合宿3日目 そう思うこと

【令和6年8月26日(月)】
合宿の3日目。まずは「うたにつばさがあれば」。合唱団「空」の団歌です。
今、思えば、「いぬのおまわりさん」「サッちゃん」「おなかのへるうた」の作曲者・大中恩先生に作曲していただけたことを奇跡のように思い、そして光栄なこと、幸せなことであったと心から思います。
そのいきさつについては「うたにつばさがあれば」オレンジ楽譜の巻末に記してありますのでご一読ください。
全員でメロディーを歌い、そしてソプラノ・メゾソプラノ・アルトのパートを全部歌ってからハーモニーを作りました。そもそも元になるメロディーが美しいので歌っていても楽しいですね。ハーモニーも美しかったと思います。
次はアンコール。「寝床」です。
この曲は「空にかいた12の童話」の前半11曲に通じるところがありますね。
「燃やすのをもう一日のばそうか 今晩も冷えそうだもの」という終結は「雪を知らない子がいたら白い雪をふらしてあげよう」とか「公園でふるえてる子犬に明るい陽だまりあげよう」という気持ちとまったく同じだと嶋田先生は感じます。

昨日、ソラノート「合宿2日目」で報告した
前に配置されている11曲を歌わなければ「あこがれ」を歌うのに必要なエネルギーが生まれない
という理由ですが、11曲で歌われる「やさしくて」「あたたかい」行動は、しかし「もし、その行動をやったとしても」その対象(人や動物や植物)を本当に助けることができるか…これは考えなくてはなりません。
たとえば上に書いた内容の「落ち葉を燃やすのをもう一日のばそうか」という行動を実行したとしても、それはネコを一日かせいぜい二日くらい助けることはできても、冬の間中の寒さから助けることにはつながりません。
また「雪を知らない(愛を知らない)子がいたら白い雪を(きれいな愛を)ふらして(とどけて)あげよう」というフレーズも、私たちが愛を与えることができたとしても、その「雪を知らない子」を一生涯、死ぬまで面倒(めんどう)を見てあげることはできないのです。
では「空にかいた12の童話」の前半11曲や「寝床」で歌われている歌詞の内容はムダなのかというと決してそうではない。
そうやってあげたいと思うこと、自分には何ができるのかを考えること、そのこと自体に無限の価値があり、大きな値打ちと意味があるのだと思います。
嶋田先生だって実際には、きちんと冬の間中助けられるのか?と言われたら、「寝床」に出てくるネコ一匹、助けるだけの力はありません。本当に助けようと思ったら、そのネコを飼うしかない。先生の家にはそのスペースはないし、一匹助けたとしても、同じような境遇(きょうぐう)の二匹目や三匹目を助けることは不可能です。
でも、みんなは「燃やすのをもう一日のばそうか」と考えるでしょうし、実際にその立場なら絶対に一日のばすことでしょう。
その気持ちが大切ですね。そう思います。

そして「ずいずいずっころばし」。無伴奏で大変ですね。ピアノのありがたさが身に沁みます(笑)。だけど「ずいずいずっころばし」を歌えるようになったらすごいですね。音楽の力、合唱の力が本当に高まります。
今日は楽譜を見て歌ったらかなりシッカリと歌うことができましたが、楽譜を持たずに歌ってみたら崩壊(ほうかい・くずれおちること)しました(笑)。でも、そのことが分かっただけでも練習したカイがあるというものです。

午後のラスト2時間は迷いましたが「六つの子守歌」にしました。やはり池辺先生の指揮を見て、メンバーが自信を持って歌えるようにしたい…という願いがありました。

8月3日(土)だったかに恒川先生が撮影してくれた練習風景の歌声には「声の響きに問題がある」と書きました。そして10日の合唱フェスティバルや17日の練習や今回の合宿で「声の響き」をメンバーに分かりやすく伝えるためのアノ手コノ手を考えて実行したつもりです。
父母会や大きい子たちが投稿してくださった合宿中の歌声を聴くと、完全の100点満点とは言えないかもしれませんが、「声の響き」についてはかなり高まったと感じています。
8月3日に出てきた問題点を今日(8月26日)の時点でここまでクリアできるとは予想していませんでした。みんなの努力と集中力に感謝と拍手を贈ります。

毎回のことながら合宿を行うにあたっては事前の準備から当日の配慮まで、担当の父母会の皆様には本当にお世話になりました。
また応援に駆けつけてくれたサポーターのメンバーや、恒川先生、内匠先生にも感謝の念を禁じえません。
本当にありがとうございました。

さて、本番までちょうど2カ月です。合宿の成果を生かして、まずは木曜日に池辺先生と音楽をしましょう。
その2日後の土曜日は今木先生です♪

台風がチョット心配だなぁ…