表現」

    今日は驚くべき効率の良さでした。小学校の運動会その他の各種行事の関係で、参加人数は決して多いとは言えなかったのですけれども、嶋田先生が「やりたい」と思っていたことが全て「できた」滅多にない時間でありました。

    湯山先生・女声合唱団「青」・東海メールクワイアーをお迎えしてのリハーサルを来週に控え、今日は予備日…という意味合いがありました。

    まず、持参したタンブリンでリズムと叩き方の確認です。欠席者にも分かるように少し詳しく記します。
    「ヘイ」と歌った瞬間から「ラララ」の直前まで、タンブリンをトレモロします。手首を使って細かく震わせるのです。この時、胸の高さから頭の上までトレモロしながら持って行きます。
    「ヘイ」からの2拍間で胸から頭の上まで持って行き、「タンブリン」の3拍はそのまま頭上で打ちます。その後は叩きながら自然に胸まで下していきます。それを2回繰り返します。
    ひざ、おでこ、おしりで叩くことも自然にやります。難しいことではありません。
    そして再び4番で、胸から頭までの叩きを繰り返して終了。この動き、けっこうカッコ良いですよ。

    その後、「童謡」すべてを「おさらい」しました。そのうち「ゆきってながぐつすきだって」「アヒルのスリッパ」「きいろいちょうちょ」は全員に、一人で歌ってもらいました。一人で歌うと自信がつくし、すごく上手になります。時間はかかりますが一番確実な方法です。みんな、とても上手になりました。

    休憩を挟んで、「フォスター」です。言ったことは以下のとおりです。

    合唱表現で大切なことは、
    ①声
    ②ハーモニー
    ③歌詞
    の順番です。

    人間の命に関わる順番は、①首・頭、②胸・腹、③手・足の順番で、手足を切り取られても死ぬことはまずありません。胸や腹を刺されたらおそらく死ぬでしょうが、タクシーで家に帰って奥さんに「さようなら」を言うくらいの時間は残されるでしょう。ところが首や頭を切り取られたら、おそらくは即死。2秒か3秒で終わりです。
    歌詞で迷いが生じたら、「ラララ」でも「ルルル」でも良いのです。声を出してください。歌詞は、あくまでも手足。切り取られても死ぬことはありません。ですが、歌っている瞬間に「しまった、歌詞を間違えた」「うわぁ、次の歌詞ってなんだっけ。自信がない」とかなんとかで、声を出さなくなってしまう。これが一番いけない。なぜならば、声は首や頭であり、声がなくなった(あるいは乏しくなった)合唱は、もはや「命を失っている表現」であると言っても過言ではないのです。

    そのように説明してアンサンブルに入ったのですけれども、いやぁ上手だったですねえ。「夢見る人」も「草競馬」もビンビンとハモって、気持ちのいいことこの上なし。
    なぜ、こうなったかと言うと、積極的だったからです。カタカナをメロディーにのせて歌う…という呪縛から解放され、まちがえを恐れないでガンガン歌う…ということができました。これ、ぜひ本番でもやってほしいです。
    本当に良かった。素晴らしい一日でした。音楽をするという幸せに満ち溢れた時間でした。

    夕方、帰宅したら、池辺晋一郎先生からのFAXが届いていました。プログラム用の原稿です。身に余る光栄ですね。
    湯山昭先生を音楽監督・指揮者にお迎えし、大中恩先生、新実徳英先生、池辺晋一郎先生からのメッセージをプログラムに載せる…。そんな合唱団、日本中さがしても、滅多にないでしょうね。
    合唱団「空」は、多くの仲間と先生に囲まれて、日本でも有数の幸せな合唱団になりました。