【令和4年12月19日(月)】
17日(土)18日(日)は、またもやすごい密度の2日間となりました。
17日の午前中は、まず「うたにつばさがあれば」の確認をしました。しつこいようですが今回はメロディー重視。メロディーを専門に受け持つパートを作って、第1曲目から第5曲目の最初から最後までメロディーが厚く響いているように工夫をしました。
これは結果論ですけれども、全員で何度も何度もメロディーを歌いあげることにより、原点に帰るトレーニングができたことが非常に効果的であったと思います。
どういうことかと言うとですね、全てのメンバーがやろうと思えば
○内匠先生か浜田先生に伴奏を弾いていただいて
○一人だけで5曲全部を歌うことができる
ようになった(かもしれない)ということです。
つまり童謡歌手の春口雅子と同じことを、やろうと思えばできるようになった。これが大きい。
誰か内匠先生か浜田先生に頼んで
歌曲集「うたにつばさがあれば」
歌唱 ○○ ○○
ピアノ 内匠慧(または浜田真代)
などというCDを作ってみたまえ。嶋田先生が九官鳥で協力してあげるよ。
10枚くらい作って親戚かおじいちゃんおばあちゃんに配ってみたらどうですか?
YouTubeに上げるとかさぁ。
なぁ~んちゃって。
冗談ではなく、みんな、やろうと思えば作れるでしょ?
そこが大切なんです。
なに? じゃあ嶋田先生も作ればいいがゃ だと?
いゃぁ、嶋田先生じゃダメだよ。誰ももらってくれないと思うよ。あなた、もらってくれますか?
なに? もらうわけネエだろ! だと?
いゃぁ、大学時代の友達だったら、何人かもらってくれると思うよ。
その後は「水のいのち」の第3曲目「川」の音取りをしました♪
約40分ほどで最初から最後まで歌い通すことができました。
「川」は激しい声が必要です。柔らかく響くだけではなく「怒り」を含んだ激烈な表現が必要で、そこが難しいのですが、音取りそのものは難しくありません。その証拠に全部歌ってハモらせることができたもんね。
問題は、なぜ「怒りを含んだ激烈な声」が必要か…ということです。
何故 さかのぼれないか
何故 低い方へゆくほかはないか
この歌い出しだけ取ってみても、小学生に理解できない言葉は一つも無いし、高い所から低い所へと流れる川の「あたりまえ」の性質を言っています。
だけど、これは「川」の性質のことではなく、「人間」の生命(いのち)のことを言っているのです。そこんところを理解できるか、いや、理解というよりも感じることができるか…ということ。これが難しい。
カンタンに説明するとね、おじいちゃんやおばあちゃんが
なぜ 若返ることができないか
なぜ 年を取っていく方へゆくほかはないか
と思っている。そのことは、みんな理解できるでしょう?
第3曲目にある「川」という言葉は全て「人間」「自分自身」と置き換えてください。
そして山の峰から流れ出る川も(生まれたばかりの人間も)よどんで渦を巻く川も(希望を失った人間も)、みんな澄み切って青く輝く空の高み(清らかで純真な心)を持ち続けようとしている…
と歌うのです。
絶対に分かっていなくてはならないことは、小学生も中学生も、生まれたばかりの赤ちゃんも、生命である以上必ず死ぬということです。これは全ての「空」のメンバーが理解しなくてはならない。あなたたちは全員、必ず死ぬんです。
死ぬからこそ人間は美しいのであり、滅びるからこそ生きることに値打ちがあるのです。
少し哲学的すぎるかもしれませんが、嶋田先生はどんなに哲学的な内容でも子どもは理解できると信じています。
理解できないとすれば、それは教師の指導力不足だ…と思います。
ちなみに、学問というものは、大きくは科学・哲学・神学に分かれています。
「科学」とは学校で教えることができ教科書に書くことができる範囲で国語も音楽もここに入ります。答えが必ずある領域です。
「哲学」とは一人一人が持っている価値観のことで「主に「生き方」に関わる」領域です。ひとつの問題に多くの答えが存在し、その答えは話し合うことで様々に変化します。
「神学」とは人間の知性では絶対に答えが見つからない領域で、早い話が神とは何か…ですが、なぜ宇宙ができたか…という問題もここに入ります。
おっと、また脱線しちまったな。
18日は言うことはありません。またひとつ「うたにつばさがあれば」に新しい演奏の歴史が生まれました。おそらく10回以上になる全曲演奏ですが、思い出に残る演奏となったことは間違いありません。少なくとも嶋田先生はそう思います。
東海メールクワイアーでも同じでした。東海メールクワイアーにパパと高校生が加わっての名曲「ヴェニュス生誕」は嶋田先生にとっても特別な演奏となりました。
やはり出色だったのは合同演奏「こどものうた」です。
大中先生の「こどものうた」って、何なのでしょうね…。
「バナナ huー wa wa」なんて歌っていても、反戦平和を訴えるわけでもなく、愛とか友情とかの大切さを伝えるわけでもなく、生きるとは何かとかの人間の本質を追求するわけでもなく、そのようなメッセージ性はありません。
でも、なんか楽しい。
きっと「みんなで歌おうよ。みんなで力を合わせて歌うと、楽しいよ」という究極の、そして根源的なメッセージがあるんだと思います。言葉とか詩の内容などを超えた、もっと深ぁい根源的な部分を揺り動かす何かがあるんですね。
平和とか愛とか人間とは…などよりももっと深い「情動の世界」ですかねぇ♪
歌っていて、とても楽しかったです♪
でなきゃ大の大人(嶋田のことです)が「バナナ huー wa wa さわったよ」なんて歌えませんよ(笑)
生きている限り、これからもチャンスがあれば「こどものうた」を歌いたいです。
ありがとうございました。
来週は今木智彦先生をお迎えします。今木先生が見ている前で新しい楽譜を配ります。
そして前半では嶋田先生が音取りし、今木先生にはその様子を見て(聴いて)いていただきます。
そして後半に、その新しい2曲を指揮していただこうという流れです。
ステキなクリスマスイヴになりそうです。
みんな、よろしくね。