カテゴリー: 練習日記

  • ウイークデー練習1回目

    【令和4年8月2日(火)】
    今日は合唱団「空」始まって以来のウイークデー練習でした。その第1回目。
    本当は嶋田先生が退職したらすぐにでも開始しようと思っていたのですが、退職した時にはコロナが始まっていて学校は日本中が休校でした。当然「空」も練習自粛。去年も定期演奏会が延期になって10月から1月になってました。だから、やっと今年からスタートすることができたわけなんです。
    とは言え、今もコロナは真っ盛り。それでも最大限の注意を払って合宿は予定どおりに実施できそうでホッとしています。何よりも青年の家の配慮で6人部屋には3人まで、4人部屋には2人まで…というのが大きい。たくさんある部屋が使い放題ということです♪

    おっと、話がそれました。
    今日のウイークデー練習は予備日ということにしてあって、集まってくれたメンバーの顔ぶれを見て何を練習するか決めました。
    結論は「ことばあそびうた」です。しかも、ほぼほぼ「やんま」に集中した練習になりました。
    多いとは言えないメンバーでしたが「目標とするハーモニー」が出てきます。
    「おぉっ、良い良い。その音だ」とニコニコ顔でホメました。
    高校生くらいになると、先生が「本気で「良い」と言っているのか」あるいは「ホントはたいしたことがないのに「ウソで良い」とホメている」のか、そのくらいは見破ることができるでしょう。
    1年生の担任だった時は確かに「ウソでホメ」ました。ホントは上手でも何でもないのに「じょ~ずだねぇ」と頭を撫でる。ある子はその時に「はぁはぁはぁ」と息が荒い。泣きそうな顔で。「センセイがボクの字をホメてくれた」という嬉しさで舞い上がって真っ赤な顔になっているのでした。こうして1年生は本当に上手になっていくのです。
    「空」にそのようなホメコトバは通用しない。
    しかし今日、先生が「おぉ、その音だ」とホメたのは本気でした。
    そりゃぁ人数が少ないから響きはうすいです。圧倒的に客席を揺るがすような響きではありません。
    先生がホメたのは、その少ない人数でも(響きはうすくても)ちゃんとハモっていたからです。で、全員が揃ったらどのような厚みのあるハーモニーが生まれるか、それがハッキリと分かるハーモニーだったから嬉しかったのです。
    いわば本番の日の午前中のリハーサルで、人数を半分に分けてAとBのグループを作り、Aグループだけで歌ってみる。あるいはBグループだけで歌ってみる。こういうことをやったのと同じです。その時にどういうことになるかというと、人数が半分になった分だけ響きはうすくなるでしょう。
    今日の響きはねぇ、たしかに難しいハーモニーで難しいリズムで大変だったでしょうけれど、方向性は正しかったですよ。一人一人が相当に正確な音程で歌えるようになっていました。だから「目標とするハーモニー」が出たと書いたわけなんです。
    「やんま」のポイントを一言で書けば
    ○言葉のズレ
    でしょうね。全部のパートが揃って同じ言葉を同じリズムで歌う部分は2ヶ所しかありません。P6の2段目「たんまもいわず あさまのかなた」とP8の3段目「まんまとにげた ぐんまのやんま たんまもいわず」の2ヶ所です。この2ヶ所は両方とも平行音です。音の高さが違うだけで同じメロディーになっていることを確認してくださいませ♪
    あとは言葉のズレ。そこをクリアすれば大丈夫です。集中力を持ってガンバリましょう。

    今日は「だって」も歌いましたので、ポイントを記しておきます。
    P10からP12の1段目をAとして、P12の2段目からP14の2段目「あったって」までをBとしましょう。このAとBは同じ構造です。
    A(P10の1段目~2段目の3小節目)B(P12の2段目~3段目の4小節目)はソとシとファでぶつかる平行音
    A(P10の2段目の4小節目~P11の1段目)B(P12の3段目の5小節目~P13の2段目の2小節目)はドファラとレソシのハーモニー
    A(P11の2段目の1小節目)B(P13の2段目の3小節目)はレとファのオクターブ
    A(P11の2段目の4小節目~3段目の2小節目)B(P13の3段目~3段目の5小節目)はレとソだけ
    A(P11の3段目の3小節目「たってたって」~)B(P13の3段目の6小節目「ばったとって」~)はレソシで始まる平行音
    そしてP14の2段目からのアカペラのハミングから最後までがCの部分。
    実に単純な構造です。

    「ことばあそびうた」の言葉のズレは確かに大変です。「かぞえうた」にも同じ課題があります。やはり音源を聴くことが必要でしょう。
    ホームページ担当のSさんにお願いをして、近日中に団員専用エリアで「ことばあそびうた」の全曲を(音取り音源ではなく)演奏音源として聴けるようにしていただきますので、しばらくお待ちくださいませ♪

    では、合宿で会いましょう。楽しみにしています。

  • 大誤算!! 9曲歌っちゃった♪

    【令和4年7月30日(土)】
    今日は久しぶりに曲集「サウンド・オヴ・ミュージック」を歌いました。
    結論を記すと4曲目「サウンド・オヴ・ミュージック」以外の9曲(「もうすぐ17歳」を除きます)を全て歌うことができました。これは恐るべきスピードです。休憩を除くと2時間15分くらいの練習時間で9曲ですから1曲につき15分…ということになります。うれしい大誤算…と言えます。
    嶋田先生の予定では、がんばっても5~6曲を歌えれば大成功。だから8月2日(火)に予定しているウィークデー練習①を「予備日・遅れている曲」ということにしてあり、今日やり残した曲を8月2日に歌おうと計画していたわけです。どうです?周到な計画でしょう?あの計画表はそうそうデタラメに作っているわけではないんざんす。
    そりゃあ今日は1回しか歌わなかった曲もありますよ。「エーデルワイス」とか「さようならごきげんよう」などです。そのような曲は8月2日にも確認が必要でしょう。ですが、そのような曲は曲集「南海譜」にも「火の山の子守歌」にもあります。
    8月2日は何を歌いましょうかねぇ…。今日のメンバーのおかげで、8月2日は本当の意味で「予備日」となりました。

    今日の練習で9曲も歌えたのはなぜか。先生は以下のように分析します。
    第一に、集まったメンバーのパート人数バランスが良かったこと。どこかのパートが一人とか二人とかではハーモニーのバランスが不自然になるので、そこを中心に鍵盤ハーモニカで補助するなどの工夫をしなくてはなりません。今日はアルトやソプラノを中心に鍵盤ハーモニカを吹きましたが、補助がなくてもパート内で協力して音程を支え合うことができていた。たのもしい限りです。
    第二に、YouTubeに上がっている曲集「サウンド・オヴ・ミュージック」の音源をこの1~2ヶ月の間に(つまり「南海譜」「火の山の子守歌」「ことばあそびうた」に取り組んでいた6週間の間に)何回か聴いてくれたメンバーがいた…ということです。
    楽譜を配ってから何回か歌っていました。しかしそれは2月か3月のことです。少なくとも合唱祭の練習に入ってからは1回も歌っていないのです。あるいは第22回定期演奏会で一度歌っているメンバーもいるのですが、それは4年前の話です。
    今日の練習がパッパッと進んだのは、この1~2ヶ月の間にYouTube音源を何回か聴いてくれたメンバーがいたとしか考えられない。やはり「聴くことは大切」です。

    では、今日歌った曲のポイントを記しておきます。

    「グレゴリオ聖歌」について
    この曲は拍子がありません。3拍子でも4拍子でもない。拍子の音楽ではないのです。
    たとえば1段目を無理矢理に拍子で表すと1小節目は5.5拍子、2小節目は4拍子になります。6段目の1小節目は7.5拍子、2小節目は6拍子でフェルマータですね。
    日本のキリスト教会には必ず「典礼聖歌」という曲集本が置いてあり、信者の人は自由に借りて歌うことができます。その中の「アレルヤ」という曲には全音符が一つあるだけで、その全音符に1番は「神を」という歌詞がついています。つまりヒラガナ3つ分。ところが2番の全音符には「神の右の手は高く」というヒラガナ11個分の歌詞がついていて、3番には「家つくりの捨てた」9つ分の歌詞になっています。
    ヒラガナ3個・11個・9個を同じ時間内に歌うことは不可能で、つまり1番・2番・3番で全て時間の長さが変わります。「グレゴリオ聖歌」も同じでイチニイサンシイという音楽ではない…ということを頭に入れておいてください。

    「朝の讃美歌」について
    この曲はとにかく聴き合うこと。正しい音程さえ決めれば天国のようなハーモニーが生まれます。
    ここでは歌詞の意味を記しておきます。
    Rex admirabills
     (不思議な力をもつ王 キリスト)
    Et triumphator nobills
     (あなたは人々に高貴な快楽をもたらす)
    Dulcedo ineffabills ineffabills
     (おお 言葉にならない喜び)
    Totus desiderabilis
     (全ての願いがかなえられる)
    Totus desiderabills
     (全人類の願いがかなえられる)

    「ハレルヤ」について
    第2パート(メゾソプラノ上)は最初の2小節で第1パートを歌います。第3パートと第4パートにある全休符の小節は楽譜どおりに休みます。
    第1パート(ソプラノ)の最後の2小節の「最高音ラ」は省略します。
    「朝の讃美歌」と「ハレルヤ」の第2パートはソプラノのメンバーも歌えるようにしてください。「メゾソプラノ上の子に任せた」なんて言ってちゃダメ。同じく第3パートもアルトのメンバーでカバーできるようにしてください。
    全員が揃っていないとパートバランスの決定版が作れないのです。そこは理解してください。

    「私のお気に入り」について
    24小節目29小節目の「Bun」は78小節目82小節目の「Ran」と同じ形にします。四分音符を一つ書き加えておいてください。

    「ドレミの歌」について
    やたらに空白の小節が多いです。最初のページはソプラノだけが歌うようになっていますが、そんなことをしていては「資源の無駄」です。メゾソプラノとアルトの優秀なメンバーを加えて全員で歌います。以下、全ての空白部分を全部歌ってください。
    「ドレミの歌」はとにかくリズムに乗って元気よく生き生きとした躍動感がほしいです。

    「ひとりぼっちの羊飼い」について
    この楽譜はオリジナルの楽譜の歌詞(オリジナルは歌いにくいので)を修正して嶋田先生が書き直した楽譜です。ユニゾン(斉唱)の部分はソプラノパートだけに書いてあります。二部合唱になる部分はソプラノパートとメゾソプラノパートに書きました。三部合唱になる部分だけアルトパートに書いてあります。
    30~34小節目を見てください。
    ソプラノメンバーはソプラノパートを歌うからカンタンです。
    メゾソプラノ上の子は30~32小節目はソプラノパートを歌いますが33~34小節目はメゾソプラノパートになります。
    メゾソプラノ下の子はずっとメゾソプラノパートを歌います。
    アルトメンバーは30~32小節目はメゾソプラノパートを歌いますが33~34小節目はアルトパートになります。
    読んで分からない人は大きいお兄さんかお姉さんに聞きましょう。どうせ先生には聞きにきてくんないだろうからね。
    なに? あんた良く分かっとるがや だと? フンっ!!!

    「エーデルワイス」について
    みんなが歌いたいように歌えばよろしい。先生はテンポと強弱をコントロールすることのみに集中します。
    ただし、そのためには一人一人がイメージを持っていて「このように歌いたい」という思いを持っていることが絶対に必要です。

    「さようならごきげんよう」について
    他の曲にもありますが「さようならごきげんよう」にはソロの指定が多いです。SoloとかSolo or Soliと書いてあります。これは全て無視して全て全員で歌います。ソロは作らない。
    「サウンド・オヴ・ミュージック」をプログラムに入れる場合、衣装を作って着たりセリフを入れたり芝居みたいな動きを入れたりするアイデアが出てきますが、これは全てやらない。今回の「空」は完全にメロディーとハーモニーで勝負します。芝居が見たいお客さんは劇場か映画館に行ってもらいましょう。とにかく合唱曲としての表現勝負。
    それを達成するためには、たとえば練習番号Bの部分を「どの登場人物が歌っているか」をメンバー全員が知っていて、その登場人物の性格や声をイメージできていることが絶対に必要です。一人二役じゃなくて一人で三役も四役もこなす「声の表現力」が求められます。

    「すべての山に登れ」について
    P86下の段の3小節目のソプラノは二つに分かれて「ミ」と「シ」になっていますが「シ」だけにします。「ミ」はメゾソプラノのメンバーに任せましょう。
    次のP87からはソプラノとアルトがオクターブ(高いメロディーと低いメロディー)になってメゾソプラノが二つに分かれてハモりを作ります。ソプラノが上のパンでアルトが下のパンでメゾ上がハムでメゾ下がタマゴという見本のような構造です。
    サンドイッチはハムとタマゴが味の決め手です。
    なに? あんた何が言いたいんじゃ?料理教室のハナシかよぅ だと?
    分かったワカッタ。つまりですね、ソプラノメンバーはメゾ上も歌えるようにしておいてくれ! アルトメンバーはメゾ下も歌えるようにしておいてくれぃ! ということだわさ。
    フィナーレのハーモニーは分厚いのでバランスが大切になります。最終的なバランス調整は全員が揃わんと分からん。早くても本番の1ヶ月前、ヘタすりゃ前日になるまで分からん…ということが有り得ます。
    ヨロシクね。

    次の練習は8月2日の火曜日だよ~ん。合唱団「空」始まって以来のウイークデー練習だぁ。よろしくね。

  • 歌った曲のワンポイントアドバイス

    【令和4年7月23日(土)】
    夏休みに入りました。楽しく充実した夏休みになりますように…と思うのですがコロナが心配ですね。お互いに気を付けて過ごしていけますように…と祈るような気持ちです。

    さて、今日も曲集「火の山の子守歌」です。結論を先に書けば最初から最後までハモらせることができたのが「夢幻」「傘もなく」「ぼくという名のひとりの3曲。その他に「落葉」「夏のデッサン」「春」の3曲を部分的に練習しました。
    先週と今日で曲集の8曲を全部ひととおり歌うことができました。
    来週30日(土)は曲集「サウンド・オヴ・ミュージック」を練習し(4曲目以外の曲をガンバリたいね)、夏休み中に5回設定した「ウイークデー練習」の1回目を8月2日(火)に行います。8月2日は予備日としてありますからその時点で一番不安な曲(遅れている曲)をサポートします。楽譜はいつも全部持ってきてくださいね。

    「夢幻」について
    メロディーパート以外で作るハーモニーは基本的には同じです。つまりソ(メゾ)と高いレ(ソプラノ)、低いソ(アルト)とレ(メゾ)。
    今日はやりませんでしたがP12の2段目「ふたつの水」からアクセント・マルカート・クレシェンド・フォルテ・モルトが付いていて、すごく巨大で激しくて熱い表現になります。
    曲の最後の「羊歯のゆめ」ですが、シダという植物の花言葉は「夢」ですから、「羊歯のゆめ」とは「夢のまた夢」という意味になります♪
    「傘もなく」について
    最初のソプラノとメゾソプラノは斉唱(ユニゾン)でアルトはハミングですが同じメロディーです。エコーと考えるべきでしょう。
    P16の3段目の4小節目から強烈なハーモニーになります。連続で半音がブツかるのですが、ここは全員がアルトの「この手の くぼみに しずくを ためよう」を知っていれば大丈夫。カンタンです♪
    P18から始まる長大な「lu la lu la lu」は1本の長いメロディーです。だからソプラノとアルトを合体させたメロディーを全員が知っていれば(歌えれば)大丈夫。カンタンです♪
    「落葉」について
    P22の2段目は半音+半音のウルトラ不協和音ですが、パート内で声を聴き合えば大丈夫。カンタンです♪今日も素晴らしい不協和音を響かせることができました。
    歌詞の「秋がくる」「落葉ふる」ですが、大人の感覚なら「人生の半分過ぎ」「生命がどんどんなくなってゆく」という意味でしょう。しかし小学生の感覚なら「小学校生活も半分過ぎちゃった(つまり4年生になった)」「みんな卒業していなくなっちゃう。そのうちに自分も…」という意味ととらえて良いと思います。ほかに美しいイメージが浮かんだら教えてください。
    「夏のデッサン」について
    P29からのオルゴールの部分ですが、とにかく1本のメロディーラインということを忘れないように。全部つないで歌えるようにするのがスタートラインです。
    P30の3段目の2小節目のアルトとP31の2段目の3小節目のメゾソプラノ・アルトだけメロディーではなくハーモニーを作ります。
    「ぼくという名のひとり」について
    メゾソプラノが二つに分かれる部分が多いので人数バランスに工夫が必要です。それは先生の仕事です。みんなの仕事は…と言うと、特にソプラノのメンバーは(たとえばP33の2段目~3段目)時々メゾソプラノ上に変身することができるようにしてください。
    それにしても今日はP35の3段目を非常に柔らかくて美しい響きでキレイにハモらせることができました。
    歌詞の「ひょろながい きざな子が」「たびずきな ばかな子が」とは、いずれも「もう一人の自分が」という意味だと思います。「もう一人の自分」とは「自分の心をすべて知っていて、自分の良い考えもイケナイ考えも正直な心もエッチな心も全て知っている、自分が本当はやりたくてもやれないことを全て実行する自分」だと思いますが、みなさんはどう思いますか?
    「春」について
    この曲は(たとえば「富士山」とか「春の小川」のような)明確なメロディーではないので、ハーモニーの音楽です。早い話が全員が全てのパートを知っていると上手く歌える見本のような曲。
    だから今度練習する時にも2小節ずつハモらせていきましょう。「眠らぬ恋よ」だけでハーモニーを作ってみる。以下「谷間のつらら」だけ、「とけても炎」だけでハーモニーを作っていきます。メンドクサイようですが一番の近道になるはずです。

    以上のようなことを頭の中に入れてホームページの団員専用エリアにある音源を聴いてみると良いと思います。今日休まなくてはならなかったメンバーは短い時間で追いつけるでしょうし、今日歌ってみたメンバーはさらに理解が進むことと思います。
    本番まで残り3ヶ月。そのような地道な努力をすこしずつ積み重ねていきましょう。
    来週は曲集「サウンド・オヴ・ミュージック」です♪

  • 「南海譜」イメージ

    くれぐれも確認しておきますが、これは嶋田先生のイメージです。
    合唱団「空」のメンバーに「このように思え」という意味ではありません。
    そうではなくて、嶋田先生のイメージをヒントにして、自分自身のイメージを膨らませることのできる子になってください…というのが願いです。
    みんなの心の中に、もっともっと豊かでステキなイメージが拡がり、膨らんでいってくれることを心から願っています。


    女声合唱とピアノのための「南海譜」

    1 海

     一
    この世は ふたつの
    手品を してみせる
    わたしの 腕から
    沖へにげだす島
    あなたの あしもと
    うごかなくなる虹

     二
    この世は ふたつの
    飾りを つけている
    わたしの 首には
    サンゴがうまれる波
    あなたの 髪には
    人魚がこぼした砂

    【イメージ】
      一
     神様は 二つの
     不思議な奇跡を 起こしました
     私の 人生から
     故郷を奪い取った(でもそのかわりに)
     あなたの 愛の中に
     不滅の希望があるのよ

      二
     神様は 二つの
     祝福を 私たちにくださった
     私には
     新しい生命(赤ちゃん)を
     あなたには
     人魚のような尊い愛を…

    ※何が「私の人生から故郷(島)を奪い取った」のか…。それは分かりませんが肉体も故郷をも超えた「不滅の愛」をイメージします。
    ※曲集「火の山の子守歌」の「落葉」でも触れましたが、「海」には「母」の象徴という意味があります。
    ※三好達治の詩集『測量船』に「郷愁」という詩があります。
     (部分の抜き出し)
      海よ 僕らの使う文字では
      お前の中に 母がいる
      そして母よ フランス人の言葉では
      あなたの中に 海がある
    ※漢字では「海」は「母」を含み、フランス語の「母」「mere」は「海」「mer」を含んでいます。まさに「母」に対する永遠に続く「郷愁」です。
    ※谷川雁の「海」も「母」「お母さん」と考えると、自分自身が「母」になった喜びと、「あなた」との永遠不滅の愛…というテーマが込められているような気がしてなりません。 


    2 鳥舟

     一
    荒れし園の春 さぎの羽ひとひら
    旅びとのごと 水のうへめぐりぬ
    「つつましき世の ものがたりをせずや」
    ほほゑみしよ 青ざめしよ
    「かのふねのをかしき いつの日にか
    われ君が手に とらはれむしるしぞ」
    忘れじ このとき 立ちたるそよかぜ

     二
    かなた野のはてに 音もなきいなづま
    罪知るがごと ばらの庭かがやく
    「あすよりははや いくさびとのわれぞ」
    うなだれしか 震へりしか
    「いまあけしとびらを いかで閉ぢむ
    とく帰りませ しろきふね待てばや」
    忘れじ かのとき ゆれしはさざなみ

    【イメージ】
      一
     荒れ狂う運命の出発(たびだち)は 風に舞い狂う鷺の羽が
     湖水に落ちてさまようように 運命に抗えぬ旅人 
     控えめなこの世の 有様を物語ろう
     ほほえみ そして青ざめる
     あの美しい棺桶は いつの日か
     私が運命の魔の手に とらえられた証拠だ
     私は戦争に行く この時に私のホホをなぐさめる微風を忘れない

      二
     遠く野の果てに光る稲妻のように
     人を殺しに行こうとする罪を知るかのようにバラが庭で輝く
     明日からは もう 戦人になる私
     首は項垂れ 身は震え
     今 開いた運命を どのように閉じようか
     はやくあの世へ帰るのだ 白い棺桶を待って
     私は戦争に行く この時に揺れる湖のさざ波を忘れない

    ※「さぎの羽」を「天からの運命」と読み、さらに「召集令状」(戦争に行けという命令)とイメージします。
    ※「つつましき」とは「控えめ」「しとやか」という意味です。
    ※「をかしき」とは「風情がある」「美しい」「魅力的」という意味です。
    ※「ふね」を「棺桶(かんおけ)」とイメージします。亡くなった天皇を棺桶に入れる儀式を「お舟入り」と呼びます。


    3 ぶどう摘み

    だれのために ぶどう摘むの
    だれのせいで 四角な露

    だれのために はさみ鳴らす
    だれのせいで みどりの虹

    篭をだけば すあしの道
    ひとつぶ 愛はこぼれ

    かわく土で ことば持たぬ
    種子になる 炎あげて

    だれのために けさもひとり
    青いぶどう 摘むの摘むの

    【イメージ】
     天国へ行ってしまったあなたのために 私はブドウを取り入れる(生き続ける)
     天国へ行ってしまったあなたのせいで 悲しみに歪むほどの涙を流した

     天国へ行ってしまったあなたのために 私はブドウを取り入れる(生き続ける)
     天国へ行ってしまったあなたのせいで 虹の色も分からないくらい涙を流した

     でも ブドウ篭を抱けば あなたと歩いたあぜ道に
     あなたの愛が ただよっていて

     ブドウ畑に あなたの声は聞こえないけれど
     あなたが残した新しい生命が 私の中に宿り

     だから私は あなたのために 今日も
     わたしたちに授かった赤ちゃんを育て そして見守るの

    ※「四角な露」を「悲しみで歪んだ涙」とイメージします。
    ※「だれのために」は「いなくなってしまったあなた」で良いと思いますが、嶋田先生はもっと強烈に「死んでしまったあなた」とイメージします。
    ※やはり「永遠の愛」「不滅の愛」です。


    4 なまずのふろや

     一
    なまずこのほど ふろやを はじめた
    あおい月でる 波のおとする
    蛙の親子 みずかき ごしごし
    けさのテストは 5足す3 4掛け2
    しくじった めっちゃくちゃ うき世は くらいな
    どじょうが 死んだなら 蛍どんになぁれ
    蛙咳して まいいさ ぴんとこしょ
    金もはらわず けろけろ おやすみ

     二
    なまず得意で ひげづら ぴくぴく
    とおい山から おめあての客
    からすの娘 ぽっかぽか しっとりと
    髪をなでなで ロシヤが 見たいわ
    あら待って すっからかん うき世は つらいな
    なまずが 死んだなら 泥亀になぁれ
    おやじぷるぷる ふるえて けしからん
    ぐらりもくもく ふろやは おしまい

    ※この詩はおとぎ話です。読んだままのイメージが、そのまま詩の世界になります。


    5 いでそよ人を

     一
    笹原には 声がないと
    見わたすとき ひるがえる白
    こころの裏 風すきとおり
    谷をうめて ゆれる文字は
    いでそよ人を 忘れやはする

     二
    あて名なしの うすい手紙
    おいてきたか 封もしないで
    夜がくれば ながれぼし読む
    露にとけた 墨の文字は
    いでそよ人を 忘れやはする

    【イメージ】
      一
     ここにはもう あなたの声は聞こえない
     あなたの姿を求めて探す時 空には雲が流れるだけ
     私の心の裏側を 風が通り抜け
     風が運んできた 見えないあなたの手紙
     あなたのことを 私は決して忘れない

      二
     その見えない手紙には もちろん宛名はなく
     あなたの(実際の)手紙は 戦場に残されたまま  
     でも私には分かるの 流れ星が見えるように
     戦場で砕け散った手紙に 何が書かれていたのかを…
     あなたのことを 私は決して忘れない

    【百人一首 58番】に
     有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする
    という和歌があります。
    有馬山に近い猪名の笹原に風が吹くと、そよそよと音を立てるように、あなたのことを忘れることは決してありません。
    という意味です。
    ※「有馬山」は、現在の兵庫県神戸市北区有馬町にある山のことです。
    ※「猪名(いな)の笹原」は、兵庫県川西市、伊丹市、尼崎市辺りです。
    ※「いで」は、「さぁ」「いやはや」「まったく」という意味。「そよ」は、「そうだよ」という意味です。
    ※「人を忘れやはする」は、「どうしてあなたを忘れることができるでしょうか」と訳します。
    ※なぜ「あなた」はいなくなってしまったのか…。嶋田先生は「戦争」をイメージします。


    6 砂よ

    あなたが忘れた 時計の音に
    わたしのあなたの わたしをさがす

    星座盤をまわせば きえる月の光
    殻のない貝になる 珊瑚樹の雨

    うつろな木の根 のぼった蝉は
    十日のいのちを 知らず燃えた

    よじれるこころの 糸まきたぐり
    とけない謎とく 耳鳴りうなり

    この部屋どこ 影はだれ
    都に鐘など きこえはしない

    わたしは何
    からから さらさら
    砂よ

    【イメージ】
     あなたが(この世に)残した時計が時を刻んでいる
     私の大切なあなたの あなたの心の中にいるはずの私

     世界を力で回そうとすれば 希望も生命の失われるのに
    (世界の人々を)全てを失う人にする 爆弾の雨 

    「戦争」という意味も無い目的に向かったあなたは
     何の意味も無い生命となって燃え尽きた

     もだえ苦しむ心を たぐり寄せ
     答えの無い謎(戦争の目的)を解こうとする 絶望が頭に鳴り響き

     ここはどこ? あなたはだれ?
     街から 時(歴史・文化なども)は消え去った

     私は何のために生きるの?
     空しく意味の無い時を刻む砂時計?
     その中の砂の一粒 それが私?

    ※珊瑚樹の葉は褐緑→褐色へ、実は鮮やかな赤→青黒へと色を変化させます。これは事実。
    ※だから「珊瑚樹の雨」を「変化させる雨」と考え、「人間の時間を平和から地獄へ、安らぎから苦悩へと変化させる爆弾の雨」と読みました。
    ※「十日のいのちを」については「南海譜」を参照。


    7 しらかば

     一
    しらかばがつく ためいきひとつ
    足もとの草におちる 真夜中
    ゆれているのは翼馬座だけど
    わたしもすこし かたむいている
    苔の匂いに こころ奪われ

     二
    しらかばふいに おしゃべりをする
    まだ若い低いこえの 早口
    消えていくのは野うさぎだけど
    わたしもすこし 溶けかけている
    黄いろい月に 肩をだかれて

    【イメージ】
      一
     しらかばがつく ため息は
    「私はもうすぐ草むらに倒れるの。きっと誰も知らない真夜中に。
     その時、空にはペガサスがゆらめいていて
     私の命も少しずつ消えてゆく
     あぁ、苔の匂いが気持ちいいわ…」

      二
     しらかばが急に 話し出す
     まだ若い樹なのに 早口で
    「あぁ、野うさぎたちのかわいい姿も見えなくなってきた
     私の命は溶けかけている
     地面すれすれに見える月が 私を祝福してくれるわ…」

    ※白樺は荒れ果てた土地に(たとえば火山の爆発で溶岩に覆われて植物が全部枯れた土地に)最初に芽生えて、そして20年から30年で枯れて、次の雑木林(ナラ・クヌギなど)が育つ栄養となります。つまり、自分が滅びることによって次の生命を育てる礎になる…ということ(これは科学的事実)です。その白樺の気持ちを歌った詩であると考えます。
    ※自分が傾いて倒れていく時に、ペガサスが傾いて見え野うさぎは消えていくように見える…という切ない気持ちです。
    ※でも白樺は「自分が滅びることで他の誰かを救う」のです。


    8 南海譜

     一
    南のすな まぶしい影
    いくさ果てて さびる錨
    よせる波を くだくしずけさ
    魚よ 魚よ おなじ骨ぞ
    ともにうたえ 鮫のみやこで
    あわれ 時の 椰子の高さ

     二
    潮がみちて 十日の月
    船底から のびる鎖
    わかい祖の こえの泡だち
    孫よ 孫よ おなじ年ぞ
    ともにあそべ 渦のもなかで
    あわれ 時の 珊瑚の赤さ

    【イメージ】
      一
     南の海に まぶしい光
     戦争が終わって 海の底の軍艦は錆びてゆく
     静けさを砕くのは波の音だけ
     あぁ、私は白い骨になっているけど
     魚たちよ いっしょに歌おう
     時は流れて…椰子の木はあんなに高くなって…

      二
     海は満ち引きを繰り返すが 何の意味もない時の流れ
     軍艦の中から たちのぼる泡は
     若いまま戦死した兵隊の声
     「孫よ孫よ 私と同じ年になったのか」
     いっしょに遊ぼう 孫たちよ
     時は流れて…サンゴもあんなに赤くなって…

    ※「あわれ」を漢字で書くと「哀れ」と「憐れ」の二つがあり、「哀れ」は物悲しい様子、寂しい様子。「憐れ」には気の毒な様子、同情すべき様子という意味があります。
    ※「南海譜」の「あわれ」には、物悲しく、寂しく、気の毒、同情すべき、という全ての意味が含まれていると思われ、どちらの漢字か考えることは無意味だと思います。
    ※六日の菖蒲、十日の菊(むいかのあやめ、とおかのきく)という諺(ことわざ)があります。
    ※5月5日(菖蒲の節句)までの菖蒲、9月9日(菊の節句)までの菊は価値があるが、その日を過ぎると一気に価値がなくなるという意味です。
    ※つまり、時機が過ぎて価値のなくなった状態をのこと。例えば、2月14日を過ぎたバレンタインチョコ、12月25日を過ぎたクリスマスケーキが投げ売りされることと同じ意味合いです。
    ※最近テレビで、フィリピンの海底に沈んでいる戦艦武蔵の映像を見ました。ボロボロになった武蔵の船内には、今も当時の年齢のまま白骨になった兵隊さんが残されているはずです。その白骨が、今を生きる子どもたちに「孫よ孫よ」と呼びかけている。強烈・痛切な反戦歌です。

  • 「火の山の子守歌」イメージ

    くれぐれも確認しておきますが、これは嶋田先生のイメージです。
    合唱団「空」のメンバーに「このように思え」という意味ではありません。
    そうではなくて、嶋田先生のイメージをヒントにして、自分自身のイメージを膨らませることのできる子になってください…というのが願いです。
    みんなの心の中に、もっともっと豊かでステキなイメージが拡がり、膨らんでいってくれることを心から願っています。


    女声合唱とピアノのための「火の山の子守歌」

    1 青い花

    ひめやかにやさしく
    恋のたね埋めたので
    ひめやかにやさしく
    恋の草 芽をだした
    かもめなくまちの影
    吸わせたなら いつひらくだろう
    ひとしずくの南のうみ
    きみの目にゆれるとき青い花
    ひめやかにやさしく
    春たつかおりは窓辺の
    ふたばに

    【イメージ】
     目立たぬように 優しく
     恋する気持ちを 埋めたので
     目立たぬように 優しく
     恋する気持ちが 芽を出した
     君の声が聞こえる街の空気を
     吸いこんだなら 恋の芽はいつ花開くのかな
     ひとしずくの君の涙が
     君の目にきらめく時 恋の芽は花になる
     目立たぬように 優しく
     花は春の香りを窓辺に送り
     二人にも送ってくれる…

    ※この詩は本当に「読んだとおり」です。秘密めかした裏の意味や隠された意味はありません。読んだ人が自分の心のままにイメージすれば、それが真実の意味でしょう。
    ※でも、青い花とは何でしょうか?
    【候補1 ネモフィラ】
    花言葉は「どこでも成功」「可憐」「あなたを許す」
    【候補2 ワスレナグサ】
    花言葉は「私を忘れないで」「真実の愛」
    【候補3 ヒスイカズラ】
    花言葉は「私を忘れないで」
    【候補4 オオイヌノフグリ】
    花言葉は「忠実」「信頼」「清らか」
    【候補5 スミレ】
    花言葉は「謙虚」「誠実」「小さな幸せ」 ただし色は紫です。
    みんなもいろいろな青い花を思い浮かべて自由にイメージしてください。図鑑で写真を調べてイメージを拡げよう。


    2 夢幻

     一
    あなたの夜 わたしの夜 つないだら
    カシオピアを さがしている 河になる
    ふたつの水 どこまでひとつ
    都をすぎても はてない旅
    星ゆらゆら 波ちらちら 知らぬまに
    わかれた河 ほほえみあう 岸へだてて

     二
    あなたの朝 わたしの朝 かさねたら
    南へゆく わたり鳥の 爪になる
    おさない知恵 谷間に裂いて
    見すてるかなたの さけびは何
    風ちりちり 胸ほろほろ のこるのは
    つばさの影 抱きしめてる 羊歯のゆめ

    【イメージ】
      一
     あなたの生命(あるいは夢)と私の生命(夢)をつないだら
     幸せの星を探している河(天の川)になる
     ふたつの生命(あるいは夢)はどこまでも一つ
     永遠に続く 果てしない旅
     星が光り 波が輝き 二人が離れている理由は人知を超えているけれど
     どんなに離れていても あなたと私は岸をへだてて微笑み合う

      二
     あなたの生命(あるいは希望)と私の生命(希望)を重ねたら
     別の世界(希望の土地)へ行く鳥(の羽)になる
     小さな(儚い)人知は 引き離されているけれど
     現実の土地(世界)をかなぐり捨てる二人の声は
     風に舞い 胸に刻まれ
     翼の光を抱きしめる二人の 夢のまた夢

    ※そもそも「夢幻」とは何でしょう?読んで文字のごとく「ゆめ」「まぼろし」です。そのものズバリ「ゆめまぼろし」で良いのですが、本当は仏語(ホトケさまの言葉)で「人生がきわめて儚い(はかない)もの」「人知(じんち・人の知恵)を超えたもの」という意味があります。
    ※カシオペア座は北の空にある星座ですし、ギリシャ神話の女神の名前ですが、この詩の場合は単純に「星」で良いのでは…と思いました。
    ※また、羊歯(シダ)には「魅惑」「夢」「愛らしさ」「誠実」という花言葉がありますが、そのうちの「夢」を取り上げると「羊歯のゆめ」は「夢のまた夢」となります。
    ※なぜ「二人が離され引き裂かれているのか」は分かりませんが、ウクライナ情勢の不安が拡がる現在ではやはり「戦争」をイメージせざるを得ません。


    3 傘もなく

     一
    傘もなく雨 午後の店 雨
    つめたい 首すじ
    百合を買うのは いまを売ること
    この手の くぼみに しずくを ためよう
    靴にしむ雨
    葉書の 一文字
    ながれうかび消えて

     二
    傘もなく雨 鳩のむれ 雨
    ひとの名 ぬれゆく
    霧を買うのは 影を売ること
    めがねの くもりを そのまま あるこう
    泥と襤褸 雨
    この世は ただよう
    うすみどりの波に

    【イメージ】
      一
     避けることができない運命 一日中運命が忍び寄る
     私の身体を冷やす運命
     純粋純潔であるために 生きる時を失うのか
     私の手に 運命を受け入れよう
     足元から忍び寄る運命
     脇目もふらずに生きようと決めていたけれど
     その決心も 流れ 漂い 消えてゆく

      二
      避けることができない運命 平和に忍び寄る運命
      人々の(私の)存在もぼやけて
      集まり消えるさだめは 光を失うこと
      あふれる涙を そのままに歩む
      ドロドロの ボロボロな 運命
      世界は さまようのみ
      (運命の)刃の波に

    ※「一文字」には「脇目もふらずに物事をなしとげる」という意味があります。
    ※「露」には「細かく集まって消える様子」という意味があります。
    ※「うすみどり」は平家物語に伝わる太刀の名称。源義経がつけた名前と伝わります。


    4 落葉

    しゅっぱ しゅっぱ きば
    ちゅっく ちゅっく とげ
    ぴぃひゃらしゅう 秋がくる

    でぃら でぃら あか
    きゅら きゅら しろ
    てぃらりこひょう 落葉ふる

    風のばか 風のうそ              
    海しらず きえた恋

    ちれ ちれ 文字
    とべ とべ なぞ
    しゃらしゅららら しゅるしゅるる

    【イメージ】
     スパッ スパッ 牙は抜けて
     チクッ チクッ 棘も抜けて
     ピィヒャラ シュー 人生の折り返し

     デラッ デラッ 情熱も
     キラッ キラッ 純潔も
     ティラリコ ヒュー 人生が消えてゆく

     人生を奪うやつバカ 人生を奪うやつウソ                
     お母さんも無情を止めることはできず、恋の思いも無情に散らされる

     砕け散れ 理解できること(生きること)
     飛び回れ 理解できないこと(死ぬこと)
     しゃらしゅららら しゅるしゅるる

    ※「きば」は「牙」と考えて間違いないでしょう。
    ※「とげ」は「棘」なのか、牙を「研げ」なのか不明。掛詞かもしれません。
    ※第2段「赤」「白」第3段「ばか」「うそ」第4段「文字」「謎」が並立の関係ですから、この第1段も「牙」を「研げ」という主述の関係ではなく、「牙」「棘」の並立と考えるのが無難と思われます。
    ※「秋」は「人生の折り返し」と読めます。すると「落葉」とは「死んでいく生命」と読むことが可能です。
    ※「風」とは「葉を無情に散らすもの」つまり「生命を無情に奪うもの」と読むことが可能です。すると「赤」は「情熱」、「白」は「純潔」とも読め、「情熱も純潔も関係なく死んでいく」となります。そのような「風」は「ばか(来てほしくないもの)」であり「うそ(偽り)」ということでしょうか。
    ※「海」とは母性の象徴、つまり「母」です。だから「母もその無情を止めることはできず、恋の思いも無情に散らされる」となります。
    ※「文字」とは「理解できること」、「なぞ」とは「理解できないこと」。すると「理解できることは吹き飛び」「理解できないことが飛び回る」と考えられます。
    ※しかし上のことは全て間違いで、単純な「擬音の言葉遊び」と考えるのが正解…と思います。


    5 夏のデッサン

     一
    水色の輪をかきます
    蓮の花ひらかせます
    きよらかであついのが
    かぜのなかのまことなら
    蜜蜂を住まわせます
    朝も夜もゆられながら

     二
    空よぎる弧を引きます
    かおり立つ木をそえます
    にぎやかでくらいのが
    たびのはてのねむりなら
    揚羽たちとまらせます
    ひしゃく星かぞえないで

    【イメージ】
      一
     水の上にデッサン(スケッチ)を描きたいな
     清らかな心が開くように描きたいな
     清らかな情熱が
     風が吹く本当の理由なら
     蓮の花に幸せ(蜜蜂)をとまらせよう
     朝も夜も揺られている蜜蜂を…

      二
     空の中にデッサン(スケッチ)を描きたいな
     幸せの木が香るように描きたいな
     星いっぱいに輝く空が
     旅人が杖を休める安らぎなら
     天に上がっていく揚羽をとまらせよう
     北斗七星よりも輝くように…

    ※蓮(ハス)の花言葉は「清らかな心」「神聖」「離れゆく愛」
    ※蜜蜂(ミツバチ)は「繁栄」「豊かさ」「幸福」の象徴と言われます。
    ※揚羽(アゲハ)には「上がる」「高める」「勢いがある」という意味があります。


    6 ぼくという名のひとり

     一
    はこべの道に ゆうひ ちらばり
    シベリアゆきの バスこないのか
    ひょろながい きざな子が
    石ころけり 消えるよ
    よこがおだけを 空に のこして
    ぼくという名の ひとり

     二
    つばめのように うみを こえたい
    はじける水を 耳ぬらしのむ
    たびずきな ばかな子が
    駅通りを かけだす
    だれにもみえぬ 春に 追われて
    ぼくという名の ひとり

    【イメージ】
      一
     恋人たちが会う道に夕日が輝いて
     知らない国へ行ってみたい
     あっ あの子はボク
     石ころをポーンと蹴って 消えちゃった 
     言いたかったことを 空に告げて
     ひとりぼっちの もう一人のボク

      二
     ツバメのように外国に行ってみたい
     知らない言葉がいっぱい聞こえるだろうな
     あっ あの子はボク    
     電車に乗って 消えちゃった
     誰にも気付かれずに 春の風にのって
     ひとりぼっちの もう一人のボク

    ※ハコベの花言葉は「ランデブー(恋人が会うこと)」「愛らしさ」「初恋の思い出」など


    7 春

    眠らぬ恋よ
    谷間のつらら
    とけても炎
    身ぶるいするピアノよりはげしく
    ゆれてるしずくは
    地べたに落ちたら、すみれのつぼみさ
    くもの巣つけて
    木霊がつぶやく春

    【イメージ】
     安らぎのない恋
     空から狙っている危険物(爆弾)は
     落ちてきて炎をあげる
     炎の中でピアノがもだえる 弦が切れる音より
     はげしく揺れる涙は
     地べたに落ちる 開かなかった小さな幸せ
     悪魔に捕らわれたと
     精霊がつぶやく 哀しい春

    ※スミレの花言葉は「謙虚」「誠実」「小さな幸せ」
    ※木霊(こだま)とは樹木に宿る聖霊という意味があります。


    8 火の山の子守歌

    夜が くばる やさしさの便り
    あおい 鐘が 鳴りはじめたら
    火の山のふもと ナルコユリ咲く
    ささやかな風に 吹かれて ひとりで
    月の ひかり 縄ばしごおりる
    指を ひらく 影法師よ ねむれ

    【イメージ】
     夜(月)が やさしさの便りを配る
     月光の中で やさしさの鐘が鳴り
     荒れ果てた大地にも「元気を出して」と手紙が届く
     ささやかな(優しい)風に ひとり私も包まれて
     光(優しさ)が 降りてくるのを
     受け止めようと手を拡げ 私自身の影が眠りにつく

    ※ナルコユリの花言葉は「元気を出して」「小さな思い出」「心の痛みのわかる人」。花は小さな釣り鐘そっくりで白い花の花弁の先は緑色(碧)です。
    ※「影法師」を「自分自身」とイメージしました。

  • アカペラでも面白い

    【令和4年7月16日(土)】
    今日は予定どおり曲集「火の山の子守歌」を練習しました。ですがキチンとハモらせたのは「青い花」と「火の山の子守歌」だけで、「ぼくという名のひとり」と「春」はメロディーを1回歌っただけ。あと「夏のデッサン」はP27の最初からP29の1段目までを1回ハモらせましたが、そこから先はパートを分けずにみんなでメロディーを歌いました。
    今日やったことを冷静に書けば以上のとおりです。
    今日は内匠先生が都合で休みだということを、嶋田先生がすっかり忘れており、みんなに心配をかけました。すみません。
    ピアノの音があれば、そりゃあ歌いやすいですけれども、しかし合唱にはアカペラ(無伴奏)という分野があり、「合唱力」を身に付けようと思ったらアカペラで練習した方が良い結果を生み出すこともあります。「青い花」と「火の山の子守歌」はまさにそのような曲であり、ピアノがあった方が効率は良いのですがアカペラでじっくりハーモニーを作りました。
    最初から最後までハモらせるのに時間がかかってしまいましたが、それは嶋田先生の鍵盤ハーモニカが下手くそだったからで、みんなはよくガンバって美しくハモらせてくれました。
    いやぁ「青い花」と「火の山の子守歌」を2時間かそこらであそこまでハモらせるのは大したものだと思います。あのくらいハモらせることができれば、次にみんなで歌う時に今日のメンバーがコア(核)になって効率的に練習することができるはずです。大感謝。
    「青い花」と「火の山の子守歌」はアカペラで歌っても美しくて楽しい歌ですね。
    ところが「ぼくという名のひとり」と「春」はピアノがあってこそ歌声が生きるという見本のような曲です。たとえば「ぼくという名のひとり」では9小節目や13小節目のピアノの上昇音型がないと(コーラスだけで歌っても)何か物足らない。
    P32からP34まではコーラスは違う音でハモらせていきますがリズムは完全にそろっています。これに対して9小節目や13小節目の右手やP33の2段目の左手のような音型があるからコーラスが生きるわけですね。
    だから「ぼくという名のひとり」と「春」はメロディーだけ歌って終わりにしました。いやぁ、的確な判断だったねぇ。
    なに? 自分で自分をホメとって恥ずかしくにゃぁんか だと?
    気にしないでください。なんとしても「春」のハーモニーにこだわってピアノ抜きでシツコク練習するよりは良かったじゃろうが!

    だけど来週にはハーモニーを作ってみたいですね。それから「夢幻」「傘もなく」「落葉」は今日ぜんぜん歌っていませんから来週ガンバリましょう。
    力を貸してください。よろしくお願いいたします。

  • 30分の時間をくれた♪

    【令和4年7月9日(土)】
    先週2日のノートで報告したとおり、今日は曲集「南海譜」を通しました。
    前半に「しらかば」「なまずのふろや」「砂よ」「南海譜」の4曲をポイントを押さえて進め、後半に全8曲を通して歌いました。時間が30分ほど余ったので(これが今日のメンバーの大手柄です)「ことばあそびうた」の「かぞえうた」の難しい部分をさらうことができました。

    偶然ですが「しらかば」「なまずのふろや」「砂よ」「南海譜」と並べてみると、新実先生の作曲家としてのスタイルが分かって興味深いです。
    「しらかば」    美しいメロディー
    「なまずのふろや」 楽しさ
    「砂よ」      メロディーの絡み(からみ)
    「南海譜」     ハーモニー
    一言で書けば(非常に乱暴な分け方ですが)こんな感じかな。
    みんなも何となく分かってきたようで、それぞれの曲の特徴を感じ取り、それぞれの曲にふさわしい声が生まれつつあります。それは今日も感じました。

    休憩の後は「青い花」からスタートして「南海譜」で終わる、曲集「南海譜」を通してみました。その前に言ったことは
    通して歌うことで曲と曲のつながりが分かります。それを感じてくれれば良い。何回間違えても良いから歌ってみましょう。
    ということでした。
    曲集の「作曲者の言葉」を読めば分かりますが、新実先生は8曲の組み合わせに相当な試行錯誤をされているようです。「ふむ、調性(ハ長調とかニ長調とか)のつながりは悪くないが曲調(曲の感じ)の移り変わりが今一つ…」という記述があるように、相当に悩んで曲を選び、曲順を考えているわけです。
    作曲者がそのように考えに考えて並べた8曲の組み合わせなのだから、歌うみんなも「なぜ「ぶどう摘み」の次が「なまずのふろや」なんだろう?」くらいは思わなければならない。
    思っても考えても分からないでしょうけれども、「おっ、この曲の後にこの曲かぁ。このつながり、オレは好きだなぁ」くらいは思えるはずです。それが大切なんです。

    せっかくホームページの団員専用エリアに、全ての曲が聴けるコーナーが作ってあるのですから活用してください。
    「白いうた青いうた」に関しては、曲名をクリックすると全ての曲が聴けるようになってます。コンピュータ音源ではなく優秀な合唱団が歌っている演奏です。参考になりますよ。
    特に曲集「南海譜」と曲集「火の山の子守歌」に関しては、楽譜どおりの順番で聴けるようになっています。

    さて、最初に書いたように今日のメンバーのがんばりが30分の時間を先生に与えてくれました。
    迷うことなく「かぞえうた」を選びました。P31の2段目からの「南無十一面観世音」です。
    ここはメゾソプラノが上と下に分かれるので4つのパートが絡み合う(からみあう)ことになります。まだ4つのパートで歌い合ったことがないので「やってみよう」と思ったわけです。
    それぞれのパートは3~4つしか音がない単純なメロディーなのですがタイミングが問題。「せーのっせ」と拍を数えていれば他のパートとズレてスタートすることも難しくありません。ここまでは楽譜を眺めるだけでも可能です。
    本当に大切なことは、実際に自分の声で歌ってみることによって他のパートとのズレが生じ、そのズレに動揺しないで自分の音を歌い切る…ということです。これはやってみなくちゃ分からない。そうでしょう?今日のメンバーは全員ナットクしてくれたはずです。
    この練習は仲間がいて自分がいて初めて成立するものでした。とても良かったと思います。

    来週は曲集「火の山の子守歌」を歌う予定です。前にも書きましたが見学者が来たりしたら「ドレミの歌」とか「いぬのおまわりさん」とかに変更するかもしれませんので楽譜は全部持っていてくださいね。

    あと、新実先生からの連絡で8月28日(日)の新実先生リハーサルが9月25日(日)に変更になりました。
    8月28日に新実先生が見えることは半年以上前から情報開示してありますので旅行の計画とかは無いはずです。
    新実先生の代わりに嶋田先生が全力を尽くしてサポートしますので、「新実先生が来ないなら」などと言って今から旅行などを入れることは、お願いだから止めてくださいね。
    この週は8月23日(火)、25日(木)、26日(金)、27日(土)の午前と28日(日)の午前午後になります。この週である程度の目途(めど)を立ててしまえると良いですね。
    みんなの協力が必要です。よろしくお願い申し上げます。

  • 膨らむイメージ

    【令和4年7月2日(土)】
    今日のノートには証拠も根拠も数値的検証(すうちてきけんしょう・100と90なら100の方が多い…と数字でくらべること)もありません。全て嶋田先生が感じたことでありカンであり心で感じたことです。
    何を感じたかと言うと、歌ってくれたメンバーの中に膨らんでいる「音楽のイメージ」を感じました。
    歌った曲は曲集「南海譜」。発声練習をやりたいのはヤマヤマですが、「海」を歌いながら発声練習を兼ねる…というつもりでスタートしました。
    出てきた歌声を聴いた瞬間、「あれ?何か違う」と感じました。そう、「ことばあそびうた」では感じられなかった「何か」があるのです。あるいは4曲目「サウンド・オヴ・ミュージック」でも感じられなかった「何か」です。
    その「何か」は音程でもなければハーモニーでもない、「声の厚み」であり「声の温かさ」です。
    P4の2段目のソプラノ「この世は ふたつの 手品を してみせる」が何とも温かい。支えるメゾソプラノとアルトの「ルルル…」も単なるハミングやヴォーカリーゼ(歌詞のない歌)ではなく、ソプラノの歌詞に寄り添うような声です。

    証拠を出せ!何点だったのか言え!
    とは言わないでくださいね。最初に断ったように証拠も根拠もない先生のカンです。

    続く「鳥舟」は、これまた何とも言えない声でした。色に言い換えると「群青色の声」です。「海」は「温かいオレンジ色の声」でした。P9のソプラノからアルトに続くヴォーカリーゼはP4で響いたヴォーカリーゼとは全く違っていました。

    証拠を出せ!何点だったのか言え!とは言わないでくださいね。

    3曲目の「ぶどう摘み」も柔らかくて温かくて微笑んでいるような声の響きでした。

    そろそろ結論を書きましょうか。
    理由は一つだけ。それは曲集「南海譜」を全く歌っていなかったこの数ヶ月の間に、メンバーの中で「音楽のイメージ」が膨らんでいるからです。
    そりゃあ今日初めて「海」「鳥舟」「ぶどう摘み」を歌った子もいましたよ。しかし多くのメンバーが「その曲にふさわしい声」で歌う中で、初めてのメンバーも非常に効率よく「音楽の核心」をとらえることができます。
    分かるんですよ。本気で歌っている声と仕方なく歌っている声の違いは。
    分かるんですよ。イメージがある歌声とイメージがない歌声との違いは。
    なんで分かるんだ?証拠を出せ!とは言わないでくださいね。

    以下、「なまずのふろや」と「砂よ」と「南海譜」は1~2回通しただけですが、「いでそよ人を」はなかなか良かった。
    結果、「しらかば」を除く7曲をまがりなりにも通して歌うことができました。
    白状すると4曲くらいが精一杯かと思ってフェールマミに来ました。7曲歌えたことは予定を超える成果でした。
    4曲が精一杯…と思っていたから今日と来週は曲集「南海譜」にしたのです。2回の練習で8曲という計算です。
    7曲は予定外。今日のメンバーのおかげです。ありがとう。
    だから来週は「しらかば」からスタートして、今日は十分に歌えなかった「なまずのふろや」「砂よ」「南海譜」に時間をかけて、残った時間で全8曲を通すことができれば最高ですね♪♪♪

    曲集「南海譜」と曲集「火の山の子守歌」については、そろそろ歌詞のイメージをみんなに伝えなくてはなりません。
    なに? あんたのイメージなんか狂ってるから聞きたくないよ! だと?
    そう言ってくれる人は頼もしいですねぇ。嶋田先生が抱いたイメージ以上の豊かな世界を、詩と音楽から自分で読み取る。そんな子が増えてくることを期待しています。

    ただ、そのような子を増やすためにはヒントが必要です。嶋田先生の抱くイメージがヒントになってくれるといいな。

    今日は一つだけヒントを書いておきます。
    5曲目「いでそよ人を」について。
    今日の練習で「忘れやはする」は「あなたのことを決して忘れない」という意味だと言いましたね。これは古語(こご・古い日本語)ですから説明が必要です。

    お正月に遊ぶこともある百人一首の中に次のような短歌があります。

    有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする
    【読み】
    ありまやま ゑなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする
    【現代語訳】
    有馬山に近い猪名の笹原に風が吹くと、あなたのことを忘れることは決してありません。

    この短歌の作者は大弐三位という人で、かの有名な紫式部の娘だと言われています。紫式部の夫、藤原宣孝は、大弐三位が3歳の時に亡くなっていますから、お父さんのことを「忘れやはする」なのかも知れません。
    まぁ普通にイメージすると、お父さんではなく恋人の男性のことを「忘れやはする」なのだと思いますけれども。

    さて、この短歌を谷川雁が知っていて「いでそよ人を」を作詩したことは明らかです。
    谷川雁が描いた世界とは???
    みんなも考えてみてください。
    ボーッと生きてんじゃねぇよ!!!などと言われないように(笑)♪♪

  • 「やんま」と「だって」のポイント

    【令和4年6月25日(土)】
    今日は中学生・高校生の期末テスト前だということは分かっています。健闘を祈ります。がんばってください。
    だけど「空」の時間は限られています。新実先生のリハーサルが8月28日(日)です。それまでに「ことばあそびうた」「南海譜」「火の山の子守歌」をある程度歌えるように、みんなを支援しなくてはなりません。
    結論を書くと今日は「やんま」と「だって」です。今日来てくれたメンバーの力を借りて、次に「やんま」と「だって」を練習する時に少しでも効率よく進むようにしたい…と思っていました。
    しかしながら「やんま」も「だって」も強敵です。新実先生は作曲家として幅広い「芸風」を持っておられ、「ことばあそびうた」と「白いうた青いうた」とは全く違う世界が拡がります。
    右か左か、赤か青かという、物事を2つに分ける考え方をすると、大中先生の「うたにつばさがあれば」も湯山先生の「鮎の歌」も「童謡」も新実先生の「白いうた青いうた」も「右」に分類されます。すなわちメロディーが中心。
    「ことばあそびうた」は明らかに左です。すなわち「ことば(歌詞)」とリズムと独自の和音が中心です。
    現在の合唱団「空」にとっては未知の領域の音楽で、だからこそ「いろいろな音楽の可能性を知ってほしい」という願いから新実先生と相談して選曲したわけです。
    今日は結論を書くのが少し遅くなりましたが、少ない人数にもかかわらず「やんま」と「だって」をとりあえず通して最初から最後まで歌うことができました。驚きました。嶋田先生の予定では途中で歌えなくて止まってしまって、だから「うん、大丈夫。いきなり歌えるようになる曲じゃないから気にしないで」と励ますセリフを用意していました。
    その用意したセリフを使わなかったのは予定外でした。今日のメンバーに大感謝です♪♪

    とは言え100%正確に歌えるかというと、それは別問題。「曲の全体をつかんで帰ってください」とメンバーに言ったとおり、とにかくどういう流れでどのようにつながるか…を重視しました。
    しかし、今日のメンバーが土台となって次の練習が効率よく進むことは確かです♪♪

    いろんなポイントを伝えていっぱい支援しましたが、ソラノートには特に重要なポイントだけ書いておきます。

    【やんま】
    ○P4の最初の和音はドファソドの日本音階。「さくら」の和音です。
    ○P5「やんまにがした」のアルトパートは全員で歌います。
    ○P6「たんまもいわず あさまの かなー」は平行和音。つまり同じメロディーで高さが違うだけ。
    ○P8の3段目「まんまとにげた ぐんまのやんま たんまもいわ」も平行和音です。

    【だって】
    ○P10「ぶったってけったって いったってたっ」は平行和音。最後の「て」は何とソシレ(ハ長調ならドミソ)です。
    ○次の3段目「ぶったってけったって いててのてって-」も平行和音かつ湯山和音。すなわちドファラのハーモニーです。続く「いったって」はオクターブ。
    ○P12の2段目「いったっていっちゃったって でてったっ」も平行和音。最後の「て」は何とソシレ(ハ長調ならドミソ)です。
    ○次の「いったって いっちゃったって どっかへー」も平行和音かつ湯山和音。すなわちドファラのハーモニーです。続く「でてったって」はオクターブ。
    ○楽譜を見れば分かりますが4~5小節間、レとソのたった二つの音しか無い部分が3カ所あります。曲の最後「うってたって」もレとソだけ。
    ○「だって」のポイントは同じことが書いてありますね。湯山和音だとかオクターブだとか。つまり、きわめて単純な作り方なんです。変拍子のリズムがポイント…ということです。

    練習計画表をメールで配信しました。ホームページの練習予定ではなく、何月何日にどの曲を練習するか…を記してあります。来週と再来週は曲集「南海譜」を練習します。計画表は熟読をお願いします。
    ただ、見学者が来たりしたらその子の学年に合わせて「ドレミの歌」や「エーデルワイス」を入れるかもしれません。楽譜は全部持ってきてくださいね。

  • 合唱祭 聴いてくださった方からのメッセージ

    【令和4年6月18日(土)】
    愛知県合唱連盟合唱祭はご苦労様でした。多くのメンバーとお力添えをいただいた父母会の皆様に改めて感謝を申し上げます。
    さっそく4曲目「サウンド・オヴ・ミュージック」をYouTubeに上げていただき大感謝です。
    耳の肥えたメンバーや父母会の方々は、先週のソラノートに書いた課題を感じておられるようですが、会場で聴いてくださった他の合唱団のメンバーからは好評のアンケートをいただきました。原文のまま紹介します。
    ○すてきな歌声をありがとうございました。いつまでも歌い続けてください。(男性・75才・経験15年)
    ○美しいハーモニー。力強くすてきな合唱でした。アルプスの美しい景色が浮かんできます。(女性・78才・経験25年)
    ○嶋田先生の指揮で子どもたちが伸び伸びと表情豊かに歌うことができ、心がよく伝わってきました。(記述なし)
    ○すきとおった歌声でサウンド・オヴ・ミュージックの山の風景を思い浮かべることができました。(女性・66才・経験30年)
    ○おじさんたちのよく分からないドイツ語の歌の後で、さわやかな歌声をありがとう!ただ嶋田先生の指揮がもだえているようで、なんか合わないような…。(男性・74才・経験55年)
    ○みなさまの歌声を聴き何か心がすがすがしくなり、みなさま、良い歌声ありがとう…ありがとう…(女性・78才・経験5年)
    ○強弱のメリハリが効いた良いアンサンブルだった。(男性・74才・経験20年)
    ○サウンド・オヴ・ミュージック、情景が頭に浮かんでくるようで自由で朗らかでした。年少の声は何にも代えがたいですね。(男性・47才・経験12年)
    ○良かったですよ!(男性・64才・経験?)
    ○さわやかな歌声がすてきでした。曲も合唱祭にふさわしい明るい曲でとても良かった。これからも頑張って!(男性・66才・経験?)
    ○とても良く声が出ていました。英語の歌詞もはっきり聞こえました。何より感情がこもっていて嶋田先生の指揮によくついていかれてました。(男性・52才・経験37年)
    ○今日聴かせてもらったブロックの演奏の中で一番すてきでした。すきとおった歌声をありがとうございました。(女性・47才・経験38年)
    ○心に響きました。ありがとうございました。(女性・57才・経験5年)
    ○サウンド・オヴ・ミュージックの音がきれいでした。(男性・7才・経験0年)

    さて、今日は打って変わって新実先生の「ことばあそびうた」です。定期演奏会まで4ヶ月ちょっとですからグズグズしてはいられません。
    なんと「かぞえうた」の全てのパートを全員で歌って最初から最後までハモらせながら歌うことができました。11時までに…です。
    休憩の後で「かぞえうた」を通して歌おうと思っていたのですが、今日は事情があって早引きをする子が4人いました。4人少なくなっては前半よりも上手くいかないと思いましたので、そこは臨機応変。後半の練習は「いるか」を、これまた全部のパートを全員で歌ってハーモニーを作ることができました。
    「かぞえうた」は激しく燃焼した声が必要なので少なくなった人数では音程が正確でも響きが薄くてツマラナイのです。
    ところが「いるか」は少人数でもオモシロく、1パート1人で(つまり3人で)歌っても実にオモシロく不思議なハーモニーが生まれます。一度やってみましょうか?
    今日の後半で「いるか」を歌ったのは正解でした。
    それにしても、いやぁ、「かおえうた」と「いるか」の2曲を最初から最後まで全員で歌いきってしまいました。驚きのスピードです。
    もちろん100%正確な音程か?と言われればNOです。それはこれからの練習の積み上げでYESにしていけば良いのです。今日のメンバーの力を借りれば、来週以降の練習が効率的に進むはずです。来週に初めて「かぞえうた」「いるか」を歌う子が来ても、今日60分かかったことが来週は30分ですむはずです。今日のメンバーがいてくれるから。

    でも来週は「やんま」と「だって」を歌う予定です。来週集まったメンバーがポイントを押さえて、来られなかったメンバーに伝えてくれることでしょう。
    合唱とは、とどのつまりは「助け合い」なのです。
    嶋田先生だって東海メールの練習を休むことはあります。その時は他のメンバーに助けられます。自分が練習に参加できた時は「その時にいなかったメンバー」を次の練習で助ける。合唱とはそういうものです。

    明日は東海メールクワイアーの第63回定期演奏会なので午後は最終リハーサルでした。忙しかったなぁ。
    がんばって歌いたいと思います♪♪♪