投稿者: 嶋田浩文

  • 「3つの音楽の世界」には「3種類の声」が必要です

    アートピア音楽祭本番。

    朝、控室に入ると26人のメンバーが揃っています。OK。ゴーサインを出します。受験生が休団中の、合唱団「空」にとっては主力メンバーが欠けるこの「冬の時期」に、例年なら考えられない本番を2週間連続でクリアすることができたことは、大きな収穫となりました。この時期までに「雉」「わさび田」「鮎の歌」の3曲が仕上がっていることは、今後の練習計画を立てる上では大きな支えになります。これで、巨大なエネルギーを要する「駿河のうた」にアプローチする目途が立ちました。都合で今日のステージに参加できないメンバーも含めて、協力・努力に大きな感謝と拍手を贈ります。特に、本番のステージに参加できないのに普段の練習にキチンと参加してくれたメンバーには敬意を表します。

    さて、ある意味では非常に大きな賭でもあり、大きな興味と注目を集めた本番ですが、まずは及第点と言えるでしょう。この「冬の時期」としては150点をあげても良いと思います。今、先生は主催者からもらった録音を聴きながらこの文章を書いていますが、やや声が暗い色調を帯びているとはいうものの、それが「雉」にはよく合っていて(逆に言えば「わさび田」では少しブルー過ぎる)、その意味では「雉」が出色の出来と言えます。しかし、「雉」ではやや不満が残るテンポの変化も「わさび田」ではほぼ完璧に押さえられていて、「わさび田」も捨てがたい。

    「鮎の歌」は、「わさび田」と同じく、もう少しだけ明るい声になると良かったと思えますが、なかなかに熱のこもった表現で、あっと思うエラーも一瞬あるものの、聴いていたお客さんたちには伝わるところが十分あったことと思います。3曲を通して言えることは、3つの「音楽の世界」を表現するため3種類の「声」が必要だったところを、1種類の「声」で押し通してしまった無念さが残ります。しかし、「音」はほぼ完璧に入っていて、後のことを考えると好材料でした。安心できる演奏と言えます。ところが、「地球はひまわり」は一転して伸びのある明るい声が響き、やはり曲に対する共感というものが大切なんだなあ…と痛感した次第です。

    もう一つ、全体を通して、やや濱田先生のピアノに押されてしまった印象も、本番の1回だけでは分かりませんでしたが、何度も録音を聴くと感じます。濱田先生はベートーヴェンが専門で、非常に鋭い音の立ち上がりと、ダイナミックな強音と繊細な弱音の使い分けが絶妙です。その「音の幅」に26人では対抗しきれていない面がある。これは仕方のないことで、それに対抗するにはどうしても40人は必要です。もしも「空」が20人の合唱団に成り下がるとしたら、濱田先生にももう少しデイナーミクを押さえるように要求するところですが、濱田先生には今日のとおりにやっていただき、フルメンバーが集まった時点で「空」の総力をもってバランスを取ることとします。

    全体を通して、やって良かった本番であり、参加して成果のあった音楽祭であったと言い切れます。ご苦労様でした。今夜は嶋田先生もいい夢が見られそうです。何?「ビリーブ」はどうだったかって?本番は嶋田先生もコーラスの中に紛れ込んでいっしょに歌っていましたので、わっかりっませ~ん。まあ、いいんじゃないの?けっこう楽しく歌えたと思いますけどね。ただ、オーケストラをもう1メートル前に出して、オーケストラの後ろに合唱台を組んでほしかったな~とは思いましたけどね。

    そうそう、次回の練習では、この録音をCDにして、参加してくれたメンバーに配付いたしますので、お楽しみに。

  • 「いいことなんだけれども、やらない方がよい」そんなこともあるんです

    音楽プラザ・サロンコンサートの本番が午後に予定されています。インフルエンザの流行は「空」には関係ないものと祈りつつ音楽プラザへ。

    堀内先生の顔を見るなり、「今日、もしも25人いなければ、コンサートは中止。私は帰ります」と言っておきます。父母会の平松さんにも、同様のことを伝えます。平松さんによると「参加人数は大丈夫」とのことなので一安心。しかし、練習場に入ると果たして16~7人しかいない。「今日は、嶋田先生も背広を着てネクタイをして、やる気300%なんだけど、人間がいなくては合唱はできない。無い袖は振れません。中止になったらゴメンなさいね」と子供たちにも伝えておきます。

    本番大好き、歌うこと大好き、12才から合唱を始めて、コーラスキャリア36年の嶋田先生が、なぜこんなことを言うのかというと、世の中には「いいことなんだけれども、やらない方がよい」ことがある…ということなのです。この日のサロンコンサートの目的は、「空」の活動を宣伝し、団員を増やす一助とする…ということなのですが、もしもステージ上のメンバーが10人しかいない状態でコンサートを行ったら、お客さんたちにどんな印象を与えるでしょうか。会場に小学生の子がいて聴いてくれたとして、その子は「この合唱団に入りたい」と思うでしょうか?いろんなフェステイバルや交歓会などで10数名の少年少女合唱団の演奏を聴いてきた嶋田先生は、「ああ、がんばってるなあ」とは思いましたが、同時に「仲間がいなくて可哀想だなあ」という同情を禁じ得ませんでした。

    同様に「この合唱団に入りたい」と思う子は百人の中に一人もいないと思います。その10人がキングスシンガーズやウイーン少年合唱団のような実力をもっていれば話は別ですが、合唱団というものが一般人や一般の子供たちに与えるイメージというものは「写真に撮った姿」が大きい。つまり「まずは、何人の仲間がいる、どんな規模の合唱団なのか」が大きい。これは、現在の「空」のメンバーが「入ろう」と決心した時に、もしも「空」が団員数10人の合唱団だったとしたら、はたしてみなさんは「入ろう」と思ったかどうか、自分に問い掛けていただければ分かると思います。

    目的が「団員増強・団員獲得」にあるのに、聴く人に「可哀想だなあ」「入りたくない」という印象を与えるコンサートを強行するということはマイナスです。集まったメンバー(嶋田先生も)にとっては、せっかくのステージにせっかく準備を整えたのですから、コンサートをすることは「いいこと」です。「いいこと」なんだけれども、全体のことを冷静にトータルとして考えれば「やらない方がよい」ことになる。個人のレベルと団全体のレベルでは考え方が違います。「いいことなんだけれども、やらない方がよい」とは、そういう意味です。

    では11人ならOKかと言うとNOです。では12人では?13人なら?と、どんどん進んできますが、妥協しない「線引き」が必要です。そのラインが25人。

    今、給料を下げるな、雇用を守れ(クビにしないでくれ)、という話が日本中を駆けめぐっていますね。嶋田先生も来年度の給料は年間で40万円ほど下がります。これは「いけないこと」です。ですが、日本中の労働者の給料を下げずにいて、それで会社が倒産したり、日本という国家そのものが成り立たなくなったら、どういうことになるでしょうか。日本は今、700兆円の負債を抱えています。国民一人あたりに換算すると、一人600万円です。百才のお年寄りから小学生も中学生も、今日生まれた赤ん坊まで、みんな600万円の借金。国家がつぶれたら、「私の給料を…」なんて言っていられません。ですから嶋田先生は、給料40万円ダウンは「いけないこと」ですが「やむを得ないこと」として理解します。

    さて、しかし午後の本番に向けての練習開始。中止になるにしても準備は整えておく。これは大切なことです。なぜなら、そこで行う2時間半の練習は、その日の午後には役立ちませんが、トータルとして長い目で考えれば、合唱団「空」のレベルアップに役立ちます。そこで一生懸命に取り組んでおくことは、決して無意味ではありません。

    「富士山」を使って発声練習。ブレスをどこでとるか、どのようにフレーズをつなぐか、いろいろな点に注意を払いましたが、この日の問題は、歌い出しが柔らかすぎることでした。「あたまをくもの…」の「あ」がフワッと出すぎていて音楽にパンチ力が生まれない。歌い出しがそうなれば「しほうのやまを…」の「し」、「かみなりさまを…」の「か」など、全てが同じ現象をおこしてぼやけていってしまう。おいしいラーメンにお湯をタップリかけてから食べるような感じです。しかし、だんだんと修正されていくので、やはり「やればできるなあ」と思ってしまいます。

    「小さい秋みつけた」はパートのバランスが悪い。あたりまえの話です。メンバーがヘタなのではない。集まった人数が少ないのです。普通の練習なら、あるパートが一人でもそのまま進めます。あるパートを一人で支えなければならないという経験は嶋田先生にもありますが、それはトータルとして考えると、すごく自分のレベルアップになった経験でした。もちろん、その場は辛いですけどね。ですが、午後に本番があることを想定して練習を進めなければならない。

    そこで、複雑に分かれたメロデイーラインをカバーできるように、歌う人をパート間で調整します。これも、それほど時間はかかりません。思うに現在の「空」は、臨機の調整力・応用力といった点では、非常に優れたスキルを獲得していると言えると思います。「雉」「わさび田」「鮎の歌」もそれなりに苦労しました。

    時々、ふっとエネルギーが消滅してしまう瞬間がある。ガーンと伸ばして声を張らなければならない部分でデクレシェンドがかかってしまったり、ハミングが1~2拍分短かったり。これらは、聴く人にとっては、ゴルフのボールが穴に向かって転がっていって「あっ、入る。入るぞ」と思った瞬間にフッと止まってしまったような、そんな感覚を抱かせます。「雉」の激しい表現や「わさび田」の清らかな表現など、先週苦労した点は見事に改善されているものの、所々で中途半端な表現が見られます。だから、この日は、詩のイメージや理解という話はほとんどなく、終始「クレシェンド」「フォルテ」「声を保って」という指示が飛び交いました。まあ、それも「今日の弱点を修正する」というレベルでは成功し、だんだん直っていったわけですから、大変に満足できる練習でした。

  • 切るべきところで切らずう~、つなぐ部分でつながずう~、伸ばすところで伸ばさずう~

    待望の楽譜が届いたので、まずは配付です。「鮎の歌」と「駿河のうた」。そして「ねむれないおおかみ」と「イルカの翼」は必要な人に。1600円だとか2000円だとか、めんどくさい値段がついているので、なにもかも1500円ということにします。なぜかというと、嶋田先生は今までのつながりから、2割引で楽譜を仕入れることができるからです。

    新しい楽譜を手に入れると、なんだか新鮮な気持ちになりますねえ。せっかく手に入れたので、合唱組曲「駿河のうた」の「さくらえびの海」を紹介しました。

    発声練習です。「駿河の海は桜エビの海」と歌い出す部分はユニゾン。CDと同じサウンドが響いて満足度100パーセント。「幻のように紅さす海」のハーモニーもすぐにOK。この曲の独自の世界が広がります。「こぼれた桜の花びらが波間に沈んでエビになる」の部分は、ソプラノの上昇音形を支えるメゾソプラノとアルトのハミングが非常に効果的です。これも、楽譜を見ないで背筋を伸ばして、発声練習にはもってこいの部分。「かわいい桜のエビになる」はハーモニーを作る練習にピッタリ。そして最後のソプラノのソロは、高音の練習です。いやあ、いい発声練習ができました。この冒頭の部分は、この日のメンバーはきちんとつかんで帰ることができたはずです。この部分は終結部にも全く同じ形で繰り返されますから、「さくらえびの海」の1/3はできてしまったことになります。

    さらにくわしく進めたい気持ちを抑えて、「雉」「わさび田」「鮎の歌」の3曲を進めます。「雉」のドラマがあまりにも激しく、しかも悲劇的に終わるので(そのように悲劇的な響きを表現することができるようになったことは、投入した練習時間から考えると驚異的ですが)、「わさび田」の冒頭にその気分と声が引き継がれてしまい、ちょっと苦労します。「湧き水は、こんこんと湧いて、わさび田を流れる」という部分は、かぎりなく明るく、さわやかに、清らかさをもって歌い出さなければなりません。

    「雉」の「山に轟く二連のこだま」という終結部は、すごく血の臭いがして、死というものを描いていて、痛切な哀しみをたたえています。それが出来ているだけに、わずか2小節の間奏の間に、パッと気持ちを切り換えなければならない。こいつが意外と難しいですね。まあ、何度か繰り返すうちに、それなりの清楚な声になってはくるのですが、サロンコンサートとは言え本番なのですから、そこは一発でできなくてはならない。本番の日の朝、何とかします。

    「わさび田」はしかし、かなり温かな、さわやかな優しさをたたえた表現が可能になってきました。この曲、サラサラっと流れる心地よいテンポの部分と、情緒纏綿たる心情をたっぷりと歌う(つまりテンポが動く)部分とが交錯していて、それをキチッと整理するのが大変です。「雉」で述べたように投入した時間を考えると、よく健闘していると思いますから、嶋田先生の要求がやや高度すぎるきらいがあるのかもしれません。それに、来週の本番では、休団中のメンバーが初見を覚悟で助っ人に来てくれるかもしれませんので、その時にはその時で考えます。極端に言えば、全部を一定のテンポで歌い通すという方法も、それは一つのアプローチとして考えられますから。しかしながら、この楽譜には表記しきれないテンポの微妙な変化こそが、この曲を歌う醍醐味であることは事実です。

    「鮎の歌」も、まずは感心する出来であると言えます。悪意をもって酷評するならば「ただ歌いとばしているだけ」と言うことも可能だとは思いますが、難しい音程の部分もリズムが交錯する部分も崩れることはなく、よく歌っていると思います。不足すると言えば、回数を歌い込むことから生まれる自信と情景を表現する細かい言葉使いですが、これは今後の課題です。時間が解決する要素でもありますし、一人一人の心の中で共感が発酵するのを待つべき点でもあります。しかしながら、ある程度の抵抗は必要です。

    「鮎、鮎、夏」と歌う部分が何回か出てきますが、これは全て切ります。休符を入れる。ところが一カ所、「鮎、鮎、鮎のいのち」と歌う部分があります。ここは絶対につないで歌います。切ってはなりません。理由は「いのち」と歌うからなのですが、ここが曖昧でしたので、しつこく直しました。「切るべきところで切らずう~、つなぐ部分でつながずう~」「伸ばすところで伸ばさずう~」などと笑顔でイヤミを言い、ロミオとジュリエットの芝居を交えながら解説をする。いやあ、普通の人が見たら「変な指導だわ」と思うことまちがいなしですね。まあ、こうした部分も、休団中のメンバーが初見を覚悟で助っ人に来てくれた時には考えます。そう目くじらを立てて拘る部分ではありません。

    アンコールの「地球はひまわり」は合格。楽譜さえ持っていれば歌詞に対する不安もないので大丈夫でしょう。

    「富士山」は思い切り歌い上げればよろしい。そんなに真剣に「頭を雲の上に出した富士山は日本一なんだ」などと共感を高める話ではありませんので、ガーンと一発かましてやれば良い。

    「夏の思い出」「小さい秋みつけた」「雪の降るまちを」は、人数さえ揃えば、良い演奏ができると思います。べつに「富士山」のようにメロデイーだけでもかまいませんので、開き直って明るく歌いましょう。オドオドしながら、ビクビク歌うのが最悪です。

    「春の小川」も「富士山」と同様。思い切り歌い上げればよろしい。そんなに真剣に「春の小川がサラサラ流れて囁いているんだ~」などと共感を高める話ではありませんので、ガーンと一発かましてやれば良い。

    ここからリコーダーを入れます。「コンドルは飛んでいく」と「花祭り」はギターとリコーダーで演奏しますが、後ろでボサーッと立っているだけでは面白くないので、「ここぞ」というところで手拍子を入れてもらいます。べつに特別な手拍子ではなく、4拍子で「パン、パン、パン、パン」と叩くだけで、当日3分もあれば理解できる話です。

    「花祭り」は楽譜を配りました。休団中のメンバーが初見を覚悟で助っ人に来てくれた場合に備えて、当日も楽譜を用意しておきます。歌詞は「イェ、ガンダセ、ガルナバ。キャバ、エンヤニ、チョニータ」というもので、おそらくスペイン語。これを同じメロデイーで8回繰り返します。これも5分あれば理解できる話。分からなかったら、それらしくフニャフニャ言っていればよろしい。こういう音楽は、楽天的な遊びの気分が大切なのです。楽しく明るい声で雰囲気を盛り上げてください。

    新入団員が2名、休団中の受験生が1名復帰。旧団員の復帰もあって、明るい材料が揃いつつあります。この日(1/31)入団の子にも2月7日はステージに立ってもらいます。当日の飛び入り参加は大歓迎。休団中のメンバーの「1日だけ復帰」を切に望みます。全て楽譜持ち。ただし、赤ベストのコスチュームが必要です。よろしくお願いします。

  • ふつうの人が気が付かない美しさって、あるでしょう

    いよいよ2009年のスタート。

    場所が音楽プラザではなく、スタジオあいということで、会場を間違える子がいるのではないかなあ…と心配していました。あるいは正月明けで旅行など…そんな事情もあるかなあ。その心配が的中したのか、集まったメンバーは9人(!)ということで、そんなことにめげる嶋田先生ではない。ピアノの回りにイスを9つ並べて、さあ、はじめましょう。と、スタートしたら、ひ~とり来た。ふ~たり来た。イスを並べなおして再スタートすると、また、ひ~とり来た。ふ~たり来た。という感じで、最終的には20数名になりました。

    この日は、新しいパートを発表しました。各パートとも上・下まで明確にしました。現有のメンバーで、やや下の方(つまりメゾ下・アルト)を厚くしてあります。これは、今後、新入団員を迎えるにあたって、その新入団員は小学生である確率や、初心者である確率が高いですから、ソプラノ側に「空き席」を多めにしてあるということ。ですが、とりあえず2月15日の青少年コンサートまでの暫定ということにしておいて、「どうしても、こっちのパートになりたい」という希望は聞きますから、何か希望がある人は、嶋田先生に「個人的に」教えてください。

    さて、その新しいパート編成で歌ってみると、我田引水になるかもしれませんが、非常に良い音がする。力むことなく自然なフォームで声を出すだけで、とても良くハーモニーを響かせることができました。やっぱり、一人一人の声を調べただけのことはあります。ヒッヒッヒッ。で、去年の終わりから努力している、ハーモニーの力・和音感覚を磨くという課題の続きを行いました。新生、生まれ変わった合唱団「空」ですが、もう「ド・ミ・ソ」のハーモニーなんか、できて当たり前の世界です。「ド」から「ファ」を取ることも、もう100点でしょう。

    今、やっているのは、「ド」を根音にして「ファ♯」を取る(専門的には「増4度」と言います)とか、「ド」を根音にして「シ」を取る(専門的には「7度」と言います)とか、「ド」を根音にして「ソ♯」を取る(専門的には「増5度」と言います)など。これらの「音の幅」というか「音の感覚」が備わってくると、その辺に鳴っている信号の音だとか、テレビのバックミュージックとか、ようするにどうだっていい音が、みんな意味のある「音楽」や「和音」として聞こえてくるようになるのだよ。

    ふつうの人が気が付かない美しさって、あるでしょう。ピカソやダリの絵だって、あの美しさを本当に感じられる人は少数派でしょう。それと同じレベルの話。救急車のサイレンも、小鳥の声も、電車の音も、ふつうの人が「気が付かない音楽」であり「音の美しさ」です。まあ、そんな小学生や中学生が育ったら、それは大変にオタッキーな、千人に一人っていう感覚ですが、でも身に付けていて損になることは絶対にないし、合唱を楽しむためには「あった方がいい力」であることは間違いありません。

    やれ「増4度」だ、やれ「増5度」だ、やれ「7度」だなんてことを、こうして文字にして書くと、いったいどういう練習なんだ?と思うでしょうし、このHPを見てくださっている合唱関係者は、子どもにとっては辛い練習ではないか?と思うでしょうね。しかしながら、そこを笑いながら行っていくのが楽しい。ヒントは「ゲゲゲの鬼太郎」です。まあ、練習に参加した人でなければ分かりませんね。興味のある方は、見学にいらしてください。

    曲としては、楽譜なしで「地球はひまわり」をやりました。この曲は素晴らしい曲です。そして「鮎の歌」から「雉」と「わさび田」と「鮎の歌」。この曲、堀内先生の言葉を借りれば、湯山先生が一番油の乗り切った時代に書かれた「傑作」ということですが、本当によく書けている音楽です。コーラスにもピアノにも、全ての音に「意味」があり、余計な音や無駄な音は一つとしてなく、なくてはならない音は全て入っている。そして、メロデイーが魅力的でハーモニーは美しい。嶋田先生は、この曲を知って20年以上になりますが、今でも新しい発見があり、そして、この日も集まったメンバーにいろいろ伝えました。その伝授(?)に、今日も見事に応えてくれるメンバーたち。そして今日も、嶋田先生に「ああ、あと10分あったら、さらに次の段階の、オモシロイことができるのに。残念だ。終わります」と思わせてくれるメンバーたちでした。

    また次回、オモシロイことをいたしましょう。

  • 「共感」という力を磨こうとする時、湯山作品ほど効果的な歌唱教材はない

    一人一人の声を見る(診断する)のはこの日まででだいたい終了し、新しい曲を理解することを中心に練習を進めていきます。ただ、まだ新しいパート編成を発表することはできません。そこで、全員が全てのパートを全部歌えるように進めました。その上で、ある時はアルトを歌ってみてある時はソプラノを歌ってみて、その選択は任せるから、一人一人がいろいろと自分を試してみるように…と、かなり高度な要求を出しておきます。

    実はこれ、とっても大事なことでありまして、合唱を組み立てるのみにとどまらず、人生の様々な場面で「自分自身が自分のことを知っている」ことは、嶋田先生に言わせれば、即「その人の人間力」に直結するのです。つまり、進学する、就職するといった場面で、進路担当の先生からアドバイスをもらうのは当然ですが、それ以前の前提として「自分は普通科なのか商業科なのか」「理数系に向いているのか文化系に向いているのか」といった自己分析や「自分は学校の先生になるんだ」「福祉関係の仕事が向いている」といった人生選択の基準がなければ、進路担当の先生の言うがままということになってしまいます。

    もちろん合唱団「空」では、最終的には嶋田先生が「あなたはこのパートをお願いします」と決めていくのですが、自分が向いていると考えるパートと決められたパーとが一致するのが最善として、その上で「全体のチームバランス上、このパートを担当することになったが、やろうと思えば自分は他のパートでも大丈夫」という自信のようなものを、ぜひ持っていていただきたい。そういう自己確立というか、自分を知っているということの大切さを、「空」という場で、合唱という種目を通して、実感していってほしいなあ…と願っています。

    で、全部のパートを全部音取りをして、何回も繰り返してハモらせる…という形になった。曲は5曲目の「鮎の歌」。この曲、名作中の名作です。まず「川の流れは歌う、夜明けの歌を。薄紫の霧の煙を上げながら」というフレーズを歌います。ソプラノ、メゾソプラノ、アルトの順で全部。その上で3回ハモらせる形を取れば、全員が1回は各パートを歌ってハーモニーを感じる場を設けることができます。非常に自然な和音構成の部分なので、すぐに理想的なハーモニーを作ることができました。そうすると次のレベルの話をしないと退屈です。

    2番は「川沿いの町。霧にぬれてる山の町」という歌詞で音形は全く同じなのですが、歌い方を全く変える必要があると説明します。歌い方を変えるのは、歌詞が違うからなのです。そして歌詞の奥にあるイメージも違うからなのです。1番は「空の色はまだ群青色。東の空だけがオレンジ色」2番は「空全体が真っ青になる」。つまり、時間的な経過がある…ということです。1番ではまだ見えていない山間の町並みが、2番ではくっきりと見えてくる…そういった情景を描く声と表現の変化。歌いながら、こんな話を続けていきます。続けていくうちに、少しずつ表現に変化が生まれ、「鮎の歌」そのものに対する意欲が高まってくることを膚で感じることができることは、先生としても非常に嬉しいことでした。

    狩野川の本流に注ぐ流れは、まず猫越川。そして火の沢川。次に船原川があって、二の小屋川があって、皆沢川があって、ずいぶんと上流に吉奈川があって、いちばん上流に桂川がある。それらの川が集まって狩野川という本流をつくるのですが、実はそれらの川の水の匂いは全部違うらしい。人間には分からない匂いというか水の香り。その微妙な匂いを嗅ぎ分けて、鮎という魚は自分の生まれ故郷の川にもどってくる。猫越川で生まれた鮎は猫越川に、桂川で生まれた鮎は桂川に必ずもどってくる。そういう能力を「帰巣本能(きそうほんのう)」と言って、絶対に間違えない。これ、科学的に実験した人がいて(科学者ってヒマだなあ…などとジョークも交えて)、Aという川で生まれた稚魚を捕まえて背ビレにAという目印を付けておく。そしてBという川で生まれた稚魚を捕まえて背ビレにBという目印を付けておく。その稚魚がいったん海へ下って、そして大きくなって戻ってきた時、ほとんど全ての鮎が生まれた川の目印を背ビレに付けていたというのです。そんな事実と、そこから発生するイメージと、そのイメージを支える表現について、もちろん音程や声の使い方を交えて話をしていくと、2時間などという時間はあっという間です。

    名古屋の、ある大人の混声合唱団は、コンクールでも全国クラスの成績ですが、練習は発声、音程、ハーモニーの正確さを磨くことが中心で、歌詞に対する理解やイメージの想像などには1秒も時間を使わないそうです。なるほど、コンクールで美しい音楽を創造するためには「音」が全てであって、イメージや想像や共感などはステージの上の合唱団員の頭の中にあるものですから、実際の「音響」とは関係がない。その方法論を否定する気は毛頭ありませんが、嶋田先生は少なくとも、子供を使ってテクニカルな音響の世界を作る気にはなりません。

    子供には「育まれるもの」が必要であり、それは「共感」という力です。「共感」という力を本当に身に付けた子供というものを育てることができたならば、その子は友達の心にも世界の人々の心にも共感することができるはずで、つまりはイジメなど決してしない、どんな形であれ世の中の役に立つ人材になってくれると信じるからです。そして、その「共感」という力を磨こうと考える時、湯山作品ほど効果的な歌唱教材はないと思います。嶋田先生の36年の合唱経験からの分析です。

  • ゾッとするような響きが生まれました

    中学生・高校生の期末テストの時期で、多くの参加が望めません。しかしながら、集まってくれたメンバーが「ああ、面白かった」「今日の練習に来てよかった」と思って帰ってくれるような練習をすることが、先生の務めであり義務です。

    一人一人の声を確認する作業は、この日も続きます。先週いなかったメンバーに簡単なフレーズを歌ってもらって、チェックしていきます。2週間合わせて20人ほどの声をチェックすることができましたから、けっこうな成果であったと報告しておきます。何をチェックしたのかについては、先週のダイアリーに記したとおりです。

    「雉」も少し歌いましたが、この日の練習のメーンは「わさび田」です。この日のメンバーはとても声がよく出ていて、先週と同じく全員で全てのパートの音を取るという作業だったのにもかかわらず、非常によくハモります。途中、父母会の太田さんが練習の様子を見に来られましたが、そこで鳴っているいるハーモニーに感じ入っておられました。太田さんは、父母会の中でも最も合唱組曲「鮎の歌」を熟知しておられる方です。

    3小節目からの「わきみずは」の部分、「ミソ」「ミソラ」「ミソド」「ミソレ」とハーモニーが変化していきます。まず「ミソ」で純正の和音を作り、「ミソラ」でソとラをぶつけ、再び「ミソド」の純正和音。そして「ミソレ」でミとレをぶつける。純和音と不響和音とが交互に響くことで、流れる水の清楚な美しさを表現しています。この部分が非常に短い時間で、というか一発でハモったことが、この日の練習の最大の成果であったと言えるでしょう。そして9小節目~10小節目で、再び「ミソレ」から今度は「ミソ♯ド」の純正和音になる。しかもハミングで。何とも言えない味わいのある進行なのですが、ここもとても上手くいきました。メンバーに力のある証拠です。ついでに説明しておきましたが、冒頭のピアノが奏でるアルペジオは「ドソミソドレソ」と上昇して「ソレドソミソド」と同じ音で下降します。オタマジャクシが山の形になります。しかも、その山は左右対称です。この「ドソミソドレソ」の「ドソミ」はハ長調。「ソドレソ」はト長調。つまり、異なる調性が混在しているのですが、これも非常に味わい深く、そして湯山先生の作品の場合、このような「左右対称の山」の形をしたアルペジオが出てきた時は、多くの場合「水の流れ」を表現しています。これ、いろんな曲を歌っていくうちに分かってくることと思います。

    終結部の「わさび田を流れる」という部分も、よくハモりましたねえ。ゾッとするような響きが生まれました。この部分、「♯ファ・ラ・♯ド」という和音なのですが、単純に言えば「短調」の和音です。小学校5年生6年生の音楽では「長調と短調」という単元があり、長調は「明るい感じ」「元気な感じ」「うれしい感じ」などと表現をし、短調は「暗い感じ」「さびしい感じ」「かなしげな感じ」などということを学習するのです。しかし、湯山先生の手にかかると、本来なら(小学校のレベルなら)「短調」と言い切ってしまう和音のはずなのに、実に明るく響きます。まるで魔法です。そう、湯山先生は「和音の魔術師」であり、その作品群に選び出される透明な和音は孤高の境地として定評があるのです。その一端を垣間見ることができた一瞬でした。

    「今日の練習、やって良かった」と、少なくとも先生は思いましたが、参加してくださったメンバーのみなさんは、いかがだったでしょうか…。

  • 「得意なことがあると言っているうちはダメ。本当に強い人は得意なことなどない」

    第12回定期演奏会が終わって、さっそく来年度の活動に向けてのスタートです。

    この日は、さすがに終了直後ということもあってか14名の参加と、少しさびしい感じでしたが、内容は非常に充実したものとなりました。それは、第一に、集まった14名は「とにかく次の曲が早く歌いたい」という、非常な意欲に満ちていたこと。第二に、この日の練習は次年度に向けて、一人一人の声を聞きパートを確認することに主眼が置かれていたこと。第三に、事前に配っておいた楽譜とCDを、いちおう目を通し聴いてきてくれたと思われたこと。ということからです。

    一人一人の声を確認することは、非常に大切なことで、実を言うと毎回の練習でもやるべきなのかも知れません。毎回やるに超したことはない。しかし、全員で歌っていても、ある程度は「だれがどんな声で歌っているのか」くらい分かりますので、嶋田先生は敢えて、アンサンブルの時間を多くし、全員で歌うことに重点を置きます。とは言え、パートを新しく決めるためにも、この日は、かなり詳しいメモを取りました。

    何をメモしたのかって?主なメモは二つ。一つは「その子が、低い音から高い音まで、どこからどこまでの声が出せるか。あるいはどこから出せなくなるか」ということです。つまり音域。二つ目は「その子の音域の中で、その子の力が最も発揮される場所、つまり一番声がよく響くのはどの範囲か」ということです。つまり声質。この二つです。それだけ分かればパート決めには十分で、声量や音程などはあまり問題ではない。まあ、専門的なことをくどくど書いても仕方がないし、嶋田先生の経験から割り出す要素もあるので、詳しくは記しません。しかし、分かったことは、その14人はいずれもとてもよい声と響きをもっていて、しかも多くの子がソプラノからアルトまで、どのパートでも十分にこなす力をもっている…ということです。これは、とても嬉しいことでした。

    そして、いよいよ「雉」の練習に入りました。この曲は、合唱組曲「鮎の歌」の第1曲目。雉と猟犬(人間・狩人)との激しい闘争を描いています。しかし、その闘争を別の側面、つまり見守っている立場の植物たちの視点からも描かれている点が斬新ですね。山芋やアケビや野薔薇や紅葉たちが、雉を守ろうとしている。しかし、植物である悲しさ、せいいっぱい枝を伸ばして猟犬の行く手を遮ることくらいしかできなくて、猟犬を追い払い雉を救い出す手立てをもっていない。そんな植物たちの声です。歌いながら、そんな説明を少しずつ加えていきました。

    そして、全員でソプラノを歌い、全員でメゾソプラノの音を確認し、全員でアルトも歌ってみる。そうすることによって、子供たち自身も、自分の声と身体がどのパートに向いているのか試行錯誤することができます。また、ソプラノだった子が、メゾソプラノやアルトの音の動き方を体験する貴重な機会ともなりました。なんでもやってみること。これって、とても大切なことです。将棋の名人だった故・大山康晴先生は「得意なことがあると言っているうちはダメです。本当に強い人は、得意なことなどない。」という言葉を遺されました。あらゆる戦法に精通し、どんな戦形になっても最善手を指し続け、18年間も名人の座に就いていた人の言葉です。「ボクはピッチャーしかできない」なんていう子は野球は上達しないし、「私はソプラノしか歌えない」という子は合唱は上達しない。どんな戦法になってもみんなできる、どのポジションも、どのパートもみんなできる、そういうプレイヤーが上達するのです。

    たった一日とは言え(しかし来週も同じ練習をします)、全部のパートを全員が真剣にやってみる…という練習は、すばらしく充実したものであったわけです。

  • ハーモニーの乱れも、なんとか「ごまかしきる」力

    この日は午後から夕方にかけて、ハロウイン・コンサートに出演するため、「エーデルワイス」と「パフ」から。両方とも、本来の調性から1音下げて、スロー・テンポでスタートします。

    「エーデルワイス」などは先週音を取っただけで、どんな表現にするのかをみんなに伝えるのは今日が初めて。「パフ」も先週の日曜日に中田先生が帰られた後、5分くらい練習しただけ。つまり、両曲ともに、嶋田先生のアナリーゼを伝えるのは、ほとんど本番当日になってしまったということになります。

    スロー・テンポから徐々にテンポを上げていく、ピアニシモから徐々にフォルテシモに上げていく、低い音から徐々に高い音(調性)に上げていく。これは、J・A・ロッシーニがよく使った「クレッシェンド技法」と呼ばれるもので、彼の作品は「ウイリアム・テル序曲」にしても「セビリアの理髪師序曲」にしても「セミラーミデ序曲」にしても、みんな終盤にいくほど盛り上がるようになっています。この技法は、たった1回きりの出会いというか、1回だけのお客さんを興奮させるのにはもってこいで、ためにロッシーニは、歌劇「ウイリアム・テル」以外にはそれほどたいした作品がないにもかかわらず、当時のヨーロッパではベートーヴェンよりも人気があった。

    後世の我々の耳からすれば、作品の密度や完成度では100パーセント、ベートーヴェンに軍配があがるでしょうが、生前はロッシーニの方が人気があった。だから、あの渡辺貞夫さんも、愛・地球博で、後半になるほど盛り上がっていく演出をしています。

    これ、コンサート演出のイロハ。

    ①問題は、合唱団「空」に、半音ずつ音を上げていく…という技術が備わっているか、という…でしたが、これは見事に備わっていましたのでOK。というか、備わっていることは嶋田先生の確信であって、その確信がなければ、こんなアイデアを出しはしない。

    ②次に、指を上にピッピッと上げると「半音上がりますよ」というサイン。これも練習では上手くいきました。

    ③最後に、歌詞の問題ですが、嶋田先生が指を1本だせばヴォーカリーゼ(すなわちハミングやラララ)、2本出せば歌詞を歌う。これもOKで、「エーデルワイス」の1番くらいの歌詞ならみんな覚えています。あとは指の数。で、星ヶ丘テラスに乗り込んで行って、主催者・司会者と最終打合せの結果、「小さい秋みつけた」「さわると秋がさびしがる」「雪の降るまちを」「さくら」そして「エーデルワイス」「パフ」というプログラムが決まりました。

    午後の1回目。すべて上手くいきましたが、「エーデルワイス」にハーモニーの乱れが生じ、ヒヤヒヤしましたね。それでも破綻なく、なんとか「ごまかしきる」のは東海メールクワイアーと同じで、すばらしい力です。(ほめているのか、けなしているのか、微妙な言葉ですね)

    夕方、2回目の本番に向かうと、会場は1回目の3倍くらい入っていて、ほぼ満席の状態。200人くらいいたのではないかな。中には、1回目を聴いて、「もう一度聴きたい」と残ってくださったお客様もいて、まさに「お客様は神様です」ってな感じ。問題が起こったのは「エーデルワイス」でした。②の約束、すなわち、指を上にピッピッと上げると「半音上がりますよ」というサインを出していないのにもかかわらず、勝手にドンドン半音上がっていってしまう。最初から1音下げてはあるものの、あまり音を上げすぎると、アルトも苦しいし、ソプラノも歌詞を歌いにくくなります。かなりアセりましたが、何とか上手くまとめました。

    「パフ」で、客席から手拍子を引き出すという演出も上手くいきました。このコンサートに出演してくれた30数名の団員と、父母会の方々に厚く感謝申し上げます。主催者には「何か、また面白いことがあったら、合唱団「空」をよろしく。」と言っておきました。

    最後に、嶋田先生も忘れていたことをクイズにします。

    ①北海道から東京、名古屋、福岡までの「ビッグ・カメラ」店内で流れているCMソング「ビ~ッグ、ビッグ、ビッグ、ビッグ・カメラ」は、合唱団「空」が歌っている。イエスかノーか。

    ②合唱団「空」は、世界的サクソフォーン奏者、ジャズ演奏家の渡辺貞夫と共演したことがある。イエスかノーか。

    ③嶋田先生が、生まれてから最初に覚えたメロデイーは「雪の降るまちを」である。イエスかノーか。答は全て「イエス」です。

    今度の演奏会、赤ん坊だった嶋田先生に「雪の降るまちを」を口笛で吹いてくれた父、80才になる父親が聴きにきてくれます。

    あと2週間、合唱団「空」のみなさんの、鋭意なる努力に期待します。先生も、がんばります。

  • 中田幸子先生 徹底的に「力を抜く」「体をゆるめる」「ノドを開く」

    中田幸子先生をお迎えしての3回目の練習は、非常に充実した時間となりました。これまでの2回は「マリちゃんの歩いた夢」が中心の練習でしたので、今回は「童謡」からスタートです。ですが、曲の練習に入る前に、中田先生から直接に発声のトレーニングをいただきました。

    中田喜直夫人であり合唱指揮者である幸子先生ですが、実は声楽家でもあります。幸子先生が師事された三宅春恵先生は、戦後の日本を代表するプリマドンナとして、テノールの藤原義江とともに一世を風靡された方です。その幸子先生の発声のポイントは、要するに「身体の脱力」すなわち体の力を抜くという点に尽きると言ってもいいでしょう。余分な力を抜いた体を自然に解き放ち、ノドも自然に開いて人間が本来もっている「真実の意味での自然な声」を引き出そうとするものです。嶋田先生にとっても大変に参考になりました。

    さて、練習の内容ですが、徹底的に「力を抜く」「体をゆるめる」「ノドを開く」ということを実践するものでした。嶋田先生が楽譜に書き込んだメモによると、「力を抜いて」「体をゆるめて」という指示が、「春を歌おう」で5回、「さくら」で5回、「夏の思い出」で3回、「夕方のおかあさん」で4回、「さわると秋がさびしがる」で7回、「雪の降るまちを」で5回、「すばらしき自然とともに」で3回、合計で嶋田先生のメモだけでも32カ所にその注意が飛んだことになります。その後の「マリちゃんの歩いた夢」を加えると、おそらくは50回くらい、「力を抜く」「体をゆるめる」「ノドを開く」という注意が飛びました。これだけ繰り返されれば、小学生にだって「それは大切なことなんだ」というくらいのことは分かります。しかも、曲によっては一人一人に言葉を言わせたり、フレーズを発音させたりという念の入れようでしたから、未知の指導に遭遇した緊張感はともかくとして、今日の練習に参加したメンバーは本当に「得をした」と思います。

    もうひとつ、「無声音」と「有声音」の問題がありました。これは「マリちゃんの歩いた夢」で顕著でした。P27上段「あさおきて」の「き」、P28下段「てをかざして」の「し」、P32上段「わたしはそして」の「し」など。これは、なかなか直らなかったので、中田先生は「どうしてもダメなら有声音でもいいわよ」と言ってくださいました。

    で、午後の練習。中田先生は別の会場に移動されましたので、嶋田先生の練習です。あれほど直らなかったのに、10分ほどで全部直りました。なぜだろう…。ある意味での緊張感が解けた「常任指揮者」の気安さでしょうか。もう少し時間がかかるかなあ…と思っていた嶋田先生としては、拍子抜けというか、嬉しかったというか、「ちくしょー。それならばなぜ、あの時に直さなかったんだ」というか、複雑な気持ち。でも、嬉しかったというか、安心したというのが本音です。しかし、これは次回の練習で、克服できたとおりにやってくれないと意味がない。みんなの集中力に期待するほかありません。

    続いて「蝶」。嶋田先生が予定していたとおりに練習ができました。拍手。よくできました。「空」の子のがんばりについて多くを記述する必要はありません。大変けっこうでした。特に「飛翔」に関しては、一人一人が自信を付けてくれたものと確信しています。

    最後に「パフ」。最初は超ゆっくり。半音ずつ上げながら何回も繰り返していくうちに、だんだんテンポが速くなる。嶋田先生が「歌詞も伴奏も必要なし」と言っておいたのがどういう意味なのか、分かってもらえたと思います。この日は5回リピート、すなわち2音半上げただけですが、本番では最初の音を「ミ」「ド」ではなく「レ♭」「ラ♭」から始めて、8回繰り返す間に4音上げる…という手法をとります。繰り返していくうちに、会場にいるお客さんが自然にメロデイーを覚えて口ずさんで、合唱団と一体化していく…という形にしたい。そう、あの時の、愛・地球博でのイベントのように…。そのためにも、一人でも多くのメンバーの参加を期待します。お願いします。協力をよろしく。

    そして、最後に、中田幸子先生は急遽、来週25日(土)の音楽プラザでの午前中通常練習に駆けつけてくださることになりました。嶋田先生がお願いしたわけではありません。中田先生自らが「練習に行きたい」とおっしゃったのです。そして、「子供たちはまだまだ伸びる可能性がある。その一助となれれば…」とも。で、「蝶」と「星とたんぽぽ」を聴いていただいて、アドバイスをいただく…という予定を組みました。横浜から新幹線で幸子先生が音楽プラザにいらっしゃいます。この日、遅刻していたら、あんた一体なにかんがえてるの?の世界ですよね。次回は勝負です。合唱団「空」の総力を結集したエネルギーをお願いします。

    ほんとにホントに、お願いします。特に今日参加出来なかったメンバーの人たち、よろしくお願いします。

  • 中田先生の指導をいただいて、みるみるうちに変容

    朝一番の発声練習では、非常にしっかりとした「倍音」が鳴っています。「倍音」とは何なのか、何度か説明をしていますが、初めて聞く言葉だった子もいたはずです。説明したり、聞けるようにしてあげたりする時間がなくて申し訳なく思いましたが、定期演奏会が終わったら、ゆっくり説明しましょう。そして分かるようにしてあげたいと思います。ただひとつ、ハッキリ言えることは、「倍音」が鳴る合唱団は、合唱団として合格…ということです。

    中田先生の2回目のリハーサルは、「体を柔らかく」「体に力を入れない」「体の力を抜く」という点に尽きます。正直に、そして最初に白状してしまいますが、嶋田先生のトレーニング・メソードは、発音・発声・言葉の立て方などの、どこにどのように力点を置くか…という点にありますので、ある意味では(非常に狭い意味ではありますが)嶋田先生の方法論とは180度、方向が異なると言えるわけです。これはトレーニングの方法論として、どちらが正しいか…という優劣の問題ではないのですが、少なくとも中田喜直先生の作品を歌うためには「体の力を抜く」ことは絶対に必要だということが明晰判明に分かりました。いや、ひょっとしたら、どんな曲にも「体の力を抜く」ことは絶対に必要なのかも知れない。嶋田先生は、また一つ、大きな勉強をさせていただいたと思っています。

    そして、何よりも驚いたことは、「空」の子たちが、(嶋田先生とは全く異なる)中田先生の指導をいただいて、みるみるうちに変容をとげ、新しい力を付けていったことです。「体を柔らかく」「体に力を入れない」「体の力を抜く」ということを、自分なりに各々の子が実行し、それがいかに効果的であるかが目の当たりにされました。おそらく、歌っていたメンバーも、自分たちの表現がいかに高まっているのかを自覚できていたと思います。

    嶋田先生は、中田先生から「体の柔らかさ」に関する要求があった箇所をメモしています。それは「マリちゃんの歩いた夢」の楽譜だけで12カ所に及びます。ほかに「頭の中に絵を描くこと」「お尻をキュッと引き締めること」などを含めると、もう嶋田先生の楽譜はメモで真っ黒です。残された時間を、中田先生からいただいた真実をいかにみんなにつかませるか、嶋田先生の責任は重大です。

    重大発表。童謡のステージは、こうなります。①春を歌おう ②さくら ③夏の思い出 ④夕方のおかあさん ⑤さわると秋がさびしがるここまで歌って、父母会のお母様方に登場していただき(お父様方、ごめんなさい)、⑥すばらしき自然とともに を歌います。そして、合唱団「空」と父母会の母親たちとの合同でアンコールに突入。嶋田先生が「雪の降るまちを」を、中田先生が「小さい秋みつけた」を指揮します。ついに、合唱団「大空」の定期演奏会デビューが実現。お母様方の、鋭意参加をお願い申し上げます。このリハーサルは、おそらくは11月8日(土)の1回だけとなることと思います。合唱団「空」のみなさんと、合唱団「大空」のお母様方の、ますますの努力と発展を祈ります。

    もう一つ、連絡。堀内先生のお許しをいただいて、10月5日(日)と10月12日(日)13時30分から、名鉄・左京山駅下車北へ徒歩5分の、堀内音楽ホール(堀内先生の自宅)で、補習リハーサルを行います。高校の学園祭や各種の学校行事などで、意に反して普段の練習になかなか参加できないメンバーの一助になれれば幸いです。堀内音楽ホールは、ただの部屋ではありますが、グランドピアノが2台も置いてある、20人は楽に入れる(詰めれば30人でも可能)部屋でありまして、臨時の練習場所としては最高です。嶋田先生としても、日曜日に瑞穂区から緑区に移動するのは大変なのですが、一人でもいいから「安心して歌える」メンバーを増やしたいという切なる願いをもっています。おそらくは個人レッスンになろうかと思いますが、誰もいない空間ですので恥ずかしくありません。気楽に参加してください。ただ、嶋田先生が堀内音楽ホールに行っても、その日はだあれも来なかった…というのでは、嶋田先生としても悲しい。参加したい人は、あらかじめ622-1675(堀内)か852-5407(嶋田)に連絡ください。電話ファックスいずれも可。メールでの連絡もOKです。