【令和6年4月27日(土)】
今日は内匠先生が東京で本番ということで、われらが専属ピアニストがバリバリと活躍してくれるということは嬉しいことです。
で、ルスをあずかる「空」としては、内匠先生がいないよ~なんて泣いているわけにはいきません。それならそれで、伴奏に乗って美しくデリケートに…ってことはできませんが、新しいメンバーが少しでも楽になるように、できるだけ多くの曲で音取りを進めておこうと思いました。
結論を先に書くと組曲「空にかいた12の童話」の前半6曲を全員が全部のパートを一通り歌った後でハーモニーを作ることができました。すなわち
①もし、アフリカ象の耳よりもっと大きな耳になれたら
②もし、国民の休日をきめる係になれたら
③もし、太陽になれたら
④もし、魔法使いになれたら
⑤もし、空になれたら
⑥もし、ぼくのパパになれたら
です。
これは、先日に引き続いて「人間鍵盤ハーモニカさん」が大勢いてくれたことが大きく、そのおかげでドンドン進めることができました。本当に感謝です。鍵盤ハーモニカ一本だけだったら、とてもこうはいかないでしょう。
休憩をのぞけば2時間15分くらいの練習時間です。つまり135分。それで6曲を全員だから135÷6で1曲あたり21分です。最初に発声ピアノ鳴らしをやったから17分くらいかな?
今日はじめて楽譜を開いた新メンバーは大変だったと思いますが、すばらしい集中力でよく付いてきてくれました。ありがとう。
そろそろ細かい表現も入れて歌ってみたいなぁ…
なんて声も聞こえてきそうですね。そんなメンバーのために、ヒントを二つほど書いておきますね。
③「もし、太陽になれたら」ですが、歌い出しからずっと「太陽になれたら」と歌っていますね。そこで問題。
終結部の練習番号Fだけ「もし、太陽になったら」になっています。それはナゼでしょう?
NHKの「チコちゃんに叱られる」の回答者みたいに「はぁ?考えたこともないねぇ」なんて言ってちゃダメでっせ。
はい。第2問。
⑥「もし、ぼくのパパになれたら」ですが、1番と2番は「もし、ぼくがパパだったら」ですね。
3番だけ「もし、ぼくのパパになれたら」と歌います。それはナゼでしょう?
どうですかねぇ。「ボーッと生きてんじゃねぇよ!!!」と白い湯気が吹き出してきますか?
こういうことを、便所でウ〇〇でもしている時にでも考えておいてくれると、最初から表現の幅が広がってきます。
歌詞が変わっていれば歌い方も変わってきますよ。もちろん声の色合いもね。それを先生が「こんな感じで」って言う前に、みんなの中で「自分ならこんなふうに歌うなぁ」という「思い」が膨らんでいると最高です。
今度、「もし、太陽になれたら」と「もし、ぼくのパパになれたら」を歌う時に聞いてやろうっと。うん、そうしようそうしよう。決ぃ~めたっと!
カテゴリー: 練習日記
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便所でウ〇〇でもしている時に
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人間鍵盤ハーモニカ
【令和6年4月20日(土)】
今日も嬉しいことに新入団員を迎えることができました。これで今回の「練習見学体験会」のプロジェクトでは5名の仲間を迎えることになりました。
新しい仲間よ、よくぞ合唱団「空」を選んでくれました。本当に嬉しいです。いっぱい歌っていっぱい食べて(?)いっぱい話して、本当の意味での仲間・友達になりましょう。よろしくお願いいたします♪
さて、嶋田先生にとってはこれからが正念場です。それは、すでに多くの曲をある程度歌い込んでいるメンバーと、今日生まれて初めてその曲の楽譜を開くメンバーがいるわけです。生まれて初めてのメンバーが曲を理解するのと同時に、ある程度歌い込んでいるメンバーも「なるほど。そうやって歌うのか」と新しい発見があるように、両方を同時に進める必要があることです。これが正念場というわけ。
まぁそれは今に始まったことではないし、算数の授業だって塾かなんかでものすごく進んでいる子とかけ算九九で苦労している子がマゼコゼのクラスで授業をやってましたからね。進んでいる子が「へぇぇ~!そんなやり方があるんだね。塾では教えてくれんかったよ!」などと言ってくれるような授業の組み立てを考えるのが好きでした。
合唱団「空」だって同じことです。まぁ任せておきたまえ。
そういうわけで、今日は「COSMOS」を一通り歌った後はピアノ鳴らしの「声の響き」をやって、池辺先生の曲に突入しました。
「もし、物語の主人公のともだちになれたら」と「もし、動物語がしゃべれるようになったら」を歌い合わせます。3月まで受験で頑張っていたメンバーなど、ベテランでも初めて楽譜を開いた子もいましたが、この2曲は「音楽に勢い」があってリズムも和音も分かりやすく、あっという間に歌えるようになりました。全員が上のパートも下のパートも歌ってからのハーモニーです。
休憩の後は三部合唱。「風の子守歌」と「空と海の子守歌」です。これは三部合唱ですから全員が3つのパートを歌うと時間がかかります。しかし、恒川先生がいてくれるので非常に効率よく音を確認することができました。45分で2曲。全員がソプラノもメゾソプラノもアルトも全部歌ってから自分のパートを歌ってハーモニー作りました。
すばらしい集中力だったと思います。
これは、恒川先生がいてくれたことが大きく、また嶋田先生の授業(指導)が優秀だったから(そんなわけネエだろ)でありますが、そんなことよりも、もっともっと重大なことがあります。
それは「みんながいてくれたから」です。これが実は一番大きいこと。
どういうことかと言うとですね、11月に全員が初めて「風の子守歌」の楽譜を開いた時、当然「風の子守歌」を知っている子は0人で、全員が鍵盤ハーモニカの音を頼りに歌っていたわけです。その11月12月1月の苦しい練習を経験して、今は鍵盤ハーモニカの音が無くても歌える子が多い。つまり「人間鍵盤ハーモニカ」にとして成長しているわけです。
今日の練習でも鍵盤ハーモニカを叩きましたけれども、11月12月と違うのは「人間鍵盤ハーモニカ」がウジャウジャいるってことなんです。
どっちが効率が良いと思いますか?
言うまでもなく、鍵盤ハーモニカ1本よりも、鍵盤ハーモニカ+人間鍵盤ハーモニカがウジャウジャの方が効率が良いですよね。
人間鍵盤ハーモニカさん、ありがとう。感謝します。君たちのおかげです。君たちのおかげで今日初めて楽譜を見たメンバーがどれほど助かったことか…。
まぁ、その人間鍵盤ハーモニカさんたちも完璧ではなく、時々歌詞を間違ったり、時々リズムが狂ったり、時々音程が不安定になったりしてましたけどね(笑)
なに? おみゃーだっていろいろな所をずいぶん間違っとったがや!! だと?
ほんとだね。反省してます。鍵盤ハーモニカを正確に吹くのってムズカシイんだわホイ。
大事なことは、その「チョッピリ狂った人間鍵盤ハーモニカさん」たちも、あと2~3ヶ月も練習すれば、「かなり優秀な人間鍵盤ハーモニカ」に成長するはずです。そうなりたい、そうなろうと思う気持ちが大切。それは自分のためでもありますが、友達のためにもなります。そうなったらね。
それで、その成長した「かなり優秀な人間鍵盤ハーモニカ」たちがお互いに助け合って「非常に優秀な鍵盤ハーモニカ」になる。これが9月~10月。それで池辺晋一郎先生がやってくる。
けっきょくは、誰が何と言おうと、合唱っていう種目は「仲間」なんですよ。一人では絶対にできない。いろんな子のいろんな声が溶け合ってハーモニーを作る。その時までに一人一人が「できるだけきれいな〇」になりたいと願い、「できるだけ正確な人間鍵盤ハーモニカ」になりたいと思っているか。そこが大切です。
先生がやっていることは、その「成長したい」と思っているメンバーを側面支援しているだけなのです。 -
きれいな〇
【令和6年4月13日(土)】
この日はうれしいことに3名の新入団員を迎えることができました。これは本当にうれしく、そしてありがたいことです。東海メールクワイアーでも同じですが、20人で歌うのと30人で歌うのとでは全体の声の響きが全く違うのです。東海メールクワイアーにも3人くらい新入団員が入ってくれないかなぁ…。
合唱というものは実に不思議な競技というか種目でありまして、仲間は多ければ多いほど一人一人のメンバーが上手になる。これ、ホントです。なぜかと言うと、いっしょに歌うことでお互いがお互いの弱点をカバーしあって、そして長所を伸ばしあうからです。
う~ん、分かりにくい説明だなあ。
そうですねぇ。たとえば○という形がいちばん良いとしましょう。△はとがっているから良くない(弱点がある)メンバーです。
ところが△の子と▽の子が重なると「六角形の星」になりますよね。(ごめんなさい。先生のコンピュータでは六角形の星の記号が出ない)
で、さらに▷の子や◁の子が集まると、その「三角形の集まり」はだんだん○になってくるでしょう。そこに□や◇の子が重なったら、さらにきれいな○になってくる。
一人一人のメンバーは完全な○ではなくても(完全な○になるのって本当にムズカシイです)、みんなで重なり合ったらほとんど完全な○になる。これが合唱の本質です。
だけど「仲間が助けてくれるから私はユガンだ○でも良いんだ」という考え方は成立しない。一人一人は少しくらいユガンでいても良いけれど、でも○に近ければ近いほど良い。ほんのちょっとだけ凹んだ(へこんだ)○が重なるのと、かなりユガンだ○が重なるのと、どちらがきれいな○になるか、そりゃ考えるまでもありません。
だから小学生は小学生なりに、高校生は高校生なりに、「少しでもきれいな○になりたい」と思っていることが大切で、その「少しでもきれいな○」がたくさん重なったら、とんでもないハーモニーが出現します。
練習とは、それを一人一人が実現するためにあるわけだね。
というわけで、新しいメンバーを迎えた合唱団「空」は、それだけでレベルアップしました。さらにレベルアップするために、一人一人が自分を磨いて○になっていく練習です。
でも、生まれて初めてその曲の楽譜を見るメンバーがいるわけですから、まずは「空にかいた12の童話」からスタートしました。「もし、アフリカ象の耳より…」「もし、国民の休日を…」「もし、太陽に…」と進めていきました。
同じ曲集だけでは面白くありませんので後半は「一匁一丁」を確認しました。
時間がほしいなぁ。12時間くらい練習ができれば全部の曲集を歌いとおすこともできるでしょうが、それはムチャな話です。2時間30分は体力気力の限界でしょうね(笑)。
だから、時間を大切にして集中することが大切です。初めて楽譜を見たメンバーにとっては「密度の濃い」「緊張した」時間になったことでしょう。でも、その「集中」と「密度」こそ合唱団「空」の武器であり、これからもそのような練習を組み立てていくことができるように頑張りマス。
よろしくお願いいたします♪♪♪
追記
このノートを書いているのは4月14日なのですが、実は14日(日)のサポート練習で、さらにもう1名の新入団員を迎えることができました。
このサポート練習で歌ったのは「一匁一丁」と「ずいずいずっころばし」です。全部のパートを参加者全員で確認し、ハーモニーを作って歌うことができました。
来週もがんばろう。 -
練習体験見学会 ありがとうございました
【令和6年4月6日(土)】
いやぁ、集まってくれたメンバーのみなさん、そして父母会のみなさま。本当にありがとうございました。合唱団「空」の練習体験見学会は17名もの参加者を得て、想像もしなかった大成功をおさめることができました。
意に反して集まることのできなかったメンバーや父母会の方々からも、水面下で様々な助力と支援をいただきました。
このような企画は(分かりやすく言えば運動会は)その本番当日は華やかで楽しいものなのですが、その日に至るまでの子どもたち(「空」ならばメンバー)と先生方(「空」ならば父母会)の練習と準備は本当に涙ぐましい努力とエネルギーの投入があるのです。本番当日には分からなくて見えないのですが、そして目に見える動き(運動会で言えば演技や競技)だけに拍手が送られるものですが、ホントにこのような企画は当日までに何をどう努力し準備したかが問われるのです。
ありがとうございました。すべてのメンバーと父母会のみなさまに心からの感謝と大拍手を贈ります。
この日のねらいは
〇日ごろの練習で合唱団「空」がどんな練習をしているかを紹介する
〇見学の子たちに「合唱って楽しいよ」と伝える
〇見学の子たちが少しでも歌が上手になる
というようなことを考えていました。それをたったの2時間30分で達成しようとしたので、中身はかなり濃密(のうみつ)なものとなり、逆に普段とは違うスタイルにもなりました。
たとえばミミクリーペットとピアノの弦の共鳴と「しょうじょうじとかたつむり」を全部いっぺんにやるなんて、普段の練習ではめったにやらないことです。
練習の日の朝に、来てくれたメンバーの顔ぶれ(学年や経験年数)を見て、そのメンバーに最もふさわしくて必要な内容を決めていますから。
でも、ミミクリーペットとピアノの弦の共鳴と「しょうじょうじとかたつむり」を全部やっても40分くらいでやれてしまう…ということが分かったので、もう少し時間の使い方を工夫して効率よくやれば、毎週毎週ミミクリーペットとピアノの弦の共鳴と「しょうじょうじとかたつむり」を全部やっても良いのかなあ…なんて考えています。
それに、この日にやらなかった(紹介しなかった)練習方法もありますしね。だから次の20日(土)の体験見学会では、まったく違う内容の練習方法をやっても良いのですが、それは考えます。メインの「COSMOS」の前に何をやるか…ですね。
それにしても見学に来てくれた子たちはレベルが高かった。上手でしたね。嶋田先生が「こうやってよ」「ああやってよ」と言ったことを、初めてなのにほぼ完ぺきにこなしてくれましたし、何よりも声がきれいで音程も正確だった。耳も良かったね。「空」のみんなが一度歌ったメロディーを、マジで一回聴いただけでドンドン歌ってくれましたからね。
あんな子たちが入団してくれたら、合唱団「空」はマジでとんでもなくレベルアップした合唱団になりますよ。
祈りましょう。また来てね。
最後にもう一度、参加してくれた子たちと保護者のみなさま、そして企画・準備に力を尽くしてくださった父母会のみなさま、側面支援してくださったサポーターや指導者のみなさま、そして歌って交流してくれたメンバーのみんなに、心からの感謝を申し上げます。
ありがとうございました。 -
表現の練習は、あとで
【令和6年3月30日(土)】
今日は、よっぽどよっぽど「六つの子守歌」の ① 思い出の子守歌・②空と海の子守歌・③いつもの子守歌をやろうかな…と思っていました。それで先週の④おさかなの子守歌・⑤眠っちゃいけない子守歌・⑥風の子守歌の「流れ」を引き継いで、全6曲の「流れ」を作っておく…という練習です。
だけど、ずっと懸案(けんあん・問題や課題が残ってしまうこと)になっていた「あさやけのこんこんぎつね」を通すのに十分なメンバーの顔ぶれと人数だったので、「六つの子守歌」全曲の流れよりも「あさやけのこんこんぎつね」を4パートに分かれて通す練習を選びました。
しかし嶋田先生は忘れていたのです。今日は内匠先生とメンバーのK野くんの本番があり、ピアノ伴奏がないということを。
だけどねぇ、「あさやけのこんこんぎつね」を4パートに分かれて通して歌ってしまったのですよ。4パートに分かれてハモるだけではなく、ピアノ伴奏なしのアカペラで…です♪
「あさやけのこんこんぎつね」をスタートさせた時点では、嶋田先生は「内匠先生おそいなぁ。どうしちゃったんだろ?早く来てぇ」と思っていて、今日はピアノ伴奏がないことを思い出した時には10時を回っていました。
でも、中途半端(ちゅうとはんぱ)に「あさやけのこんこんぎつね」を中止するわけにはいかないので、そのまま突っ込みました。それで歌えてしまった。これは計算外の「今日の素晴らしい成果」でありました。何回も何回も「いいじゃないですか!」「すごい!ナイスです」と叫んだのは、決してメンバーにお世辞(おせじ)を言っていたわけではありません。そのことを報告しておきます。
「夜明けのイソップ物語」は合唱団が二つに分かれます。で、「あさやけのこんこんぎつね」の練習番号ABCDEとFGHIIJとで役割がひっくり返る…ということは以前のソラノートに書いたとおりです。そのことを、口での説明でもソラノートの文章でもなく歌声で実践(じっせん・実際に行動すること)できたのは非常に大きな成果でした。
後半は、無伴奏アカペラの「三つのわらべうた」です。「一匁一丁」を歌い込みました。歌い込みもしたけれど、初めて歌うメンバーも数名いたので、音取りもしながらです。
ちょっと丁寧にやりすぎたかな。約1時間あったのに最後まで通せませんでした。これは嶋田先生の組み立てが悪い。最初からP12の4段目2小節目までです。
しかし、よくハモりましたねぇ。ソプラノなんか上下に分かれる部分もあったのだけど、そりゃ人数が少なくなる分の響きは薄くなってしまうけど、でも音程はかなり正確でうまく歌えたと思います。
合唱はとにかく正確な音程が必要です。音程がアヤフヤなのにクレッシェンドだフォルテだピアノだなどと表現の練習をしても意味はありません。
まぁ、その音程を正確にするための「発声練習」は必要ですけれども、今日も少しだけ発声練習をしましたが、もしも「音程」と「表現」とを比べたら音程の方が先です。
音程が正確ならハーモニーも美しくなるし、ハーモニーが美しければ練習が楽しくなる。その楽しさの次に「表現」の練習があります。嶋田先生はそう思います。
「夜明けのイソップ物語」も「六つの子守歌」も「三つのわらべうた」も、まだ全曲を通したことはありません。でも、「あさやけのこんこんぎつね」や「一匁一丁」や「おさかなの子守歌」など、ひとつひとつの曲はだいぶ理解が深まってきたようです。これは一人一人のメンバーによって、「だれが」「どの曲の理解を深めているか」はバラバラです。
でも、全てのメンバーが「理解した曲を増やしつつある」ことは確実です。
全てのメンバーが全ての曲をキチンと理解した時、そこから「最高に面白い表現の練習」が始まります。
その時が早く来ますように…。そのために今日も頑張りましたアリガトウ。来週も再来週も、この地道な努力が続きます。
おっと、来週4月6日は「練習見学会」です。楽譜4冊と歌集「歌のひろば」も忘れないで持ってきてくださいね。
今日は本当にありがとう。 -
おさかなの子守歌
【令和6年3月23日(土)】
今日は「おさかなの子守歌」を中心にした練習を考えていました。
しかし、もしも集まったメンバーが7~8人であったならば「空にかいた12の童話」にしようと思っていました。「12の童話」は二部合唱だからです。いやぁ、三部合唱に分かれるということは大変ですね~。
でも、三部合唱を響かせるには十分な人数が集まって、おかげさまで考えていたとおりの練習を組み立てることができました。いやいや、考えていた以上の成果を上げることができたことを、結論として報告しておきます。
「おさかなの子守歌」は今回のプログラムの中で、みんなにとって一番イメージを膨らませることがムズカシイ曲だと思います。「いつもの子守歌」よりも「眠っちゃいけない子守歌」よりもムズカシイと思います。
なに? あんた、さすがに先生だなぁ。そのとおりだぜぇ。よく分かっとる。見直したぜぇ。 だと?
そりゃそうだわさ。276-198などというひっ算を教えようと思った時、クラスの子がどこでどんなふうにツマヅクか、そういうことを毎日考え続けてきたからねぇ。
おやすみなさいおさかな
日が暮れました
おやすみなさいおさかな
夜が来ました
おやすみなさいおさかな
風が吹きます
おやすみなさいおさかな
花が散ります
おやすみなさいおさかな
時が流れて
おやすみなさいおさかな
人が死にます
おやすみなさいおさかな
鐘が鳴ります
おやすみなさいおさかな
もう誰もいない
だから「魚にお休みなさい」と言ったら「日が暮れて」「夜が来て」「人が死んで」「鐘が鳴ったら」「誰もいない」となる。
こういうイメージを「貧そうな(ひんそうな)イメージ」というのであるな。笑えるようなイメージです。
そうではないのです。「おさかな」とは「おじいちゃんおばあちゃん」だと思ってください。
そもそも日本人は「死ぬ」ということを「辛くて」「悲しくて」「暗くて」「いやなもの」という考え方があります。これは日本の文化であり日本人の国民性であって、そう思うのが普通の日本人です。
一方でアメリカやヨーロッパには(全部の国ではありませんが)「死ぬ」ということと「生まれる」ということが全く同じ等価値(とうかち・同じ値打ちがある)である…という考え方(感じ方)があります。
日本人であるメンバーに「そのように思え」と言うつもりはありませんが、「なるほど。そういう考え方や感じ方もあるんだなぁ」くらいには思ってほしい。そうでなければ他者理解(他の人の気持ちを理解すること)なんかできませんからね。
生きることは死ぬことなのです。まったく同じ意味がある。
これは、どういうことかというと、以前に池辺先生が「空」に来てくださって「六つの子守歌」を指揮してくださった時、今日集まったメンバーのほとんどは生まれていなかったわけです。
生まれていなかった…ということは「この世にいなかった」ということであり、つまり死んでいたことと同じです。
今日のメンバーの○○さんが2010年に生まれていなかったとしましょう。つまりこの世にいなかったわけです。
へんてこりんな話ですが、その○○さんが2090年に死んだとしましょう。〇〇さんは2090年にこの世からいなくなったとします。
日本人は2090年には「〇〇さぁ~ん」と言って泣くんです。
でもねぇ、2010年に「○○さぁ~ん」と言って泣く人はいない。
わかりますか?この感覚。まだ生まれていない人に向かって「○○さんはまだこの世にいないよ~ぅ」と言って泣く人はいないでしょう。
つまり「こちらの世界で死ぬ」ということは「向こうの世界で生まれる」ということであり、同じ値打ちがある。したがって悲しむべきことではなく、むしろ喜ばしいことである…という感じ方です。
「おさかな」は「おじいちゃんおばあちゃん」だとイメージすることが一番分かりやすいでしょうね。
安らかに眠ってね おじいちゃん
お日さまも眠ったよ
安らかに眠ってね おばあちゃん
静かな夜が来たよ
安らかに眠ってね おじいちゃん
あなたがくれた やさしさの風が
安らかに眠ってね おばあちゃん
あなたがくれた 愛の花を揺らしてるよ
おやすみなさい おじいちゃんおばあちゃん
あなたが生きた時は美しく過ぎて
おやすみなさい おじいちゃんおばあちゃん
あなたたちは今 向こうで生まれて
おじいちゃんおばあちゃん
生命の鐘が鳴り響いてる
おじいちゃんおばあちゃん
いっしょには行けなくてごめんね
池辺先生は「おさかなの子守歌」を指揮しながら「明るく!!」「悲しがらないで!」「暗くならないで!!」と何度も何度も繰り返して教えてくださいました。嶋田先生の楽譜にメモが残っているし、何よりも嶋田先生の記憶に鮮明です。
その時には生まれていなかったメンバーが、今、あらためて「おさかなの子守歌」にチャレンジします。
音楽っていいな。すごく感動的です。今日の練習でそう思っていました。
後半は「眠っちゃいけない子守歌」をハモらせてから「風の子守歌」をおさらいしました。本番では
① 思い出の子守歌
② 空と海の子守歌
③ いつもの子守歌
④ おさかなの子守歌
⑤ 眠っちゃいけない子守歌
⑥ 風の子守歌
という順番で歌います。
その ④おさかなの子守歌 ⑤眠っちゃいけない子守歌 ⑥風の子守歌 という順番で歌う「流れ」を作ることができました。
すごいすごい!やったね!! っていう感じでした。ありがとう。大感謝です。
あと、最初に書くべきだったかな。恒川先生が戻ってきてくださり、レギュラー指導者として復活です。
うれしい3月。次回は30日(土)。またガンバロうね♪ -
いつもの子守歌
【令和6年3月16日(土)】
結論から書くと、今日は組曲「六つの子守歌」から①「風の子守歌」②「空と海の子守歌」③「いつもの子守歌」④「思い出の子守歌」の4曲を歌い通しました。かなり乱暴なスピード音取りではありましたが、それでも全員が全部のパートを歌っての話ですから、そのスピードによくぞついてきてくれたと思います。
あっぱれあっぱれ!! ですね。
9時25分くらいから、「六つの子守歌」にするか「夜明けのイソップ物語」にするか、それともアカペラの「三つのわらべうた」を歌うか、はたまた二部合唱の「空にかいた12の童話」を練習するか、迷いに迷っていました。
なぜかというと、どの曲を練習するのかは集まったメンバーの顔ぶれと人数で決まるからです。もしも集まったメンバーが3~4人くらいなら、迷うことなく「空にかいた12の童話」をやります。だって二部合唱だから無理なく歌えるし、音楽に元気があって取り組みやすいからね。
はい、8人。おっ、9人になった。おおぅ12人になった…。おはよう、また入ってきたぞ。
そしてそのメンバーの顔ぶれを見ると…。
そりゃぁ「空にかいた12の童話」なら楽しくハモって遊びみたいな感覚でハーモニーが作れるに決まっとるわさ。だけどなぁ、一見とっつきにくそうな曲も、歌い込んでいくと味わいがあるからなぁ。そのように歌い込むためには「最初の苦しさ」「取りつきにくさ」は克服する必要があるし…。
いろいろなことを考えて、結論は「いつもの子守歌」を中心としたハーモニー作りに取り組むのが最も効率が良いと考えました。今日一日だけの「効率の良さ」ではなく、今後の半年間を見据えての今日、であります。
「いつもの子守歌」は「おさかなの子守歌」「眠っちゃいけない子守歌」と並んで詩の読み取りがムズカシイことは確かです。
大人向きの曲かな…と考える人がいても不思議ではありません。
しかし、嶋田先生は大人にしか分からなくて子どもには分からない曲などというものは存在しないと思います。4年生の教科書に載ってる「ごんぎつね」も2年生の教科書に載ってる「アレクサンダとぜんまいねずみ」にしても、大人が読んでも楽しいし味わい深い。それと同じように高校生の国語の教科書に載ってる「山月記」を小学生が読んだって絶対に分かります。分かりますし面白い。
小学生が「山月記」の面白さを分からないとしたら、それは先生の教え方が悪いのです。小学生の頭が悪いからではない。
それと同じように「いつもの子守歌」が小学生に歌えないとしたら、それは指揮者の教え方が悪いのだと思う。思うし信じています。
誰もいない空に
眠れない鳥が一羽おりました
誰もいない空に
風が吹きます
誰もいない海に
眠れない貝が一つおりました
誰もいない海に
波が寄せます
誰もいない山に
眠れない熊が一頭おりました
誰もいない空に
雨が降ります
誰もいない街に
眠れない子供が一人おりました
誰もいない街に
夜が更けます
いつもいつもいつも
誰もいないどこかに
眠れない誰かがおりました
いつもいつもいつも
誰もいないどこかに
眠れない誰かがおりました
12月16日のソラノートも参照してください。詩は、誰もいない海、誰もいない山、誰もいない街、と歌い、それぞれに貝、熊、子供がいて、それぞれに波が寄せ、雨が降り、夜が更ける、と続きます。
これを、本物の「鳥」「貝」「熊」「子供」をイメージしてちゃダメですよ…と説明しました。
ピアノの前奏からして非常に乾いた冷たい印象の音が響きます。
この響きを「誰もいない真夜中の病院の廊下」をイメージしてください…とも言いました。
うす暗い電気の光だけが廊下を照らす真夜中の病院。なんだかオバケが出てきそうですが、そうではないのです。誰もいないように見えますが、そこには真夜中にもみんなのために働くお医者さんがいるのです。
いつ急病人が運ばれてくるかも分からない、いつ緊急手術が必要な患者さんが救急車で運ばれてくるか分からない、だからお医者さんたちは(もちろん代わりばんこですが)真夜中でも眠らないで働き続けてくれているわけです。
そこに「風が吹きます」と詩は歌うのです。
「風」とは何でしょう。「思いやり」であり「愛」ですよね。
病院だけではありません。警察、消防署、そして原子力発電所の職員さんたち。世の中には、ほとんどの人たちが寝静まった夜の夜中に、脈々と動き続けていてくれる人たちがいるのです。
そのような「存在」に私たちは「支えられて」います。そのことに気付いていますか? と別役実さんは問いかけているわけです。
誰もが眠っている真夜中の病院に
眠らずに働くお医者さんがおりました
静まりかえった病院に
風が吹きます
誰もいない交番に
眠らずに働くおまわりさんがおりました
誰もいない交番に
平和が寄せます
みんなが眠っている原子力発電所に
ずっと起きている職員さんがおりました
職員さんのおかげで
安心安全な生活ができます
みんなが眠っている消防署に
ずっと起きている消防士さんがおりました
消防士さんのおかげで
みんな安心して眠ることができます
いつもいつもいつも
誰もいないどこかに
眠らずに社会を支える誰かがおりました
いつもいつもいつも
誰もいないどこかに
みんなのために働く誰かがおりました
この前後に「風の子守歌」「空と海の子守歌」「思い出の子守歌」をザッと通して歌いました。今日は子守歌づくしで大変だったかもしれませんが、「いつもの子守歌」を通して歌えたのは大きい。
がんばってくれたメンバーに大感謝です。 -
「あこがれ」
【令和6年3月9日(土)】
今日は受験メンバーが戻ってきてくれて、全員「目標達成」とのこと。何よりも嬉しいことです。これからは「空」にとって本当の春です。
父母会の皆さんにもお願いしたいのですが(もちろんメンバーも)、「池辺晋一郎」という人のことをドンドン調べてみてください。
去年一昨年と「新実徳英先生の名前を教科書で見つけました!今、うちの子が使っている教科書の校閲です!すごい人なんだぁ」なんていうLINEが入っていました。
来てくださる作曲家のことについて「その音楽だけにしか興味がない」なんて言ってちゃダメですよ。
今年の9月に81才になられます。日本の作曲界の重鎮中の重鎮。最高峰の作曲家。そんな人がなぜ「空」ごときの子どもの相手をしてくれるのか…。それはそれは、話せば長くなるんだからね。
さて、その池辺先生の音楽を作り上げるために、目標叶った受験生の復帰は心強い。取り上げた曲は「空があるよ」と「寝床」。これはすぐに歌い切ることができました。
次は「ひらいたひらいた」です。以前にも書きましたが、小学1年生の教科書に載っている唱歌で、単純きわまりないメロディー。その単純なメロディーを使って、これほど多様な響きを生み出すアレンジ(編曲)を作り上げる手腕はまさに魔術師です。
メロディーが少しずつ変化していき、しかもそのメロディーを受け持つパートも変化して、音取りは一筋縄ではいきません。久しぶりに来て初めて歌った受験メンバーもビックリしたのではないでしょうか。
しかし、その一筋縄ではいかない練習を支えたのは、これまで地道に練習を積み上げて待っていてくれたメンバーの力です。たったの1時間で「ひらいたひらいた」を最後まで歌い通すことができました。それも全員が全部のパートを歌ってみた上でのハーモニーですからね。ソプラノは音楽室で、アルトは保健室に行って音取りしてきてくださいなんていう方法とは次元がちがう方法です。
池辺先生独特のハーモニーと日本に古来から伝わる和声と、それを音取りしながら理解するためには、自分のパートしか練習しないなんていう方法はお話になりません。今日もきわめて効率の良い練習を積み上げることができたと思います。
後半は「あこがれ」。この「空にかいた12の童話」の12曲目にだけ「もし、」がついていない理由を説明しました。
本当は1~11曲目までを全部歌った後で説明するべき話なのですが、それをやっていては3ヶ月かかってしまいます。だからあえて最初に話をしました。これまでにもソラノートに書きましたから繰り返しません。
でも少なくとも、池辺先生が
「どうして「あこがれ」にだけ「もし、」がついていないのでしょう?」
なんてクイズを出されたりしたら、全員がパッと手を上げてほしいものです。そうできる合唱団にならなくてはいけません。
「あこがれ」も音取りは30分もかかりませんでした。
でも、今書いたとおり、「あこがれ」ほど歌っているメンバーのイメージが膨らんでいないとカラッポになってしまう音楽はありません。シューベルトもベートーヴェンも歌ってきた嶋田先生ですが、正しい音程で美しいハーモニーを作って歌詞を正確に歌えば完全に100点という音楽はあります。あって良いし無くてはならない。そういう音楽は必要です。
その逆に、歌っているメンバーのイメージが、正しい音程よりも美しいハーモニーよりも正確な歌詞の発音よりも、何よりも優先される音楽も確かに存在する。「白いうた青いうた」はその典型ですし湯山先生の多くの楽曲もしかり。
ですが、その経験を踏まえても、「あこがれ」以上にイメージが必要な曲を嶋田先生は知りません。
音取り自体は30分で終わりましたが、本当の勝負はこれからです♪
残りの時間は「もし、物語の主人公のともだちになれたら」を歌いましたが、この曲も最初から最後まで全部のパートを歌ってから歌い通してしまったことを報告しておきます。
今日も、みなさんの努力と集中力に感謝でした。 -
眠っちゃいけない子守歌
【令和6年3月2日(土)】
3月に入りました。今日も何人かの受験メンバーが戻ってきてくれました。もうすぐ、もう少しです。健闘を祈っています。どうかがんばってください。みんなで力を合わせて歌える季節はもうすぐです。
さて、今日は合唱団「空」始まって以来の「ドーナツ会」という催しが行われました。練習時間をやりくりして時間を作り出して「みんなでドーナツを食べてゲームをしよう」という、誰が考えたのかは知りませんが(笑)ナイスな企画です。
みんなはドーナツを食べたかったのでしょう(笑)。けっこう多くのメンバーが集まって和気藹々(わきあいあい)。多くのメンバーが集まってくれたおかげで練習も熱いハーモニーを響かせることができ、とても良かったと思います。
ドーナツでメンバーが集まるのなら、次は「シュークリーム会」でその次は「ショートケーキ会」で、毎週「なんとか会」にしても良いかなぁ…などと考えていた嶋田先生でした。
なに? オレらは歌いたいから練習に行ったんだ!!バカにするな!!! だと?
失礼しました。あんたが一生懸命に歌っていたことは、嶋田先生がいちばんよく知っていますって。
で、「ドーナツ会」までの90分、まずは発声練習をかねて「空があるよ」と「寝床」。今日が初見だというメンバーもシッカリと音取りができてとっても良かったです。
そして「六つの子守歌」から「眠っちゃいけない子守歌」の音取り。この3曲は、全部のパートを全員が歌ってハモらせて最初から最後まで歌い通しました。
次の「いつもの子守歌」は、さすがに時間が迫ってきて最後まで通すことはできませんでしたが、半分くらいは全員が全部のパート歌うことができました。
いずれにしても、やはり人数が多いと声の響きが充実して、お互いがお互いの声で支え合ってお互いに進歩することができます。今日はその見本のような響きでした♪
今日の練習で言いかけていましたが(半分くらい言いました)、おそらく「眠っちゃいけない子守歌」と「いつもの子守歌」そして「おさかなの子守歌」あたりが、みんなにとって最もイメージを浮かべにくい曲になるかと思います。
この3曲に比べたら「空があるよ」にしても「寝床」にしても、そして「うたにつばさがあれば」にしても非常に分かりやすいですよね。
だからイメージの持ち方の話をして、「眠っちゃいけない子守歌」については話ができましたが、「いつもの子守歌」に関しては予定していた話ができませんでした。また次回の宿題です。
同じ話を何度もしていては2回も3回も「眠っちゃいけない子守歌」の話を聞く子ができてしまうので、今日は「眠っちゃいけない子守歌」のイメージを書いて終わりにします。
眠っちゃいけない坊や
目をつむっちゃいけない
どんなに夜が重くても
どんなに思い出が哀しくても
眠っちゃいけない坊や
おきてなきゃいけない
眠る子には星も見えないし
眠る子には月も見えない
眠っちゃいけない坊や
目をつむっちゃいけない
どんなに夜が暗くても
どんなにおはなしがこわくても
眠っちゃいけない坊や
おきてなきゃいけない
眠る子には夜も見えないし
眠る子には夢も見えない
この「眠っちゃいけない子守歌」という曲名そのものが、非常に逆説的(ぎゃくせつてき・意味が反対ということ)ですね。「おいしいものはマズイ」と言ってるようなものです。
では「眠っちゃいけない坊や」とは、どういうことなのでしょうか。結論を書けば「見て見ぬふりをしていてはいけない」「悪に対して知らん顔をしていてはいけない」という意味だと思います。
ウクライナやイスラエルで起こっている悪、つまり戦争というものを直視したとしても何の力にもなれない嶋田先生ですが、みんなの身の回りにある身近な話としては「いじめ」がありますね。
教室で「いじめ」があったとします。そこで正面を切って「それはいけない」と手を上げることはとっても勇気がいります。みんなにも多かれ少なかれ経験があるでしょう。
しかし、目を背け(そむけ)てはいけない。知らん顔をしていてはいけないのです。
教室で起きる「悪」に対して知らん顔をしていたら、自分自身の「正義」が薄れ、汚れてしまい、けっきょくは自分自身も「悪」に加担しているのと同じことになってしまいます。そのような人に「愛」や「思いやり」は「命」を語る資格は無くなっていきます。
「眠っちゃいけない子守歌」は、端的にそのことを語っています。
知らん顔をしていてはいけない
目を背けていてはいけない
どんなに教室の雰囲気が重くなっても
どんなに思い出が哀しくなっても
戦わなくてはならない
勇気を出さなくてはいけない
知らん顔をする子には星(愛)も見えないし
見て見ぬ見ぬふりをする子には月(正義)も見えない
知らん顔をしていてはいけない
目を背けていてはいけない
どんなに教室の雰囲気が暗くなっても
どんなに話し合いが怖くなっても
戦わなくてはならない
勇気を出さなくてはいけない
知らん顔をする子には夜(しずけさ・やすらぎ)も見えないし
見て見ぬ見ぬふりをする子には夢(将来の夢)も見えない -
三つの大仕事
【令和6年2月24日(土)】
受験シーズンも終盤を迎え、受験メンバーは勝負の時ですね。何の力にもなれない嶋田先生ですが健闘を祈っています。どうかがんばってください。
さて、今日は三つの大仕事をなしとげることができました♪その要因は恒川先生がサプライズで練習に来てくれたことが大きかった。まずは大感謝です。
で、恒川先生に発声のポイントを交えながら「COSMOS」の指導をしてもらいました。最初は嶋田先生が指揮して歌って、恒川先生に聴いてもらいました。
その時に嶋田先生が言ったことは
○「君の温もりは」とか「宇宙が燃えていた」などの「歌詞のスタートが分かれる部分」を、ソプラノもアルトもハッキリと発音してください。
という問題点でした。
で、恒川先生に交代してもらったのですが、横でみんなの歌声を聴いていると、自分が指示した問題点がだんだんとクリアされていくのですよ♪恒川先生がみんなにどんなヒントを投げかけていたか、よく聞いていなかったので詳しいことは分かりませんが、とにかく「COSMOS」の歌声がレベルアップして高まっていったことは耳に残っています。間違いありません。今日の大仕事の一つ目でした。
恒川先生、ありがとうございました。
なに? おみゃーは指揮者のくせに、おれらが練習している時にボケーッと聞いとったのか? だと?
ごめんごめん。みんなの歌声を聴きながら仕事をしていたのですよ。
今日の大仕事の二つ目は、第28回定期演奏会に向けての新しいパートを暫定的に決めたことです。だから今日はまず、集まったメンバーに「パート希望アンケート用紙」を配って書いてもらいました。
暫定的っていうのは「ざんていてき」と読むんだよ。そして意味は「これで良いか、とりあえず試してみる」っていう意味だからね。
集まったアンケート用紙の中身を確認しながら並べていました。でも、アンケート用紙の回答は今日集まったメンバーの分しかありません。だから今日いないメンバーのパートは「とりあえず去年どこのパートを歌っていたか」を参考にして、同時に「この子にはこのパートをお願いしてみよう」という嶋田先生の考えも織り込みながら「暫定的な新しいパート」を組んでみたのです。
もちろん今日いなかったメンバーには来た時にアンケートに答えてもらって、少しずつ修正をしていきます。
みんなの歌声を聴きながらその作業を進めていたので、歌声の進歩は分かったけれども恒川先生の細かい指示まではくわしく分からんかった…というわけざます。
というわけで、とりあえず新しいパートをメンバーに示して、それでメインの練習に突入したわけですね。
で、これには理由があります。
それは、全員で全部のパートを全部歌いながらハーモニーの感覚を高めていくっていう方法は絶対に「みんなが上手になる」ことは間違いないので、4月くらいまでこの方法を続けても良いんだけれども、池辺先生の「風の子守歌」や「三つのわらべうた」、特に「夜明けのイソップ物語」を練習する時に「自分のパート」が決まっていない…というのはチョット効率がヨロシクない。それが理由です。
特に「夜明けのイソップ物語」は合唱団をAとBの二つに分けて、さらにAもBもソプラノとアルトに分けなければならないので、みんなが「最終的に自分がどこを歌うのか」を分かっていないと効率がヨロシクない。
そういうわけなのでありました♪
三つ目の大仕事はですね、これはちょっとビックリなのですけれども、パートを決めた後の練習で、なんと「おさかなの子守歌」と「眠っちゃいけない子守歌」の2曲を、最初から最後までハモって歌い通してしまった…ということです。
この2曲は今まで少し練習したことがあるのですが今日初見だったメンバーも多いです。そして、その少し練習した時にいたメンバーは分かると思いますが、「COSMOS」みたいにひょいひょいと歌える曲ではありません。
やはり「自分のパート」が決まると本気度も高まるのですかねぇ。1時間弱で2曲を最初から最後まで…ですよ。
嶋田先生としては「おさかなの子守歌」1曲できれば…という予定でしたので、今日集まったメンバーは2回分の練習をこなして帰っていったことになります。
いやぁ、気持ちがよかったねぇ。青空の下をルンルン気分でフェールマミを後にした嶋田先生でした。