• 合唱は朗読が特殊な形に昇華したものとも言えますチコタンの最後の「アホー!」を劇的な表現で

    久しぶりに「チコタン」をやりました。この曲は,音は非常にカンタンですが,音楽がもつ世界をちゃんと表現することは,とってもムズカシイのです。

    昭和43年(1968年)に作曲され,翌年に芸術祭優秀賞を受賞したこの名曲は,当時の児童合唱としては珍しく「負の部分」を扱っています。「負の部分」とは,すなわち「交通事故」であり「死」です。明るく元気で生き生きとしたイメージの児童合唱に「死」を歌わせる構成は,当時としては画期的なものでした。今回の演奏会でこの曲を取り上げたのは,現在,「命の大切さ」が教育の世界で重大に考えられており,しかも「交通事故」という「負の部分」は作曲された当時から考えても,悪化こそあれ改善しているとはとうてい考えられない状況であるからです。

    さて,「なんでかな」「プロポーズ」「ほっといてんか」「こんやく」の4曲については,主人公「ぼく」の気持ちがとても分かりやすく,感情表現はさほどムズカシくありません。ただ,「プロポーズ」の「およめさんになってください」という言葉をどもって表現する部分については,妥協せず指導しました。「およ」をきちんと7回言ってから「およめさんに」と言わなければなりません。いいかげんに歌うものだから6回しか言っていないとか,テンポに乗れないとか,一人一人に様々な問題があります。また練習しましょう。

    問題は「だれや」です。

    「二人で指切りしたのに…」という言葉が3回連続で出てきます。この言葉,同じ歌い方で3回くりかえすだけではダメです。と言うか,そのようにしか歌えないのであれば,この曲を歌う資格がないと言えます。
    1回目の「二人で指切りしたのに」は「大人になったら結婚しようと」と続きます。この表現が基準になります。
    2回目は「結婚したら日本一の魚屋になろうと」と続きます。1回目に比べて,チコタンを失った悲しみが2倍になっていなくてはなりません。
    そして3回目は,その悲しみが3倍表現されなくてはならない。いや,10倍表現してほしい。なぜかと言うと…。

    3回目に続く言葉は休符です。つまり歌わないでピアノだけ。この部分,休憩ではありません。ピアノを聴いているだけでもダメです。この休符の意味は,「ぼく」が,チコタンと約束していたことが言えない,涙で言葉にならないということだからです。
    約束していた3つめは,「世界一の魚屋になろう」だったかもしれないし,「かわいい赤ちゃんを作ろう」だったかもしれない。そこは歌うみなさんの想像力におまかせするのですが,おまかせするということは自分なりの答えがないといけない。そこが決定的に足りない。足りないから,3回目の悲しみがぜんぜん表現できません。3回ほとんど同じ歌い方で,くりかえされているだけです。これは,ひょっとしたら練習することではないのかもしれない。つまり,練習すれば上手になる…という内容ではないかもしれない。技術でもテクニックでもなく,共感の問題だからです。共感を膨らませることは,技術を伸ばすことよりもムズカシイかもしれません。詩をよく読んで,「ぼく」がどんな気持ちなのか,想像してほしいと思います。
    「二人で指切りしたのに」と同じ表現力が,「おいしいエビ(カニ・タコ)食べさしたろ思てたのに」のくりかえしにも求められます。

    そして最後の「アホー!」という叫び。気持ちは分かりますよ,自分をかなぐり捨てて絶叫することを求められる,「空」の年頃の娘さんたちの気持ちは。
    しかし,合唱とは言葉の芸術であり,言葉の表現力が全てと言っても過言ではないのです。朗読が特殊な形に昇華したのが合唱だと言ってもよく,朗読と合唱は同じ線上にあるものなのです。だから,共感を前提とした表現は避けられないのです。
    実は,作曲者・南安雄先生ご自身が指揮をしておられる演奏(みなさんに配付してある音源)も,この「アホー!」という表現は十分であるとは思えません。嶋田先生も過去に3度,この曲を指揮したことがありますが,本当に劇的な「アホー!」ができたことは1度もありません。そのくらいムズカシイことではあるのですが,やってみたいと思います。
    本当に劇的に表現できたら,本番の会場は涙に包まれるはずです。できなかったら,会場は笑いに包まれることでしょう。

    「チコタン」という曲は,最後の最後,この「アホー!」がどう表現されるかが全てなのです。

  • 英語の発音、検定試験じゃありませんから「サンキュー」でOK

    この日は嶋田先生は「お休み」の日でした。ちょっとHPに記すことはできませんが,名古屋市の仕事があったのです。で,童謡をやってくれるように浜田先生・恒川さんに頼んでありました。ところが,その「仕事」が早く終わったので,少し遅刻しましたが練習場に駆けつけることができました。本当にラッキーでした。

    集まったメンバーを見ると,けっこうパートのバランスも良い。そこで,フォスターをやることにしました。ずいぶんと久しぶりです。

    けっこう覚えているものですね。感心しました。合唱オタクなら知る人ぞ知る,ロジェー・ワーグナーが編曲したフォスターです。ずいぶん難しい部分もありますが,音程は鍵盤ハーモニカやピアノの支えがあればかなり正確です。だから,美しいハーモニーを楽しむことができました。

    問題は英語の発音かな。なんだか知りませんが,子どもたちは正確に発音しようと必死なのですね。うまく口が回らないものだから,そっちへ気が行ってしまうのか,声に張りがなく,元気がありません。ここに宣言しておきますが,英語の検定試験じゃないのです。そんなに固く考える必要はありませんよ。

    たとえば「草競馬」に「ポケット フル ティン」という一節があります。「ポケットは金でいっぱいさ」っていう意味ですが,ここは「ポケフルティン」で十分。フォスターが作曲したメロディーにこの言葉をのせる時,無理に「ポケット フル ティン」と発音しようとすると,歌そのものが成立しません。

    幼稚園の子でも分かる例をあげておきます。「ありがとう」を英語で言うと「サンキュー」です。しかし,正確にゆっくりと発音するとですね,「サンク ユー」です。「サンク」とは「感謝」,「ユー」は「あなたに」ですから「あなたに感謝」で「ありがとう」。「サンク ユー」ですね。しかし,「サンク ユー」と発音する人は世界中に一人もいません。「サンキュー」で良いし,それで伝わります。歌に外国語をのせる発音と,教科書で習う英語の発音とは違うのです。

    これ,「デタラメでも良い」という意味ではありませんよ。しかし,合唱の場合,正確に発音することよりも大切なことが確かにあります。それは,音楽の勢いであり,音楽の流れであり,すご~く極端な言い方をすれば,「自分がどんな意味の言葉を歌っているか」さえ知っていてくれれば,全てOKです。楽しんで歌えると良いですね。

    翌日,2日の日曜日,春日井市で東海メールクワイアーの練習がありました。浜田先生・恒川さんに同行していただきました。東海メールクワイアーのメンバー17名は,「空」の演奏会のために集まってくださいました。3時間以上にわたったフォスターの練習は,それは真剣なもので,本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

    男声合唱と女声(少年少女)合唱の,それぞれの響きができあがりつつあります。合体したら,どんな響きになるのかな。とても楽しみです。

    東海メールクワイアーとの最初の合同リハーサルは8月16日(日)。合宿の3日目です。

    がんばろう。親愛なる「空」の子どもたち♪

  • 適当って言葉は「適切に」「当てる」って書くんです

    この日は久しぶりに練習会場がフェールマミで,グランドピアノが使えますから,今日は発声指導を中心にやろうかな…,などと考えながら自転車をこいでいました。いや,「東北の讃歌」もまだまだ不安だしなぁ。いやいや,東海メールクワイアーとの「フォスター」の合同練習まで,あと3週間だぞ。いやいやいや,「チコタン」ってもう何ヶ月も練習してないぞ。

    その日の練習内容は,もちろんある程度の予定を立ててはいるのですが,その予定が機能し完結したことは一度もありません。何人集まるのか,その集まったメンバーは何年生か,その子の伸ばすべき点は何か…。ようするに会場に入って,集まったメンバーの顔を見るまでは,どんな内容の練習が最も効果的なのか分からないからです。だから,何をどう練習するのかが完全に決定するのは,いつも当日の朝9時30分です。適当…って言えばこれほど適当な話はない。

    しかしですね,やってきた患者さんに一番よい薬を処方し一番よい治療ができるのが名医です。発熱だ,腹痛だと,どんな症状の患者が来ようとも,自分が予定していた決まり切った処置しかできないのならば,そいつはヤブ医者だ。そこにいる子の顔を見て,あるいはメンバーを見渡して,最も効果的な練習を瞬時に組み立てる。そういう合唱の名医,名トレーナーになりたいもんです。適当って言葉はですね,「いいかげん」という意味もあるかもしれないけど,漢字は「適切に」「当てる」って書くんですよね。

    会場に入ると小学生が3人。しめたぞ,基礎的な発声のトレーニングを十分に個人指導ができる…と思いました。人数が少なくて,しかも全員がソプラノですから,ハーモニーを楽しむことは不可能です。しかし,練習すべきことはいくらでもあります。嶋田先生のモットーは,練習に来た子に「来て良かった」「来たから少し上手になった」と思って帰っていただく…ということです。

    ソプラノしかいなくてハモらないのだから,「フォスター」や「東北の讃歌」ではやりにくい。「童謡」の楽譜を使うことにします。「へい!タンブリン」を一人ずつ歌っていきます。「ゆきってながぐつすきだって」も「あひるのスリッパ」も全部一人で歌う。鍵盤ハーモニカで支えながら,音程の確認をしていくわけです。

    鍵盤ハーモニカの優れた点は,音程を確認することと同時に,呼吸やアゴーギグを伝えることができるということです。呼吸とは,そのメロディーのどこでブレスをするか…ということで,「ここでブレスしなさい」と口で説明するよりも,よっぽど分かりやすく,効果があります。何てったって,鍵盤ハーモニカはブレスしないと吹けませんからね。そこが,ヴァイオリンやピアノとは違う点です。

    アゴーギグとは,テンポや強弱に微妙な変化を付けて,音楽に精彩を与え,表情豊かにすること。微妙な歌い回しは,口で言うより聴かせるのが一番。鍵盤ハーモニカは言葉はしゃべれませんが,歌い回しは豊かで音程は正確。

    と,何だかんだと記しましたが,一人で歌うってのは大変です。なかなか伸びやかな表現はできません。でも,ねらっているのは鍵盤ハーモニカに合わせて正確な音程で歌えるようにすることです。そういう耳を育てるのがねらい。

    どういうことかと言いますと…。一番良いのは,伴奏がなくても楽器の助けがなくても,自分の力で正確な音程と豊かな表現で歌えるようにすることです。しかし,これは書くのはカンタンですが,実際にそう歌うのは非常に難しいのです。嶋田先生だって自信がない。正確な音程で歌うことって,大変です。

    二番目に良いのは,となりに音程が正確な鍵盤ハーモニカがあれば,その音に合わせて正確に歌えるようにすることです。本番で鍵盤ハーモニカを吹くわけにはいきませんが,まわりには多数の仲間がいます。その仲間の音に合わせて音程を取ることさえできれば,その子の音程がさらに隣の子を支えることにもなります。これこそ合唱の最も魅力的な部分で,お互いに支え合う…という言葉を最も具現化した活動になります。

    三番目…というか,最も良くないことは,ピアノの音があろうと鍵盤ハーモニカの応援があろうと,全く音を合わせようとしない…ということです。まぁ,そんな子はいませんけどね。
    大きな目標は「一番」ができる子にすることですが,大切なことは「二番目」です。

    と,そうこうしているうちに,一人増え二人増え,ずいぶん大勢になりました。けっきょくハーモニーを作って表現の練習になっていきました。やりはじめた練習を,さりげなく途中で方向転換するのも「術」ってもんさ。適当…って言えばこれほど適当な話はない。しかしですね,やってきた患者さんに一番よい薬を処方し一番よい治療ができるのが名医です。

    集まったメンバーを見渡して,最も効果的な練習を瞬時に組み立てる。そういう合唱の名医,名トレーナーになりたい…と,心の底から思っています。

  • 多人数でしかできない響きの中にどっぷりと漬かって

    今日は女声合唱団「青」との合同練習です。とても楽しい時間でした。

    「空」単独の練習だとて、どうしても細かい音程とか、声の出し方とかいう方向に注意が行ってしまいます。それは必要なことで、先週も書きましたが、曲を覚えるのと同時に、一人一人の力を高めることを考えるからです。しかし今日は多人数の練習です。しかも、多くの人が「東北の讃歌」という曲の入り口に立っている段階。こういう時は、細かいことをああだこうだと言ってもダメ。極端に言えば音程なんかどうでも良い。大切なことは、みんなが曲の内容を理解することです。もっと大切なことは、みんなが「東北の讃歌」という曲を好きになってくれることです。曲を理解し好きになれば、音程なんか自然に付いてくる。「ちゃんとした音程で歌いたい」と思うからです。逆に言えば、曲を好きになっていない人は、「ちゃんとした音程で歌いたい」という願いが膨らんでこないので、いつまでたっても上手くならない…ということになるわけです。これ、勉強でも同じことが言えますよ。

    というわけで、多人数でしかできない響きの中に、どっぷりと漬かっていただきました。

    【うみねこの島】
    冒頭部分にesprss.があります。これは「ていねいに」という意味で、早い話がゆっくりになります。
    ゆっくりになった後、すぐに元のテンポに戻らなかったことを注意しました。
    P.12のソプラノとメゾのAーは何でしょう?
    うみねこがいっぱい飛んでくる羽音です。そうですよねって湯山先生に聞いてみる約束をしました。
    P.16の「八万羽も九万羽も」は、P.8の「六万羽も七万羽も」より力強く。
    宮沢章二先生が、この詩を書かれたのは、もちろん東日本大震災のはるか以前です。しかし、今、現在の感覚でこの詩を読む時、この「うみねこ」は「東北の人々」を意味するものと思えてなりません。六万人七万人の人々が去っていったけど、八万人九万人の人々が戻ってくる、戻ってきてくれ…という思いが湧き立つのです。

    【青葉の詩】
    冒頭部分の「かっこう鳥」「かっこう花」にアクセントテヌートが付いています。「鳥」「花」の言い切りを軽く切って、チャーミングに。「さいたよ」に付いているesprss.に注意しました。
    P.22は「父さん、母さんが歩いた道」ですが、「父さんと歩いた道、母さんと歩いた道」と読みます。
    きっといるはずです。死んだ父さんと手をつないで歩いた道、津波に流された母さんと歩いた道を、今、一人ぼっちで風といっしょに歩く子が…。
    そんな子は、かっこう鳥に、天の上にいる父さん母さんに自分の言葉を託します。
    「ぼくは元気だよ」って…。
    宮沢章二先生は東日本大震災を予言していたのでしょうか?それは有り得ないことです。
    名詩というものは時を越え時代を越えて、現代の感覚で読むものです。ゲーテやハイネの詩を読む時、その時代の情勢や感覚に思いを馳せる人は研究者ならいざ知らず、基本的にはいません。詩というものは、いつも現代の感覚で読むものであり、数百年の時を越えてもなお現代の感覚で読めるものを名詩と呼ぶのです。
    「思い出ひめる丘に、宮城の萩も育つよ」と歌う終結部も、その言葉どおりの「丘に萩が咲く」とは思いません。「父さん母さんと歩いた思い出の丘に、新しい生命が育つよ」と読みます。そのように歌う人が「青葉の詩」への思いを抱く時、この曲は不朽の値打ちを持ってホールに響くことでしょう。

    【南部うまっこ唄】
    この曲は躍動感が必要です。大人も子どもも重過ぎます。冒頭から58小節目まで、一気に駆け抜けなければならない。
    このことについては、慣れてくれば大丈夫。心配ありません。
    問題はP.33~P.35です。
    駆け抜ける南部の馬っこに語りかける下りです。
    「爺様の馬っこまだ生きてるか?見守ってこい。仲間が減っては寂しくなるもんな」
    多くは記しません。避難指示が出ている地域の、仮設住宅で今も暮らしておられる人々の気持ちを想像してみましょう。
    その想像ができませんと言う人に、この曲を歌う資格はない。どんなに音程が正確であっても…です。

    【鮭の大助】
    先々週、7月4日の本欄を参照してください。

    【かまくら幻想】
    この曲はP.68「雪国のかまくらは~」以降が心臓部です。
    暗い気持ちが覆う東北、その東北に、明るく温かい灯火を雪の子が燈す…。
    その「雪の子」って誰でしょう。歌うみなさんです。もっと言えば、世界中の人々…と言っても良い。
    そして、その「雪の子」の灯火が消えた時、今度は「花の子」がその灯火を受け継ぐ…。
    「花の子」って、誰でしょうね。分からない人はいないはずです。

    【でこでこ三春】
    重い。重過ぎです。もっともっと、生き生きとした躍動感がほしい。
    特に、12/8拍子から3/4拍子になるP.75で、それまでの躍動感を失わないようにしましょう。基本的なテンポを変えることなく突っ込みます。
    「三つの春」って何でしょう?
    梅と桃と桜の春です。
    しかし、それだけでは足りません。
    私の春、あなたの春、あの人の春です。
    「春」って何でしょう?
    「幸せ」です。
    そのように言葉を置き換えて、もう一度この詩を読んでみてください。「みちのくの新しい季節」という言葉が、新たな意味を持って、このノートを最後まで読んでくれたあなたの心に響くことと思います。

  • 相手や周りの思いを知ることがひとりひとりの合唱の力、人間の力を高める

    来週は女声合唱団「青」との合同練習です。だから今日は「東北の讃歌」を確認して来週に備えておく…という手も考えられましたが、それでは先々週、先週、今日、来週と「東北の讃歌」が続くこととなり、他の曲が心配でした。そこで今日はフォスターです。ずいぶん久しぶりですね~。浜田先生には完全に音取りマシーンとなってもらい、ハーモニーの確認をしながら、不安な点を1つ1つクリアしていきました。

    やった曲は「草競馬」以外の4曲です。内容は、徹底した音の確認と、英語の意味も少し説明しましたが、第一は音程の正確さと、それによって生まれるハーモニーの確認です。結果は上出来ですね。よくハモったと思います。今日、参加できなかった人は、CDを聴いておいてください。それで十分カバーできます。

    今日に限らず、全員で全てのパートを歌い、その後に自分のパートを歌ってハーモニーを作る…という作業を繰り返しました。コンクールに出るために、課題曲と自由曲の2曲だけを作るのであるならば、考えられない方法です。時間がかかりますからね。でも、「空」の場合、曲を仕上げていくのと同時に、一人一人の力を伸ばすということを、並行して行っているわけです。パートごとに別々の部屋に別れて、自分のパートの音程をひたすら磨く…という作業は、手っ取り早いですけど、非常に硬質化した音楽を作り出します。なぜならば、他のパートが何をしようと我が道を行く…というソプラノなりアルトなりができるからです。

    コンクールの場合、それぞれが自分の責任(つまり音程)を、互いに正確に全うすれば、結果として良いハーモニーが生まれますから、それで良いわけです。ミス無く歌ったチームの勝ち。コンクールとは、簡単に言えば、ミスの少なさの勝負です。

    「空」の場合、力を伸ばす…という言葉を使いました。「力」とは何か…。それは、自分がこのように歌う時に、相手が何をしているかを知っているということです。

    合唱に限らず、自分と友達とが何らかの営みを共有する時、相手の動き(思い、考え、行動etc.)を理解した上で、自分の動きが決まります。相手が何をしようが、相手がどう動こうが、私は私の道を行く…ってなことは、普通は考えられないことなのですけど、合唱の場合、それぞれが完全に自分の責任を全うすれば、完全な音楽ができちまうんです。だけど…それは非常に硬質化した音楽になる。

    相手がこう歌っている。その時に自分はこう歌う。これを知っていること。それが合唱の「力」です。同時にそれは、人間の「力」でもあります。相手がこう思っている。だから自分はこう動く。これ、人間力ですよね。

    コンクールの場合、小学校なら4年生以上、中学校も高校も3年ですから、3年間を考えれば良い。「空」の場合、長い子なら10年続くかもしれない。だから先生は、柔軟な音楽(柔軟な子)を目指します。相手の動きを全部知っている(全部のパートを上手に歌える、ではありません)子が理想です。ホントかしら…って思った人も、少なくともコンクールの場ではなく、50才まで合唱を続けてみれば、納得してもらえると思います。

    それから、この話は、なぜ「空」では全部のパートを全員が歌うかということの対極として、コンクールを持ち出しただけのことで、コンクールを否定しているわけではありません。
    嶋田先生だって大学生の時はコンクールを追求し、CBCコンクールで日本一も取ったのですが、その時に必要だった練習を踏まえて、今の「空」が追い求めるものとの微妙な違いを記しただけのことです。

    来週は、女声合唱団「青」との合同練習。でも、初めて楽譜を見る子でも困らないような練習をしますから、気楽に参加してください。

    一人でも多くの子の参加を望みます。

  • 柔らかい声、ハモる声、破裂した声、躍動的な声背景を表現するための武器を増やす

    今日は武器を増やす…ということから練習が始まりました。以前にもこの欄に書いたかもしれませんが、今日は特に意義深い練習ができたと思います。武器を増やす…とは、歌う曲によって、歌い方・声・表現を変える…ということで、楽しい曲も悲しい曲も、全て同じ歌い方・声・表現でやっていてはダメ、ということです。

    具体的には「へい!タンブリン」と「荒城の月」に相応しい、それぞれの声…となったのですが、「荒城の月」が出てきたのは流れであって予定していたことではありません。というのは、「へい!タンブリン」を歌うには相応しいとは言えないのですが、同じ声で「荒城の月」を歌ってみたところ、それはそれは見事な表現で、あんな表現は嶋田先生にはとてもできない…という声があったからです。来年は「荒城の月」をプログラムに入れようかな~。

    しかし、今、目の前にある曲は「へい!タンブリン」です。なかなか相応しい声になりません。「空」の持っている武器、柔らかい声・ハモる声に加えて、破裂した声・躍動的な声をいかに育んでいくかなぁ…。これからも嶋田先生の格闘は続きます。

    休憩をはさんで、「東北の讃歌」から「鮭の大助」です。

    冒頭の「鮭の大助 今のぼる~最上川」までを、怒りを込めて、荒っぽく、激しい声で…と要求します。これは意外なほど上手くいきました。前半の練習が生きたのでしょうか…。

    次に、なぜ、そのように歌うのか、説明します。これ、山形県の伝説なんです。鮭の大助とは、いわば一種の妖怪であって、毎年、秋になると、「鮭の大助、今のぼる」と自分で自分の名前を名乗りながら、川をさかのぼってくるんだそうです。ただいま参上っていうわけですね。しかも、その「鮭の大助、今のぼる」という声を聞いた人は、その3日後には必ず死ぬという、恐ろしい伝説です。では、なぜ川をさかのぼってくるかというと、川で鮭を捕っている漁師さんたちに、「やい!!てめえら。この俺様の兄弟たちを捕まえて、どうしようっていうんでぇ!」ってなことを言いに来るわけです。だから、冒頭部分は大助のセリフです。なので、荒っぽく、怒りを込めて…というわけです。

    次に、漁師の子供たちが出てくるわけです。「大助さん、違うんだよ。お父さんたちは、大助さんの兄弟を殺してるんじゃないんだよ」っていうわけですね。だから、安楽城わらべ唄になるわけです。ここは、だから、うんと優しく歌わなくてはなりません。優しい歌い方は「空」の十八番ですから、すぐにクリアです。

    いったん納得して、落ち着いたかのように見えた大助でしたが、また怒りがこみ上げてきます。それがP51。再び「鮭の大助、今くだる(のぼるではない)」と、怒りの表現です。

    そして、ここが嶋田先生の一番好きな部分なのですが、「しぼる卵は、かわいい鮭に育てて返すよ、この川へ」「子供の鮭は、またいつか、最上の流れをくだって行くだろう」「鮭の大助よ。心配するなよ。里の子守唄でも歌って祈れ」ここは、本当に優しく温かく、思いを込めて歌ってほしい。「空」の子たちは、こういう部分は本当にうまい。

    そして、集結部。再び安楽城わらべ唄。「エンヤマカ、ゴエン」。だんだん遠ざかっていく感じも見事です。

    曲の背景を知り、その背景を表現するために相応しい声を追求する。2時間で、10時間分くらいの密度でした。

    あたしゃ、疲れたよ。でも、とっても楽しかったです。みなさん、ありがとう。

  • 「東北の賛歌」の言葉、今だからこそ注ぎ込む意味

    今日の練習は、女声合唱団「青」との2回目の合同練習でした。もっとも、1回目は嶋田先生の学校の運動会の日に、「青」の大橋先生にご指導をお願いしましたから、嶋田先生にとっては実質的に初の合同練習でした。中学生・高校生は期末テストの時期ですから、主力が欠けることを想定して、さて、どういう狙いを持って練習を組み立てるか、前日から考えていました。

    「空」には先週入団してくれた新入団員もいて、その子は今日が初見となりますし、「青」の皆さんがどれくらい歌ってくださるか、全く分からないので、どこでどんな支援が必要になるか、予想がつきません。細かく音程をチェックしていくか、パートごとに必要な要求をしていくか…。予想がつかないことを迷っても結論なんて出ません。今日は、大人も子供も、全員が500回ずつ間違えてもいいから、「東北の讃歌」の骨格を伝えることがベストであろう…と考えて練習場に向いました。

    まずはアンコールの「あめふりくまのこ」と「大漁」を。促音の処理に手間取りますが、さすがに歌い方は手慣れたもので一発合格です。

    「東北の讃歌」は、終曲「でこでこ三春」からスタート。集結部「みちのくの新しい季節 東北の新しい季節」を繰り返します。震災後、ほとんど復興がかなわない地域も多く残る今、作曲されたのは、もちろん震災の遥か以前なのですが、今、この言葉に、今だから注ぎ込む意味にこそ価値があるのでは?と、みなさんに問い掛けます。

    次に冒頭。「三つの春が顔見合わせて」の「三つの春」とは何かを問い掛けます。それは「梅の花の春」であり、「桃の花の春」であり、「桜の花の春」であることは明らかなのですが、ここで言う梅と桃と桜は、もちろん単なる植物のことではない。「梅」は「津波で母を亡くした子」であり、「桃」は「子を亡くした母」であり、「桜」は「一人ぼっちになってしまった人」なのです。そういう人が現実にいるんです。地域的・空間的に離れているから、鈍感な私たちには分からないだけです。そして、そういう人々に本当の笑顔が、本当のやすらぎが訪れますように…と、「張り子のでこ」は歌うのです。

    じゃあ「張り子のでこ」って何? それは、歌う人々全員。つまり、みなさんです。そういうことを分からないまま、ただ音程のみに気を配ったり、強弱のあり方のみに確執したりするのは、ナンセンスこの上ないことです。そういう意味では、みるみるうちに歌声が変わっていきました。「青」のみなさんの協力に大感謝です。

    次は「かまくら幻想」。

    冒頭の「水神さま、拝んでタンセ」を、できるだけ幼い、かわいい声で歌うように、「青」のみなさんにお願いします。11月の本番では、あるいは「空」だけで、この部分を歌うということも、選択肢の一つかもしれません。

    コーダ「雪国のかまくらは雪のぼんぼり」の部分は、「青」のみなさんから「音の確認を…」とのリクエストがありました。自分が分からないこと、不安なこと、納得がいかないことなどを、分からないと言ったり、質問したりすることは、少しも恥ずかしいことではありません。ここが、日本中の小学生(中学生も?)が持っている大きな弱点で、聞くことは恥ずかしいことだと思っている。嶋田先生は担任だったころ、授業で「ハイ、分かる人」と聞いたことは、ほとんどありません。いつも「ハイ、分からない人?」と聞いていました。嶋田先生のクラスでは、分からないと言って手を挙げることが普通のことであり、いつも「授業では分かる人なんか、どうだっていいんですよ。分からない人に、どうヒントを出すかが授業なんですよ」と言っていました。

    「青」の方々から「不安です」とのリクエストが出され、鍵盤ハーモニカで全てのパートを確認することによって、その後、極めて美しいハーモニーができたことを報告しておきます。「空」のみなさんも、少なくとも嶋田先生に対しては、「分からない」と言って聞くことが、少なくとも自分にとってプラスになり、「空」全体にとっても絶対にプラスになることだと理解してほしいなって思いました。

    その後、「鮭の大助」「南部うまっこ唄」を練習しましたが、この内容については、次回に記すこととします。

  • 考え、想像した先の「なぁるほど~、そうだったのか」このプロセスが大事

    この日は楽しみなことがありました。それは,湯山先生の童謡の楽譜が東京のカワイ出版本社から届くということです。宅配便で,音楽プラザに届くように手配しました。

    午前中に届く約束なので,9時30分の練習開始時点では楽譜はありません。そこで,ある作戦を考えておきました。その作戦とは,メロディーを「ラララ」で歌って音を取ってしまい,覚えたメロディーに,どんな歌詞がのっているのか,想像してもらおう…というものです。楽譜を手渡してしまったら絶対にできない練習です。

    使った曲は「きいろいちょうちょ」。実に魅力的な,温かみを感じる名旋律です。音を取ってしまうのは本当に速い。で,問いかけてみました。最初の4小節に嶋田先生が示した例は,こんな感じです。

    ♪そらに,きらきら,おほしさま

    どんな詞だって良いわけですから簡単かと思いますが,そうではない。予想通り,誰も手を挙げません。たった4小節にのせる,平仮名なら10~15文字だけなのですが,詞を作るって,とってもムズカシイ。

    いちおう,用意しておいた下品バージョンも披露します。

    ♪バカめ,アホたれ,くそったれ

    「こんな詞は,ありえんだろう?」と言って子どもたちを笑わせて,「さて,どんな詞がのっていると思う?」と再度問いかけます。

    しかし,先生も本気で作詞の指導をするつもりではなかったのです。メロディーをつかみ,先生に何度も促されて「え~,どんな詞なんだろう…。わかんないよ~」と本気で迷い,考える。それをやってほしかったのです。

    考えること。分からないことを想像しようとすること。これをやってから,その詞を読むのと,やらずに読むのとでは,共感の度合いが全く異なる。

    前者なら「なぁるほど~」とか「そうだったのか」となるのに対して,後者は「あぁ,そうか」に止まってしまう。その差は,計り知れないほど大きいのですよ。

    で,「きいろいちょうちょ」の歌詞は

    ♪だれに もらった きいろでしょう

    ♪きいろい ちょうちょ ひらひら ちょうちょ

    ♪菜の花 たんぽぽ それとも お月さま

    ♪いえいえ かあさん かあさんからよ

    その後,後半は届いた楽譜を使って,11曲全てを一通り歌うことができました。

    これで,第19回定期演奏会で使用する全ての楽譜がそろいました。さあ,これからが面白くなるぞ!

  • 20年連続出場の表彰、みなさんのおかげです。そして,先輩たちのおかげです

    この日は愛知県合唱連盟合唱祭の本番でした。だから11時までの練習で稲沢へ移動。ゆえに本番で歌う「かまくら幻想」1曲に集中です。

    歌い出しの「水神様,拝んでタンセ」は,いつも変わらぬ柔らかい響き。何度も言いますが,かまくらの中にいる子どもたちの呼び声ですから,もう少し固く,元気な声で…と要求します。むしろ地声でも構わない。これは,すぐクリア。ですが,おそらくこれからも,何度も繰り返して言わなければならないことでしょう。「空」の一番の武器は「柔らかい響き」です。これを「固い響き」「元気な響き」「劇的な響き」など,いろいろな武器を増やしていくようにしなくてはなりません。

    曲全体の理解や音取りなどはすでにかなりのレベルになっていますから,終結部まで歌い終わって,次は「雪のぼんぼり」「桜の花のぼんぼりを」のソロをどうするか…です。

    1人1人に歌ってもらいます。この日までにコーラスパートもソロパートも全員が歌えるようになっていますから,この日,誰が一番コンディションが良いか,それを調べるだけで済みます。「アルトを知ってるソプラノになれ」「ソプラノも歌えるアルトになれ」と常々言っていますから,これが「空」の強みです。口が一つしかないから,しかたがないので自分のパートを歌うだけの話で,もし,口が三つあったら全員が全てのパートを歌える…,そんなチームにしたいのです。

    で,3人選んだのですが,その3人が抜けたとたんに,コーラスパートが貧弱になった。21人いたのですから,3人がソロに回って,残り18人がコーラスになるわけです。でも,21人と18人では大違い。でも,音を確認して何とかクリア。

    誰か1人でも欠けると全然ちがう響きになってしまう。そう。今この文を読んでくれている団員の「あなた」は,「空」にとって,とっても大切な人なのですよ。

    稲沢に移動しての本番は,うまくいきました。20年連続出場の表彰状もいただきました。みなさんのおかげです。そして,先輩たちのおかげですね。20年…。よく,がんばったなあ…。

  • SORA NOTE(練習日記)について

    ホームページのリニューアルに伴い,しばらく休んでおりました「練習ノート」を再開することとします。

    学校行事や部活動,家庭の事情など,その日の都合で欠席せざるを得なかった人にとって,どの曲でどんな練習をしたか,貴重な情報になるでしょう。

    また,出席した子たちにとっても,「あぁ,あの練習には,そういう意味があったのか…」「先生は,そんなふうに考えていたのか…」などと,理解を深めてもらうことができたら嬉しく思います。