野田暉行先生のこと

【令和4年9月24日(土)】
明日(25日)も新実先生のリハーサルということで、緊張感の高い練習が続きます。
ですが今日は「うたにつばさがあれば」と「わたりどり」を発声練習で歌った後、「空がこんなに青いとは」の楽譜を渡して歌いました。手渡した楽譜はメチャメチャ汚ならしい楽譜のコピーなのですが、これは50年前に嶋田先生が合唱部に入って初めてもらった楽譜、すなわち生まれて初めてハーモニーを感じながら歌った時の楽譜です。
だから、楽譜の中に書き込んであるメモ(ヘタクソな字だ)は6年生の時の嶋田君が書いたものです。

野田暉行先生が天に帰られました。9月18日、先週の日曜日。まさにみんなが新実先生の指揮で歌っていた日でした。
野田先生の代表作は「空がこんなに青いとは」です。昭和45年(1970年)のNHKコンクールの課題曲。その2年後に嶋田先生が歌ったのですが、もしこの時に合唱部に入らなかったら、そして「空がこんなに青いとは」を歌わなかったら、嶋田先生は今のような「合唱人間」にはならなかった…と断言できます。中学校や大学で合唱部に入ることもなく、小学校の先生になっても合唱部を指導することはなく、ましてや「空」などという合唱団を創ることもなかったことは確実です。
1996年に合唱団「空」を創った時、そのチーム名を「空」としたのは「空がこんなに青いとは」という曲があったからです。

その野田暉行先生の訃報を聞いてすぐに決断しました。無理なことは百も承知の上ですが、追悼の意味を込めて歌うことができるのは「今を置いて他にありません」。第26回定期演奏会のオープニングで歌わせてください。みなさん、どうか力を貸してください。
それに、野田先生は東京芸術大学で新実先生に作曲を教えた先生(教授)でもあります。新実先生だって「思い」は同じなはずです。
第26回定期演奏会などというイベントが開催されるのも、今日9月24日にこのメンバーで歌っていたのも、全てのスタートは「空がこんなに青いとは」が原因なのです。

21日(水)にはアートピアホールに打ち合わせに行ってきました。18日(日)に新実先生と打ち合わせた点も含めて整理します。

【オープニング】
団歌「うたにつばさがあれば」
追悼「空がこんなに青いとは」
【第1ステージ】
合唱組曲「ことばあそびうた」
【第2ステージ】
「サウンド・オブ・ミュージック」
【第3ステージ】
曲集「南海譜」
【第4ステージ】
曲集「火の山の子守歌」
【アンコール】
「無名」「盲導犬S」「とどいてますか」←ここだけ曲順が未定
【エンディング】
「わたりどり」

今日もすごい集中力で「とどいてますか」「無名」「盲導犬S」「だって」「いるか」「かぞえうた」「傘もなく」「春」を歌いました。しかし時間的にもこれが限界でしょう。今日のメンバーは、今日もまた時間いっぱいまで限界に挑む練習をしたということです。
しかし、全曲には遠く及びません。
ただ、先週のリハーサルで新実先生から注意されたことは、みんなが自分自身の耳で聞き、自分自身の心で受け取ったはずです。
そのキャッチを生かして、集まれるメンバーで「できる限りの」努力をしましょう。

一点だけ連絡。新実先生から「無名」についての変更点が届いています。今日のメンバーには伝えて実際に歌いましたが全員には伝わっていません。その変更点を確認して練習できるのは、明日の朝、9時45分に新実先生がフェールマミに到着されるまでの間です。
なるべく早くフェールマミに来てください。嶋田先生も9時には第2ホールにいるようにしますね。

明日も楽しく充実した一日になります。みんな、よろしくね♪