SORA NOTE

嶋田先生から空のみんなへ


適当って言葉は
「適切に」「当てる」って書くんです

この日は久しぶりに練習会場がフェールマミで,グランドピアノが使えますから,今日は発声指導を中心にやろうかな…,などと考えながら自転車をこいでいました。いや,「東北の讃歌」もまだまだ不安だしなぁ。いやいや,東海メールクワイアーとの「フォスター」の合同練習まで,あと3週間だぞ。いやいやいや,「チコタン」ってもう何ヶ月も練習してないぞ。

その日の練習内容は,もちろんある程度の予定を立ててはいるのですが,その予定が機能し完結したことは一度もありません。何人集まるのか,その集まったメンバーは何年生か,その子の伸ばすべき点は何か…。ようするに会場に入って,集まったメンバーの顔を見るまでは,どんな内容の練習が最も効果的なのか分からないからです。だから,何をどう練習するのかが完全に決定するのは,いつも当日の朝9時30分です。適当…って言えばこれほど適当な話はない。

しかしですね,やってきた患者さんに一番よい薬を処方し一番よい治療ができるのが名医です。発熱だ,腹痛だと,どんな症状の患者が来ようとも,自分が予定していた決まり切った処置しかできないのならば,そいつはヤブ医者だ。そこにいる子の顔を見て,あるいはメンバーを見渡して,最も効果的な練習を瞬時に組み立てる。そういう合唱の名医,名トレーナーになりたいもんです。適当って言葉はですね,「いいかげん」という意味もあるかもしれないけど,漢字は「適切に」「当てる」って書くんですよね。

会場に入ると小学生が3人。しめたぞ,基礎的な発声のトレーニングを十分に個人指導ができる…と思いました。人数が少なくて,しかも全員がソプラノですから,ハーモニーを楽しむことは不可能です。しかし,練習すべきことはいくらでもあります。嶋田先生のモットーは,練習に来た子に「来て良かった」「来たから少し上手になった」と思って帰っていただく…ということです。

ソプラノしかいなくてハモらないのだから,「フォスター」や「東北の讃歌」ではやりにくい。「童謡」の楽譜を使うことにします。「へい!タンブリン」を一人ずつ歌っていきます。「ゆきってながぐつすきだって」も「あひるのスリッパ」も全部一人で歌う。鍵盤ハーモニカで支えながら,音程の確認をしていくわけです。

鍵盤ハーモニカの優れた点は,音程を確認することと同時に,呼吸やアゴーギグを伝えることができるということです。呼吸とは,そのメロディーのどこでブレスをするか…ということで,「ここでブレスしなさい」と口で説明するよりも,よっぽど分かりやすく,効果があります。何てったって,鍵盤ハーモニカはブレスしないと吹けませんからね。そこが,ヴァイオリンやピアノとは違う点です。

アゴーギグとは,テンポや強弱に微妙な変化を付けて,音楽に精彩を与え,表情豊かにすること。微妙な歌い回しは,口で言うより聴かせるのが一番。鍵盤ハーモニカは言葉はしゃべれませんが,歌い回しは豊かで音程は正確。

と,何だかんだと記しましたが,一人で歌うってのは大変です。なかなか伸びやかな表現はできません。でも,ねらっているのは鍵盤ハーモニカに合わせて正確な音程で歌えるようにすることです。そういう耳を育てるのがねらい。

どういうことかと言いますと…。一番良いのは,伴奏がなくても楽器の助けがなくても,自分の力で正確な音程と豊かな表現で歌えるようにすることです。しかし,これは書くのはカンタンですが,実際にそう歌うのは非常に難しいのです。嶋田先生だって自信がない。正確な音程で歌うことって,大変です。

二番目に良いのは,となりに音程が正確な鍵盤ハーモニカがあれば,その音に合わせて正確に歌えるようにすることです。本番で鍵盤ハーモニカを吹くわけにはいきませんが,まわりには多数の仲間がいます。その仲間の音に合わせて音程を取ることさえできれば,その子の音程がさらに隣の子を支えることにもなります。これこそ合唱の最も魅力的な部分で,お互いに支え合う…という言葉を最も具現化した活動になります。

三番目…というか,最も良くないことは,ピアノの音があろうと鍵盤ハーモニカの応援があろうと,全く音を合わせようとしない…ということです。まぁ,そんな子はいませんけどね。
大きな目標は「一番」ができる子にすることですが,大切なことは「二番目」です。

と,そうこうしているうちに,一人増え二人増え,ずいぶん大勢になりました。けっきょくハーモニーを作って表現の練習になっていきました。やりはじめた練習を,さりげなく途中で方向転換するのも「術」ってもんさ。適当…って言えばこれほど適当な話はない。しかしですね,やってきた患者さんに一番よい薬を処方し一番よい治療ができるのが名医です。

集まったメンバーを見渡して,最も効果的な練習を瞬時に組み立てる。そういう合唱の名医,名トレーナーになりたい…と,心の底から思っています。

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