カテゴリー: 練習日記

  • 施設訪問コンサートよろしくね。

    【令和6年7月5日(金)】
     今日は昨日よりも暑いですね。みんな、体調管理に気をつけてくださいませ。

     さて、明日は「空」にとってもおそらく6~7年ぶりの施設訪問コンサートです。コロナになって中断していましたが、関係父母会ママのご尽力で久々の復活となりました。
     参加できるメンバーはよろしくね。

     通常、ソラノートは練習が終わってから、その日の練習で何をやったか、その日の練習の目的や成果は何か…などを書くようにしています。
     久しぶりの訪問コンサートで、初めて保健施設に入るメンバーも多いと思いますから、書き続けて20年くらいになりますが初めて「ねらい」「目的」について予告編を書いておきます。
     なぜなら、本当は明日、練習をしながら話したいのですが、時間が限られていますから、できるだけ説明みたいなことをシャベるのは少なくしたいのです。

    【お客さまのこと】
     定期演奏会や合唱フェスティバルの場合、聴いてくださるお客さまは電車や車でわざわざホールまで来てくださいます。
     ところが施設のお客さまは、おそらくはもう施設から外出できない人たちです。そして、年齢は90才を超えた人々でありましょう。
     嶋田先生の父親も95才になり、施設に入っていて、昨日も会いに行ってきたのですが、もう合唱団「空」や東海メールクワイアーの定期演奏会にも連れ出すことはできません。それどころか施設から近所の公園に散歩に出ることも、とってもムズカシイのです。
     そんな人たちに、プレゼントをするとして、みなさんなら何を持って行くか、それを考えてほしいのです。

    【とどかないプレゼント】
     考えられるものの代表として、話を分かりやすくするために
    〇100万円(ようするにお金)
    〇ダイヤの指輪(ようするに宝物)
    〇フランス料理(ようするに高級な食べ物)
    この三つを上げておきます。「いつまでもお元気で」などと書いた手紙などは外しておきますね。
     さて、100万円。どうでしょうか?みなさんならゼッタイもらったら嬉しいでしょう。では、お年寄りたちにとって100万円はどうなのだろうか。
     嶋田先生のお父さんなら、100万円もらっても机の上に置いておくだけでしょう。間違いなく嬉しくないと思います。なぜなら、もう使い道がないからです。高級自家用車も最新のゲーム機も、もうお父さんにとっては石ころと同じです。
     では、ダイヤの指輪はどうでしょうか?おばあちゃんなら喜ぶかもしれないね。
     でも、そのおばあちゃんの手は、もうシワシワで、ダイヤの指輪をはめても似合いません。第一、そのダイヤの指輪をはめて出かけていく場所がないのです。そもそも施設から外に出かけることができるのかどうか…。車イスから離れられないような人に「この指輪きれいでしょ」なんて言っても意味があるのかな。
     最後にオイシイ最高級のフランス料理。これなら味があるから食べたいよね。
     嶋田先生のお父さんなら、昨日も外して見せてくれましたが全部入れ歯です。下の歯は少し残っていますが、上は上顎(うわあご)の形をしたピンクのプラスチックに全部の歯が並んでいる入れ歯。先生は、その父親にフランス料理の高級ステーキを食べさせようとは思いません。

    【とどくプレゼントとは】
     お金もダイヤもフランス料理もいらない。そんな人たちが喜ぶプレゼントって何だろう…?
     このテーマで何度、担任したクラスの子たちと話し合ったことか…。30年以上考え続けた嶋田先生の結論は
    〇楽しかった思い出や美しい思い出を蘇らせて(よみがえらせて)あげること
    〇その晩、楽しくて美しい「夢」を見せてあげること
    だと思います。
     明日のみなさんの歌声を聴いて、おじいちゃんやおばあちゃんたちが、若かったころや子どもだったころの楽しい記憶を思い出してくれたら、どんなにステキでしょう。その記憶の中には、おじいちゃんやおばあちゃんたちの「お父さん」や「お母さん」も出てくるはずです。90才の人の「お母さん」なら生きていれば120才くらい?
     おじいちゃんやおばあちゃんたちが、自分は子どもになっていてお母さんと手をつないで歩いている風景を思い出してくれたら、どんなにステキでしょうね。
     そして、歌い終わってみんなが帰った後、夜になってベッドに入って見る夢が、「自分が子どもだったころの美しい風景」の夢だったら。
     みんなの歌声で、もしもそんなことができるなら、それは本当にステキなことであり、みんなにとっても最高に幸せなことだと先生は思います。
     そういうことがやりたい。それができるのが「音楽の力」です。

    【1曲だけ解説】
     明日、歌う曲はすべて歌集「歌はともだち」に載っているものばかりです。この歌集は小学校で採択されているもので、偶然ですが嶋田先生が2月まで務めていた小学校でも同じ歌集を使っていました。
     出版しているのは教科書会社です。教科書会社が「小学校でこの曲が歌われると良い」と判断して載せている曲には「COSMOS」あり「ビリーブ」あり。そんな中に「里の秋」があります。
     P80を開いてみましょう。ちょうど「さんぽ」も載っていますね♪
     残念ながら「さんぽ」は歌いません。「さんぽ」は素晴らしい曲ですが、明日のお客さまに向かって「あるこうあるこう、私は元気。ともだちたくさん、うれしいな」なんて歌っても意味はありません。
     同じページに載っている「里の秋」は、今回のような機会に取り上げなければ合唱団「空」のメンバーもおそらくは一生(死ぬまで)歌わずに終わってしまいそうな曲です。ウソだと思ったら、メンバーは父母会(つまりみんなのお父さんお母さん)に聞いてごらんなさい。「ねぇねぇママ、「里の秋」って知ってるぅ?」って。
     詳しくは明日、説明しますが、ここでは3番だけ。

     さよなら さよなら 椰子の島
     お船に ゆられて 帰られる
     あぁ 父さんよ ご無事でと
     今夜も 母さんと 祈ります

     「椰子(やし)の島」とは太平洋戦争で日本兵が戦った南の島のことです。戦争が終わって生き残った日本兵は輸送船(お船)に詰め込まれて日本本土に帰ってきます。
     その日本兵の父さんを、「無事に帰ってきて!」と祈り続け、待ち続ける子どもの思い。

     今、90才の人は戦争の頃は10才くらいです。明日の施設のお客さまの中にも、同じ思いを抱いた人がいるかもしれませんよ。10才の時にお母さんと囲炉裏(いろり)を囲んで
    「ねぇ、母さん、お父さまはいつ帰ってくるの?」
    などと話していた経験を持っている人が。
     この曲が作られたのは1945年(昭和20年)の12月です。そして12月24日にNHK東京放送スタジオからラジオで生放送されました。歌ったのは当時小学校5年生だった川田正子です。
     川田正子が歌い終わった時、スタジオ内にいた全ての人(アナウンサーや司会者・マイク担当・音声担当・伴奏した小オーケストラのメンバーなど)は水を打ったように静まりかえり、次の瞬間にはスタジオが雷のような拍手に包まれたそうです。
     そして数分後、NHK東京放送の電話がジャンジャン鳴りっぱなしになり
    「今のは何という曲だ?」
    「お願いだからもう一回放送してくれ!」
    「もう一度聴きたい」
    などの電話が一晩中かかってきたそうです。

     79年前、子どもの時、その放送を聴いた人がいたら。そしてお父さんが帰ってきた子もいたでしょうが、お父さんの戦死の知らせを受け取った子もいたでしょう。
     そんな人たちが、みんなの「里の秋」を聴いたら、どんな気持ちになるでしょう?

     想像してみてください。

  • 課題がハッキリすれば…

    【令和6年6月29日(土)】
     今日は中学生高校生の期末テストのピークです。それが分かっていたから先週23日の大中先生生誕100年フェスティバルにも「空」は参加しなかったのです。ソプラノ歌手の大中清子先生(恩先生の奥様)が「うたにつばさがあれば」を歌われたので、「空」も参加したかったのですが、テストをホッタラカシテ合唱をやってるのは変です。
     でも、メンバーの何人かは清子先生の「うたにつばさがあれば」を聴いてくれたので、また感想を環流(かんりゅう・みんなに広げること)してください。

     というわけで今日はソプラノ4名、メゾソプラノ6名、アルト3名の参加でした。
     先週・先々週と「夜明けのイソップ物語」の練習が集中していましたし、来週7月6日は4年ぶりくらい(?)の福祉施設訪問コンサートですので、今日はメンバーが少ないことは分かっていましたが、あえて「三つのわらべうた」を中心に練習しようと思っていました。
     具体的には「一匁一丁」のテンポがゆっくりになる部分です。どこまでを一定のテンポで進めて、どこからテンポがゆっくりになり、そしてどこから元のテンポに戻るか…。
     こういう表現に関することを「アナリーゼ」と言います。
     もちろん全員が共通理解しておくべき内容なので、今後も同じ指摘を繰り返しますが、アナリーゼをやると音楽に(その曲に)対するイメージが変わるので、アナリーゼは楽しい練習です。それをやろうと思った。

     でも、やってみると違う課題が出てきました。
    ひとつめは、音程に自信がないこと
    ふたつめは、音程に自信がないから声が小さくなること
    みっつめは、声が小さくなるから各パートの出だしが分かりにくくなること
    よっつめは、各パートの出だしが分かりにくくてハモらなくなること

     人数が少ないんだから仕方がないよ。

     ソウジャナインダナァ!!!!

     そこにいる子(今日の練習なら今日いたメンバー)の一人一人が課題をクリアしてくれれば良いのです。
     だって課題はハッキリしています。
    まず、音程に自信をつけてもらうこと。
    そしたら、声が少しずつ響いて大きくなります。
    すると、各パートの出だしが分かりやすくなってきて、
    キチンとハモるようになってくる。

     簡単な話です。でも、今日のメンバーはツラかったかな。なにしろ課題をクリアするために一人で歌ってもらう時間が多くなりましたからね。
     でも、これはツラい話じゃなくて必要なことなんだよ。一人で歌う、一人で声を出す。誰の助けも借りないで自分の声と表現で勝負する。これは逃げちゃいけない、少なくとも上手になる(大きくなる)ためには必要なことです。

     今日のメンバーは頑張りました。
     何度も何度も、いろいろな部分を一人で歌って、でも、そのおかげで音程は正確になってきましたし、声の響きも良くなってきました。
     「一匁一丁」という楽曲を材料にして、今日は一人一人の「レベルアップ」に特化した練習になりました。
     マジな話、嶋田先生は「一匁一丁」のアナリーゼをやろうと思っていたのですが、それは単なる材料になってしまい、結果としては一人一人のスキルアップになったわけです。
     大きな予定変更でしたが、それは必要であり値打ちのある「変更」だったなぁ…と、このノートを書きながら思っています。

     来週は福祉施設訪問コンサートです。ここで歌う曲は今までにただの一度も練習していないし歌ってもいません。
     歌集「歌はともだち」1冊あれば良いです。7月6日に歌う曲を7月6日にだけ練習して本番に突入します。だからチョー久しぶりのメンバーやOBでも構いません。
     スケジュールについては「父母会連絡」を参照してください。
     よろしくね。
     今日のメンバー、よくガンバリました。

  • 【令和6年6月22日(土)】
     今日は期末テストの中学生高校生が多いのですが、けっこう多くのメンバーが集まってにぎやかに練習を進めることができました。
     最初に実情を書きますと、実は明日23日(日)は東海メールクワイアーの定期演奏会で今日は午後から前日リハーサル。明日は東海メールの前に大中先生生誕100年フェスティバルもあるのですが、期末テストさえ重ならなければ合唱団「空」もフェスティバルに参加したかったのです。でも、テストをホッタラカシテ合唱をやってるのは変です。というわけでフェスティバルには不参加。
     ちょっと話が長かったなぁ。
     何はともあれ、そういう事情で中学生高校生のメンバーが少ない中でしたが、驚異的な練習をすることができました。
     何をやったかと言うとですね、組曲「夜明けのイソップ物語」を全曲、歌い通してしまった…というわけです。
     そういう練習をしたいなぁ、やれたらいいなぁ…と思いながらフェールマミに行く嶋田先生でしたが、その「願い」が全部実現してしまった。これは驚異的なことでした。
     歌い通した…と言っても、カンペキな表現で歌ったわけではモチロンありません。今日の目標は
    〇楽譜のどの部分を自分が歌うか…を確認する
    〇その「歌う部分」の音程は正確か…を確認する
    でした。先週は1曲目と5曲目、先々週は2~4曲目と、分解して確認していたのですが、その成果がさっそく現れて、今日は1日(約2時間)で5曲全部をさらうことができました。
     ひたすら「楽譜の中の歌うパートを確認」して、「その音程を確かめる」というのは、それはそれは苦しい練習・トレーニングであったはずですが、メンバーはガンバリました。
     1曲目から5曲目まで、ひとつの流れとして歌い通すことができたって言うんですから大したものです。

     もちろん課題も出てきました。たとえば4曲目「センチメンタルなライオン」の中に、1番と2番で(音の流れは同じでも)リズムが違う部分があって、その確認にけっこう長い時間が必要でした。そして今日のメンバーがその部分をカンペキになったかと言うと、まだまだ不安定な部分も残りました。
     しかしですね、最近よく書くのですけれども、合唱というものは「助け合い」なんですよ。
     次回、同じ部分を練習する時には、今日のメンバーの進歩が必ず全体に波及(はきゅう・よい影響をおよぼすこと)して、今日よりもウンと短い時間で理解が進むはずです。
     だから、今日のメンバーさん、ありがとう…なんです。
     今日の苦労、今日の努力は、近い未来に必ず全体への良い影響をおよぼします。

     考えてみてくれたまえ。「夜明けのイソップ物語」の全5曲を最初から最後まで歌い通したんですよ。これは6月の成果としては大変なものです。

     もう一つ、確認しておきますが、今日は
    〇楽譜のどの部分を自分が歌うか…を確認する
    〇その「歌う部分」の音程は正確か…を確認する
    という目標でコンピュータを使いましたが、そのコンピュータの音でなかなか上手くいかない部分も、嶋田先生がチョイと指揮をしただけでポロンと直る、上手くいくということが今日もけっこうありました。
     7月20日は今木智彦先生の練習ですが、今木先生の指揮だったらもっと上手くいくはずです。
     今は「夜明けのイソップ物語」に限らず、全ての曲で、そのような基礎基本というか「対応力」を高めておきたい。ピシっとした指揮をチャンと見ることができさえすれば、必ず進歩することのできる「力」です。
     その「力」がみんなの中で膨らんだ時、池辺先生の指揮で…
     そう考えると、嶋田先生は楽しみで夜も眠れなくなるのですよ。

     さて、テストのある子はガンバってくださいね。嶋田先生と内匠先生と「空」男子メンバー4人は東海メールクワイアー定期演奏会をガンバってきまぁ~す。

  • 頭で分かっていることの大切さ

    【令和6年6月15日(土)】
     今週から6月の終わりにかけて期末テストが予定されている中学生高校生が多いと思います。何の力にもなれませんが、ガンバってくださいね。応援しています。

     さて、今日は8月10日の愛知県少年少女合唱連盟合唱フェスティバルで歌う曲、つまり
    〇もし、空になれたら
    〇もし、りんごの木になれたら
    〇もし、どうぶつ語がしゃべれるようになったら
    この3曲の表現をスタートさせて、先週の続きで「夜明けのイソップ物語」の
    〇1曲目「あさやけのこんこんぎつね」
    〇5曲目「夜明けのイソップ物語」
    の音程の確認や一人一人が担当して歌うパートの確認をしようと思っていました。

     結論を書きますと、「しようと思っていた」ことの全てを、ほぼ予定どおりに完了させることができました。
     集まってくれたメンバーに感謝です。

     ほぼ予定どおり…と「ほぼ」が付くのは
    〇もし、空になれたら
    〇もし、りんごの木になれたら
    〇もし、どうぶつ語がしゃべれるようになったら
    を同じウエイト(重さ)ではできなくて、最初の「もし、空になれたら」は繰り返し繰り返しの練習になったけれども、最後の「もし、どうぶつ語がしゃべれるようになったら」はアッサリと2回くらい歌っただけ…という感じになってしまったからです。

     でも、「もし、空になれたら」が詳しくなるのは最初からの予定でした。なぜなら「もし、空になれたら」の練習と「合唱の基礎基本」の練習とを織り交ぜながらやるのが予定だったからです。
     「合唱の基礎基本」とは、さまざまな内容といろいろな練習がありますが、今日の練習で取り上げたことは
    〇ドの音を聴いてミが分かる耳
    〇ドの音を聴いてソが分かる耳
    この二つを育てようということです。
     「もし、空になれたら」の歌い出し「もし、春の空に…」の「もし」のハーモニーはト長調のまさしく「ド」と「ミ」でスタートしています。あるいは「なれたらー」の「らー」のハーモニーは「ミ」と「ソ」です。
     だから「ド」の音を聴いたら同時に「ミ」も「ソ」も分かるよっていう耳があると、とっても便利。上達が早くなりますし、何よりも合唱が楽しくなります。
     嬉しいことに合唱団「空」は4月以降に多くの新しい仲間を迎えることができました。この新しい仲間に対して、このような「合唱の基礎基本」を伝えることはゼヒ必要なことでありまして、今までにも毎回「今日やろうか」「今やろうか」と思っていたのですが、「早く曲を覚えてほしい」という願いもあってなかなかできませんでした。
     もっとも今日一日だけ今日一回だけやれば良いという話ではないので、またチャンスを作りますが、みんなのおかげで今日はとっても中身の濃い練習になりました。

     それにしても「もし、空になれたら」の音程を正確に歌うのは大変ですね。曲そのものが歌って楽しいので、ついつい音程がオロソカになってしまいます。音程が少しくらい違っていても「歌う楽しさ」が先行して「満足度」が高まってしまうのですね。
     これは、合唱団「空」だけの問題点ではなく、東海メールクワイアーを含めて世界中の合唱団に共通する問題です。大人も子どもも関係ない。ついつい「楽しけりゃそれでOK」になっちゃいますよね。勉強でもそうでしょう?
     しかし、音楽ならば正確に、図画工作ならば丁寧に。正確に丁寧に作り上げた作品は見たり聞いたりする人を感動させます。「楽しけりゃOK」で仕上げた作品は1秒見たら終わりになってしまう。
     「もし、空になれたら」だけでなく、「りんごの木」も「どうぶつ語」もみんな同じで、演奏会のプログラムは全て同じ。

     みんな、だんだん曲が分かってきて、どんな音程かもどんなハーモニーかも分かってきました。この「頭で分かっている」ことが、ものすご~く大切なことです。
     「頭で分かっている」から「そこの音程すこし違うよ」と言われてもスグに直せます。
     「頭で分かっていない」と「そこ違うよ」と言われても何が違うかが分からない」。
     今日の練習もそうですし、今までにやった全ての練習は、この「頭で分かっている」割合を増やすことにありました。「頭で分かっている」人が多ければ多いほど、これからの表現の練習が効率よくなってきます。
     
    来週も、もう少しだけ「音程確認」と「合唱の基礎基本」かな。それで
    7月 今木智彦先生
    8月 少年少女合唱連盟合唱フェスティバル 
    9月 今木智彦先生
    10月 池辺晋一郎先生
     という流れになります。がんばろう。力を貸してください。

  • 土曜日通常練習と日曜日サポート練習との関連性

    【令和6年6月8日(土)】
     この日は先週の続きです。先週は「夜明けのイソップ物語」の2曲目3曲目4曲目の音程をひととおり確認しましたので、1曲目と5曲目の音程確認です。この2曲は楽譜のパート分配が少し複雑なので
    〇だれが、楽譜のどこのパートを歌うか
    〇その担当して歌うパートの音程の確認
    〇担当して歌うパートのリズムの確認
    〇ついでに歌詞の確認
    です。先週と少し違うのは内匠先生がいるので、コンピュータのロボット音楽だけではなく、内匠先生と恒川先生と嶋田先生とで「血の通った人間の音楽」で歌えた…ということです。(ホントかよ。嶋田先生って人間だったの??)

     先週と今週で合わせて「夜明けのイソップ物語」を全曲、上の〇が確認できたのは今後に向けて非常に明るい材料です。意に反して参加できなかったメンバーも、先週と今週とで確認しているメンバーといっしょに歌うことで、効率よく上の○を確認することができるでしょう。
     合唱というものはケッキョクは「助け合い」です。年齢も経験も含めて、あらゆる事情が異なる集団が、たった一つ共通している「歌が好きでみんなで歌いたい」という願いのもとに集まっているわけですから、毎回の練習が
    〇今日、集まることのできたメンバーが
    〇集まることのできなかったメンバーの
    〇次回の練習で「支えになる」
    というスパイラル(くりかえし)です。
     練習の出席率が100%であれば「支えっぱなし」になりますがそれは有り得ないことで、みぃんな運動会もあるし熱を出すことだってある。そこを、どう支え合うか…それが合唱の醍醐味です。

     嶋田先生が教務主任や教頭をやってた頃は、東海メールクワイアーの練習には半分くらい欠席でしたし、出席できたとしても2時間の練習の最後の15分にスベリコミ…なぁんてことはしょっちゅうでした。
     それで在団42年。毎年の定期演奏会に出なかったことは一度もありません。
     名古屋市の教育課程編成の仕事をやってた時は苦しかったなぁ…。半年間、一度も練習に行けなかったもんね。教育課程というのは「名古屋市中の先生のための授業マニュアル」です。それでも音取りは自分でやって定期演奏会は出た。3~4年に一度のその教育課程編成を3回もやったんだよ。それはそれは苦しかったです。

     おっと、また脱線しちまったな。

     でもね、自分が練習できなかったことが、周りの仲間の歌声に埋没(まいぼつ・中に埋まって)して歌うことでカバーされていく…そのアリガタミをこの世で一番よく知っている人間の一人が、このワタクシ、嶋田先生なんですよ。

     翌日の日曜日(9日)は月に一度のサポート練習がありました。
     前の日に来られなかったメンバーが来てくれましたが、そこでは「ひらいたひらいた」と「思い出の子守歌」をサポート確認しました。
     8日に来られなかった子が9日に来てくれたのなら、8日に練習したこと(つまり「夜明けのイソップ物語」1曲目と5曲目)をやれば良いのに…と思うでしょうが、嶋田先生もそう思いますが、8日も9日も二日間来てくれた子もいるんだよね。
     二日とも来てくれた子に二日間同じ内容の練習をするのは効率が悪い。
     だったら、昨日いなかった今日は来た…なぁんてことよりも、その場にいる子たちが共通して一番知らない曲をやった方が効率が良いでしょうね。それがたまたま「ひらいたひらいた」と「思い出の子守歌」だったというわけなんです。
     連絡ラインで回している「メンバーのニーズに100%合わせます」という文言は、そういう意味なんです。
     次の日曜日サポート練習は7月14日(日)。7月20日(土)が今木智彦先生の初練習になりますから、さすがに次回は「夜明けのイソップ物語」中心のサポートになるかもしれません(笑)。

  • コンピュータを信用していないけど

    【令和6年6月1日(土)】
     6月に入りました。今日も市内の小学校では何校かで運動会があります。先週の運動会は暑い日でしたが今日も暑かったですね。
     さて、6月です。7月から今木智彦先生の練習が始まりますし、8月10日には愛知県少年少女合唱連盟合唱フェスティバルがあります。その前に7月6日には福祉施設訪問コンサートがありましたね。なので7月からは忙しくなりますし、練習も本格的になってきます。余裕がある6月のうちに、やれるだけのことをやっておきましょう。

     というわけで、今日はコンピュータを使って「夜明けのイソップ物語」の2曲目3曲目4曲目の音程をひととおり確認しておこうと思いました。
     2~4曲目は、1曲目と5曲目に比べて、パートの分かれ方が分かりやすいです。基本的にⅠパートとⅢパートが上(だいたいソプラノ)でⅡパートとⅣパートが下(だいたいアルト)になっています。
     時々、ⅡやⅢのパートがメゾソプラノを受け持つ部分がありますが、そういったことを口で説明していてはスゴク時間がかかるので、ジャンジャン音を確認しながら「あっ、ここは!!」と思ったところで音楽を止めて、キッチリと全員で確認していくのが早くて確実な方法です。

     でも、念のために書いておきますが、たとえば3曲目「群れたがらないアリ」は最初のP29は上のパートがⅠとⅡで、下のパートがⅢとⅣになっています。そう書いてありますから確認してくださいね。ところがP31の3段目からは上のパートがⅠとⅢで、下のパートがⅡとⅣになっています。30秒あればできると思いますから、ぜひ楽譜を開いて確認しておいてください。

     結論を書きますと、非常に効率よく3曲の確認ができました。
    〇だれが、楽譜のどこのパートを歌うか
    〇その担当して歌うパートの音程の確認
    〇担当して歌うパートのリズムの確認
    〇ついでに歌詞の確認
    などなど。けっこうハモっていましたし、よく響く声だったので、支援・応援している嶋田先生も楽しかったです。

     上の〇の内容だけならコンピュータは非常に便利です。出てくる音程はカンペキだし、リズムも100%正確だし、細かい部分を歌いやすくするためにテンポをゆっくりにしてくれるし…。しかもメトロノーム付きだから「さんハイ」なんて言わなくてもよい。
     しかし、フェルマータだとかリット(rit.)だとかクレッシェンドだとかはやってくれません。声の大きさのフォルテやピアノもなし。
     これらの表現記号を入れようと思えば入れられるんですけど、ロボットアニメみたいなリット(rit.・だんだんゆっくり)になるんですよ。フォルテ(強く)やピアノ(弱く)でも同じで、ヒジョーに機械的でマシーンっぽい音楽になる。
     だから嶋田先生はコンピュータの音楽は大キライです。

     しかし、使い方によっては非常に便利。出てくる音程はカンペキだし、リズムも100%正確だし、人間的な表現を度外視(どがいし・まったく考えないこと)するならば、とっても効率よく練習が進みます。

     実際に、今日は3曲の中身をかなりキッチリと押さえることができました。集まったメンバーも、よくガンバって吸収してくれました。ありがとう。
     来週は1曲目と5曲目の確認がしたいですね。来週の朝に集まったメンバーの顔ぶれによりますけれども、とにかく一番効率の良い内容の練習にしたいと思っています。

  • 12曲目に「もし、」が付いていないわけ

    【令和6年5月25日(土)】
     今日は「空」にとって1年間で何回かある苦しい日の中のひとつです。と言うのも、今日は市内の小学校の半数以上で運動会があり、先週いたメンバーの中だけでも「来週(つまり今日)運動会」という子が6人いました。さらに中学校と高校では中間テストの時期で、1学期には期末テストだけという学校が増えてきたものの、まだまだ中間テストを計画する学校も多いです。
     というわけで、今日は8月10日に参加が予定されている愛知県少年少女合唱連盟合唱フェスティバルで歌う曲について紹介し、少し表現を深めておこうと思っていました。持ち時間が9分ということで、次の3曲にします。
     〇もし、空になれたら
     〇もし、りんごの木になれたら
     〇もし、動物語がしゃべれるようになったら
     曲を決めるにあたっては、アンケートを取ったり「調整さん」に投票してもらったりと、いろいろな方法があるでしょうが、どんな方法を取るにしても意見や希望がいっぱい出て、まとめるのが大変です。
     それに、歌う曲はみんなにとって大切な問題でしょうけれども、逆に言えば正解はありません。どんな結論になるにしても「何がベスト」かは分からないし、つまりは「全ての意見や希望がベスト」なんです。
     花子さんの意見の曲が正しくて、太郎さんの希望の曲は間違っている…なぁんてことはないのですから、キョクタンに言うと100年話し合ったところで「ベスト」は分からない。
     こういう時には指導者の責任において決めるのも方法の一つです。担任の先生が「この方法でいきましょう」とクラスを引っ張るのと同じですね。
     で、今日は上の3曲を歌いました。
     これで今日のソラノートは終了しても良いのですが、せっかくですからもう少し詳しく報告しておきます。

     まず、今日は少しキビシイ話をしすぎましたね。反省しています。細かい表現の指示が多かった。「最終的にどんなふうに表現していくか」という予告編のつもりでしたが、ちょっとテクニックの話が多かった。算数の授業で言えば「わかりにくい授業」でした。
     でも、集まってくれたメンバーは一生懸命にガンバってくれました。ありがとう。

     「もし、空になれたら」では1番から4番まで、春の空、夏の空、秋の空、冬の空になりたいと歌うのですが、「詩の主人公は、本当に春夏秋冬の空になれるとは思っていないんじゃないかな?」と言いました。さらに「もし、春夏秋冬の空になれたら、こんなことをするんだけれども、でも実際にゼリーやブローチが作れるとは思っていないよ」とも言いました。
     「でもね、5番は本気になって「なりたい」「やりたい」と思ってる。今よりもっと優しくなって地球を包みたいって思っています。だから、5番はみんなも本気の声で歌ってください」
     「地球を包もうというのは地球儀をダッコするのではなく、地球上にある不幸せや悲しみやツラいことを取り除いてあげたいってことだと思うよ」
     これが今日の結論であり報告です。

     さて、ここからが本題。
     「空にかいた12の童話」の詩を読むと、1曲目から10曲目までは全て主人公のセリフあるいは思っていることだとは先週のソラノートに書きました。つまり「 」がつく内容です。
     今日、みんなと練習していて思ったのですが、そしてみんなが帰った後に思ったのですが、ひょっとしたら1曲目から10曲目までの「詩の主人公」は、「そうなりたいし、そうなれたらこんなことをする」って思っていることは確かだけれども、本当に「そうなれる」とは思っていないんじゃないか?ということを思いました。
     1曲目から10曲目まで、本当に「そうなれる」とは思っていなくて、そうなるために修行をして努力して練習しようとも思っていない。
     だから全部タイトルに「もし、」が付くんだよ。
    太陽にも魔法使いにも空にもりんごの木にも透明人間にも、なれたら良いに決まっているし、もしもなれたらいろいろロマンチックなことができるんだけれども、本当になれるとは思っていない。
     でも、そういうロマンチックなことができたら楽しいし素晴らしいですよね。夢ですよ。夢。ロマンです。
     夢を持つことは大切ですし、こんなロマンチックな夢を膨らませることのできる人ってステキです。でも、なれない。
     そう思います。
     ところが11曲目で、「おまえは太陽でも魔法使いでも空でもりんごの木でも透明人間でもない!!おまえはなぁ、人間なんだよ!!!」と世界中の動物たちに言われて夢から覚める。「あぁ!ぼくって人間なんだ!!」と目覚める。そういうことじゃないのかな…?

     夢から目覚めた「主人公のぼく」は気がついた。
     「あぁ、ぼくって人間なんだ」
     「どんなにガンバッテも太陽にも魔法使いにもなれない」
     「りんごの木になったら世界中の人たちの幸せを祈ることはできるけど、りんごの木にはなれない」
     「だったら、一番大切なことって何だろう」
     「そうだ。あの人を思い出すだけで世界中のみんなが幸せになれる…あんな人になりたい」
     「その人がそばにいるだけで世界中のみんなが勇気がでてくる…そんな人になりたい」
     「なれるだろうか…?」
     「でも、透明人間には絶対になれないけど、「そんな人」にならなれるかもしれない!」
     「なぜならぼくは「人」だから。そう!人間だから!!!」

     12曲目に「もし、」がついていないのは、そういうことじゃないのかな…?

     今日、みんなと練習していて思いました。今日のみんなの歌声が無かったら気付きませんでした。先生に気付かせてくれたみなさんに感謝します。
     そして、みんなは、上に書いたことをどう思いますか?

  • パートについての考え方

    【令和6年5月18日(土)】
     今日も嬉しいことに3年生の新入団員を迎えることができました。入団するということが連絡で分かっていましたから、最初から定期演奏会のための練習に突入することができました。でも、その前に自己紹介コーナー。あと10回くらい自己紹介コーナーをやりたいね(笑)。みなさん、よろしくね。

     さて、定期演奏会のための練習と書きましたが、もちろん演奏会で歌う曲を進め、定着させるのと同時に、実は「あること」を考えていました。
     その「あること」とは新しいメンバーの声を最も生かすパートを決めると同時に、すでに決まっているメンバーのパートが本当にベストなポジションか確かめる…ということでした。
     新しいメンバーの声を最も生かすパートを決めることが大切であることは、全員の思いが一致するところでありましょう。
     問題は、すでに決まっているメンバーのパートが本当にベストなポジションか確かめる…ということです。
     「オレらは八百屋の店先に並んでいる野菜とはチガウぞ!そんなにコロコロとパートを入れ替えられたら困っちまうがゃ」と誰かに言われたら(そう言う子がいるという意味ではありませんよ)チャンと「こういうわけなのだ」と説明し、ナットクしてもらわなくてはならない。これはクラスでも合唱団でも同じです。

     どういうことかと言うとですね、話を分かりやすくするために合唱団「空」が15人しかいないものとして、各パートが
     ソプラノ   5人
     メゾソプラノ 5人
     アルト    5人
    だったとしましょう。この15人で本番を歌うと決定していれば話はそこで終わりです。
     でも、クラスでもありますが、新しい転校生がやってくることはよくあります。以前にも話しましたが、学芸会(今は学習発表会)の3日前に嶋田先生のクラスに転校生が来てくれて、普通は学芸会本番にはその子は客席から応援…ということになるのでしょうが、嶋田先生は急遽(きゅうきょ・とても急いで)その子のためのセリフを作り、その子も本番のステージに立たせました。もちろん物語の展開が変わらないような「付け足しのセリフ」ではありましたが、嶋田先生としてはクラスの子が一人だけ客席で応援などということはイヤでした。申し訳ないけど、嶋田先生はそういう種類の人間なのです。

     で、各パートが5人ずつ…という「空」に新メンバーが来てくれて、話を分かりやすくするために新メンバーが全員メゾソプラノの声だったとしましょう。すると
     ソプラノ   5人
     メゾソプラノ 10人
     アルト    5人
    こういうことになります。
     もう分かってもらえたと思いますが、5と10と5では合唱としてのバランスが悪いですよね。そうすると新メンバーだけを無理矢理ソプラノやアルトに回すという考え方も、もちろんあります。ですが、とりあえず新メンバーのベストポジションを調べた上で、他の子(すでに決まっているメンバー)のパートにも「もっと良いポジションがあるのではないか?」と考えるのが、より良いクラス、より良い合唱団を目指す大切なポイントでしょう。嶋田先生はそう考えます。申し訳ないけど、嶋田先生はそういう種類の人間なのです。

     そこで、「もし、アフリカ象の耳よりもっと大きな耳になれたら」と「風の子守歌」を使って、今日来てくれたメンバー全員の声を聞きました。
     この2曲をすでに何度も歌っているメンバーには「歌詞もメロディーも全部覚えて、池辺先生が来た時に暗譜(楽譜を見ないで歌うこと)ができるように自分を鍛えてください」とお願いしました。

     で、新しいメンバーの声を最も生かすパートが分かりました。と同時に、すでに決まっているメンバーのパートが本当にベストなポジションなのかも分かりました。少なくとも先週と今日とでは先生の中で変わりましたよ。「ああ、この子はソプラノをやっているけど、ひょっとしたらメゾソプラノの方がベストかもしれないな」ってね。
     だからと言って、即刻ただちにパートを変えるとは限らない。そもそも今日、全員の声を聞いたわけではありませんし(そろそろ中間テストだしなぁ)、一人一人が大切なメンバーなのですから誰かを変えるということはそのパートに大きな穴が空く。そうカンタンに決められるものではありませんよ。
     でも、「空」は基本的に
     全てのパートを全てのメンバーが知っている
    という状態で練習をしていますからね。それがいかに大きな力になるか、このパート編成の話からも分かります。

     「もし、アフリカ象の耳よりもっと大きな耳になれたら」は、今回歌う曲の中でも最もイメージが明確で分かりやすい曲ですね。
     今日は「話を分かりやすくするために」シリーズです。
     小林一茶(こばやし いっさ)という有名な俳句の名人がいます。
     名月を 取ってくれろと 泣く子かな
     という有名な俳句があります。この俳句の意味は
    「私が背中に背負っている(せおっている)子が、十五夜の月を指して「とってちょうだい」とねだり、泣いている。かわいくてかわいくて仕方がないよ」
    とでもなりましょうか。
     俳句の中には「かわいくてかわいくて仕方がないよ」とは書かれていません。でも、その子には中秋の名月がおいしいスイーツに見えたのかもしれないし、「食べたいよぅ」と言ったかどうかも分かりませんが、とにかく「かわいい子」だということは小学生にも分かると思います。
     日本の詩は、和歌や俳句を土壌(どじょう・基本)にしていますから、文章に書かれていない「裏(うら)」を感じ取ることが大切です。ここがゲーテ(ドイツ)やシェイクスピア(イギリス)との大きな違いです。
     もし、「アフリカ象の耳より…」の歌詞を「裏(うら)」を感じ取らないで読んだら、どうなるでしょう。

     はい。みなさん、頭の中に嶋田先生を思い浮かべましょう。その嶋田先生の耳が3メートルくらいの大きさの耳になった、その姿を想像してみてください。
     こりゃアホの極み。ばかばかしくって話にならない。分かりますか?この感覚。

     「アフリカ象の耳よりもっと大きな耳になりたい」という願いは、そういう大きな耳になりたいのではなく、世界中の人々の苦しみや悲しみを聞き取って分かってあげられるような耳がほしい…という願いなのです。
     みんなは、そう思いませんか?クラスの中にいじめられている子がいたら、あるいは生まれてすぐにお母さんを亡くしてしまった子がいたら、そんな友達の気持ちを本当に分かってあげることのできる、そんな自分になりたいと思いませんか?

     嶋田先生は「そうなりたい」と心から思います。思っているだけで本当に「そういう人」になれているかどうかは自信がありませんが、「そうなりたい」と思います。自分はそうなるべきだ…とも思います。
    そう思っていない人が「もし、アフリカ象の耳よりもっと大きな耳になれたら」を歌っているとしたら、そのコンサートは「3メートルの耳の嶋田先生」みたいな変なコンサートだ…とも思いますが、それは言い過ぎなのだろうか…。

  • 音楽の中に込められている物語

    【令和6年5月11日(土)】
     今日は嬉しいことに5年生の新入団員を迎えることができました。練習の最初から最後まで一緒に入って歌ってくれました。より多くの仲間と一緒に池辺先生の芸術を表現することができることを大変に嬉しく思います。よろしくね。

     さて、先週は「もし、りんごの木になれたら」の表現について少し深めました。音程を正しく、歌詞がよく伝わるように…と歌うだけなら(それは、とても大切で、またムズカシイことなのですが)それなりの練習方法があります。しかし、
     たえまなく実をつける りんごの木になりたい
    という歌詞を
     I pray All People in the Earth, be happy.
    (私は祈る。地球の全ての人々が 幸せになることを)
    とイメージして歌う時、音楽に「生命」が吹き込まれ、人間だけにしか(合唱団「空」だけにしか)できない「生きた音楽」が膨らむのだと、嶋田先生は思うのです。

     で、今日は「もし、天気を決める一番えらい係になれたら」を深めようと思っていました。
     この曲は1番が「晴れになれ」と歌い、2番が「雨になれ」と歌います。
     1番は、てるてる坊主が「あした天気にしておくれ」と言っているからなのですが、「なぜ天気にしてほしいのか」までは分かりません。
     でも2番は具体的です。野原の草木たちが「のどがかわいた 水をくれ」と言っているからで、具体的に「誰の」「どんな願い」なのかがハッキリしていますね。
     ですから、1番は「ふんわり」「やわらかく」で良いのですが、2番は「誰の」「どんな願い」なのかをハッキリと意識して歌いましょう。
     ですが、問題は3番です。
    「雪をしらない子がいたら」「白い雪をふらしてあげよう」と歌うのですが、これを

     If there is a child who doesn’t know snow
    (もし雪を知らない子がいたら)
     I will make white snow fall
    (私は白い雪を降らせるだろう)

    と歌うのではなく、嶋田先生だったら

    If there is a child who doesn’t know a mother’s love
    (もし、そこにお母さんの愛を知らない子がいたら)
    because his mother gave birth to him and died soon after
    (なぜならその子の母は、彼を産んでまもなく亡くなったから)
    I want to teach him true mother’s love
    (私はその子にお母さんの愛を伝えたい)

    と歌いたいと思うのです。べつにお母さんでなくても良くて、
    (平和を知らない荒れ果てた国の子どもたちが)
    (安らぎのある平和な生活ができますように…)
    でも良いし、
    「空をとんでる気球には」「やさしい風をおくってあげよう」

    (自分の目標が分からなくなってしまった子には)
    (ほら、こっちを目指してみたら?って励ましてあげたい)
    でも良いと思うのです。
     大切なことは、歌う「空」のメンバーの一人一人が「自分のイメージを持って」「自分のナットクした言葉に直して」歌えるかどうか…です。

     「もし、透明人間になれたら」は、この12曲の中で最もイメージが浮かびにくい曲ではないでしょうか。
     なぜなら「誰のために」「どんな願いを持って」「どうしたい」のか、ハッキリと示されていないからです。
    「昼と夜の間に 雨のインクで こっそり線をひこう」
    「風と手をむすんで どこか遠くへ こっそり旅に出よう」
    と、これが「透明人間になれたらどうする」という部分なのですが、村田さち子さんのロマンチシズムに溢れていますね。
     だから、この曲は本当に自由に想像を広げて良い。一人一人のハートが大切です。
     ヒントは1番が「たそがれ」で2番が「夜明け」だということでしょう。
     嶋田先生的には
    (透明人間になったら)(コッソリみんなの背中に回って)(がんばれ、負けるな…といつも応援しているよ)
    みたいなイメージになります。みなさんはいかがでしょうか。

     「もし、動物語がしゃべれるようになったら」は1番と2番がホトンド同じです。でも1番と2番では「主人公(つまり歌う人)の心の動き」がゼンゼン違います。
     まず、楽譜の後ろの12曲の歌詞を見てほしいのです。12曲の歌詞にラインを引くか、マーカーで引いてみてください。
     どこに引くかというと、「主人公(つまり歌う人)の心のセリフ」に…です。詩の中の主人公が思ったり言ったりしている部分に「 」をつけてみてごらんなさい。
     そうすると、1曲目「アフリカ象の耳より…」は歌詞の全てに「 」がつきます。
     と言うか、9曲目の「もし、天気を決める…」まで、歌詞の全てに「 」つきます。つまり1曲目から9曲目の歌詞の全てが「主人公が思ったり言ったりしている部分」であって「ここは街です」「空が晴れました」などという説明の部分はいっさいありません。
     わずかに10曲目「もし、透明人間になれたら」だけに
    「たそがれが静かに翼を広げはじめて」「夜明けがすっかり雨を拭い去って」
    というアナウンサーの状況説明があります。いやいや、この部分も「主人公が思ったり言ったりしている部分」のような気がしますねぇ。

     ところが一転して「もし、動物語がしゃべれるようになったら」は状況説明ですね。ニュースのアナウンサーが
    「臨時ニュースです。今日、名古屋の国際会議場で世界中の動物たちが集まって会議が開かれました。そこではシマウマ・キリン・サルの代表が次のように述べました。」
    と言って、テレビの画面にサルの代表が映って
    「われわれから森をうばった奴を探せ。そして裁判にかけろ」
    などと怒っている。そんなニュースの状況説明です。
     「主人公が思ったり言ったりしている部分」は1番も2番も最後の2行だけです!!

     1番は、その動物国際会議の中に主人公が入っていきます。ただし、主人公は1番の時点では、まだ自分が人間であることに気付いていません。自分を動物の中の1種類だと思っています。だから
    「森をうばったのは誰だ?」という声に対して、会議に出ている人間の代表を指さして
    「あいつ!あいつ!あいつが一番悪いやつだ!」
    と叫びます。以下
    「仲間うばったのは誰だ?」に対して「あいつ!あいつ!」
    「自由うばったのは誰だ?」に対して「あいつ!あいつ!」「それは人間だ!」
     と好き勝手に叫びます。
     ところがP48の3段目の3~4小節目で会場中の動物たちからニラまれて、自分も人間だって気付いたのでしょう。「もし、通訳になれたらゴメンナサイ」というセリフが初めて出てきます。

     2番。会議が進みます。次の議題は「強さ」についてです。
    「世界でいちばん強い動物は?」
    これに対して主人公は調子にのって
    「オレだ!オレだ!」
    と叫びます。そして
    「世界でいちばん賢い動物は?」
    にも調子にのって「オレだ!オレだ!」と叫びます。
    次の議題をよく聞いていなかった主人公は、またしても調子にのって「オレだ!オレだ!」と叫んだのですが、3番目の議題は「世界でいちばんワガママ動物は?」でした。
     主人公は青ざめます。
     世界中の動物たちから「それはニンゲン!」「それはおまえだ!」と指を指されて、主人公は泣きながら
    「もし、通訳になれたら、ナカヨクシヨウって言えるのに」

     おわかりでしょうか?これが音楽の中に込められている物語です。
     みなさんは、どんな声で歌いますか?

     それにしても「もし、動物語がしゃべれるようになったら」は12曲の中でも際だって異質です。10曲目まで「みんなのために」と歌っていた主人公がコテンパンにやっつけられるのですからね。
     そして主人公の中に変化が生まれます。
     「みんなのために」「どうするか」
    ではなく
     「自分自身が」「どうあるべきか」
    という変化であり成長です。
     そして、その成長が「あこがれ」へと連結していくのです。

  • 正しく間違える

    【令和6年5月4日(土)】
     5月に入りました。定期演奏会まで半年。長いようで短いし、短いようで長い。でも嶋田先生の感覚は「長いようで短い」です。がんばろうって思います。
     今日も内匠先生と恒川先生が東京で本番ということで、よっぽど先週の続きをやろうかなぁ…と思いましたが、2週間連続で「空にかいた12の童話」ずくしではアキルと思って、今日は2本の柱を考えて練習会場に行きました。

    【1本目の柱】
     それは組曲「夜明けのイソップ物語」の5曲目「夜明けのイソップ物語」を、とにかく通して歌う…ということです。
     この曲長い!!
     長いだけではなく、4つのパートの役割が入れかわり立ちかわり、このパートの役割分担を口で説明していたら30分くらいかかってしまう。
     口で説明するより実際に歌った方が早い。だから、どんなにマチガエても良いから、とにかく途中で止めないで「最後まで歌い通す」ことを目標にしたわけなんです。

     結論は大成功。それも、けっこうハモりましたよ。しかも全員が全部のパートを歌ってという、いつものやり方で…です。
     歌っていて分かったと思うのですが、たとえばパートⅠが歌うメロディーが、次の繰り返しの部分ではパートⅢが受け持ちます。さっきパートⅡが歌ったのと同じメロディーを今はパートⅣが歌う。
     「でんでんむしむし しょじょじの庭は おまえの頭は みな出てこいこいこい」を、ホンの少し複雑にした感じですね。
     嶋田先生は今日、みんなに口でメロディーを伝える時に、パートⅠを歌ったりパートⅣに飛び移ったり、次の瞬間にはパートⅢを歌ってからパートⅡに行ったりしました。
     でも、楽譜を見ながら聴いていたメンバーは、全員が「今、嶋田先生がどこを歌っているか」が分かったはずです。分かっただけではなく、実際に嶋田先生と同じように「あっちに行ったりこっちに行ったりして歌う」ことができるようになったと思います(実際にはやらなかったけどね)。

     これは、実は「合唱で一番大切な力」なんですよ。どこのパートでも歌えるってことですから。
     そしてね、どこのパートでも歌えるってことは、本番で何かの拍子で間違えた時に、
    「正しく間違える」
    ことができるってことなんです。
     間違えた時に、それが正しい間違え方であるならば、それは間違えたことにはなりません。言ってること分かるかな?

     とにかく、キチンと音程を確認しながら通して歌うことができたのは大成功でした。今日のメンバーのおかげで、次に「夜明けのイソップ物語」を歌う時には今日いなかったメンバーはもっと分かりやすく歌えるようになることでしょう。大感謝です。

    【2本目の柱】
     それは組曲「空にかいた12の童話」の「もし、りんごの木になれたら」の歌い方というか表現について突入する…ということでした。
     実は先日「空にかいた12の童話」から1曲歌うなら? というアンケートがあったのですが、「あこがれ」がトップだったのは嬉しいことでした。そして、1票も入らなかった曲が6曲あり(べつにあっても良いのですが)、その中の1曲が「もし、りんごの木になれたら」だったのです。
     この詩の意味をまず書いておきます。

     たえまなく、やさしさの実をつけるりんごの木になりたい。
     破壊された死の街で生き残っている子どもの心に思いやりの根を下ろす
     1本の大きなりんごの木に。

     たえまなく、悲しい人々の心に夢を与えることができる人になりたい。
     泣いている誰かの心に思いやりの根を下ろす
     1人の優しい人間になりたい。

     何億年、そして何億人の人々の心に
     「やさしさ」と「愛」を与える人間になりたい!
     地球の真ん中に立っていて、地球上の全ての人々の命を
     見とどけたい。

     I pray All People in the Earth, be happy.
    (私は祈る。地球の全ての人々が 幸せになることを)

     だから、この曲は最強のフォルティシモで歌います。この「もし、りんごの木になれたら」1曲だけで、ぶっ倒れるくらいの全身全霊のエネルギーを振り絞って。
     そんなふうに歌えたらカッコいいですよ。
     怒鳴って叫んで…じゃないですよ。芯のある響きのある声で振り絞る全力投球のハーモニーです。
     もちろん今日一日の練習あるいは1回の練習で、それができるようになるとは思いません。それに、こういうことは全員でやらなくちゃ。たぶん成功するのは10月に入ってから2回か3回成功すれば良い方です。そのうちの1回が本番に出せれば良いのです。
     ですが、今日の練習が、そのための第一歩になったことは間違いありません。
     その意味で、今日ガンバってくれたメンバーに大感謝です。
     ありがとうございました。