【令和4年12月10日(土)】
令和4年の活動も今日を含めて17日(土)、18日(日)は本番、そして24日(土)と残り4回になりました。
今日は前半に組曲「うたにつばさがあれば」を歌いました。
「うたにつばさがあれば」はもともとは歌曲集であり、つまりソプラノ歌手が一人で歌う曲です。ハーモニーの部分は大中先生が合唱団「空」のために新しくアレンジ(編曲)してくださったわけで、つまりメロディーが非常に重要。
だから新しいメンバーを迎えてスグの本番のために…というだけではなく、メロディーを専門に歌う新しいパート(?)を作る…という方法は非常に正しいと思います。5曲目の団歌「うたにつばさがあれば」を今後の定期演奏会で歌う時にも(つまり十分な練習を積み上げたステージでも)、メロディー専門のパートというかメンバーを決めて臨むのは良い方法なのではないでしょうか。
というのも、今日、集まったメンバー全員でメロディーだけを歌った時、嶋田先生は春口雅子さんのことを思い出していました。みんなの歌声が重なった響き。その響きで歌うメロディーは、春口さんの歌声を彷彿(ほうふつ・豊かに思い出すこと)とさせました。
嶋田先生は春口さんが歌った「うたにつばさがあれば」のCDを持っており、それから生演奏で春口さんの「うたにつばさがあれば」を聴いたこともあります(その時の九官鳥は嶋田先生でした)。
今日のみんなの歌声は、春口さんにそっくりだった…と言ったら少しホメすぎ…と言うか少しウソっぽいですけれども、少なくとも嶋田先生の脳みそに
「あぁ、春口さんの歌声はこんな感じだったなぁ…」
という思いを抱かせたことは事実です。
第1回定期演奏会での初演に立ち会い、第4回定期演奏会での再演では「すごく良くなってるぅ」と涙を流して喜んでくださった春口先生。作曲の大中先生も作詩の春口先生もともに天へ帰られた今、組曲「うたにつばさがあれば」を歌い継いでゆくことは非常に意義深いことと思います。
12月18日(日)は力を貸してくださいね。
後半は混声合唱組曲「水のいのち」から第1曲目の「雨」と第2曲目の「水たまり」の音取りをしました。
ちょっと嶋田先生はアセッています。組曲「水のいのち」は3月26日のスプリングコンサートで歌いたいので、音取りだけは早く済ませておきたい。
それよりも現在の日本でトップの合唱指揮者・清水敬一先生のリハーサルが2月19日(日)に迫っています。その時には女声コーラス青と東海メールクワイアーと歌い合わせなくてはなりません。
その時に「音がわかんなぁ~ぃ」なんて言っていたら惨め(ミジメ)です。
今日のメンバーは分かったと思いますが音取りそのものはさほど難しい曲ではありません。50分かそこらで「雨」と「水たまり」の2曲を最初から最後までハモらせてしまいましたからね。混声合唱なので「空」が受け持つのはソプラノとアルトの2パートだけ…というのも助かります。お互いに助け合うことができますからね。
しかし、「水のいのち」の本当の難しさは精神というか「心」にあります。
合唱団が、歌っている歌詞の、その言葉の意味を豊かにイメージしていないと、味も素っ気もない音楽になる。うどんやそばを食べる時に、醤油とダシで味を付けた「つゆ」をかけますが、その「つゆ」の代わりに「お湯」をかけて食べるような…そんな音楽になります。
世の中には数え切れないほど多くの「歌」がありますが、「イメージの大切さ」という点においてはスペシャルクラスの、おそらくは第1位にノミネートされる曲が「水のいのち」です。
今日もほんの少し「水たまり」について説明しました。「わだち」「ちぎり」「うなずき」「まどい」などの言葉の意味です。
そして、それ以上に大切なのは、みんながよく知っている簡単な言葉の意味です。たとえば
うつした空の
青さのように
澄もう と苦しむ
小さなこころ
という一節。この中に小学生が分からない言葉は一つもありません。
作曲の高田三郎先生は、このフレーズについて次のように教えてくださいました。
轍(わだち)のくぼみにたまった水たまりの水はドロ水です。ですから茶色くにごっています。そして消えてゆくしかない。
私たちの心も、仕事に疲れ、学校ではイジメられ、テストの点も悪く、親や先生や上司に怒られてばかりで、ドロ水のようににごっています。
しかし、水たまりのドロ水は、そのにごった水面に「空」を映しています。
そして、
あぁ、あの空のように透きとおっていたい。あの空のように青くありたい。あの空のように清らかでありたい。
と願い続けているのです。
そして、蒸発して消えてなくなる最後の瞬間まで、「澄んでいたい、青くありたい、清らかでいたい」と願い続けて、ドロ水は「空」を映し続けるのです。
(嶋田先生たちを指さして)
みなさんの心も、そのように願っているのではありませんか?
と。
嶋田先生もあまりハンサムではないし清らかな心も持っていません。ウソもつきますし人の心をキズつけてしまうこともあります。にごった心の持ち主です。
みなさんも同じではありませんか?
でも、嶋田先生は「そうなれない」とは分かっていても「清らかでありたい、正直でありたい」「そんな自分でありたい」と願っています。
みなさんも同じではないでしょうか?
嶋田先生が高田先生の指揮で「水のいのち」を歌ったのはちょうど30年前、1992年の5月でした。
そして嶋田先生は「歌詞をイメージして歌う」ことの大切さと素晴らしさを学びました。
それ以来、自分の国語の授業が変わりました。「きつねのおきゃくさま」も「アレクサンダとぜんまいねずみ」も「ごんぎつね」も、ただ読むだけではなくて、作者が書いた言葉の「真実の意味」を探り出す授業になりました。
「空」のメンバーが知っている「歌詞にウルサイ嶋田先生」になったのは、実は「水のいのち」に出会ったからです。
楽譜に書いてある「音」を声にして再現するだけならば、今の「空」のメンバーならそんなに難しい話ではないと思います。しかし、音楽に込められた「メッセージ」を「イメージ」して「歌声として表現」できるようになるためには時間が必要です。
「水のいのち」のメッセージ性は「白いうた青いうた」とは比較にならないほど強く深いものがあります。
だから「水のいのち」は歴史上いちばん楽譜が売れた合唱曲であり、その印刷部数は2位を大きく引き離したダントツの1位です。
できることなら来週の練習でも「うたにつばさがあれば」を確認した後で第3曲「川」くらいは音取りしたいなぁ…と思っています。