カテゴリー: 練習日記

  • きゃぁ~ぁ、アタシたちは毒なのよ~ぅ

    【令和2年10月18日(日)】
    今日は予定どおり「コタンの歌」の楽譜しか持って行きませんでした。ほぼ1ヶ月ぶりの練習です。それは11月1日(日)のスペシャルリハーサルでのプログラムになっていないからで、来週と再来週は「小さな目」と「鮎の歌」を歌います。
    ですが、あまり長い間ホカッテおくと、みんなの頭の中から「コタンの歌」が薄れてしまいます。だから今日はギリギリの、同時に絶妙のタイミングでした。
    全部で8曲もありますから、細かいことを報告しても意味はありません。ざっと通して歌っただけです。だから今日の特別練習に参加できなかったメンバーも特に注意することもなければ気にすることもありません。約30分の時間はかかりますが、CDを1回聴いておいてください。それで十分です。歌詞と音程の確認をすることができるし、何よりも全曲を通してのイメージを膨らませておくことができます。仲間と一緒に声を合わせることは確かに大切ですが、それよりも自分の中で音楽を膨らませておくことはもっと重要であり、その「膨らみ」なくして仲間と歌い合わせても意味はない。その「膨らみ」は自分一人でCDを聴くだけでも、かなりのレベルで達成できます。これは断言します。
    いいかげんなことを書いていると思う子もいるでしょう。なぜ断言できるかを証明しておきます。
    嶋田先生は本来の専門は国語であり、専門的な音楽教育だけではなく、ピアノ・エレクトーン・そして合唱に関しても習ったことは1秒もありません。メンバーの中にはピアノを習っている子がいることと思いますが、そのピアノ教室に今まで何円払いましたか?嶋田先生は音楽に関してどこかで習ってお金を払ったことは1秒もなく1円も払っていません。
    すべて独学です。独学(自分で学習すること)と言えば聞こえは良いでしょうが、それほど努力をしたわけでもありません。やったことは「音楽を聴く」ということです。
    5年生の時に学校の授業でロッシーニの「ウイリアム・テル序曲」を聴いて以来、音楽を聴くことが好きになり、30才ぐらいになるまでに600枚のレコードを買って聴きました。その600枚のレコードから出てきた音と、ジャケットに書かれていた解説が「嶋田先生の音楽」の全てです。その後はCDの時代になりましたから、レコードとCDを合わせて1000枚くらいかな。
    だから「コタンの歌」に関しても、みんなに配ってあるCD音源が全てです。湯山先生の指揮でウイーンで歌いましたが、それはオマケのようなものです。「小さな目」と「鮎の歌」に関しては実際に歌ったことは一度としてなく、全部レコードやCDを聴いて感じたことをみんなに伝えているに過ぎません。
    だから身をもって断言することができます。
    「聴く」ということは音楽の全てです。「聴く」ことなくして音楽をするなど有り得ない。だから「聴いて」ください。それさえあれば、実際に仲間と歌い合わせた時に30分もあれば90%追いつくことができます。
    ただし、90%を91%に高めることは難しいです。91%を92%にもっていくことは至難のワザです。プロと言えども100%になることは難しく、プロの練習とはいかにして99%に近づくか…ということです。カラオケバトルと同じです。100点なんてほとんど出ない。
    アマチュアの、しかも少年少女ですから、91%って言うのは相当な話です。だから、音楽教育を1秒も受けていない嶋田先生は断言できるのです。90%なら大丈夫。僕の指揮で歌えば30分か1時間か、とにかく1回歌い合わせてくれれば何とかして見せます。
    今日は「看護士志望のサポートメンバー」が来てくれました。もう「本物の看護士」になったのかな?いずれにしても2月の大中先生コンサート以来ですから8カ月ぶりですね。来てくれてありがとう。大感謝です。現役メンバーと笑顔で「ひっさしぶりぃ」なんて言いながらゲンコツタッチしている姿を見ていて、本当に嬉しく思いました。
    11月1日は、「京都にいる大学生」とか、まだまだ大中先生コンサートに参集した2月2日以来のメンバーがたくさんいます。みんな来てくださいよ。歌う曲は「うたにつばさがあれば」(団歌)と「小さな目」と「鮎の歌」です。現役メンバーも、その日は学校に行くのと同じ感覚で、感染対策を十分にしてケロっとした顔をして来てください。待ってます。

    午後は東海メールクワイアーのための練習に有志メンバーが参加してくれました。2月に楽譜を配って以来、ただの一度もメロディーと合わせていない東海メールクワイアーのために、特別にお願いして参加してもらいました。本当に感謝です。東海メールクワイアーの鈴木副会長から全員に送信された「練習報告メール」を掲載します。

    ☆☆☆☆☆

    東海メールの皆さま
    鈴木です。
    10月18日(日)ナディアパーク・名古屋市青少年文化センター第1スタジオでの練習でした。
    参加者は、永岡さん、橋本さん、中嶌さん、嶋田さん、森さん、金森さん、山田(典)さん、沢田さん、間瀬さん、米澤さん、清水さん、高見さん、金山さん、と鈴木、ピアニストの浜田先生の合計15名でした。
    そして午後1時~2時には合唱団「空」の皆さんが12名ほど参加してくださいました。
    練習をしたのは
      「コタンの歌」全曲
      磯部俶「ゆりかごのうた」
      シューベルト「ステンチェン」
      「群青」(信長編曲)
    「コタンの歌」は、女声パートとのアンサンブルで全体の雰囲気をつかむことができました。
    「空」の皆さんの声がストレートに伸びてくるので、ハーモニーがきれいに決まるととてもいい演奏になりそうな予感がしました。
    4曲目「アツシの歌」は、東海メールとしてはまだ練習不足でしたが、これは次の木曜日に練習しましょう。
    午後2時からは東海メールだけの練習で…(以下省略)

    この練習は「空」の有志メンバーにとっても得るところがたくさんありましたが、一つだけ報告しておきます。東海メールクワイアーのメンバーも今日は気付いていないと思うのですが…。
    それは「熊の坐歌」のP24から始まる「トイマぺトゥン ぺチシテ」です。
    ここのアルトは毒キノコです。食べたら一発で死ぬベニテングダケみたいなものです(ネットで調べてください。赤と白のオドロオドロしい色をした猛毒キノコです)。アルトの声(音)を聴いて歌うと、セカンドテノールもバリトンもバスも、おじさんたちは即死状態で絶対に歌えません。アーメンのナンマイダーです。
    ソプラノは、まぁ何とか食べられるシイタケかマツタケみたいな音をしていて、ソプラノとピアノの音を聴いて歌えば男声は何とかなるんです。しかしアルトはダメです。アルトを聴いたら、キンチョールをかけられたゴキブリみたいにオジサンたちはみんなピクピクと足を震わせて死んでしまいます。
    では、アルトは歌わなければ良いのか?いやいや、ソプラノとアルトだけならキノコ同士で仲良しですからよくハモっています。だから歌うんです。
    じゃあ男声のためにアルトは小さい声で控えめに歌いましょうか?いやいやそれもダメなんです。
    毒キノコは「私たちを食べると死ぬわよー!」とか何とか叫んで目立つことが必要です。だからベニテングダケも赤と白の目立つ色をしている。シイタケやマツタケみたいな地味な茶色ではなく、目立っているんです。目立つことで、まわりの動物たちに「自分が危険であること」を知らせているんです。これを生物学では「警戒色」(けいかいしょく)と呼びます。
    人間にとって最も目立つ色は黒と黄色の組み合わせです。これはハッキリしている。だから電車の踏切は黒と黄色です。これを知っているのか知らないのか分かりませんが、毒を持っているハチはみんな黒と黄色です。人間に対して「オレたちは危険だぞ」と知らせているんです。
    だから結論。アルトは「きゃぁ~ぁ、アタシたちは毒なのよ~ぅ。アタシたちを聴いちゃダメよ~ぅ」ってな感じで目立たなきゃいけない。控えめに歌っていたらオジサンたちはアルトを聴いて全滅してしまいます。ここは目立つんです。目立つことで「危険な音」「避けるべき音」をオジサンたちに知らせるんです。

    ってなことを思っていましたが、今日は言いませんでした。全曲を通すだけで精一杯だったからです。よくも1時間で8曲全部歌えたもんだと思います。
    アルトのメンバーさん、ここは忘れないでくださいね。「きゃぁ~ぁ、アタシたちは毒なのよ~ぅ」です。

  • 曲に合った声 の大切さ

    【令和2年10月17日(土)】
    今日は「小さな目」、明日は「コタンの歌」。おおまかに立てていた予定です。「小さな目」は曲数が多いので、しかも曲と曲の関連が密接なので(湯山先生の音楽は多くの場合に前後の曲の関連性が強いです。「鮎の歌」も「コタンの歌」も同じです)、変な話ですが7曲目を歌ってから4曲目に飛んだり、1・3・5曲目と歌ったりすると変な感じがします。カンタンに言えば1曲目の次は2曲目、その次は3曲目…と歌っていくと自然に感じるし効率も良い。野球の打順と同じですね。
    今日は全体に声の出し方が非常に柔らかく、温かい響きでした。だから自由に練習曲目を選ぶことができるなら、「夕やけこやけ」とか「ふるさと」といった曲を選んだことでしょう。
    日本童謡協会の「全国童謡歌唱コンクール」東海北陸ブロック大会の審査員を18年間やっていました。出場者は東海北陸7県(愛知・岐阜・三重・静岡・福井・石川・富山)の県大会を勝ち抜いてきた人たちですから、それなりに上手な人たちばかりです。音程は正確、強弱などの表現力も十分、それでも全国大会に出場する1位を決めなければなりません。
    そのポイントはどこにあったかというと(すなわち全国への代表1位と残念賞の2位とを分けた勝負所はというと)、その人の声の質(硬いか柔らかいか・ドラマチックかメランコリックか・生き生きしているかフワッとしているか)と、その人が選んできた曲の性格(硬いか柔らかいか・ドラマチックか…以下省略)とが合っているかどうかに尽きます。
    数年前に子供部門で1位となった伴野さん(当時小学6年生)の声は明るくて硬くてドラマチックでした。選んだ曲は大中先生の「ドロップスのうた」で、その声と曲の世界とがピッタリと一致していて、まるで金色の空から虹色のドロップがキラキラと舞い降りてくるようでした。嶋田先生は審査員室に伴野さんを呼び、その場で大中先生に電話して本人を紹介し、電話を代わってあげました。本当に「ドロップスのうた」にピッタリの声だったのです。
    今日の「空」の声は「サッちゃん」や「夕やけこやけ」だったらピッタリとハマっていて、気持ちの良いことこの上もない練習ができたことと思います。しかし、目の前に出てきた曲は「おうちの人」「ちゅうしゃ」「おとうちゃん」と並んでいたわけで、かなり苦労をしました。メンバーも苦しかったことと思います。
    メッチャクチャ簡単に説明すると、「サッちゃん」にピッタリの声で「いぬのおまわりさん」を歌っているような感じです。メンバーの声の質は良いですし、音程が悪いとか発音が悪いとかいう話ではない。みんな、とってもきれいな声なんですよ。
    しかし「いぬのおまわりさん」の声ではない。みんなが良いとか悪いとかではなく、「おうちの人」や「ちゅうしゃ」の声ではない…ということでした。みんな必死になって練習についてきてくれました。そして、少しづつ「けんかをしていると、すぐお父ちゃんがコラっと怒る」という声になってきました。みんなのガンバリに拍手です。おそらくは次に歌う時にはまた柔らかい歌声に戻ってしまっていることでしょうが、それで良いのです。次の時にまた同じことを先生は言うでしょうが、レベルアップする時間は短くなるはずです。練習とはそういうもので、「廊下は走るな」「手を洗え」「うがいをしよう」などという今週の目標は10年前あるいは30年前から少しも進歩していないのです。でも本人は少しずつ進歩し、少しずつ大人になっていく。それで良いんです。練習とはそういうものです。
    そのかわり「ママへ」と「ふうりん」は良かった。ほとんど何も注文しませんでした。それから「えんそく」も良かったです。
    そんなこんなで「小さな目」を全曲通すことができました。最後は楽譜を閉じてもう一度最初から通して歌いました。けっこう密度の濃い本格的な練習をすることができたことはメンバーのガンバリによるものです。拍手です。

    今日は「うたはともだち」という歌集を配りました。一人1冊です。来週に誕生日が来る…というメンバーが「好きな曲をリクエストする」ことができるようにするためです。今日は誕生日の子がいなかったので先生が「赤いやねの家」という曲を紹介しました。なかなか良かったです。いつが誰の誕生日かは分かりませんので、「うたはともだち」は毎回持ってきてくださいね。

    明日は大リハーサル室で「コタンの歌」を歌います。本来は湯山先生をお迎えしてのリハーサルになるはずでした。2日連続になりますが、合宿のかわりだと思ってください。みんなのガンバリに期待します。
    少し早めに終わって、午後は有志参加で矢場町のナディアパークに移動し、第1スタジオで東海メールクワイアーの練習に1時間限定(13時~14時)で参加します。
    11月1日のスペシャルジャンボスーパーリハーサルまで2週間。楽しく気楽に、しかし真剣に取り組みましょう。

  • 「カンで歌う」ことに特化

    【令和2年10月10日(土)】
    先週・先々週と「鮎の歌」を中心に練習を組んでいましたので、今日は何がどうなっても「小さな目」を練習しようと思っていました。できることなら全曲を歌えると良いな…とも思っていました。
    結論を記せば、この予定どおりに「小さな目」全曲を歌い、返す刀で「雉」「わさび田」「猪譚」を1回ずつ歌うことができました。とても効率が良く、集まったメンバーの集中力に感謝です。
    集まったメンバーは多くはなく、しかもパートの人数バランスが悪かったので、先生の鍵盤ハーモニカは主にメゾソプラノを担当し、したがって細かい表現よりも歌詞と音程の確認を中心としました。
    表現に関する細かい「約束事」は統一した演奏表現を作るためには欠かせないものです。ですが音楽にはもっと大切なことがある。それは歌うメンバーが「自信をもって歌うこと」です。自信がなくてフニャフニャしていたら「約束事」をいくら決めても底のないバケツで水を汲むのと同じになってしまう。
    極端に言えば「約束事」などいっさい決めず、ひたすら歌詞と音程とハーモニーの練習だけを積み上げて本番のステージに立ち、どこでクレシェンドしたりテンポを動かしたりするかは、ステージの上で即興表現(そっきょうひょうげん)をする…という方法もあります。シューベルトやショパン、リストやフォーレなどの名曲に「即興曲」という曲があるくらいです。
    もっとも「即興曲」と「即興表現」とは少し意味が異なるんですけれどもね。今「ソラノート」に書いている「即興表現」とは「歌うメンバーのイメージに任せて自由に歌う」という意味です。
    今日あるいは先週・先々週のような「集中力」があれば、そのように「即興表現」でステージを組むことも可能でしょう。
    しかしそれが可能となるためには、歌詞と音程とハーモニーシッカリしていて自信がなくてはなりません。今日は集まってくれたメンバーに、そういう練習をしてみました。
    たとえば「べんとう」。メゾソプラノとアルトにはほとんど歌詞がありません。「ディンバン」とか「ダ、ダダー」とかを繰り返すだけです。ですが所々に音程が変化する部分があり、よっぽど楽譜をよく見るか、あるいは覚えてしまって見ないで歌うか、どちらかしかありません。何度か繰り返して歌った後、楽譜を見ないで歌ってもらいました。どこでどう音程が変化するかは「カンで歌うんです」と言って「カンを鍛えましょう」と目標を設定しました。それでもってチャンと歌えるわけですから、この目標は合格です。
    全10曲を一通り確認した後、「では10曲全部、楽譜を見ないでカンで歌いましょう」と言いました。ただしP50~51の歌詞のページなら見ても良いこととしました。つまり音程とハーモニーは「カンで歌う」ことに特化したわけです。でも乱れることはほとんどなく、平気な顔で(心の中が平気だったかどうかは分かりませんが)歌い通すことができました。人数の関係でバランスは十分ではなかったけれど、けっこう良い線いってるって感じでした。ありがとう。
    その後、組曲「鮎の歌」から3曲を歌う余裕があったことは最初に記したとおりです。

    今日は、その他に第25回定期演奏会(令和3年10月31日)に向けて、「白いうた青いうた」の楽譜を配りました。全53曲の楽譜です。ホームページの団員専用ページにアップされている53曲の音源と合わせて、目と耳で「白いうた青いうた」がどういう音楽か、理解してもらえるようにしたわけです。53曲全部を聴くことは一週間や二週間ではできないことは分かっています。ゆっくりとヒマにまかせて聴いていただいて、「この曲を歌ってみたいな」という思いがメンバーの中に膨らんでくれることを祈っています。第25回定期演奏会でどの曲集を歌いたいか、最終的にはアンケートを取りますが、そのアンケートの実施は1月か2月になると思います。気ままに聴いてくださいね。

  • 鮎のいのち 自分自身の命

    【令和2年10月3日(土)】
    10月に入りました。涼しくなってきましたね。
    11月1日に予定されているスペシャルジャンボスーパーリハーサルまで1ヶ月となりました。本来は第24回定期演奏会(4月4日(日)に延期。湯山先生も東海メールクワイアーも了承済)でしたから、リハーサルとなったことは残念ですが、しかしその残念をプラスに変えましょう。当日は午後に集まってウイルホールで練習をし、最後に仮想本番みたいな形でネット中継をする予定です。
    あくまでもリハーサルですから、遠く離れた場所にいる「サポートメンバー」や普段の練習に来られない「現役メンバー」も、ぜひ参加してください。「もう半年くらい練習に行っていないから…」などと考えないでくださいね。半年ぶりだろうが1年ぶりだろうが「空」にとっては大切な仲間です。なくてはならない子なのです。待っています。
    当日は、マスクや消毒、検温、当日の会場に誰がいたかの把握など、あらゆる対策を施し、ステージは大中先生コンサートで使った広い山台(あの180人が乗った山台)を組んで、そこに「空」だけが広がって立ちます。客席には家族しかいない状態ですから、あとは家からウイルあいちまでの道中での感染対策さえ考えてもらえれば心配はいらないと思います。
    半年ぶり(この言葉は分かりやすいから使っているだけで、先生は誰が何回休んでいるかなどは覚えていません。ようするに久し振り…という意味です)のメンバーが来ても気楽に楽しく歌えるように、指揮者として土台を固めておく必要はあります。今日もそのためにメンバーの力を借りました。大感謝です。
    まず力を借りたのは「鮎の歌」。5曲目です。
    P35が1番、P36を2番とします。1番と2番は朝の風景の様子を伝えるフレーズです。いわばアナウンサーのセリフ。「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました」という語りの説明です。だから気楽にフワッと歌えばOK。「空」の得意な歌い方でOKです。
    その歌い方でP37に突っ込んではいけない。P37は「故郷が見えてきた喜び」のワクワク感がほしいです。だからP35~36とは少し声を変えて、明るくエネルギッシュに歌いましょう。
    P38の「川石の青」のフレーズはもっとエネルギッシュに。そしてP38の3段目から始まる「川の流れは歌う…」の3回目、いわば3番は、1番・2番とは明らかに違います。ここは朝の情景を語るアナウンサーであってはいけません。歌うメンバーが自分自身のことを歌う部分です。
    鮎という魚のことを歌うのならば、別に「鮎の歌」でなくても良いのです。「鯉の歌」でも「鮒の歌」でも良い。あるいは「金魚の歌」とか「サンマの歌」でも何でもかまわない。
    なぜ「鮎の歌」か。
    それは「鮎」という魚の姿を通して「自分自身」を歌い上げる「人間の歌」だからです。だから3番はこうなる。
    川の流れは歌う 私の命の夜明けの歌を 谷から谷へ 命の木霊を響かせて 命の夜明けを告げるのだ
    とイメージしてください。
    あのね、そのようなイメージがある歌と、ない歌と2種類あったとして、後者の「そのようなイメージのない歌」って、歌う値打ちがありますか? あるいは聴く価値がありますか? もっと言うと、その楽曲が存在する意義はあるでしょうか。
    イメージを持って、自分なりの「思い」を持って歌わない限り、その楽曲は存在意義を失います。つまり、みんなの歌い方ひとつで、湯山昭という不世出の作曲家が送り出した楽曲に存在意義が生まれるのです。

    そのイメージや「思い」のクライマックスがP41の「鮎 鮎 鮎の命」です。
    そこまでに2度、「鮎 鮎 夏」と歌うところがありますね。それまでは2回とも四分休符で「鮎」「鮎」と切って歌っています。それは「夏という季節」を歌っているからです。
    ところがP41では休符がありません。「自分自身のいのち」を歌っているからです。「あゆーあゆーあゆのいーのーちー」と歌う。「わたしのーわたしのーわたしのいーのーちー」です。激烈な、そして爆発的なエネルギーが必要です。まさに歌うメンバーの全身全霊を込めた表現の高まりになる。
    その前段(少し前の部分)に「早い瀬を 深い淵を」という言葉がありますね。「瀬」とは急流、「淵」とは底なしの深い水たまりのことです。鮎にとっては「瀬」も「淵」も、乗り越えなくてはならない「壁」です。
    みんなだって「壁」にぶつかったことがあるでしょう? 大切な親友とケンカをしてしまった、クラスの中でイジメられた、父さんや母さんに本気で叱られた、これ全て「壁」です。人生の試練です。コロナだって「壁」であり試練です。幼稚園の子供だって「壁」にぶつかって泣いていることはしょっちゅうです。
    そんな時、みんなは自殺しましたか? あるいは未来に、本当に辛いことがあった時、みなさんは自殺しますか?
    命って大切なものです。その「命の大切さ」「命の強さ」を歌う。それが「鮎の歌」です。
    「瀬」や「淵」を乗り越えて、上流へ上流へと(目標へ目標へと)川をのぼることだけが「私の命」なのだ。こう歌いましょう。
    こんなセリフを11月1日に言えるといいな。できたらこのセリフを言っている瞬間をネット中継してもらいたいな。そしたら「鮎の歌」を歌いたいって子が増えるんじゃなかろうか…。みんなが頑張って歌ってくれて、そして多いとは言えない人数なのに精一杯の表現をしてくれて、そしてその歌声が少しずつ高まっていくのを聴いて、先生はそんな夢を見ていました。指揮をしながら…です。
    みんな、ありがとう。

  • 声の表現 猪譚

    【令和2年9月26日(土)②】
    「アツシの歌」をおさらいした後、「猪譚」を歌いました。中心に考えていたのは音の確認ではなく、声の出し方を中心とした「猪譚」を表現する方法についてです。
    前項で報告したように、この日は声が非常によく響き、音程もしっかりしていて、全員が初めてか2回目の「アツシの歌」なのに安定したハーモニーが生まれていました。
    だから…と言うわけではありませんが、「猪譚」で求めたのは一言で言えば「できるだけ汚い声で、できるだけ乱暴な歌い方で」ということです。また、何度も「歌をウタってはいけないよ」と繰り返しました。
    「おれは寝てた 寝場はその時 見切りの衆と 組犬どもに囲まれた」というフレーズ。これを「歌」だと思うから歌ってしまう。もちろん「歌」には違いないんだけれども、「歌」である以前に「音による戦争世界」なのです。
    だから「おれは寝てた 寝場はその時 見切りの衆と」と歌うのではなく、それぞれの歌い出しの「お」「寝」「見」がどういう音(声)で「戦争世界」を表現するか、そちらの方が重要です。
    「お」は低いシでユニゾン、「寝」は低いシにミが加わってハーモニー、「見」はミ・♯ファ・シの不協和音です。さらに「組犬」の「み」は♯ファ・シ・ミと上へ跳ね上げての不協和音です。
    ここは「おれは寝てた 寝場はその時 見切りの衆と 組犬どもに囲まれた」と歌うのではなく、「お」「寝」「見」「組」をダイナマイトが爆発したような激しくて汚くて乱暴な響きを鳴らすこと。その乱暴な響きの不協和音で「戦争世界」を描き出すのです。
    これはそう簡単にできることではない。そもそも「歌が大好き」であるメンバーが車や電車に乗って「歌を歌おう」と思ってイソイソと集まって来てくれたんです。そのメンバーに向かって「歌をウタうな!」ってんですから、正反対の話です。でも、「猪譚」という曲の世界は、「浜辺の歌」とか「アツシの歌」などとは「世界が違う」ことは間違いありません。
    そのことは先生が一瞬「浜辺の歌」を歌って聴かせただけで全員がナットクしてくれたようでした。「浜辺の歌」を聴いた一瞬の表情やその後の歌い方の変化から確信しました。
    P17からP18の1段目だけを何度も繰り返して表現し、ここだけで30分ほどの時間が必要でした。
    でもメンバーはガンバリました。その音(声)は少しずつ変化していきます。「イノシシってのは何色だ?キタナイ茶色だよ」と叫びます。「だいたい小学生っていうのは犬やウサギの絵を描いたら、ピンクや黄色で塗っちゃったりするんだよね」とか「このイノシシが黄色やピンクだと思っちゃダメだ」などと、そこらへんの教師が聞いたら卒倒するような教え方です(笑)。
    P17の歌い出しが「戦争」の色になってきました。これができれば、あとはかなりやりやすくなります。
    「猪譚」という音楽は、その後のP19やP22も同じ表現方法が要求されています。しかもP17~P22までがワンセットで、P23~P26までが転調されてワンセット繰り返されます。P27からスリーセット目に入って終了するという構造です。
    だからP17からの歌い出しに十分な時間をかけ、あとは同じ表現の繰り返しだということを確認していきました。
    と言うことは「猪譚」という曲は最初から最後まで「戦争世界」なのであって、美しくヤンワリと歌う部分は一ヶ所もない。最初から最後まで「できるだけ汚い声で、できるだけ乱暴な歌い方で」ということです。
    嬉しかったのはメンバーから出てくる音(声)が少しずつ変化し、練習が終わる頃には最初とはかなり違った迫力のある音(声)になっていったことです。ありがとう。大感謝です。

    家へ帰ったら新実徳英先生からメールが来ていました。
    「第25回定期演奏会で(自分の作品だけでなく)1ステージを湯山先生の音楽で構成することは何の問題もありません」
    という内容でした。
    新実徳英先生には「白いうた青いうた」を全部指揮してくださるようにお願いしました。53曲ありますから1回ではできません。だから1回で16~18曲ずつ、「3年かけて歌いたいです」とお願いしました。それに対する返信は
    「凄い企画ですね」というもので、新実先生も超本気モードです。
    これまでの「空」もそうでしたが、どこの合唱団も1回のコンサートで「白いうた青いうた」の中から気に入った曲を1ステージというのが定番で、53曲全部を歌った合唱団は嶋田先生の知る限り日本中どこにもありません。
    それを3年かけて、しかも作曲者ご自身の指揮で全部歌おうという、かつてない挑戦です。おそらく新実先生にとっても初めての経験でしょう。53曲全部歌おうなんて、そんな話は一度も聞いたことがない。だから「凄い企画ですね」という返信をくださったものと思います。

    新実先生はとても柔軟な方です。ご自身の曲だけでなく、モーツァルトなど様々な音楽をいろいろな合唱団で指揮されています。「音楽監督の湯山先生の曲を1ステージ歌いたいです」という嶋田先生のお願いにも「何の問題もありません」と返信してくださいました。

    新実先生に3年連続で客演指揮をお願いすることとなりましたが、それは3年間「新実作品」だけを歌うという意味ではありません。第22回や第23回定期演奏会と同様にさまざまな音楽を定期演奏会に取り入れていくことができます。このあたりのことはメンバーにも意見を聞きながら、楽しい演奏会を作っていきたいと考えています。

  • みんなでウオッカを飲もう

    【令和2年9月26日(土)①】
    今日も最初の30分は「アツシの歌」をオサライしました。先週のメンバーに加えて今週のメンバーの理解をプラスし、曲をとらえる理解度の裾野(すその)を広げていこうという作戦です。
    今日は理由は分かりませんが声が非常によく響いていて、美しいハーモニーが生まれます。何と言っても「アツシの歌」はハーモニーの音楽なので、気持ちの良いことこの上もありません。
    今とても苦しいのは、「コタンの歌」は男声の低い響きが必要なので、いかに美しくハモろうとも完成された響きにはならない…ということです。いやいや、メンバーは心配しなくても良いですよ。今日の練習で生み出されたハーモニーは正確で非常に美しかった。きっと気持ち良かったことと思います。
    苦しいのは嶋田先生だけだからホカッておけば良ろしい。なぜ嶋田先生が苦しいのかというと、少年少女の(女声合唱の)ハーモニーに男声が加わった、ようするに最終的なゴールの響きを知っているからです。「空」のメンバーだけでも美しいハーモニーですから、今のみんなは「そうか。私たちはこんなふうにハモるんだ」と思っておいてください。今はガマンして(だからガマンしているのは嶋田先生だけだっちゅうの!)少年少女のハーモニーを磨いておきましょう。
    ただ、みんなは楽しみにしておいてほしいのです。「船漕ぎ歌」から「カエルの子守歌」まで、「空」のハーモニーに男声が加わった時のハーモニーを…。これぞ混声合唱の醍醐味。そもそも少年少女合唱団が混声合唱を歌うなんてメッタにないことです。

    具体的に予告しておきましょう。
    今日歌った「アツシの歌」ならば何と言ってもP45の最後のハーモニーです。「空」だけならばソプラノが♯レ、メゾソプラノが♯ソ、アルトがミで、ミ・♯ソ・♯レのハーモニーです。いやぁ美しかったです。アルトのミとソプラノの♯レがブツカッていますが、この手のブツカリは「空」のお手のもの。いつも練習でやっていますから何のことはない。手慣れたものです。「鮎の歌」にもこのような音のブツカりはたくさん出てきますしね。
    でもね、楽譜を開いて男声の和音を見てください。テノールが♯ド、バリトンが♯ソ、バスが1オクターブ低い♯ドです。これは完全5度と言って、東海メールクワイアーだけで練習していても良くハモります。ですけれども
    「空」だけならミ・♯ソ・♯レのハーモニー
    東海メールだけなら♯ド・♯ソのハーモニー
    なんですよ。全然違うハーモニーでしょう?そのくらいなら分かってくれるよね。
    いわば「空」だけならマヨネーズ味。
    東海メールだけならケチャップ味。です。こいつを混ぜたらどうなるか。

    ぜひ台所で実験してみてください。マヨネーズとトマトケチャップを1対1で混ぜてソースを作るんです。それをナメルだけでもオイシイのですが、甘夏ミカンを剥いてかけてみてください。何とも言えない複雑かつ絶妙(ゼツミョー)な美味ですよ。

    ポイントはソプラノの♯レです。アルトのミとブツカッていることは上に書きました。ところが男声が入るとテノールとバスが1オクターブで♯ドをブツケてくるんです。
    男声の♯ド、ソプラノの♯レ、アルトのミ。♯ド・♯レ・ミです。これ、どうなると思います?

    たぶん「空」のメンバーは「ケロヨ~ン!」とか何とか叫んで、泡を吹いてぶっ倒れると思いますよ。在団10年のベテランメンバーでも経験したことのない未知のハーモニーです。こいつがどうハモるか。嶋田先生は今は苦しいですがメチャメチャ楽しみです。いやいや、どうハモるかよりも楽しみなのは、「空」のメンバーが「ケロヨ~ン!」と叫んでぶっ倒れる瞬間です。まぁ実際にその場で倒れる子はさすがにいないと思いますが、ゾゾ毛が走るとは思います。その時の顔が楽しみだぁ。
    そのハーモニーを味わうためには条件があります。それはメゾソプラノとバリトンが協力して♯ソをガッチリと固めることです。この土台が崩れると「ケロヨ~ン!」ではなく「オエ~ッ」とゲボを吐くことになります。

    混ぜるとゲボって言うのはですね、お母さんがいない時に台所へ行って砂糖と塩を1対1で混ぜてみましょう。小さじ半分ずつでヨロシイ。混ぜると小さじ1杯くらいになる。こいつを口に入れるんです。よほどの味覚オンチでない限り「オエ~ッ」とゲボを吐くことになります。ただしゲボの後始末は自分でやってくださいね。先生は知りませんよ。

    こういう例は他にもいっぱいあります。分かりやすい部分をあと一つだけ紹介します。
    P78下段、「パナンペ・ペナンぺのリムセ」の最後のハーモニー。「空」だけならラ・レ・ミ・ラで、これは「さくら」の和音だと何度か説明しましたし、きれいにハモっています。ところがこの部分、男声は何とソ・レ・シ・ミなんですね。下からつなげて書けばソ・レ・シ・ミ・ラ・レ・ミ・ラなんですよ。これは文章で書くことは不可能です。ソとラとシでブツカッって、他の場所でレとミがブツカる。これはねぇ、みんなにとってはロシアのアルコール80度数のウオッカ(世界一強い酒)を飲むようなもので、間違いなく未知の体験です。こいつぁ、ひっくり返りますよ、絶対に。

    今日は筆が走ってしまいました。その後は「猪譚」を練習したのですが、それに関するノートは明日書くことにします。おやすみなさい。今日はありがとう。素晴らしかったです。

  • 「アツシの歌」

    【令和2年9月19日(土)】
    先日の父母総会で「定期演奏会は4月4日に延期」という究極の選択が決められてから最初の練習です。先生が最も心配しているのはメンバーのボルテージ(熱量・やる気)が下がってしまうのではないか…というものですが、それは心配し過ぎだったようです。普段と同じようにメンバーが集まり、普段と同じか、それ以上に充実した練習をすることができました。メンバーに感謝です。
    もちろん個人的には「まだまだ心配」という子もいます。地域の実情、通っている学校の方針、そして何よりもその子の危険回避に対するアンテナの高さ、いろいろな状況が考えられます。練習に来られるようになったら来てください。その子が来てくれた時にスムーズに気楽に、しかも高いレベルで音楽活動が再開できるように、先生も全力を尽くして準備をします。今日の練習もそうでした。来られるメンバーも協力してくれています。みんなで本番のステージを作ることができるように祈っています。
    行政(国)からの方針で、今日から各種のイベント開催への規制(きせい)が緩和(かんわ)されました。野球やサッカーや相撲は5000人以内という規制がなくなり、映画館は満席にしてもOKとのこと。
    合唱に関しても5000人以内という規制はなくなり(そんなにお客さんが集まるコンサートはありません)、残っているのは「会場は半分以下のお客様で」というルールだけです。何よりも共通理解したいことは
    ステージで歌う合唱団はこれまでどおりのスタイルで良い
    だからマスクやフェースシールドを着用しなくてもOK
    声を出す音楽(合唱)の場合、ステージと最前列のお客様とは2メートル開けること
    となったことです。(文責・嶋田)
    なぁんだ、それなら11月1日に演奏会ができたじゃないか とは言いますまい。
    ルール上OK、行政ルールでは可能…とは言っても、今、11月の演奏会を強行したらステージに立てないメンバーが出てしまうかもしれない。そんなメンバーが一人でもいたら、先生は「悲しくて悲しくてとてもやりきれない」のです。
    4月には、さらに状況が良くなっていますように…。

    さて、4月4日に定期演奏会が延期となったことで、東海メールクワイアーの鈴木副会長から嬉しい提案をいただきました。
    「神様に時間をもらったので、「コタンの歌」は全曲歌うことにしませんか?」
    もともと嶋田先生としては全曲を歌いたかったのです。ベートーヴェンの交響曲を途中をカットして演奏するのは好きではありません。やるなら湯山先生が作ったオリジナルどおりの演奏がしたかったし、みんなに「その作曲者の思い」を体験してほしかった。東海メールクワイアーとの最初の約束は6曲でしたが、お願いをして「カエルの子守歌」を加えてもらったのです。
    しかし、さすがに4曲目「アツシの歌」を加えて全曲演奏にすることは不可能だと思っていました。練習時間が足りないからです。
    だから鈴木副会長の「全曲を歌いませんか?」という提案は、ものすごく嬉しかった。
    しかし、その場でスグに返事はしませんでした。そうカンタンに、ホイホイと決められることではありません。まずは「空」が歌えるか、間に合うかを確かめる必要があったからです。
    だから今日は「誰も歌ったことがない曲を練習してみましょう」と切り出して「アツシの歌」に入りました。
    結論を記します。1時間で最初から最後までハーモニーを作ることができました。しかも多くの部分で全員が全てのパートを歌ってです。2月以来、本当に正真正銘ただの一度も練習していない曲をハモって歌うことができました。
    やりましょう。全曲を歌いましょう。楽譜の冒頭に湯山先生が書かれている「曲の配列はすべて急→緩→急→緩という順序をたどる」という作曲上の構成を、作曲者が思い描いたとおりに再現してみせるのです。
    今日のメンバーのハーモニーを聴いて、嶋田先生の中には「全曲歌う」という方針が固まりました。固めさせてくれたのはメンバーの反応と歌声です。大感謝です。

    このノートは欠席していたメンバーに練習の内容や注意点を伝えて共通理解するのが大きな目的です。ですが今日は「アツシの歌」が出席メンバー全員が初体験、したがって「何ページの何小節目がどうのこうの」と書いたところで参加できなかったメンバーには何が何だか分からないはずです。だからイメージだけを書くことにします。もちろん今日の練習でもイメージについては説明しました。

    アツシとは男の子の名前ではなく、アイヌ民族に独自に伝わる織物のことです。楽譜のP91に解説がありますね。
    そのアツシを、おばあちゃんが織っている。歌詞にある「女の腕や腰を痛め」の「女」とは、メンバーのような元気な少女ではなく、おばあちゃんです。
    おばあちゃんは若い時から子供や孫やみんなのためにアツシを織り続けてきたわけです。何枚も何百枚も。
    そして、おばあちゃんにアツシの織り方を教えたのは、ひいおばあちゃんです。ひいおばあちゃんは、ひいひいおばあちゃんから受け継いできたわけです。「何年も 何百年も」という歌詞はそういう意味です。
    そして「あぁ、孫が生まれた」という喜びや、息子がヒグマに襲われて死んでしまったという悲しみや、そういう「女の喜びや悲しみ」がアツシの中には「ひそかに」織り込まれてきたわけです。そのアイヌ独特の紋様に「みんな幸せになってくれ」という願いを込めて。
    P43の56小節目から57小節目の1拍目のピアノの音は、おばあちゃんの機(はた)織り機が止まった音です。機織り機が止まったということは、おばあちゃんが死んだということを意味します。「大きな古時計」の3番で「真夜中にベルが鳴って止まってしまった時計」が「天国へのぼるおじいさん」を象徴するように。
    そして、動かなくなった機織り機が「今、織っているのはアツシではない」と歌います。そりゃぁそうですよ。動かす主のおばあちゃんがいないのですから機織り機は止まっていてアツシを作ることもない。
    ですが機織り機は夢を見続けるかのように織り続けているのです。おばあちゃんが残した「虹色の願いだけが切なく織られている」と曲は締めくくられます。
    では、おばあちゃんが残した「虹色の願い」とは、どんな願いなのでしょうか。それを言葉や作文で表現する必要はありません。歌うメンバーの心の中にイメージされていれば良いのです。
    どんな願いなのか、言葉にしてソラノートに記すことは嶋田先生にもできません。しかし確固たるイメージが嶋田先生の中にはあります。
    このイメージは、年齢に関係なく、持てない人には死ぬまで持つことができません。逆に言えば、それをイメージできる子ならたとえ幼稚園児であろうとも1秒で持つことができます。楽譜を見てCDを聴いて巻末の詩を読めば、今日の練習に参加できた参加できなかったに関係なく、豊かで美しいイメージが明確になるはずです。ちがいますか?「虹色の願い」って何ですか?
    その豊かに美しく膨らんだイメージを、みんなで4月4日に歌い上げましょう。先生は楽しみで楽しみで仕方がありません。

  • 前を向いて 未来に進む

    【令和2年9月14日(月)】
    先日は父母総会ありがとうございました。得られた結論をまとめ、湯山先生に手紙を出したところです。近日中にお電話を差し上げるつもりです。
    11月1日の開催を見送り、4月4日に延期となったことは残念の上にも残念です。しかし、泣いてもわめいてもプラスになることは一つもありません。プラスになることはただ一つ、前を向いて、未来に進むことです。努力を重ねることです。
    これは真実です。小学生も分かることですね。

    【11月1日(日)】
    ○ウイルあいちホールで無観客(家族は入場OK)のメモリアルリハーサルとします。
    ○ホールのステージに本番と同じ山台を組みます。
    ○本番と同じコスチューム(赤べスト)を着ます。
    ○以下の曲をネット中継(ライブ配信)します。
     団歌「うたにつばさがあれば」
     合唱組曲「小さな目」全曲
     合唱組曲「鮎の歌」全曲
      これは先生にとって(みんなも)本番と同じ真剣勝負です。
      前半に練習して、よーいドンで配信開始です。
    ○父母会(みんなの家族)は普段なら、フロントや舞台裏でいろいろな仕事があって本番を客席で聴けないのですが、この日は全員が客席に入ります。誰の親がどこに座るかは自由。また「うちの子だけを映す」ビデオをどこからどのように撮るかも自由です。ただし配信時に配信カメラに写る場所はダメですよ(笑)。
    ◎限りなく本番に近いスタイルを取りますがリハーサルです。普段の練習に参加しにくいメンバーが11月1日当日に来てくれるのは大歓迎です。最初に書きましたが「前を向いて未来に進むこと」が大切です。コロナに負けるな。(今日のソラノートで最も大切なのはここです)

    これに伴って
    ○10月18日(日)と10月31日(土)は通常通りの午前中練習になります。
     10月17日(土)と10月18日(日)と2日連続になりますが、これは合宿の代わりと考えてください。
     また、10月18日(日)の午後は東海メールクワイアーのみの練習となります。

    【4月4日(日)】
    ○ウイルあいちホールで第24回定期演奏会を開催(予定)します。
    ○湯山先生には手紙で指揮・指導をお願いしました(すでにポストに入れました)。
    ○観客を入れるか無観客となるかは今後の状況しだいです。
     どちらにするかは1月末に父母総会で判断します。
    ○無観客となる場合には11月同様にネット中継(ライブ配信)します。
    ○どっちになってもコスチューム(赤べスト)は着ます。
    ○「童謡」(先日話し合った曲全部)と「コタンの歌」は絶対やります。
      ※東海メールクワイアーにはスケジュール調整をお願いすることになりますが、嶋田先生から一生懸命お願いしてみます。
    ○上に何をプラスして歌うかは今後の状況しだいです。
     最悪の場合は団歌・童謡・「コタンの歌」のみ(これは絶対)
     少し状況が良ければ+「鮎の歌」(?)
     もっと状況が良ければ、さらに「小さな目」(?)
    これはメンバーにも意見を聞きます。11月に歌った「鮎の歌」「小さな目」を再度4月にも歌うか、あるいは令和3年10月か11月の第25回定期演奏会で歌う新実徳英先生の「白いうた青いうた」を歌うか、これはムズカシイ。状況が良くなって、このような学級会ができるようになることを祈りましょう。

    父母会のみなさんの理解と協力があってのことですが、ある意味では演奏会に近いことが2回できるわけで、ホントにある意味で書いていてもワクワクしてきます。みんなも読んでいてワクワクしてくれると良いな…と心の底から願っています。
    コロナなんかに負けてたまるか!
    前を向いて!未来に進みましょう!

  • 「小さな目」を全曲歌った!

    【令和2年9月12日(土)】
    先週は「雉」と「わさび田」を歌ったので今日は「猪譚」から練習を始めようと思っていました。でも集まったメンバーを見て、「小さな目」の「おかあさんの手」を中心に練習を組み立てることにしました。これは集まったメンバーの出来が良いとか悪いとか、実力がどうだこうだと言う話ではなく、各パートの人数とバランス、そしてそのメンバーで歌う時に最も効率が良い曲を選ぶ…という話です。
    集まったメンバーなら「猪譚」よりは「おかあさんの手」の方が効率が良いと思った。一瞬の判断です。
    こういう予定変更は嶋田先生の頭の中ではしょっちゅうで、考えてきた予定どおりに練習が進むことはほとんどありません。
    まずは発声練習で「おかあさんの手」の前の「えんそく」を使います。ここで注意したことは
    「先生」という言葉が何度も何度も出てきますが、全て言い方(歌い方あるいは声の出し方)を変えるように
    ということです。メンバーの(子供の)立場だったら、これは全部「私だけ」が先生を呼んでいるコトバのように思えるでしょうし、実際に作詩者はそう思っていることと思います。ですが、教師の立場だったら、先頭に立って遠足の目的地に向かって歩いている時に後ろから付いてくるクラスの子が40人、その40人がいろんなことを話しかけてくる場面です。1人の子だけが話しかけてきて残りの39人がダマって付いてくる…なんてことは有り得ない。40人が40個の口でピーチクパーチクしゃべっているんです。それが太郎くんは「橋があるよ」と言うし花子さんは「バラが咲いてるよ」と言うし、バラバラなことを話しかけてくるんです。それが遠足っていうもんです。
    あっちからピーチク、こっちからパーチク、前の方でガヤガヤ、列の後ろからワイワイ。そのバラバラな呼びかけがあっちからもこっちからも出てくるのが「えんそく」という曲の面白さです。
    次に、「咲いてるよ」の「よ」、「落としちゃった」の「ちゃった」、「つかれちゃった」の「ちゃった」、「お弁当にしてよ」の「してよ」に付いているスタッカート。これをキチンとリズミカルに歌うということです。そのような表現をすることによって生き生きとした躍動感(やくどうかん・はずむように楽しい感じ)が生み出されるのです。
    本題の「おかあさんの手」に入ります。音も確認しましたが、大切にしたかったのは「スケールを大きく、巨大な感じで歌う」ということです。特に練習番号E「ママの手はあれている」からのフォルテの連続。時々メゾピアノになりますが、それは次のフォルテに向かってクレシェンドするための準備です。本質的にEからはフォルテとフォルティシモの音楽だと考えてください。
    なぜかと言うとですね…
    これはオシメやパンツを洗っている音楽ではないからです。もちろん作詩者(小学1年生)は「ぼくたちのオシメ」というイメージで原稿用紙にエンピツを走らせたと思います。1年生の子が書いた言葉が、普遍的(ふへんてき・100年たっても変わらない真実)な詩になったのは、親とは何か、子供に捧げる愛とは何か、ムズカシイ言葉を使えば自己犠牲とは何かという普遍的な課題を突き付けているからです。1年生の子が(自分では意識していなかったはずですが)書いた詩の中に、その普遍的な(プロの詩人でもめったに書けない)課題を感じ取ったからこそ、湯山昭という作曲家は目を向けたのです。
    親が子を育てる、自分の生命を次の世代へとつなぐ。それはキツネもペンギンも、犬も猫も人間も同じです。親は子を守るためには自分の生命でさえも犠牲にできます。
    みなさんが熱を出した時(一度や二度はあるでしょう)、父さんや母さんは朝まで寝ないで看病し、見守り続けたことが(一度や二度は)あったはずです。次の朝は早くに会社に行かなければならないとか、懐かしい友達に会う予定があるとか、そういうスケジュールを全て無視して、ただただ子供を見守り続ける…。それが親であり愛なのです。
    ママの手は荒れている、ぼくたちのオシメをたくさん洗ったからだ
    という1年生の子が使った言葉の中に、私たち人間だけではなく全ての生き物に通用する「大きな大きな愛」の本質を感じるのです。
    だから湯山先生は大きな大きなフォルテとフォルティシモにした。巨大なスケールで「愛」を歌い上げるのです。オシメやパンツを洗うという小さなイメージでは話になりません。
    と、そんな話をする前と後とでは、歌声が確かに変わります。どこがどう変わった?と言われれば明確に説明することはできませんが、少なくとも声が変わっている。声の持つ「熱量」が上がっているとも言えます。みんなが「何かを変えよう」と思って歌っていることは100%間違いないと思う。そんな歌声です。

    だから予定を大きく変えて、後半の練習は「小さな目」を全曲通すことにしました。1曲に10000回間違えてもOKと言いました。10曲ありますから10万回間違えても良いから、自由に、自分が思ったとおりに「歌おうよ」と呼びかけました。
    途中、「手紙」は少し丁寧に音程を確認しましたが、10曲を全部歌い飛ばすことができました。歌い飛ばせば良いんです。元気でエネルギーのある歌声。それがあって初めて「デリケートな表現を練り上げる」ことができるのです。今日の練習は大成功でした。そう思っています。
    時間が余ったので「コタンの歌」から「熊の坐歌」と「臼搗き歌」を歌いました。一昨日の木曜日、東海メールクワイアーが練習した曲ですが、なかなかうまくいきません。なぜうまくいかないかと言うと女声パートがないからです。「空」が歌ってくれないと百戦錬磨の東海メールクワイアーでも苦労します。だから近い未来に東海メールクワイアーと合同で練習をする時に備えて、東海メールクワイアーが苦労している部分を「空」がスパッと歌うことができるようにしようと思いました。
    その目的は一発で達成されました。東海メールクワイアーがどの部分で苦労しているのか、くわしく書く必要はありません。嶋田先生はメンバーの歌声を聴いて「早く合同練習ができるといいな」と純粋に思いました。みんなが混声合唱のハーモニーを体験することも大きなプラスですが、それよりも「空」と合わせることによって東海メールクワイアーが成長する(?)プラスの方が大きい…と現段階では思います。本当にそう思いました。そう思わせてくれるような素晴らしい響きでした。ありがとう。

    午後、父母総会があり、定期演奏会に関する共通理解を確かなものにすることができました。すでに総務の方から共通理解の内容がメールで回っていますが、明日か明後日までには「ソラノート」でも詳細を報告したいと思っています。

  • 名演奏になる予感

    【令和2年9月5日(土)】
    8月の緊急事態宣言による練習自粛をクリアして再開した2回目。チョ~うれしいことに見学者があるという事前連絡を受けていました。
    新型肺炎の騒ぎが収まるまでは新入団員などありえないかと思っていた嶋田先生です。見学してくれた子が何かプラスを得て帰ってくれるように作戦を考えました。小学校の2年生や3年生なら、それなりの曲でそれなりの練習を見てもらったところです。今日は中学生で合唱部の経験者ということでしたので、日本語を生かす歌い方とハーモニー主体の練習を組んでみようと方針を定めていました。
    こう書くと、何だか「見学の子」のためだけに練習したように読めるかもしれません。ですが今日の練習で取り組んだ内容は、高校生を含めて(もちろん小学生・中学生にも)一人一人のスキル(実力)を高めるために必要なものだったと思っています。
    まずは発声練習を含めて「地球はひまわり」を使いました。ほぼほぼ正確に音程は分かっていて、だいたい歌詞も覚えている曲ですが、今までの歌い方からワンレベルのアップを目指します。
    冒頭、「手を合わせてみたら」「ホラひまわりできた」「さあ地球の大地」と歌い始めます。この「手を」「ホラ」「さあ」の歌い方を「同じではイケナイよ」と言いました。
    ほぼ同じメロディーを3回繰り返す部分です。ですが工夫が必要です。歌詞によって歌い方を工夫する必要があることを、小学生にも分かってもらえる部分ですね。答えは…
    最初の「手を」は次の「合わせてみたら」と歌詞がつながっています。「手を合わせてみたら」と一息で言えるコトバです。
    これに対して「ホラ」は「ひまわりできた」とはつながっていません。作文用紙に書けば「ホラ、ひまわりできた」と「、」が入る感じです。同じように「さあ」も、「さあ、地球の大地」という感じで「、」が入ります。整理すると
    ①手を合わせてみたら
    ②ホラ、ひまわりできた
    ③さあ、地球の大地
    というように「、」が入る②③と、つなげた方が良い①と、二つの表現が必要になってくるわけなんですね。で、どう歌うのかと言うと、②と③は「ホラ」「さあ」を弾んだ感じでリズミックに歌うということになります。
    みんな上手にクリアしてくれました。この「ソラノート」の文章をここまで読むのに1分くらいかかったと思いますが、それよりも短い時間でクリアです。
    もう一点、気を付けて歌った点は「地球の大地」「希望の空を」「みんな仲よく」の部分です。
    「地球の大地」は「ち・きゅ・う・の」「だ・い・ち」で4+3
    「希望の空を」は「き・ぼ・う・の」「そ・ら・を」で、やはり4+3 ですが
    「みんな仲よく」は「み・ん・な」「な・か・よ・く」で3+4
    つまり感じ取るべきリズムが違うということです。教室の音楽の授業では決して言わなかったことです。元気よく楽しく歌えばOKなのが授業の音楽です。お客さまに聴いていただく音楽、聴いてくださる人に歌詞を伝えようとする音楽を作ろうとするならば、メンバー全員が絶対に高めておいてほしいスキル(実力)です。でも、これも30秒でクリアでした。
    あと一点、気を付けてもらったのはP26。2番と3番の低音パート「ぼくらの星は」の部分です。
    これは作文では伝えにくいんですがね、あえて書きます。
    高音パートの「ぼくらの」は音が下りていきます。低音パートは逆に音が上がっていきます。
    どっちが日本語らしいですか? 「わかんな~い」なんて言わないでくださいよ。日本語の抑揚(雨か飴か・箸か橋か)を生かすためには高音パートの下りていくメロディーですよね?
    同じように「星は」を考えると、高音パートは音が上がり、低音パートは音が下がります。「星は」という言葉は上がりますか?下がりますか?
    そう、上がりますよね? つまり日本語の抑揚(読み方)を生かすためには高音パートが正しく、低音パートはメロディーではなくてハーモニーなんです。正しい…という書き方はキツイですね。低音パートが間違っているわけではありません。日本語を生かすメロディーは高音パートなのであって、低音パートはメロディーを生かすためのハーモニーパートだと言うことです。これは湯山先生も指摘されていて、ずいぶん前の練習でしたが「低音パートはmfではなくmpにしてください」「低音パートの「星は」はpにしましょう」と指導してくださいました。メモが残っています。

    以前「ソラノート」について感想を聞いた時、「文が長すぎる」「小学生にも読める文章量だろうか?」という意見をメンバーからもらいました。そうなんだろうけれども、今日やった練習の内容を欠席しなければならなかったメンバーに伝えようとする時、200文字や300文字にまとめることは、やはり不可能です。これだけの文字数は必要です。
    逆に言えば、今日の練習を欠席しなければならなかった(修学旅行に行っている子もいます)メンバーも、チャンとここまで読んでくれて「あぁナルホド、分かる分かる、そうなんだ」と思ってくれたなら、そのメンバーは欠席したことにはなりません。これは嶋田先生が必死になって実現している「オンライン練習」なのです。

    後半は「鮎の歌」から「雉」「わさび田」「猪譚」を歌いました。予定どおりのハーモニー主体で進めました。4~8小節ずつ分けていって全部のパートを全員で歌い、すぐに自分のパートでハモらせるという方法です。美しく力強いハーモニーを響かせることができたと思います。これらの曲の表現については以前のソラノートに書いておりますし、何よりも書いたらあと10000文字くらいになりますから、文章量削減のために省略します(笑)。
    ただ、一つだけ報告しておきたいことは、かなり正確なハーモニーを作ることができていて、しかもメンバーの中から「こう歌いたい」という主体的な熱量を感じました…ということです。この文章を読んでくれたメンバーを加えて全員が歌い合わせたならば、名演奏の「鮎の歌」になる予感を感じました。みんなはどう感じてくれたのかな…。

    見学してくれた子が来週も来てくれると良いな…と心の底から願っています。

    父母会の皆様へ。来週の父母総会では定期演奏会に関わる極めて重要な案件を審議・決定いたします。コロナごときに負けない合唱団「空」存続のためにも、現在お伝えしたい思いがあります。可能な限りの参加をよろしくお願い申し上げます。