【令和3年11月20日(土)】
中学生・高校生はそろそろ期末テストが始まりますね。「空」をやっていたら成績が下がった…なんてことになったら嶋田先生は悲しいので、何の役にも立たないけれども応援していますよ。集中力で頑張ってください。来週は期末テストのピークだろうなぁ…。
加えて小学校では作品展(展覧会)が開かれているようです。音楽プラザからの帰り道で黄色い帽子をかぶった1年生たちとすれちがいました。場所から考えて昭和区の村雲小学校だと思います。先週から来週にかけて多く開かれています。
でも「空」の練習は続きます。誰にでも順番交代に「参加できない日」が巡ってきますから、そこを「参加できる」メンバーでカバーし合う。それがチームワークです。
今日は先週楽譜を配った「くじらの子守唄」から始めました。まずはメロディーを歌って、それからハーモニーを作っていきます。非常にファンタスティックな(幻想的な)不思議なメロディーです。
この曲について湯山先生は「くじらの鎮魂歌のような気がする」と書いておられますが、「鎮魂」すなわち「死んだ人を悼み思い出すこと」とはどういう意味なのでしょうか。
嶋田先生のイメージでは「くじら」を「おかあさん」と考えます。
童謡「イルカの翼」でも同じですが、お母さんは死んでしまった。そのお母さんがイルカの赤ちゃんを天国から励ましているのが「イルカの翼」です。
ぼく(私)が運動会のかけっこで1位を取った。「1」の旗の所に座った。その時に天国からお母さんが手をたたいている音が聞こえたんだと思います。
おかあさんが 手をたたく
どこかで 手をたたく
おかあさんに 手はないよ
それでも 音がする
ここまで書いただけでも涙が溢れそうになります。詩は続きます。
ちがうよ よくお聞き
海だよ 海の音
運命を恨んだ 死んだ人たちが
泣いている 声なんだ
聞こえる ホラ響く
今夜も 窓の外
おかあさんが 今いる世界から
歌っている 応援の音(声)なんだ
おかあさんが 目を閉じる
今夜も あっちの世界で
わたしも 目を閉じて
おかあさんに 会いに行く
みんながどう思って歌っているのか知りませんが、嶋田先生はこのようにイメージして歌っています。みんなに「このように思え」とは言いませんが、本物の鯨が目を閉じていると思っているのなら「それは違うよ」と言います。
嶋田先生は芸能界に興味はありませんが、歌舞伎の世界に現実にある話ですよね。たしか「かんげん君」という名前の男の子。
まぁ何にしても、とにかく「自分のイメージ」だけは持っていてくださいね。
次は「わたりどり」。今日は男子メンバーが3人揃ったので、嶋田先生が入ってテノール2人とバス2人。とても気持ちの良い響きとハーモニーが生まれました。
大中先生が 手をたたく
どこかで 手をたたく
大中先生に 手はないよ
それでも 音がする
聞こえる ホラ響く
今日も 窓の外
大中先生が 今いる世界から
「空」に向けている 応援の声なんだ
続いて組曲「やさしい魚」。今日は内匠先生が本番でお休みなので、ピアノがないことを逆に利用して、純粋に声だけでできるハーモニーを確認していきました。
「感傷的な唄」では嶋田先生の悪いクセが出て、けっこう細かい注文をいっぱい出してしまいました。また「天使」と5曲目「やさしい魚」は音程が難しいので何度も繰り返して練習する必要があります。
まずは今日参加できた子も参加できなかった子も、先週ソラノートに書いた「自分だけの本当の音楽」を作ってください。頭の中で鳴り響く、詩人と作曲者と自分だけの世界を作るのです。
その上で、今日やったことは「一人一人の世界をそろえること」です。息(ブレス)するタイミング、歌い出しのタイミング、そして音程などなど。これは集まった人間同士で歌い合わせないとできない練習です。
しかし、その前提となる「自分だけの本当の音楽」は絶対に必要です。この努力は忘れないでくださいね。
カテゴリー: 練習日記
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くじらの子守唄
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再び「本当の音楽」
【令和3年11月13日(土)】
学校行事や検査・部活動などご苦労様です。
今日も、練習に来たくても来られない仲間のために、集まったメンバーでガンバリました♪
いやいや、ホントは「自分のために」ガンバっているのですが、「自分のために」ガンバルことが「仲間のために」なるってところが合唱の素晴らしいところです。
合唱というスポーツ(つまり競技または種目)にはレギュラーも補欠もありません。コンクールなどの特殊なケースを除いて、基本的には全員がレギュラーメンバーです。
同じチームの中で二人のピッチャーがいれば、その二人はレギュラーポジションの取り合いになり、つまり同じチームの中でライバル関係が成立します。その「ライバル関係」の成立が悪いことだとは言いませんが、どんなに工夫をしても努力をしても試合で投げるのは(途中で交代することはあっても)一人だけです。
ところが合唱というスポーツは、その二人のピッチャーが(二人のソプラノが)同時にマウンドで投げることができる。二人だろうと三人だろうとオッケーで、多ければ多いほど良い。しかもお互いのフォームの狂い(音程の狂い)や投げるタイミング(発音のタイミング)を聴き合うことで修正し補い合うことができる。これは野球やサッカーには有り得ない合唱だけの魅力ですね。
前置きが長くなりました(嶋田先生の悪いクセだ)。今日も湯山先生の童謡シリーズを確認したのですが、先週とは比較にならないほど響きが安定してきました。音楽が「自分のもの」になってきて、自信を持って歌っているのが分かります。
ただね、楽譜の見過ぎなところはあります。もう少し「自分の頭の中にある音楽」を信じて歌っても良いのになぁ…と感じる部分はありますが、初めて歌う曲があるメンバーもいるので嶋田先生が感じることはレベルが高すぎるのかもしれません。
失敗しても誰も笑いませんし間違えたって誰も怒らない。それが「空」の練習です。歌詞なんか半分くらい覚えていれば十分なので、ドンドン楽譜を見ないで歌ってみてください。
先週と違うポイントは歌う曲順を決めたことです。これは子どもたちではなく嶋田先生が決めました。以下のとおりです。
①歌の広場
②あめふりくまのこ
③地球はひまわり
④夏の日
⑤おはよう太陽
⑥夕やけのうた
⑦いま生きる子どもマーチ
⑧くじらの子守唄
なぜ、このようにしたかと言うと、「白いうた青いうた」がいずれも8曲でセットになっているから、それに合わせるとカッコいいかな…と思いました。そして湯山先生の名曲「コタンの歌」も8曲なのですが急→緩→急→緩という順番に並んでいるので、それを踏襲(とうしゅう・受け継ぐこと)しました。
みんなが曲集「ねむれないおおかみ」と「イルカの翼」からアンケートした上位は7曲でした。「くじらの子守唄」はいずれの曲集にも載っていない曲ですが、ここは湯山先生の言葉を紹介しておきます。
「阪田寛夫さんのユニークな詩による「くじらの子守唄」は、くじらのための鎮魂の歌のような気がして、この歌を私はこよなく愛しています。
子どもの歌は「小宇宙」だと私はいつも思っています。私たちの宇宙が日に日に膨張(ぼうちょう・膨らみ拡がること)を続けるように、子どもの音楽はその膨張を未来にむかって続けるでしょう。私は固くそう信じています。」
作曲者ご自身がこよなく愛する「くじらの子守唄」は曲集「ねむれないおおかみ」「イルカの翼」に載っていないので、曲集からのアンケートという手段を取る限り絶対に選ばれない曲でした。まぁそこは指導者の権限で決定・挿入したということで理解してください。
欠席者からのメールには「今日のソラノートをよく読んで書かれていることを家で練習します」というものもありましたが、注意するべきポイントはありません。今日、メンバーに伝えたことはゼロではありませんが、紙に(ノートに)書いて伝えられることではありません。
では、どうすれば良いかと言うと、先週・先々週も書きましたが「楽譜を見ること」です。楽譜を見ながら頭の中で「音楽を鳴らす」のです。だからこれは、テレビを見ながらでは不可能です。静かな場所で(自分の机に座ってでOK)集中して、頭の中で歌ってみる。するとその表現は、詩人と作曲家と自分だけの表現になります。その表現を嶋田先生は「本当の音楽」と呼びます。
これは前回はカンタンそうに書きましたが、もちろんカンタンにできますが、嶋田先生が家で楽譜を見てやっている作業と同じレベルにするのは大変なことかもしれません。プロのオーケストラの指揮者がベートーヴェンの楽譜と対決するレベルになると、とてつもないレベルの作業になることでしょう。
だから、やってみるのです。自分の能力と感受性の全てを使って。自分にできるかぎりのレベルで。プロの指揮者のレベルでなくても良いから、自分にできる最高のレベルでやってみるのです。
それは、プロの指揮者がベートーヴェンと対決してやっていることと同じ作業ですから、トレーニングの方向性は絶対に正しい方法です。
小学生なら小学生なりに、中学生なら中学生なりに。ただし「自分の能力と感受性の全てを使って、自分にできる最高のレベルで」です。
これができたなら、あなたは「本当の音楽家」です。これは年齢には関係ありません。
おっと忘れるところだった。
今日は非常に効率よく練習が進んだので(「うたにつばさがあれば」と「わたりどり」も歌ったから全部で10曲だ)、内匠先生がごほうびをくださいました。
フランツ・リストの名曲「ラ・カンパネラ」です。これは数あるピアノ曲の中でも最高難度で、「ピアノの魔術師」と呼ばれたリストの最高傑作です。
これをピアノを囲んで、内匠先生の指を間近に見ながら鑑賞しました。コンサートでは有り得ない至近距離で指の動きから響く音を目と耳で直接に聴きました。
内匠先生、ありがとうございました。 -
土台
【令和3年11月6日(土)】
あらためて10月31日(日)の新実先生リハーサルはご苦労様でした。
録音されたみんなの歌声を聴いてみても、現在できる最大限のステキな響きでした。何よりも新実先生から出される指示にシッカリと反応して表現を高めていくことができていて、嬉しく思いました。
なぜ、こんなことができたのでしょう?
1週間かけてジックリと考えてみました。
やはり「日ごろの練習」の成果だ…というのが結論です。
10月31日(日)の響きと表現。あれは新実先生を前にしたメンバーが極めて高い集中力を発揮したことで生まれたものです。しかしそれ以上に、前日の練習を含めた4月からの練習で積み上げた「土台」があった成果だと考えます。
その「土台」「日ごろの練習」が確かな上に、当日の集中力が加わっての響きと表現だった…。これが嶋田先生の結論でした。
その「土台」と「日ごろの練習」を積み上げたのはみなさん自身であり、だからみなさんに拍手です。
さて、その熱気も冷めやらぬ今日は、しかし新実先生の音楽は凍結させました。
新実先生が指示されたことをメモした嶋田先生が今日、「新実先生がああ言ったこう言った」と確認し繰り返すことは一つの手であり、その効果は大きいと思います。
しかし、新実先生の指示はみんなも直接聞いているのであり、それを自分の中で反芻(はんすう・くりかえして咬み砕き味わうこと)することは十分に可能で、その反芻に時間をかけた方がより豊かな表現を膨らませることと思います。
したがって今日は湯山先生の「童謡」に取り組んだ…というわけです。
以前に取り組んだアンケートの結果、「あめふりくまのこ」「地球はひまわり」「夏の日」「いま生きる子どもマーチ」「おはよう太陽」「夕やけのうた」「歌の広場」がベスト7となりました。この順番は1位~7位ではなく、楽譜に載っている順番です。
なのでこの順番で練習しました。その前に団歌「うたにつばさがあれば」を歌い、最後に「わたりどり」をハモらせましたから全部で9曲です。
はじめに目的をハッキリさせました。つまり
◯今日は表現の練習ではない
◯この9曲がどんな曲なのか確認する
これが目的です。
「あめふりくまのこ」「うたにつばさがあれば」など、メンバーによっては5回も6回も、ひょっとしたら10回くらいステージで歌っている子がいます。
一方ではこれらの曲を初めて歌う…という子もいます。あるいは前回歌った時と今回とでは担当するパートが変わっている…という子もいるのです。
ゆえに、今日は(そして来週も)まずはどんな曲なのかをシッカリとつかんでおくことが大切…と思いました。
結論を書きますと、非常に効率よく、完全に予定通りに進むことができた2時間30分でした。
それは何度も経験しているメンバーが土台となって支えてくれたことが大きい。
そして今日休まなければならなかったメンバーが来週来てくれた時に、今度は今日のメンバーが来週の土台になってくれることでしょう。
支えられ、そして支える。
これが合唱の醍醐味であり本当のチームワークです。
今日は言葉の発音とか細かい音程とかクレシェンドだとかpだfだということは1度も注意しませんでした。
ただひたすらに音程を確認してメロディーをつかみ、そしてある程度のハーモニーを作って「どんな曲か」を理解することに心をくだきました。冒頭に書いた「土台」を作ったわけです。
来週も「土台」を今日以上に作ります。そして「土台」をシッカリさせてから細かい表現の工夫に取り組みます。
繰り返します。初めて歌ったメンバーはよくガンバリました。拍手です。この子たちが効率良く9曲も歌えたのは、これまでに何度も歌ったメンバーが「土台」になってくれたおかげです。これにも拍手。
そして来週は今日のメンバーが「土台」になって、来週初めて歌う子を支える。これが「空」の練習方法です。
来週はフェールマミだよ。間違えないでね。
持ってくる楽譜は「ねむれないおおかみ」と「イルカの翼」と「うたにつばさがあれば」の3冊と「わたりどり」です。
連絡です。
新実先生との連絡で、来年の予定(第26回定期演奏会)のスケジュールが確定しました。
令和4年
8月28日(日) 新実先生リハーサル①
9月18日(日) 新実先生リハーサル②
10月16日(日) 新実先生リハーサル③
10月22日(土)午後 新実先生前日リハーサル
10月23日(日) 第26回定期演奏会
①②③は午前午後か午後だけかは未定です。
会場もまだ未定。本番は青少年文化センターアートピアホールです。
メモしておいてくださいね。 -
本番みたいな響き
【令和3年10月31日(日)】
「本当ですか。それにしてはよく歌えていましたね」
と新実先生はおっしゃいました。練習が終わって名古屋駅までお送りした時に、
「練習を再開してから「白いうた青いうた」に掛かりっきりで「やさしい魚」は再開直後の10月2日と昨日の30日に2回歌っただけなんですよぅ…」そう白状した時のことです。
やっと新実先生をお迎えすることができました。重なる演奏会延期や練習中断を乗り越えて、ここまで辿り着くことができたのはメンバーの努力とガンバリのおかげです。大感謝です。
9時58分。その新実先生がステージに上がられて開口一番
「では、「やさしい魚」から始めましょうか」
とおっしゃいました。
これには嶋田先生もビックリ!
ありゃりゃりゃ?予定では…たしか…。
どうしよう…。「予定はこうでしたよね?」と新実先生に言おうかなあ…
などと考えている間に「感傷的な唄」の前奏ピアノが始まってしまった。
えーぃ!こうなったら破れかぶれだぁ!と半分ヤケクソの覚悟を決めてみんなの歌声を聴いていました。
出てきた声は本当に「遠くから」「凍ったような」「不思議な感じで」歌われました。
「風が吹くから 生きよう そう思う前に もう足が駈け出していた」
この歌い出しにピッタリの表現でした。不安げで、不安定な、命が生まれる前の暗闇から響いてくる感じ…。
実はこの不安そうな不安定な声は、練習不足の「空」のメンバーが本当に不安に思っていて、同時に7拍子という変則の拍子に上手く乗り切れない不安定さの賜物(たまもの)でした。実際に10月の練習をやった嶋田先生は全て分かっていたのですが、結果的には「感傷的な唄」の歌い出しにピッタリの声でした(笑)。
何度か新実先生からの指導を受けて、指揮をよく見て出だしを合わせ、ピアノの音を聴いて出だしを合わせ、出だしのタイミングがそろってきます。
嶋田先生はアルトに入って少しでも助けようと思いましたが、男子メンバーのようなカウンターファルセットが上手く出せません。嶋田先生が助けに入ることで逆に「空」の響きが壊れてしまう。そう思ってすぐに止めました。
嶋田先生が入ると壊れる。そういう響きになってきました。ヘタクソな合唱団だったら嶋田先生が入ってガンガン歌っても大丈夫だったと思いますが、それをストップさせる繊細な響きが生まれていました。
特に「美しい歌だけが聞こえてくる」という部分のfは美しかった。直後の「そんな祈りが…」のpも本当に「そうあってほしい」と思っているような響きでした。
以下、午前中に「鳥が」までを歌い、午後からもう一度「鳥が」と「やさしい魚」。「天使」や「やさしい魚」は嶋田先生の練習でも通して歌ったことが数回しかなくて、本当にどうなることかと思っていましたが、よく指揮に集中して表現してくれました。
これはリモート練習の成果だと確信しています。音源を作ってシステムを作ってくれた恒川さんとHP担当のSさんに感謝しなくてはなりません。
そしてメンバーも、リモートの画面に入るように歌声データを送った人はもちろん、歌声データを送らなかった人も一度や二度は恒川さんの参考音源に合わせて練習をしてくれたことと思います。完成した画面ではなく、その「合わせて歌った自主練習」が成果を現した…ということです。
そうとしか考えられないような曲集「やさしい魚」の歌声でした。だって10月9日と10月16日には一回も練習しなくて歌ってないんだよ。
客席の後ろに行って聴いてみましたが、本番みたいなハーモニーでした。
午後2時。いよいよ「白いうた青いうた」に入ります。ここでも嶋田先生は何度かアルトに入っていっしょに歌おうとしましたが、自分の声がみんなの響きにマイナスになると判断して止めました。定期演奏会の本番で何度もアルトに入って歌ってきた嶋田先生が、練習なのに「入れなかった」ということです。そういう響きでした。
そのかわり、新実先生からの指示をいっぱいメモしました。総理大臣のノートじゃないけれど、このメモを次の練習から生かしていこうと思います。
しかし、そんなメモよりも、みんなの心の中に残っている音の方が役に立ちます。非常に貴重な経験でした。新実先生の具体的な言葉や細かい指示は覚えていられないでしょうが(そこはメモでカバーします)、みんなの心の中に残っている「響き」や「表現」は大きな財産であり、次の「新しい表現」を膨らませていく原動力になります。忘れないでいてください。
あと二つ。紹介しておきます。
新実先生と名古屋駅近くで夕食をしながら聞いたのですが、新実先生はピアノを習ったことはないそうです。
本人が言ってました。
「カンタンに言えば独学ですか?」と念を押したら
「そうです。独学。習ったことはありません」
それからラインにも書きましたが、みんなへのメッセージです。
今日はとても良い練習ができました。
君たちが僕の指導に的確に反応することが分かって、とても嬉しく思いました。
必ず素晴らしい演奏になる…
そのように確信しました。
本番は暗譜ですよ。
言葉の中身と、音楽の中身を、お客さんに伝えましょう。
新実徳英 -
フレーズを大切に
【令和3年10月30日(土)】
明日は新実先生をお迎えするという直前の土曜日。本来は明日は本番の予定でしたのでフェールマミは午前午後を予約してあったわけで、だから予定どおりの午前午後練習。
午前は9:30~12:00の2時間30分。午後は1:10~4:00までの3時間。合計5時間30分を歌い通しました。嶋田先生は午前中からヘロヘロで身体を休めながらでしたが、若いメンバーは頑張りとおしました。大感謝です。
歌った曲は「白いうた青いうた」を18曲+「やさしい魚」の5曲で合計23曲。平均すると1曲に約15分。たいしたものですね。すごく密度の濃い時間が流れました。
23曲に共通することは「フレーズを大切にする」ということです。
曲集「われもこう」にはV(ブレス・息つぎ)の記号がほとんどありません。「薔薇のゆくえ」「忘れ雪」「火の粉」「なぎさ道」には1カ所もVがなく、やっと5曲目の「とげのささやき」は1カ所だけ(35小節目の後)にあります。これは2番のスタートを分かりやすくするためのVです。
6曲目の「われもこう」にVは1カ所もなく、「就職」は33小節目の前と77小節目の前に2カ所だけVがあります。33小節目の「砂漠の木になりたい」が曲の山で、ここに最高のエネルギーを持っていくためのブレスであり、77小節目からは後奏なのでブレスが付いています。理由がハッキリしている。そして最後の「卒業」のVは73小節目の前の1カ所だけです。これもクレシェンドしてからのフォルテをエネルギッシュに保つためです。
8曲も載っている曲集の全体を通して見てもVは4つしかありません。おどろいたかぃ?
いったいどこでブレスすりゃいいのさ。
答えはカンタン。フレーズのまとまりごとにブレスするわけです。どの曲の、どの部分でブレスするのか、それをイチイチ確認して練習しても、そんなことを全部覚えられるはずがありません。だから法則性を理解すれば良いのです。曲集「われもこう」だけではなくて「ぼくは雲雀」も「やさしい魚」も全部に共通する法則性があります。
最初に歌った「薔薇のゆくえ」が分かりやすいので、楽譜を開いて確認してください。Vは1カ所もありません。
「フレーズを大切にする」ということは、カンタンに言えば8小節のまとまりを感じて歌う…ということです(もちろん部分的に例外はありますが)。
「薔薇は運命(さだめ)知り風と出かけた」これで8小節になります。そして「町も村もない石の荒れ野で」で8小節。「薔薇は形溶け歌になったよ」で8小節。音楽の流れも8小節で一区切りになっていることは「空」のメンバーならすぐに分かるはずです。このフレーズのまとまりごとにブレスをする。カンタンに言えばこうなります。
分かりやすく他の曲でも例をあげておきます。
「忘れ雪」は「あでやかに雪降り積む 楡の木は人の姿」で8小節の1フレーズ。
「火の粉」は「この世の片隅 焚火が弾けます」で8小節の1フレーズ。
「なぎさ道」は「濡れた訳 教えましょ 薄い虹が消える時」で8小節の1フレーズ。
どうですか?見事なくらい、言葉のまとまりと音楽の流れとが一致しているでしょ?
全部の曲を書いていたらみんなも読む気がなくなるでしょうから、あと3曲だけ。
「卒業」なら「紙飛行機 芝生で飛ばしたら 折りたたむ悲しみが開いた」で8小節の1フレーズ。
「ぼくは雲雀」なら「英語は苦手さ数学キライだ頭は帽子をのせるため」で8小節の1フレーズ。
「鳥が」なら「鳥が空を見上げるように花がつぼみをほどく」で8小節の1フレーズ。
ホントに見事に言葉のまとまりと音楽の流れとが一致していますね。
他の曲も全て、このフレーズを大切にすれば、自動的に8小節を一息で歌うことになります。これが基本。このことを知っているのと知らないのでは月とスッポン、天と地ほどの違いになります。
もちろんこれは原則でありまして、8小節を続けて歌うことは苦しいことです。無理して歌い続けると酸素が足りなくなってエクモを付けなきゃならなくなる(そりゃコロナの重症患者だよ)かもしれない。
どうしても苦しくなったら4小節目でカンニングブレスをしましょう。あるいは「うわっ、このまま続けると6小節目か7小節目あたりで息が切れてしまう」と思ったら4小節目でカンニングブレスをしましょう。
このような場合、30人のメンバーを4人くらいの7つのグループに分けて、Aグループは1小節目でブレス、Bグループは2小節目でブレス、以下Gグループは7小節目でブレスする…と決めるという方法があります。
しかし新実先生の音楽は明らかに8小節でまとまっており、これを1小節+7小節とか2小節+6小節などに分けてカンニングすることは有り得ません。そんなことをするとメロディーのまとまり(つまりフレーズ)が崩れてしまいます。
同時に谷川雁さんも見事なくらい8小節でまとまるように詩を作っておられます。3小節+5小節などでカンニングしたら「薔薇は運命(さだめ)」「知り風と出かけた」となって、これも有り得ません。
カンニングするのなら4小節+4小節で「薔薇は運命(さだめ)知り」「風と出かけた」にするべきです。ナットクしてもらえるかな?
まとめると
◯基本は8小節を歌い切る
◯苦しくなったら4小節+4小節でブレスする
となります。これは全ての曲に共通する大原則です。ウソだと思ったら楽譜を開いて「そうなっていない部分」を探してみてください。
あと、歌詞のイメージについて「嶋田先生のイメージ」を押し付けました。押し付けた…と書くのは、恒川先生の指摘にあったとおり、「そりゃぁ違うよ」というイメージがあるからです。「空」のメンバーも(いかに子どもとは言え)嶋田先生のイメージが全部正しいなどとは思っていないでしょう。
勉強不足を言い訳するようですが、嶋田先生みたいにオオゲサでゆがんだイメージでも良いので「自分なりのイメージ」を持っている子になってほしいのです。
これまでのソラノートにもいっぱい書きましたが、その嶋田先生の「ゆがんだイメージ」を土台にして、「そりゃぁ違うだろう」と思う部分をいっぱい発見して、その部分を自分なりに修正してください。その修正を発表する必要はありません。また多くのメンバーのイメージが一つの「絵」としてまとまる必要もありません。
大切なことは「自分のイメージ」を持っていることです。「自分のイメージ」を持っている子の音楽は本物になります。逆に「自分のイメージ」を持っていない子の音楽は、ただ命令されて歌っているだけの音楽になってしまいます。
なぜそれが言い切れるのかというとねぇ…
それはねぇ、嶋田先生は50年近く合唱を続けてきましたが、これまでに何度か、作曲家自身の指導と指揮によって、自分のイメージがガラガラと崩れさって全く新しいイメージが生まれ出る喜びと幸せを感じることがあったからです。
その「喜び」と「幸せ」を、みんなも同じように感じてくれるといいなぁ。明日がそんな日になってくれたらいいなぁ。と本気の本気で心の底から願っています。 -
頭の中の本当の音楽
【令和3年10月23日(土)】
連日コロナ感染者が10人とか20人とかになっていて本当に良かったです。このままの状況が続くように願っていますし、及ばずながら「空」もできる限り感染防止対策に協力しましょう。
今日の練習が終わればいよいよ来週の31日(日)に新実先生をお迎えします。その前日の30日(土)は午前午後の練習が組んであり、本来は新実先生の前日リハーサルの予定でしたが、ここは嶋田先生が練習を受け持ちます。
31日は本来は第25回定期演奏会の本番、30日は前日リハーサルという予定でしたから、31日には全員が、30日もよほどの事情がない限りのホトンド全員の参加が期待できます。
だから今日の練習は、その30日の午前午後に期待して、表現の練習はしませんでした。やったことは曲集「ぼくは雲雀」と曲集「われもこう」とアンコールの「このみちゆけば」「夜と昼」の合計18曲をひととおり通して歌う…ということです。
細かい音程とかハーモニーのバランスとか、あるいは強弱とか呼吸の位置(ブレスするタイミング)などは30日に全てを賭けます。嶋田先生の全力授業の予定で、今日と先週はその準備をやっただけ…と理解してください。
しかしながら、アンコール2曲と曲集「ぼくは雲雀」の合計10曲は、全力で楽譜を見て歌った後で2回目は楽譜を見ないで歌うという流れで押し通しました。
曲集「われもこう」は前半の「薔薇のゆくえ」「忘れ雪」「火の粉」「なぎさ道」までは1回目に楽譜を見て2回目は楽譜を見ないで…ができましたが、さすがに時間が足りなくなって後半の4曲は1回だけ真剣に楽譜を見て歌う…ということになってしまいました。
それにしても2週間連続で、まがりなりにも18曲を全部歌い切っていますから、かなりのレベルで音楽全体の流れが頭の中に入ったはずです。頭の中に入ったものが一週間で半分は忘れてしまったとしても(?)来週30日に再び思い出してさらに表現の練習を加えれば、相当なレベルで新実先生の指揮についていくことができるでしょう。
では、今日の練習に来られなかった人、または2週間連続で来られなかったメンバーのために書いておきます。
受験勉強で大変でしょうけれども、数学や英語で凝り固まった頭をホグすために休憩をするでしょう。その休憩はマンガを読んだりYouTubeを見たりお菓子を食べたり、いろいろあるでしょうが、1回で良いので楽譜を眺めてみてください。1週間の間に1回で良いです。
その1回だけを、ただボンヤリと楽譜を見るのではなく、新実先生が楽譜の中に書き込んだ表現記号(p、f、クレシェンド、特にritとa tempo)をよく見て「自分ならどのような音楽を表現するか」を頭の中で響かせてみるのです。
これは白血病か何かで入院していてもできる音楽で、もっと言えば「本当の音楽」です。音楽というものはコンサート会場で音を聴いたり自分で鳴らしたりするものですが、その聴いたり鳴らしたりすることによって「自分の頭の中の表現」が生まれます。その「自分の頭の中の表現」がコンサート会場を出てからも響いている(残っている)状態が「本当の音楽」であるわけで、ゆえにコンサート会場に行けば(あるいはヘッドホンで音楽を聴けば)カンタンに「頭の中の表現」は生まれますが、必ずしもコンサート会場やヘッドホンは絶対に必要ではありません。ベッドの中で黙って楽譜を見るだけでも「本物の音楽」は生まれます。
オーケストラの指揮者はこのように黙って楽譜を眺めて頭の中で「本当の音楽」を作り上げます。実際にオーケストラの演奏がなければ「頭の中の表現」を作ることができないのならば、準備の段階からオーケストラ100人を集める必要があり、そんなことをしていたらお金も時間もメチャメチャかかってしまいます。
では「頭の中の本当の音楽」を作るのはプロのオーケストラ指揮者にしかできないのかというとトンデモナイ!!!
嶋田先生にだってできます。オーケストラの曲は無理ですが合唱曲ならカンタンです。
では「頭の中の本当の音楽」を作るのは指揮者つまり大人にしかできないのかというとトンデモナイ!!!
子どもにだってできます。少なくとも「空」のメンバーが「われもこう」「ぼくは雲雀」「やさしい魚」と湯山先生の童謡の楽譜を見る…という条件があれば絶対にできます。作曲されたばかりの新曲なら無理かもしれませんが、楽譜をもらって何カ月もたっている曲ならば全員がカンタンにできます。これをやってみてください。
このようなことを受験勉強の合間にたまにやってみると、頭の中がリセットされて次の勉強もハカドルはずです。1回で良いからチャレンジしてみる価値はありますよ。
さて、次回30日(土)は午前午後のミニ合宿。31日(日)の練習会場はウイルあいちホールですから間違えないでくださいね。それからサポーターの人たちもぜひ参加してください。その日に楽譜をもらっての初見状態でもかまいません。お願いします。
みんなの総力を結集した2日間になりますように…。力を貸してくださいネ。 -
会話 そして 対決
【令和3年10月16日(土)】
今日はどんなふうに練習を進めるか、いろいろ悩んでいました。
ひとつは、みんなが苦手だと言う曲を集中的に細かく歌っていく…という方法。これは深まりますが5曲が精一杯です。
もうひとつは、「白いうた青いうた」をアンコール2曲を含めて、とにかく18曲全部歌っておく…という方法。これは思い出すだけになるかもしれないけれども全部を経験できます。
さて、どうするか。
中間テストや運動会で来られないメンバーがいますから、5曲をすごく深めても参加できなかったメンバーとの差ができてしまう。来週にはテストは終わるでしょうけれど、今日集まったメンバーが来週にも来られるかどうかは分かりません。
結論は全部歌うという方法です。
今日と来週の23日(土)はとにかくできるだけ多くの曲を歌っておいて、前日の30日(土)の午前午後で「表現を深める」練習をします。
8月26日に(コロナ爆発で)連絡するまで、本番は10月31日(日)で新実先生の最終リハーサルが30日(土)という計画だったわけですから、その2日間は旅行という計画は無いはずで、メンバー全員が集まることが期待できます。30日(土)には嶋田先生の全ての力を振り絞って表現を深めます。「公平」という観点からも、この方法がベターでしょう。
そう考えて始めた今日の練習ですが、結論は予想を上回るものでした。特に後半に歌った曲集「われもこう」は熱いエネルギーを感じました。
9月をまるまる練習しなかったわけですから、へたすりゃ2ヶ月ぶりに歌った曲もあったと思います。そう考えると今日の歌声は賞賛に値するものだったと思います。かなり効率が良かった。5分くらいしか歌えなかった曲や1回だけしか歌わなかった曲もありますが、なぜ1回しか歌わなかったかというと、その曲は「嶋田先生が予想していた以上のレベルで歌えたから」だと理解してください。メンバーの努力に感謝と拍手です。
今日のポイントは(そして来週のポイントも)二つあります。
一つ目は「楽譜に書いてあるとおりに歌う」ということです。
フォルテやピアノ、そしてクレシェンドなどの強弱はモチロンですが、テンポのゆらめき(rit)にも注意。とにかく新実先生には「書いてあるとおりの表現」をぶつけましょう。
嶋田先生の責任が大きいのですが、合唱団「空」はritが得意です。得意というよりも好きです。たとえば「忘れ雪」の21~22小節目。この「すすり泣く 沢の岸辺」をritすると気持ちがいいしカッコいい。でもインテンポです。速さは変わらない。詩を読むとここでritする(思いを込めて表現する)のも良いと思いますし、ダイイチ嶋田先生自身がそのような表現を好むので、良いか悪いかはともかくメンバーは大なり小なりその影響を受けている。ちょっと反省しなければいけませんね、嶋田先生は。
一方「われもこう」の楽譜を開くと、4小節目、12小節目、20小節目、28小節目、34小節目、36小節目にritあるいはrallがあります。これは全てのメンバーにやってみてほしいのですが、ぜひ楽譜を開いて、頭の中で「書いてあるとおりに」音楽を鳴らしてみてください。5分でできると思います。ぜひやってみてください。
書いてあるritあるいはrallは全て新実先生が書いたものです。つまり頭の中で音楽を鳴らすということは、あなたと新実先生とが二人だけで「音の会話」をする…ということです。
そこでどんな「音の会話」(つまり表現)が生まれたのか、人と比べることはできないし答え合わせもできません。しかし答え合わせなどする必要はなく、一人一人の「音の会話」はビミョーに違っていて良いのです。
そのビミョーに違う「音の会話」が30人分集まって、世界に一つしかない「空」の表現が生まれるのです。その「空」の表現を束ねるのは新実先生です。やってみましょう。「われもこう」だけなら5分でできるはずです。
二つ目のポイントは「楽譜を見ないで歌う」ということです。
今日も「自転車でにげる」や「ふたりで」でやってみました。歌詞を間違えても良いし、音を間違えても良いので、とにかく自分の耳と集中力を信じて「音と対決する」のです。
これは本当のことを言うと「音楽の本質」に関わることです。「歌詞や音を正確に歌う」ことと「自分の耳だけで対決して歌う」ことと、どっちが大切かというと「対決」の方です。順番から言えば①「自分の耳だけで対決して歌う」ことができるようにするために②「歌詞や音を正確に歌う」練習をするのであり、歌詞や音程を正確にするために③「楽譜を見る」という順番になります。
ふだんの練習は③で良いのですが、目指すところは①です。①を目指すために今日も練習をしました。来週もそうします♪
ソラノートはここで終わり。あとは雑談です。
先週ナゾナゾを出しました(笑)。「たまごだけ転んでいるのはナゼ?」という問題です。
ラインでも同じナゾナゾを出したところ、なんと回答はゼロでした(大笑)。
回答ゼロというのは実は嶋田先生の予想どおりでありまして、回答ゼロか30くらい回答がくるか、どっちかだと思っていました。予想は的中しました(笑)。
今日、無理矢理に答えてもらったところ、
たまごはまだ生きていない(生まれていない)から
たまごだけ動けないから転がるしかないから
つまり「転ぶ」は「転がる」ということ
たまごが進むということは転がるということ
などの答えがありました。全部100点の答えだと思います。芸術の世界には「答えが一つしかない」ということは有り得ない。「答えが一つ」というのは学校のテストの問題だけです。
ひよこや ぶたや みみずが走って進んでいる中で たまごが一生懸命にコロコロ転がっていっしょに進もうとしている…。なんともカワイイ、ロマンチックなイメージです。
みんないっしょなんです。方法はそれぞれ違うけどネ。 -
ナゾナゾ
【令和3年10月9日(土)】
中学生・高校生は中間テストの直前ということで、小学校の運動会もあり…との連絡が入ります。しかしその割には多くのメンバーが集まってくれての練習が進みました。
まずは「わたりどり」。音楽の流れが自然で実に歌いやすく、しかもよくハモりますね。歌い込んでいくうちに「空」の表現が自然に生まれてくるような気がします。
1924年生まれの大中先生が戦争で兵隊に行く直前の1943年に作曲した曲です。つまり19才の時の作品。大中先生は「戦場で果てる(死ぬ)覚悟で書いた」と語っておられます。実際に大中先生から聞いた話ですが、大中先生は「特攻隊(爆弾を積んだ飛行機に乗って敵の船に体当たりするパイロット)に何度も志願(私がなりますと手を上げること)したんだよ」と話してくださいました。金山の「かに道楽」のお店の中でこのお話を聞きました。
もしも大中先生が鉄砲のタマに当たって戦死してしまったら、「サッちゃん」も「いぬのおまわりさん」も「うたにつばさがあれば」も作曲されなかったわけで、そうなっていたら今の合唱団「空」が存在したかどうかも分かりません。運命的なものを感じますね。
「空」の若い力で「わたりどり」を歌い継いでいきたいものです。
次は新実先生の「夜と昼」。先週はメロディー中心でハーモニーを作るのは今日が初めてです。13小節目からハーモニーを作るのですが、1番の終わりまで実にウマく作られています。嶋田先生もコンピュータに歌わせただけで人間の声で生まれたハーモニーを聴くのは初めてでしたが、やはり機械と人間とではゼンゼン勝負にならないですね。音楽は、そして歌は、やっぱり人間が一番です(^^♪
どうですか? 歌ってみて。先週のソラノートで書きましたが、やけに「誰が笑い誰が泣く」という部分が耳にのこるでしょ? 給食を片付けている時とか便所から出てきた時とかに思わず「誰が笑い誰が泣く」って歌ってしまいそうです。
なに?「教室や便所で歌うような人間はオミャーだけだわ」だと?
そうかも知れませんが、みんなの頭の中には今このノートを読んでいる時にも「誰が笑い誰が泣く」だけは鳴り響いているはずです。
で、特にアルトなんぞは、後はほとんど「ルンルン」「ロンロン」だけなので(メゾソプラノもだ)、ちゃんとメロディーを歌っておかないと先週書いた「シマダ病」にかかるわけです。まぁ少なくとも嶋田先生がなぜ「シマダ病」にかかったか、その理由だけはナットクしてもらえたと思っています。
「このみちゆけば」も先週に続いてハーモニーを作って歌いました。今日はナゾナゾを出しておきましょか。
「ひよこ」は走ります。「たまご」は転びます。「こぶた」は進みます。「かえる」は跳ねます。「もぐら」は急ぎます。「みみず」は踊ります。
みんな楽しそうですね。この6人(?)の中でカワイソウな人(?)が1人いますね。
そう、「たまご」です。他の5人は何だか前に進んでいる感じがしますが、「たまご」だけはコロンでしまった。ひざをすりむいて泣いているのかな?
はい。問題。
なんで「たまご」だけカワイソウなのでしょう?
このナゾナゾはカンタンです。
そうだ!良いことを思いついたぞ!!!
このナゾナゾをラインで送ろう。で、分かった人(自分の答えを思いついた人)からラインで答えてもらお~ぅっと。うん、そうしようそうしよう。こいつぁオモシロイことを思いついたぜぇ。やっぱりアタシゃあ頭が良いわ!!
すぐに実行するぞ。
あとは曲集「われもこう」の中から6曲ほど復習したんだわさ。また団員専用エリアの音を聴いておいてくださいね。
さあ、実行だ実行だ。 -
テンテーはチらないからネ~♪
【令和3年10月2日(土)】
運動会あり部活あり体調不良あり塾のテストあり。練習に行きたくてもイケナイメールが入ってくる日常が戻ってきました♪
久しぶりにメンバーの顔を見て、いっしょに歌うことができて嬉しかったです。みんなと合唱ができるって幸せなことなんだ…と思った。
あたりまえだと思っていたことが実は「本当に幸せなこと」なのだとコロナのクソッタレが教えてくれました。コロナはクソッタレであり、この世にあってはならないものであり、1秒でも早く消え失せてほしいものではありますが、しかし「みんなと歌うことは幸せなことだ」ということを実感させてくれたことだけには感謝しなくてはならないと思っています。
さて、練習の再開にあたって配った楽譜は大中先生の「わたりどり」と新実先生の新アレンジ「このみちゆけば」「夜と昼」です。
新実先生の2曲は手書きの楽譜のコピーと嶋田先生がコンピュータで清書(?)した楽譜を配りました。練習ではコンピュータ楽譜を使います。新実先生の手書き楽譜は持ってこないでください。このような楽譜は特別なものなので、メモを書き込んだりだんだんボロボロになっていくことを嶋田先生は好きではありません。額に入れて飾っておけ…とは言いませんが、大切に保存しておくべきものだと思います。
さて「わたりどり」ですが、男子メンバーとパパさんと嶋田先生とでテノールとバスも歌いました。一昨年の大中先生追悼コンサートで合唱団「空」はソプラノ・アルト・テノールを受け持ちましたが、バスまで歌って完全な形を「空」として受け継いでいきたい。「うたにつばさがあれば」と同じように「空」に関係した子なら全員が知っている曲にしたい。「わたりどり」はそのような価値を持つ曲だと思います。
合唱を始めて49年、小学校教員を37年続けた嶋田先生が「世界中の子どもたちに伝えたいと願う曲」があり、そのベストスリーに入る曲が「わたりどり」です。
続いて新実先生の新アレンジ2曲。全員が生まれて初めて見る(初見の)楽譜です。この曲に限らず、まずは全員でメロディーを歌います。
なぜか。
実は21年前のことになりますが嶋田先生は「夜と昼」を新実先生の指揮で歌ったことがあるのです。去年の夏のコロナによる1回目の練習自粛中、コンピュータで「白いうた青いうた」53曲を全てデータにしました。そのデータはホームページの団員専用エリアで聴くことができます。データ化している時、「夜と昼」の歌詞をほとんど覚えていない自分に気付きました。これには我ながらビックリしたわけです。
自分で言うのも何ですが、嶋田先生ほど合唱狂で歌うことが好きな人間はそうそういるわけではありません。小学生の時に覚えた曲はほとんど全て覚えていますし、幼稚園(北区の萩野幼稚園)の校歌(園歌?)から通った小学校(3校あります)と中学校と高校と大学の校歌は今でも全て歌えます。メンバーには嶋田先生の後輩がいますが、彼らが入団した時には富士見台小学校と千種台中学校の校歌を歌ってあげました(笑)。それだけではなく教育実習に(4週間だけ)行った開南小学校(那覇市)の校歌も勤務した名古屋の小学校7校の校歌も全部歌えます。
その嶋田先生が、東海メールクワイアーで(しかも作曲者の指揮で)歌った曲の歌詞を覚えていないとは、いったいどういうことなのでしょう?
結論を書くと、東海メールクワイアーでの練習方法に問題がありました。まずメロディーを全員が歌う…ということをしないで、楽譜に書かれている各パートの音を各パートのメンバーがキチンと歌う…ということを目指したわけです。
東海メールクワイアーの名誉のために書いておきますが、その方法は「普通の方法」です。この練習方法は決して間違ってはいないし、日本中の全ての合唱団が「あたりまえの方法」としてやっているはずです。
しかし21年たったら歌詞を忘れてしまったということは、その歌詞の世界を「本当にイメージしていなかった」「本当に共感していなかった」ということになります。
なに?「オミャーが老人ボケで忘れたんだろう」「単にオミャーの頭が悪いだけだわ」だと? そういう屁理屈(ヘリクツ)を言わないで、黙ってアタシの話を聞きなさい!
21年前に歌った「夜と昼」はもちろん新実先生のアレンジですが、その男声合唱版は今日みんなに手渡した新アレンジの2番のような形でした。
「夜と昼」の2番を見てください。「ほろ苦い指 朝なめてみた」からです。ずうっとソプラノだけがメロディーを歌い、メゾソプラノとアルトは最初から最後まで「ルンルンルン」とか「ロンロンロン」になっていますね。例外は「誰が笑い誰が泣く」だけです。アルトは1番から2番まで「星消えた夜 この部屋は島 そそり立つ崖 汐騒の中」と「誰が笑い誰が泣く」だけで、あとは「ホホ」と「ハハ」と「ルンルン」と「ロンロン」です。
「空」のアルトメンバーが1月23日の本番まで、楽譜に忠実に「書かれている音だけ」を練習したら、それは全国の合唱団や東海メールクワイアーと同じ練習方法なのですが、嶋田先生と同じ病気にかかるはずです。その時に言ってあげましょうか?「単にオミャーの頭が悪いだけだわ」って。
いけない。絶対にイケません。そんなことをやってちゃダメだ。どんなに正確な音程で「ルンルン」と歌えるようになり、いかに美しい声で「ロンロン」と歌えるようになったとしても、それだけでは足りない。それだけだったら合唱じゃない。
大切なことは、その「ルンルン」や「ロンロン」が、どのような世界を支えている「ルンルン」「ロンロン」であるのかイメージしていなくてはならない…ということです。
そのためには歌う全員が歌詞を全部知っていて、いえいえ知っているだけではなく「自分のものとして歌い」「自分のものとして共感している」ことが必要です。
新実先生に「誰が笑い 誰が泣く」って「誰が泣いて笑っているのですか?」と聞かれるかもしれませんよ~♪
そん時、「え~! しっ知らな~い!」なんて言っても、チマダテンテーはチらないからネ~♪
「このみちゆけば」はイメージはハッキリしていますね。「この道を信じて進めば きっと幸せがやってくる」ということでしょう。あとは「ひよこ」と「たまご」と「こぶた」と「かえる」と「もぐら」と「みみず」が何なのか、その質問に答えられればオッケーでしょうね。わっははは!!! 大丈夫だよね(笑)。ではまた来週。
そうそう、第25回定期演奏会の第1ステージで歌う「湯山先生の童謡の世界」の曲目についてアンケートが行われています。「先生にオマカセ、決めてください」なんて言わないで、歌いたい曲を教えてください。よろしくお願いいたします。 -
もう少し、がんばろう!
【令和3年9月23日(木)】
久しぶりにソラノートを書きます。
だけど練習の内容について書けないのはツラいですね。
でも嬉しいことがたくさんありました。
まず第一に、8月21日の夜に熱を出した人がコロナではなかったことです。本当に良かった。
第二に、新実先生から新しいアレンジの楽譜をいただくことができました。「夜と昼」と「このみちゆけば」です。みんなに早く配りたいなぁ。
これまでに大中先生、湯山先生、池辺先生から手書きの楽譜をいただきましたが、新実先生からいただくのは初めてです。このアレンジ、合唱団「空」の(それも今年の合唱団「空」の)ために書いていただいた楽譜だということを忘れないでください。みなさんが世界初演として歌うのです。めったにない貴重な経験となることでしょう。
第三に、第25回定期演奏会が延期となったことは残念ですが、1月23日(日)に青少年文化センターアートピアホールが取れたことです。受験生には苦しい日程になりますが、このホールを取ることができたことは奇跡に近く、「空」は合唱の神様に愛されているとしか言いようがありません。
第四に、練習中止の期間の間も、ZOOMを使ってメンバーの交流が図られたり、父母会も一斉メールやラインを通して情報を共有し続けることができていることです。合唱という方法は中止していますが、心のつながりは確実に続いている。これはとても大きな成果だと思います。
第五に、リモート練習に合唱団「空」全体で取り組むプロジェクトが開始されています。これは嶋田先生の50年近いキャリアの中でも初めての経験であり、創立75年を数える東海メールクワイアーでもやったことがありません。初めてのことですからメンバーにも多くの戸惑いがあるはずです。顔が映るのがイヤな子は声だけの参加でOKです。上手に歌えなくてもOKです。できるだけの参加をお願いします。
大切なことですから「上手に歌えなくてもOK」について説明しておきます。
自分なりに一生懸命、精一杯練習してください。その結果、上手でなくてもOK。努力をしたことが大切なのです。嶋田先生もリモート練習にチャレンジしてみましたが、ゼンゼン上手に歌えませんでした。でも、先生もガンバって練習しました。だって、そうでなくれば、みんなに申し訳ないもん。
緊急事態宣言が続いていて、もう少しのガマンが必要です。どうなったら練習を再開するのか。「新規感染者数」や「医療体制の様子」や「学校の動き」なども気になりますが、もう一つ忘れてはならないことは「空」には「空」の実情があり計画があるということで、みんなの努力と頑張りを無にすることは是非とも避けたい。
最悪の場合1月23日(日)が無観客での演奏会になったとしても練習は必要です。練習を全くしないで1月23日だけ歌うというのは不可能です。だから単純に「新規感染者数」だけを見て決めるのではなく、「空」の練習再開のデッドラインということも考えなければなりません。これについてはメンバーも父母会も理解してください。
ご意見があれば、どのような話でも真摯に伺います。遠慮なくお聞かせください。