名曲…って何?

【令和4年11月26日(土)】
今日は3人の見学の子を迎えて和やかなムードで練習が進みました。
先週の日曜日の新実先生のリハーサルは音程も声の表情もなかなかに素晴らしく、他の合唱団の協力もあるとは言え、新実先生(本番指揮者)ではない嶋田先生が「ああだのこうだの」と注文を出すレベルではもはやありません。
また先週の土曜日の組曲「うたにつばさがあれば」も同様になかなか大したものでした。
今日は多くの中学校高校がテスト直前ということもあり、その中で「サッちゃん」や「うたにつばさがあれば」を細かく練習するよりも、「歌のひろば」の中から楽しくてしかも基礎基本を育む歌を歌ったほうが「はるかに効率が良い」と考えたわけなんですね。

先週のソラノートで、3月26日のスプリングコンサートで歌う予定の曲を記しました。なるべく多くの小学生が知っている曲が良い…というのがポイントです。
○赤いやねの家
○歌えバンバン
○気球にのってどこまでも
○手のひらを太陽に
○BELIEVE(ビリーブ)
○ゆかいな牧場
ですが、これ以外にも何曲か実際に歌ってみて、よりよい曲が(というか「空」のみんなに合っている曲が)あれば増やしても良いしチェンジしても良い。ただ、3月26日というゴールは決まっていますから、あまり先に延ばすこともできません。意見があれば教えてください。

「赤いやねの家」はこの6曲の中ではいちばん知られていない曲かと思われます。だけど、モーツァルトやシューベルトの名曲だって生まれた時から知っている子はいません。「赤いやねの家」を知らない…という子は、その子がサボっていたわけではなく、今までに「赤いやねの家」という曲に出会うチャンスがなかった…というだけの話です。
その子にとっての最初のチャンスが「空」というチームの中で生まれたとするならば、それはとても嬉しいことだと思います。
この曲は「赤い屋根」が「青い屋根」でも良いし「茶色い屋根」でも良い。また「家」をイメージする必要はゼンゼンなくて、「幼稚園」でも良いし「小学校」でも良いし、広場や公園や道であっても良い。
つまり、みんなにとっての「思い出の場所」をイメージしてくれれば良いのです。

人間は生まれてから、幼稚園に行って小学校に行って、やがて大人になって年を取っていきます。幼稚園の時に着ていた服や小学校に入学した頃に使っていた運動靴などがまだ残っているかもしれませんが、今のみんなはその服や靴を着ることも履くこともできないでしょうね。
「生きる」っていうことは、必ず何かと「お別れする」ということです。
「未来に進む」ということは、必ず後ろに戻ることのできない場所を作るということです。
これは子どもも大人も同じです。
だから歌う「空」のメンバーが「赤いやねの家」という曲に対して抱くイメージは、そのまま嶋田先生やお父さんやお母さんや全ての大人たちが抱くイメージと全く同じなのです。
もう一度書きますが、「未来に向かう希望」には必ず「未来に向かうことによる別れのさびしさ」がセットになります。
そして、大人も子どもも、世界中の人たちも、同じように「未来に向かう」ことしかできないのであり、「過去にもどる」ことは誰にもできません。
だから「赤いやねの家」という曲の世界は、大人も子どもも世界中の人たちにも通用する世界であるはずです。
NHKの「おかあさんといっしょ」や「みんなのうた」で発表されたのが1989年です。未来に向かう時の「夢」や「希望」を歌う曲は多くありますが、未来に向かう時の「別れ」や「さびしさ」はなかなか歌のテーマにはなりにくい。ですが世界中の人々に通用する共通の思いであることは確かであり、だから作曲されて35年近くなってもなお、みんなが手にする「歌のひろば」にも載っているわけです。

考えてみると選ばれた曲は「歌えバンバン」も「気球にのってどこまでも」も「手のひらを太陽に」も「ビリーブ」も、みんな「大人も子どもも世界中の人たちにも通用する世界」を持っています。
これらの曲をロシアやウクライナの人々が知っているとは思えませんが、その「曲の世界」はロシアやウクライナだけではなく世界中の人々に「共通の世界」だと思います。
そのような「共通の世界」を歌う曲のことを「名曲」と言うのだろう…と嶋田先生は思います。

なに? じゃあ「ゆかいな牧場」って何なんだよぅ だと?
「ゆかいな牧場」は「ことばあそびうた」です。アメリカ版「ことばあそびうた」。「はないちもんめ」みたいなものですね。「はないちもんめ」をアメリカ人に向かって「フラワー スリー コンマ セブン ファイブ グラム」です…なんて説明する人はいないでしょう。楽しけりゃそれでOK…という歌は世界中にたくさんあります。

なに? 意味がわからん だと?
「一匁」というのは3.75グラム という意味じゃわ。わっかるっかなぁ~