• 「得意なことがあると言っているうちはダメ。本当に強い人は得意なことなどない」

    第12回定期演奏会が終わって、さっそく来年度の活動に向けてのスタートです。

    この日は、さすがに終了直後ということもあってか14名の参加と、少しさびしい感じでしたが、内容は非常に充実したものとなりました。それは、第一に、集まった14名は「とにかく次の曲が早く歌いたい」という、非常な意欲に満ちていたこと。第二に、この日の練習は次年度に向けて、一人一人の声を聞きパートを確認することに主眼が置かれていたこと。第三に、事前に配っておいた楽譜とCDを、いちおう目を通し聴いてきてくれたと思われたこと。ということからです。

    一人一人の声を確認することは、非常に大切なことで、実を言うと毎回の練習でもやるべきなのかも知れません。毎回やるに超したことはない。しかし、全員で歌っていても、ある程度は「だれがどんな声で歌っているのか」くらい分かりますので、嶋田先生は敢えて、アンサンブルの時間を多くし、全員で歌うことに重点を置きます。とは言え、パートを新しく決めるためにも、この日は、かなり詳しいメモを取りました。

    何をメモしたのかって?主なメモは二つ。一つは「その子が、低い音から高い音まで、どこからどこまでの声が出せるか。あるいはどこから出せなくなるか」ということです。つまり音域。二つ目は「その子の音域の中で、その子の力が最も発揮される場所、つまり一番声がよく響くのはどの範囲か」ということです。つまり声質。この二つです。それだけ分かればパート決めには十分で、声量や音程などはあまり問題ではない。まあ、専門的なことをくどくど書いても仕方がないし、嶋田先生の経験から割り出す要素もあるので、詳しくは記しません。しかし、分かったことは、その14人はいずれもとてもよい声と響きをもっていて、しかも多くの子がソプラノからアルトまで、どのパートでも十分にこなす力をもっている…ということです。これは、とても嬉しいことでした。

    そして、いよいよ「雉」の練習に入りました。この曲は、合唱組曲「鮎の歌」の第1曲目。雉と猟犬(人間・狩人)との激しい闘争を描いています。しかし、その闘争を別の側面、つまり見守っている立場の植物たちの視点からも描かれている点が斬新ですね。山芋やアケビや野薔薇や紅葉たちが、雉を守ろうとしている。しかし、植物である悲しさ、せいいっぱい枝を伸ばして猟犬の行く手を遮ることくらいしかできなくて、猟犬を追い払い雉を救い出す手立てをもっていない。そんな植物たちの声です。歌いながら、そんな説明を少しずつ加えていきました。

    そして、全員でソプラノを歌い、全員でメゾソプラノの音を確認し、全員でアルトも歌ってみる。そうすることによって、子供たち自身も、自分の声と身体がどのパートに向いているのか試行錯誤することができます。また、ソプラノだった子が、メゾソプラノやアルトの音の動き方を体験する貴重な機会ともなりました。なんでもやってみること。これって、とても大切なことです。将棋の名人だった故・大山康晴先生は「得意なことがあると言っているうちはダメです。本当に強い人は、得意なことなどない。」という言葉を遺されました。あらゆる戦法に精通し、どんな戦形になっても最善手を指し続け、18年間も名人の座に就いていた人の言葉です。「ボクはピッチャーしかできない」なんていう子は野球は上達しないし、「私はソプラノしか歌えない」という子は合唱は上達しない。どんな戦法になってもみんなできる、どのポジションも、どのパートもみんなできる、そういうプレイヤーが上達するのです。

    たった一日とは言え(しかし来週も同じ練習をします)、全部のパートを全員が真剣にやってみる…という練習は、すばらしく充実したものであったわけです。

  • ハーモニーの乱れも、なんとか「ごまかしきる」力

    この日は午後から夕方にかけて、ハロウイン・コンサートに出演するため、「エーデルワイス」と「パフ」から。両方とも、本来の調性から1音下げて、スロー・テンポでスタートします。

    「エーデルワイス」などは先週音を取っただけで、どんな表現にするのかをみんなに伝えるのは今日が初めて。「パフ」も先週の日曜日に中田先生が帰られた後、5分くらい練習しただけ。つまり、両曲ともに、嶋田先生のアナリーゼを伝えるのは、ほとんど本番当日になってしまったということになります。

    スロー・テンポから徐々にテンポを上げていく、ピアニシモから徐々にフォルテシモに上げていく、低い音から徐々に高い音(調性)に上げていく。これは、J・A・ロッシーニがよく使った「クレッシェンド技法」と呼ばれるもので、彼の作品は「ウイリアム・テル序曲」にしても「セビリアの理髪師序曲」にしても「セミラーミデ序曲」にしても、みんな終盤にいくほど盛り上がるようになっています。この技法は、たった1回きりの出会いというか、1回だけのお客さんを興奮させるのにはもってこいで、ためにロッシーニは、歌劇「ウイリアム・テル」以外にはそれほどたいした作品がないにもかかわらず、当時のヨーロッパではベートーヴェンよりも人気があった。

    後世の我々の耳からすれば、作品の密度や完成度では100パーセント、ベートーヴェンに軍配があがるでしょうが、生前はロッシーニの方が人気があった。だから、あの渡辺貞夫さんも、愛・地球博で、後半になるほど盛り上がっていく演出をしています。

    これ、コンサート演出のイロハ。

    ①問題は、合唱団「空」に、半音ずつ音を上げていく…という技術が備わっているか、という…でしたが、これは見事に備わっていましたのでOK。というか、備わっていることは嶋田先生の確信であって、その確信がなければ、こんなアイデアを出しはしない。

    ②次に、指を上にピッピッと上げると「半音上がりますよ」というサイン。これも練習では上手くいきました。

    ③最後に、歌詞の問題ですが、嶋田先生が指を1本だせばヴォーカリーゼ(すなわちハミングやラララ)、2本出せば歌詞を歌う。これもOKで、「エーデルワイス」の1番くらいの歌詞ならみんな覚えています。あとは指の数。で、星ヶ丘テラスに乗り込んで行って、主催者・司会者と最終打合せの結果、「小さい秋みつけた」「さわると秋がさびしがる」「雪の降るまちを」「さくら」そして「エーデルワイス」「パフ」というプログラムが決まりました。

    午後の1回目。すべて上手くいきましたが、「エーデルワイス」にハーモニーの乱れが生じ、ヒヤヒヤしましたね。それでも破綻なく、なんとか「ごまかしきる」のは東海メールクワイアーと同じで、すばらしい力です。(ほめているのか、けなしているのか、微妙な言葉ですね)

    夕方、2回目の本番に向かうと、会場は1回目の3倍くらい入っていて、ほぼ満席の状態。200人くらいいたのではないかな。中には、1回目を聴いて、「もう一度聴きたい」と残ってくださったお客様もいて、まさに「お客様は神様です」ってな感じ。問題が起こったのは「エーデルワイス」でした。②の約束、すなわち、指を上にピッピッと上げると「半音上がりますよ」というサインを出していないのにもかかわらず、勝手にドンドン半音上がっていってしまう。最初から1音下げてはあるものの、あまり音を上げすぎると、アルトも苦しいし、ソプラノも歌詞を歌いにくくなります。かなりアセりましたが、何とか上手くまとめました。

    「パフ」で、客席から手拍子を引き出すという演出も上手くいきました。このコンサートに出演してくれた30数名の団員と、父母会の方々に厚く感謝申し上げます。主催者には「何か、また面白いことがあったら、合唱団「空」をよろしく。」と言っておきました。

    最後に、嶋田先生も忘れていたことをクイズにします。

    ①北海道から東京、名古屋、福岡までの「ビッグ・カメラ」店内で流れているCMソング「ビ~ッグ、ビッグ、ビッグ、ビッグ・カメラ」は、合唱団「空」が歌っている。イエスかノーか。

    ②合唱団「空」は、世界的サクソフォーン奏者、ジャズ演奏家の渡辺貞夫と共演したことがある。イエスかノーか。

    ③嶋田先生が、生まれてから最初に覚えたメロデイーは「雪の降るまちを」である。イエスかノーか。答は全て「イエス」です。

    今度の演奏会、赤ん坊だった嶋田先生に「雪の降るまちを」を口笛で吹いてくれた父、80才になる父親が聴きにきてくれます。

    あと2週間、合唱団「空」のみなさんの、鋭意なる努力に期待します。先生も、がんばります。

  • 中田幸子先生 徹底的に「力を抜く」「体をゆるめる」「ノドを開く」

    中田幸子先生をお迎えしての3回目の練習は、非常に充実した時間となりました。これまでの2回は「マリちゃんの歩いた夢」が中心の練習でしたので、今回は「童謡」からスタートです。ですが、曲の練習に入る前に、中田先生から直接に発声のトレーニングをいただきました。

    中田喜直夫人であり合唱指揮者である幸子先生ですが、実は声楽家でもあります。幸子先生が師事された三宅春恵先生は、戦後の日本を代表するプリマドンナとして、テノールの藤原義江とともに一世を風靡された方です。その幸子先生の発声のポイントは、要するに「身体の脱力」すなわち体の力を抜くという点に尽きると言ってもいいでしょう。余分な力を抜いた体を自然に解き放ち、ノドも自然に開いて人間が本来もっている「真実の意味での自然な声」を引き出そうとするものです。嶋田先生にとっても大変に参考になりました。

    さて、練習の内容ですが、徹底的に「力を抜く」「体をゆるめる」「ノドを開く」ということを実践するものでした。嶋田先生が楽譜に書き込んだメモによると、「力を抜いて」「体をゆるめて」という指示が、「春を歌おう」で5回、「さくら」で5回、「夏の思い出」で3回、「夕方のおかあさん」で4回、「さわると秋がさびしがる」で7回、「雪の降るまちを」で5回、「すばらしき自然とともに」で3回、合計で嶋田先生のメモだけでも32カ所にその注意が飛んだことになります。その後の「マリちゃんの歩いた夢」を加えると、おそらくは50回くらい、「力を抜く」「体をゆるめる」「ノドを開く」という注意が飛びました。これだけ繰り返されれば、小学生にだって「それは大切なことなんだ」というくらいのことは分かります。しかも、曲によっては一人一人に言葉を言わせたり、フレーズを発音させたりという念の入れようでしたから、未知の指導に遭遇した緊張感はともかくとして、今日の練習に参加したメンバーは本当に「得をした」と思います。

    もうひとつ、「無声音」と「有声音」の問題がありました。これは「マリちゃんの歩いた夢」で顕著でした。P27上段「あさおきて」の「き」、P28下段「てをかざして」の「し」、P32上段「わたしはそして」の「し」など。これは、なかなか直らなかったので、中田先生は「どうしてもダメなら有声音でもいいわよ」と言ってくださいました。

    で、午後の練習。中田先生は別の会場に移動されましたので、嶋田先生の練習です。あれほど直らなかったのに、10分ほどで全部直りました。なぜだろう…。ある意味での緊張感が解けた「常任指揮者」の気安さでしょうか。もう少し時間がかかるかなあ…と思っていた嶋田先生としては、拍子抜けというか、嬉しかったというか、「ちくしょー。それならばなぜ、あの時に直さなかったんだ」というか、複雑な気持ち。でも、嬉しかったというか、安心したというのが本音です。しかし、これは次回の練習で、克服できたとおりにやってくれないと意味がない。みんなの集中力に期待するほかありません。

    続いて「蝶」。嶋田先生が予定していたとおりに練習ができました。拍手。よくできました。「空」の子のがんばりについて多くを記述する必要はありません。大変けっこうでした。特に「飛翔」に関しては、一人一人が自信を付けてくれたものと確信しています。

    最後に「パフ」。最初は超ゆっくり。半音ずつ上げながら何回も繰り返していくうちに、だんだんテンポが速くなる。嶋田先生が「歌詞も伴奏も必要なし」と言っておいたのがどういう意味なのか、分かってもらえたと思います。この日は5回リピート、すなわち2音半上げただけですが、本番では最初の音を「ミ」「ド」ではなく「レ♭」「ラ♭」から始めて、8回繰り返す間に4音上げる…という手法をとります。繰り返していくうちに、会場にいるお客さんが自然にメロデイーを覚えて口ずさんで、合唱団と一体化していく…という形にしたい。そう、あの時の、愛・地球博でのイベントのように…。そのためにも、一人でも多くのメンバーの参加を期待します。お願いします。協力をよろしく。

    そして、最後に、中田幸子先生は急遽、来週25日(土)の音楽プラザでの午前中通常練習に駆けつけてくださることになりました。嶋田先生がお願いしたわけではありません。中田先生自らが「練習に行きたい」とおっしゃったのです。そして、「子供たちはまだまだ伸びる可能性がある。その一助となれれば…」とも。で、「蝶」と「星とたんぽぽ」を聴いていただいて、アドバイスをいただく…という予定を組みました。横浜から新幹線で幸子先生が音楽プラザにいらっしゃいます。この日、遅刻していたら、あんた一体なにかんがえてるの?の世界ですよね。次回は勝負です。合唱団「空」の総力を結集したエネルギーをお願いします。

    ほんとにホントに、お願いします。特に今日参加出来なかったメンバーの人たち、よろしくお願いします。

  • 中田先生の指導をいただいて、みるみるうちに変容

    朝一番の発声練習では、非常にしっかりとした「倍音」が鳴っています。「倍音」とは何なのか、何度か説明をしていますが、初めて聞く言葉だった子もいたはずです。説明したり、聞けるようにしてあげたりする時間がなくて申し訳なく思いましたが、定期演奏会が終わったら、ゆっくり説明しましょう。そして分かるようにしてあげたいと思います。ただひとつ、ハッキリ言えることは、「倍音」が鳴る合唱団は、合唱団として合格…ということです。

    中田先生の2回目のリハーサルは、「体を柔らかく」「体に力を入れない」「体の力を抜く」という点に尽きます。正直に、そして最初に白状してしまいますが、嶋田先生のトレーニング・メソードは、発音・発声・言葉の立て方などの、どこにどのように力点を置くか…という点にありますので、ある意味では(非常に狭い意味ではありますが)嶋田先生の方法論とは180度、方向が異なると言えるわけです。これはトレーニングの方法論として、どちらが正しいか…という優劣の問題ではないのですが、少なくとも中田喜直先生の作品を歌うためには「体の力を抜く」ことは絶対に必要だということが明晰判明に分かりました。いや、ひょっとしたら、どんな曲にも「体の力を抜く」ことは絶対に必要なのかも知れない。嶋田先生は、また一つ、大きな勉強をさせていただいたと思っています。

    そして、何よりも驚いたことは、「空」の子たちが、(嶋田先生とは全く異なる)中田先生の指導をいただいて、みるみるうちに変容をとげ、新しい力を付けていったことです。「体を柔らかく」「体に力を入れない」「体の力を抜く」ということを、自分なりに各々の子が実行し、それがいかに効果的であるかが目の当たりにされました。おそらく、歌っていたメンバーも、自分たちの表現がいかに高まっているのかを自覚できていたと思います。

    嶋田先生は、中田先生から「体の柔らかさ」に関する要求があった箇所をメモしています。それは「マリちゃんの歩いた夢」の楽譜だけで12カ所に及びます。ほかに「頭の中に絵を描くこと」「お尻をキュッと引き締めること」などを含めると、もう嶋田先生の楽譜はメモで真っ黒です。残された時間を、中田先生からいただいた真実をいかにみんなにつかませるか、嶋田先生の責任は重大です。

    重大発表。童謡のステージは、こうなります。①春を歌おう ②さくら ③夏の思い出 ④夕方のおかあさん ⑤さわると秋がさびしがるここまで歌って、父母会のお母様方に登場していただき(お父様方、ごめんなさい)、⑥すばらしき自然とともに を歌います。そして、合唱団「空」と父母会の母親たちとの合同でアンコールに突入。嶋田先生が「雪の降るまちを」を、中田先生が「小さい秋みつけた」を指揮します。ついに、合唱団「大空」の定期演奏会デビューが実現。お母様方の、鋭意参加をお願い申し上げます。このリハーサルは、おそらくは11月8日(土)の1回だけとなることと思います。合唱団「空」のみなさんと、合唱団「大空」のお母様方の、ますますの努力と発展を祈ります。

    もう一つ、連絡。堀内先生のお許しをいただいて、10月5日(日)と10月12日(日)13時30分から、名鉄・左京山駅下車北へ徒歩5分の、堀内音楽ホール(堀内先生の自宅)で、補習リハーサルを行います。高校の学園祭や各種の学校行事などで、意に反して普段の練習になかなか参加できないメンバーの一助になれれば幸いです。堀内音楽ホールは、ただの部屋ではありますが、グランドピアノが2台も置いてある、20人は楽に入れる(詰めれば30人でも可能)部屋でありまして、臨時の練習場所としては最高です。嶋田先生としても、日曜日に瑞穂区から緑区に移動するのは大変なのですが、一人でもいいから「安心して歌える」メンバーを増やしたいという切なる願いをもっています。おそらくは個人レッスンになろうかと思いますが、誰もいない空間ですので恥ずかしくありません。気楽に参加してください。ただ、嶋田先生が堀内音楽ホールに行っても、その日はだあれも来なかった…というのでは、嶋田先生としても悲しい。参加したい人は、あらかじめ622-1675(堀内)か852-5407(嶋田)に連絡ください。電話ファックスいずれも可。メールでの連絡もOKです。

  • 鼻歌を歌おう。「練習」や「覚えるために」ではなくね

    翌日に中田先生をお迎えするということで、童謡曲集から練習スタート。声が少し暗く、元気がないように感じましたが、音程は良くできていました。声の出し方(これは曲によって様々ありますので難しいですが)を、より工夫できるようにしていきましょう。

    肝心なのは、やはり歌詞ですね。「春天来了」「ポミ・ワッタ」は良いとしても、「このやわらかい」か「このあたたかい」か、これは、もう、歌い込むこと聞き込むことしかないかもしれません。これが、コンクールか何かで、1曲か2曲だけを歌うのであれば、嶋田先生にも多くの手立てや作戦があります。たとえば、この曲についてならば「やあ、春を歌おう」と教えます。「やあ」とは「や」と「あ」。すなわち、1番は「やわらかい」の「や」、2番は「あたたかい」の「あ」。これで、やわらかいのは「光」だし、あたたかいのは「風」だから、まず、まちがいないでしょう。ところが、「さくら」の1番「しあわせ」2番「よろこび」3番「ほほえみ」とか(これは「しよう」と教える。すなわち「しよほ」)、「さわると秋がさびしがる」の「ぽろん」「ぴちん」「ちゅるん」「ぴょろん」(これは「ぽっぴちゅっぴょ」と教える)など、ダジャレや語呂合わせではカバーしきれない。何しろ曲数が多いですから。だいたい、こんなダジャレを10も20も覚えようとしたら、それこそ気が狂ってしまうでしょう。

    ですが、時々ハッと歌詞が飛んだ時の(先生も同じですが)みんなの一瞬の表情が大変におもしろい。一番いい方法はね、鼻歌を歌うことです。学校の行き帰りとか、ヒマな時とか。でも、その鼻歌を「練習だ」「覚えるために」と思って歌っていては、やはりダメで、自然に(自分で気が付かないうちに)歌っていた…というのが一番いい。でも、そのくらい好きになっていれば、その時にはもう覚えているのかもしれない。やはり、みんなの感性に期待するしかないのかもしれません。

    後半は、「越冬」を歌いました。決して十分な人数ではありませんでしたが、先週はガタガタだった「越冬」が、かなり形になりまいた。みんな、ありがとう。

    練習のポイントは「音のぶつかり」です。すなわち、ハモらないハーモニー。たとえばP44。これが、くりかえすごとに良くなっていくから感心しますね。P43の音程も、もう鍵盤ハーモニカの助けは必要ありません。この曲は、つかみとった音程やハーモニー感覚を武器にして、いかに表情豊に音楽を作っていくか、どう指揮に対応するか、ということに尽きます。いずれにしてもこの練習で、嶋田先生が「越冬」についてもっていた不安が半分以下になりました。メンバーの集中力に感謝します。

  • 「歌う人」が何を感じ、何を考えて歌っているか

    今日で8月も終わり。いよいよラストスパート。

    この日に「蝶」を含めて嶋田先生のステージを整理しておき、来週6日(土)は中田先生が指揮される「マリちゃん…」と「雪の降るまちを」を整理して、7日(日)に中田先生をお迎えする…という段取りを考えていました。しかし、その前に「マリちゃんの歩いた夢」について、歌詞の意味を説明しておこうと思ったのを、ていねいにやりすぎて、結局この日は「蝶」と「マリちゃん…」に終始してしまったのは先生のミスでした。来週の練習の時間的な配分を工夫するようにします。

    さて、「マリちゃんの歩いた夢」の歌詞の意味ですが、これは前日に話しておくのでは少々遅すぎると思ったので、一週間前に話しておこうと思ったのです。「三才の時、たらいに乗って田植えに出た」その「たらいに乗った」のは「マリちゃん」であることはよいとして、「少し植えては引っ張りランラン」の「引っ張る」とは、何を引っ張るのか。

    ①たらい ②お母さんの手 ③イネ

    正解は①の「マリちゃんが乗っているたらい」です。つまり、みんなは、足が動かないマリちゃんをたらいに乗せて田んぼのドロドロの上に浮かべているわけです。で、母ちゃんはイネの苗を植えながら移動していく。手で植える田植えは、植えながら後ろに移動しますよね。母ちゃんはマリちゃんから離れそうになると、マリちゃんの乗ったたらいを自分の方に引っ張る。で、また田植えをする。また移動して、たらいを引っ張る。その繰り返し。母ちゃんの愛情とマリちゃんの薄幸を感じる部分ですね。では、「ランラン」とは何か。

    ①母ちゃんの声 ②マリちゃんの声 ③日本に最初にやってきたパンダの名前

    正解は②の「マリちゃんの声」です。たらい…いわば船に乗って、田んぼにプカプカ浮いて、それで自分で漕がなくても母ちゃんが引っ張ってくれるので船が進む。3才のチビちゃんにとって、これほど面白い遊びはないでしょう。しかも、みんなは働いていて自分だけ見学というか遊んでいられる。いわゆるスペシャル・ゲストです。ただし、みんなもドロドロになっているけど、マリちゃんも「たらいの中も暑かった」というわけです。

    「ぼたん雪が…落ちてくる」「弟は口をあけて飛び回っている」この弟は何をしているのか。日高君が答えてくれたように、弟は「雪を食べている」わけです。その、庭で雪を食べている弟の姿を病室の窓から見ている…、そのマリちゃんの気持ちを考えることが大切になります。「私なら、大きな口をあけて雪をたべるなんて、そんな下品なことはしない。できることなら、雪の花の中に寝転がって歌をうたいたい」と思っている。コーラスは、そこまで歌ってP13の3小節目から、再び「ぼたん雪が、くるくる舞いながら落ちてくる」と歌います。その繰り返しの部分は、単なるリピートではなくて、その晩にマリちゃんが見た夢です。その夜、マリちゃんは、ぼたん雪の中で、その桜の花びらの中で、自分が治って歌をうたっている「夢」を確かに見たのです。このシュチエーション、真剣に思い浮かべたら涙が出てきませんか?

    その、「現実のぼたん雪」と、「夢の中のぼたん雪」との二つの「世界」を表現するために、P13の2小節目~3小節目のf(フォルテ)からpp(ピアニシモ)までの表現があるのです。通常、わずか1小節の中で、fからppまでの変化を付けることなどありえません。これを、ただ大きな声から小さい声にするのではなく、なぜ「そう表現するのか」考える心をもちましょう。そのように考えることのできる心、本当に共感できる力。それを「思いやり」というのです。そのような夢を見ているマリちゃんの気持ちを、マジで「思いやること」のできる子は………、どう思いますか? 決してイジメなどしないし、大人になっても不正など決してしない、そんな人になるんじゃないかな。

    書いてある文字を、書いてあるとおりに歌うだけならば、殺人犯にだってコンピューターにだってできることです。「歌う人」が何を感じ、何を考えて歌っているか。コンサートというものは、そこが問われると思うし、「空」の子たちにはそんな感性を育んでほしいのだ。

    「テレビ」は上手。問題なし。

    4曲目。「大きいのが父と母ちゃん、小さいのが弟たち、一番美しいのが私」これ、どういう意味ですか?まさか、鏡を見ながら「鏡よ、カガミ。いちばん美しいのは誰?あ~ん、ワタシなのよ~ん」と思っているわけではないでしょうね。

    マリちゃんは看護婦さんに、ホウセンカの花びらを取ってもらってママゴトをして、大きいカップや小さいカップや美しいカップを作った。その一番きれいに完成した「花びらの(ごちそうの)カップ」を食べるのは私、と言っているのです。これ、小さい子の自己中心というか勝手というかワガママというか、そういうことではなく、歩けるようになりたい、誰もが味わえるその幸せを自分も味わいたい、というマリちゃんの願いに結びつけましょう。父ちゃんも母ちゃんも弟も「歩ける」という幸せをもっている。私にはその幸せがない。だから、せめて「一番美しいのは(カップは)私のもの」という気持ち。ただ、この部分。暗く歌わないこと。父ちゃん母ちゃん、大きいのをハイ、あげる。弟は、小さいので十分でしょ、ハイ。どうぞ召し上がれ…てな感じで、サラッと、むしろ乱暴に歌いましょう。大切なのは、その直後の「おばあちゃんも、死んだおじいちゃんも」ですね。

    まずP18、「一人、ママゴトをした」この部分は一人ぼっち。でも、ドアを開けて、父ちゃんと母ちゃんと弟が入ってきてくれた。この部分は一人ぼっちではない。だからカップをあげた。そしてマリちゃんは、(おそらく病気か何かで家で寝ている)おばあちゃんと、(もう天国に行ってしまった)おじいちゃんにも、このカップを食べてほしい…と思った。だから「家のホウセンカも咲いたかしら。そこにはおばあちゃんもいるし、(仏壇には)おじいちゃんもいる。そして、こんなカップではなく、本当のママゴト道具もあるから、もっと美味しそうなホウセンカのごちそうを作ってあげられるのに」と思っている。「おじいちゃ~ん」って。この部分、だから可哀想かわいそうって思って暗く歌うのではなく、ある意味では非常に強いマリちゃんの気持ちを、ぶつけるように強く歌った方がよいと思います。

    6曲目。「きれいな道。あっちゃんとなあちゃんと手をつないで、こっちへ来る」この部分の「あっちゃん」と「なあちゃん」って誰?これは、二つしか考えられない。どちらかが真実です。が、どちらが真実か、今となっては分かりません。好きな方を選びましょう。あるいは、嶋田先生の気付かない正解を他にもっているのなら、それでけっこうです。

    ①「あっちゃん」と「なあちゃん」は、マリちゃんの弟たちの名前。②この二人は、マリちゃんと同じ病気か、あるいはもっと重い病気で入院していて、(おそらくは)もう死んでしまった病院の友達。

    これ、けっこう難しく、ある意味では危険な判断です。①ならば、夢の中で歩くようになれたマリちゃんに、「わーい」って言いながら二人の弟たちが駆けつけてきてきれて、3人で「きれいな道」を歩いた。どこまでも歩いた…という夢。②ならば、「マリちゃん、がんばって。希望をなくさないで。私たちの分も。」と、二人の友達が夢の中に出てきて、「ああ、みんなで歩いた。歩けたんだ」「あっちゃんやなあちゃんの分も、わたし、生きる」と決意した夢。これは、どっちが正しいとか、どちらが正解というレベルではない、これは歌う人の主体性と感性が問われる部分です。

    先生としては「空」の意見が、①と②が半々になってくれると嬉しいです。もっと嬉しいのは、中田先生が「実は」と真実を教えてくださることですし、いちばん嬉しいのは、この二つ以外に「私はこう思う」という自分なりの考えを示してくれる団員が出てきてくれることです。

    その後のP27から7曲目は、絶望的な、激烈な、魂を引き裂くような「怒り」と「叫び」になります。そこは、もう、みなさんを信じて大丈夫。と、いうわけで、前半の1時間を「マリちゃんの歩いた夢」に投入してしまった。

    後半の練習は「蝶」です。「誕生」「飛翔」「灰色の雨」と「よみがえる光」を通しました。「越冬」ができなかったのが残念でしたが、基本的には通して歌うことができるようになったことが大きな収穫でした。くわしく書けば、きりがありません。それでは、みなさん、おやすみなさい。次週は中田先生をお迎えします。いざ、勝負。です。さあ、みなさん、たのみますよ。

    合唱団「空」の大いなる集中と音楽を楽しむ姿勢に期待します。

  • 「灰色の雨」は完璧。これが子供の合唱団かと思うような響き

    【合宿第3日目・24日】

    予定どおり「灰色の雨」です。結論から言うと完璧でした。松永先生・服部先生・河合先生と嶋田先生の鍵盤ハーモニカ4台のサポートがあったとはいえ、う~ん、これが子供の合唱団か…と思うような響き。これが、鍵盤ハーモニカなしでできるかどうか、それを試す時間がなかったのが残念ですが、もし、それができるのなら「すごいこと」ですね。それは、否応なしに、9月の練習で試されることになるでしょう。大人でも辟易するような曲なのですが、本当にがんばってくれました。

    そして最後の「飛翔」。これを、まがりなりにも途中で止めずに、歌い通すことができるようになったことは、今回の合宿の大きな成果と言えるでしょう。ちょっと遅いのでは…と言われるかもしれませんが、そんなことはない。「蝶」という曲はそういう曲であり、「飛翔」という曲はそういう曲なのです。むずかしい音程を理解する早さは一流です。東海メールクワイアーに「飛翔」を歌わせたら、たぶん倒壊することでしょう。東海メールに、そんな器用さはありません。歌が上手い、声がいい、音程が正確というのが東海メールの真骨頂ですが、ベテラン揃いなだけに(つまり年齢が高く)フットワークが重い。これは仕方のないことでメールの責任ではない。その合唱団の体質というものです。「空」は東海メールに(大人に)比べれば歌は下手、声は幼い、音程は不正確なのですが、むずかしいことをすぐに覚えるフットワークがある。この長所を最大限に引き出し、短所を東海メールに(大人に)近づけていく。そういう作業を先生は行っているわけです。

    ポイントはP25。アルトの「ひらひらひら」の繰り返しですが、これはそれぞれの最初の音の「♯ファ、ミ、♯ファ」を頭に入れておいて、各フレーズの動きを覚える…ということなんですが、今これを書いていて新しいアイデアがひらめいたもんね。次回、この部分の練習をお楽しみに。「飛翔」は「らら、ひらら」の各フレーズが、それぞれ調性もちがうし始まる音もちがうし進行もちがうし、頭が狂いそうな曲なのですが、「空」のみんなの総力を結集することで、何とかなりそうな予感が確信に近づいてきました。

    オリンピックのソフトボールと同じで、予選、準決勝と続けて2回アメリカに負けたのですが、最後の最後で決勝に勝った。そうなればよいのです。それで金メダル。つまり、「今すぐ歌えるようにさせなければ」と思えば嶋田先生もあせりますが、11月9日に名演ができればよいと思えば、それに対する十分な練習になったということです。まだ、時間はある。みなさん、ソフトボールの上野選手の心を受け継いでくださいね。大丈夫。ぜったいにできる。その準備は、合宿で十分に整えることができました。さて、次回は夏休み最後の練習。9月7日には中田先生をお迎えします。

    合唱団「空」のみなさんの、ますますの努力と健闘を祈ります。

  • 「飛翔」を歌う機が熟しました

    この日は大分県の別府で合唱・教育関係者の集まりがあり、それに参加するために練習が終わった瞬間に名古屋駅に直行。定期演奏会関連の話がいろいろあったようでしたが、失礼しましたこと、お詫び申しあげます。また、そのような事情で、この文章は日曜日に書いていますので、記載が遅くなったことも併せてお詫び申し上げます。

    さて、この日は、組曲「蝶」の第2曲「飛翔」を一点集中で練習しました。嶋田先生としては珍しいことです。どんな指導者でも、東海メールに来るプロの指揮者でも、たった1曲に2時間を投入するという練習は、まず、ありえません。子供の場合は、なおさらのこと。つまり、歌う人の「興味」と「関心」が2時間もたない…ということです。どんなに美味しくても、たとえばメロンを、2時間ずっとメロンだけを食べ続けると、ようするに飽きてしまう。小学校の授業時間が「45分」を1単位と決められているのは、国語なら国語に集中できる「子供の気力の限界」が45分である…と、これは100年以上にわたる全ての教育関係者の経験値であるからなのです。

    嶋田先生も、45分の授業の中で、ある時にはジョークを入れ、ある時は脱線し、いわゆる「授業のねらい」に子供が最後まで集中できるように様々な工夫を凝らします。その嶋田先生が、プロでもほとんどやらない一点集中を敢えて行ったのですから、そこには当然さまざまな「ねらい」と「意味」がありました。

    第一に、みなさんが「蝶」という曲の楽譜とCDを入手し、聴いてみた時の第一印象が、おそらくは「飛翔」が最もむずかしいだろうな…という点にあり(つまり不安もそこにあり)、ために(これは嶋田先生の予想であり勝手な希望でもありますが)おそらくは、その後の半年間(つまり今まで)の間に、数回、多い人では10回以上、楽譜を見て「飛翔」を聴いてくれている子がいるはずだ…ということです。

    第二に、そのように何回か「飛翔」を聴いてくれている子のチャレンジ精神が、「むずかしいだろうけど早く歌ってみたい」という段階まで高まってきて、その意欲に「まった」をかけるのが、そろそろ限界だろうと思われたからです。同時に、定期演奏会までに残された時間を逆算して、ここが「飛翔」に集中し、スタートさせる最善の時期だと判断しました。

    第三に、これが最も重要なことですが、これまでの半年以上の間に、つまり、みんながCDの音としてでもいいから「飛翔」という曲に出会ってからの半年の間に、みんなの中に多くのイメージが生まれ、「こんなふうに歌うんじゃないかな」「こんなふうに歌いたいな」という思いが膨らみ、あるいは「指揮者は(嶋田先生は)どんなふうにこの曲を振るんだろう」などという興味が生まれ、早い話が、みんなの心の中で「飛翔」という曲が発酵してくる、その時期とタイミングを待っていたわけなのです。

    これは非常に重要なことで、ある程度の難易度がある曲の場合、歌う団員の中にイメージも思いも何もない状態でテクニックだけを注入しようとすると、いわゆる消化不良を起こします。つまり、指揮者の命令通りに「歌わされる」という「合唱するロボット」を育てることになる。消化不良という言い方を分かりやすく言い換えると、離乳食が必要な赤ちゃん(つまり「飛翔」を聴いたことのない団員)に、いきなりトンカツを食べさせる(つまりいきなり「飛翔」を歌えと命ずる)とどうなるか、これは、その赤ちゃんの(つまり団員の)生死に関わるレベルの問題なのです。

    結論から申し上げれば、この日の練習は、非常に上手くいったと言えると思います。まず、嶋田先生が「これが最低条件」と設定していた「曲を最初から最後まで通すこと」が、この日の練習時間の間に達成できたということです。「できれば時間を余らせて、他の曲もやりたいですが」とは練習の最初に言いましたが、その必要は感じられませんでした。結果、最後に「灰色の雨」を1回通しはしましたが…。それから、歌うみなさんの曲に対する興味と関心が最後まで持続できたこと。これは「飛翔」という曲の課題が多いということもありますが、よく集中して練習できたと思います。これは前述したように「この曲を歌えるようになりたい」「この曲をクリアしたい」という団員の気力が前提にあったことが重要ですから、別に先生の手柄ではありません。

    「合唱の神様」と尊敬された合唱指揮者の福永陽一郎先生は、「アマチュアには時間がない。そこを何とかするのがプロだ」という有名な言葉を遺し、嶋田先生にも多くを教えてくださいましたが、その福永先生の練習に近い練習ができたことを感謝します。これは、大崎先生・河合先生・松永先生・服部先生の鍵盤ハーモニカの助力も大きく、これなしには事は運びませんでした。感謝申し上げます。

    次週は、童謡を練習します。8/17のコンサートを成功させなければなりません。しかし、楽譜は全部もってきてください。楽譜がない状態で、隣の人の楽譜をのぞき込んでいる…ということはしないでくださいね。

    いよいよ8月に入ります。合唱団「空」のみなさんの、ますますの健闘を祈ります。

  • 伸びやかな声をつくる

    今日は、30名以上の参加で、とても効率よく練習を進めることができました。団員・父母の方々の努力・協力に感謝です。

    さて、発声練習は視点を変えて「クレッシェンドをいかに作るか」と、各パートで「高音をいかに支えるか」に絞ってみました。といっても、むずかしいことをしたわけではなく、「さくら」「夏の思い出」「夕方のおかあさん」「さわると秋がさびしがる」「雪の降るまちを」「すばらしき自然とともに」の6曲を、音を確認しながら歌いました。ただし、p(ピアノ)mp(メゾピアノ)は、全てmf(メゾフォルテ)f(フォルテ)にする。f(フォルテ)はff(フォルテシモ)にしました。

    単純なことなんだけど、これを全て実行するとなると大変なエネルギーがいります。1時間ずっと「2レベルアップ」で歌っていた子はいません。もっとも、練習のポイントが「ハーモニーのこと」になったり、「言葉をハッキリ」ということになったり、「音程のこと」になったり、歌い方の状況に応じていろいろ変化していきましたから、「pはfに」という最初の指示を忘れてしまうでしょう。しかしながら、音程の話をした時もハーモニーの話をした時も、嶋田先生の頭の中にあったのは「いかにして伸びやかな声をつくるか」ということでした。

    1「めだかのがっこう」 2「春を歌おう」 3「さくら」 4「夏の思い出」 5「夕方のおかあさん」 6「さわると秋がさびしがる」 7「雪の降るまちを」 8「すばらしき自然とともに」 9「つゆ」 10「こだまでしょうか」 11「わたしとことりとすずと」 12「めだかのがっこう」

    さて、8月17日(日)の有松イオンでのミニ・コンサートですが、この6曲ともう1曲「春を歌おう」を加えて、そこに「ほしとたんぽぽ」から、「つゆ」「こだまでしょうか」「わたしとことりとすずと」の3曲を歌い、オープニングとアンコールで「めだかのがっこう」を会場のお客さんといっしょに歌う…ということにします。並べれば表のようになります。楽譜は持っていいことにします。ただし、カッコよく持ってください。時々歌詞の確認をするためにだけ、持つのです。

    2~8の正式な楽譜は、来週か再来週には配付できます。「めだかのがっこう」は斉唱(ユニゾン)なので、幼稚園の子でも歌える形ですから楽譜は持ちません。「めだかのがっこう」で楽譜を見ていたらカッコ悪いもここに極まれり…です。しかしながら、20人くらいしか集まらなくて「これが合唱団「空」です」と観客の前へ出るのは、合唱団「空」は弱体合唱団なのだと世間にアピールするのと同じです。何としても35人はほしいですね。練習不足大歓迎、初見大歓迎ですので、参加をお願いします。でなければ、やる意味がない。

    この「初見の子も本番のステージに立たせる」(ほんとに初見の子がいるかどうかは知りませんが)という宣言について、一部の父母から「うちの子はほとんど毎回練習に参加してがんばっているのに、毎回参加の子と初めて歌う初見の子と同じように扱うのですか?」といった抗議が来るかもしれません。詳しい理由をここに記すことはしませんが、もしも本気で上のように思い、不満があるようなら、嶋田まで電話してください。

    後半は、予定どおり「蝶」の3曲目「灰色の雨」を通すことができました。始めから終わりまで通して歌うと、曲の構成・つながりというものが分かるし、歌詞の意味も一貫性をもって考えることができるので、プラスになることばかりです。この「灰色の雨」という曲、と言うか「蝶」全曲なのですが、ぜひ秋葉原でナイフ振り回した若者とか、父親を包丁で刺し殺した女子中学生とか、バスジャックした中学2年生とかに知ってほしい。あるいは「そういうこと」や「それに近いこと」を近い将来やろうと思っている子や、世の中にムカついている子に聴いてほしいです。

    およそ人間というものが生きていく上で、耐えなければならないこと、ガマンしなければならないこと、そして克服しなければならないことは山のようにあります。さまざまな試練の前では私たちはまさに「もろくはかない一片(ひとひら)」に過ぎないのだけれども、「よろめきながら、しがみつく」耐えるという心です。そして、ただ耐えていることは、非常に受動的で弱虫のように見えますが、耐えるということほど強いことはなく、耐えるということほど人間的なことはないのです。この「耐える」という「強さ」から、4曲目の「氷の世界」で生命の意味を問い、「よみがえる光」へとつながっていく。この世界観の大きさと問いかけの深さ。その扉を開けるまで、残る曲はあと2曲、「越冬」と「飛翔」です。

    いよいよ夏休みに突入。充実した休みになりますように。合唱団「空」のみなさんの、ますますの健闘を祈ります。

  • 理解しようとする気持ち

    中学生・高校生は期末テストの真っ最中と思われ、20人弱のやや寂しい練習となりました。が、たとえ何人であろうとも、来てくれた子が「ああ、来てよかった」「おもしろかった」「少し上手くなった気がする」と思って帰ってくれるようにするのが、嶋田先生の使命です。

    で、発声練習として「富士山」を使ってみました。それから一人一人に「先生の背中」をさわってもらって、「息を吸う」という技術の確認。「富士山」はト長調で最高音G(高いソ)まで出しましたが、よい響きだったと思います。これに20分。しかし、発声練習は大切ですが、そればっかりではおもしろくありません。大崎先生にソプラノをお願いし、嶋田先生はメゾソプラノとアルトを受け持って、「マリちゃんの歩いた夢」の⑥「あるいたゆめ」⑦「小さな手」⑧「けっこん」の3曲の音取り。これは50分ほどで完了してしまいました。曲が(音楽の作りが)自然に作られているからでしょうが、それにしても音取りは早い。いつもながら感心します。

    後半は合わせです。「富士山」の効果でしょうか、かなり強い声を出してくれます。「あるいたゆめ」などはピアニシモから始まる曲なので、ふさわしい声ではないのですが、強く出してくれる声を「弱く」と言うのはカンタンですが、弱くしか出せない子に「もっと強く」というのはむずかしい。と言うか、ヘタに「強く」と要求すると、合唱では出してはいけない声つまり「どなり声」になってしまうことが多いのです。そういう意味で、強い声を出してくれると、練習が効率よく進みます。で、「あるいたゆめ」の歌い出しは、すぐに解決。

    この曲集にはところどころに「ほこうしゃ」という言葉が出てきます。これは「歩行者」ではなく「歩行車」であって、ようするに「車いす」のこと。そして、「小さな手」の「手をかざしてみた。右手は大きいし、左手は小さい」という歌い出し。この詩を、さらっと歌ってはいけない。右手と左手の大きさが違う…。その自由にならない左手を「空に向かって大きく振った」その気持ち、その心の痛み、その悲しみを、健常者であるボクたちは理解することはできないかもしれない。ですが「理解しようとする気持ち」はもちたいものです。そんな話をすると、「お日様、見てください。治してください」という部分のフォルテッシモが、ちゃんとFFになるから嬉しいね。

    「けっこん」は、この曲のフィナーレなのです。強い決意の言葉、「病気の人をいろいろ助けてあげる」から「夢の中で私は歩いた」に移るP33のritは、この曲集のいちばん感動的な部分です。「助けてあげる」はフォルテッシモで、「夢の中で私は歩いた」は静かに美しくピアノ。この、テンポと強弱の変化もうまくいきました。本番で、どんな感動的な演奏になるのか、その片鱗を予感することができました。

    さて、来週はもう7月に入ります。合唱団「空」のみなさんの、一層の健闘を祈ります。