SORA NOTE

嶋田先生から空のみんなへ


「聴く力」を高める講座②

【令和2年4月7日(火)】
緊急事態宣言が愛知県には出されなかったものの、学校の休校措置は継続ということで心配な状況は変わりありません。そんな中で間の抜けたノートを書いているようですが、これは合唱団「空」メンバーのための合唱に限った話でありますので承知してください。「空」の活動も休止している中で、いかに有効かつ発見をもって聴くことができるか、その一助となることのみを願って書いております。
メンバーも学校から出された課題をこなす中で、たまにはCDを聴いてくれる時間もあることでしょう。その時に、何かしらの発見と共感を抱いてくれれば幸せに思っています。

「聴く力」を高める講座の2回目は合唱組曲「鮎の歌」の2曲目「わさび田」です。
「わさび田」のワサビ、言うまでもありませんが刺身に付ける黄緑色のワサビのことです。
ワサビは山間部の水が濁らない清らかな湧水地(ゆうすいち・水が湧く場所)で育ちます。適度な日光が必要で、夏の日光はワサビにとって強すぎ、逆に冬は日光をいっぱいに浴びなければ育ちません。だから夏は葉を茂らせて冬は葉を落とし、しかも根元には常に水が流れているのを好む落葉樹の下が最適の場所。その落葉樹こそ「ハンノキ」です。にごっている水では育ちません。かなり温度が低く、しかも常に流れている水を好みます。いつも水が流れているのがお米の田んぼと似ているので、ワサビを育てている場所を「わさび田」と呼ぶのです。
このような条件を満たす場所は多くはなく、名古屋の近くでは長野県の安曇野(あずみの)と静岡県の伊豆が代表的な産地です。伊豆は温かい土地なのですが、富士山の雪解け水が地下水となって冷たく湧き出ることと急斜面の森林が多いことが「わさび田」が多く作られる要因となりました。
前置きが長すぎますね。しかし「わさび田」は非常に視覚的(しかくてき・目に見えること)なイメージが強い音楽ですから、ここで一度この文章を読むのを中止してインターネットで「わさび田」と画像を検索して見ると良いと思います。思います…ではなくて「わさび田」の写真を見たことがある(できれば実際に行ったことがある)人と一度も見たことのない人とではイメージの持ち方が月とスッポンくらい違ってきますので、ぜひぜひ一度見てください。
1~6小節目のピアノは「湧き出る清らかな水」を表しています。湯山先生は「水」というテーマを音楽にする時、このような上昇と下降を繰り返す音型を使うことが多く、楽譜を見たら山のような形になります。「コタンの歌」の2曲目「マリモの歌」の前奏も、使われている和音は大きく異なりますが楽譜を目で見たらソックリな形です。
一転して7小節目からの動きのある上昇音型が「流れる水」を表していることは明らかです。
コーラスが「わさび田はハンの木の影…」と歌う時、「木」はファラレでハモり、「の」でミファラでぶつかり、「か」のレソシは湯山先生が大好きなハ長調ならドファラのハーモニー、そして「げ」はレファラで「木」の和音に戻ります。この一音一音のハーモニーの移り変わりをシッカリと聴き取ってください。「ちらら 日がこぼれていた」の15小節目はソプラノとメゾソプラノが♯ソと♯ファでぶつかっていますが、これは太陽の光が枝の間からチラチラとこぼれ落ちてくる「木漏れ日(こもれび)」を表すものでしょう。
直後の16小節目でピアノが「こぼれていた」のコーラスを受け継ぎ、同じように22小節目は「水の針」を受け継ぎます。このようなコーラスとピアノとの協奏は湯山先生の音楽の特徴の一つです。
「苗を別ける 手をさす(刺す)針は 水の針」は、少年がワサビの苗を田に植えようとした時、あまりの水の冷たさに驚く様子です。「手の甲に 虹 虹 虹がはしる」は、思わず水の中から手を抜いた少年の手の甲に残った水滴が放つ虹色の輝き。
嶋田先生は昭和63年(1988年)の夏休み、奥さんと伊豆のワサビ農園へ見学に行き、そこで実際に田の中に手を入れてみました。夏のことでしたがさすがに富士山の雪解け水、その冷たさに驚きました。残念ながら先生の手の甲に虹は走りませんでしたが、ハンノキの木漏れ日は確かに嶋田先生を包んでくれました。
(何で行った年までそんなに正確に覚えているのか?って質問されそうですが、昭和63年にNHKコンクールで愛知県代表となり、東海北陸大会で銀賞になった時の自由曲が「わさび田」だったのです)
詩は続きます。「少年は知った その厳しさ(冷たさや寂しさ)に耐えるからこそ 強い香り(強い生命)を育てることができるのだ」と。
そのP15のピアノの音型に注目してください。P35「鮎の歌」の冒頭のピアノの音型と同じです(もちろん和音は違いますが)。湯山先生は海とか大河などの大きな自然や、あるいは生命が成長していく流れを表現する時、この左手と右手が交互に奏する音型をしばしば使用されます。「白い十字の花よ」はエスプレス・モルト。たっぷりと表情豊かに…です。
最後の「湧き水は…」からはピアノに再び冒頭の「湧き出る清らかな水」を表す音型が出てきて静かに曲を結びます。

ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」作品67と交響曲第6番「田園」作品68が姉妹関係であるのと同様に、「雉」と「わさび田」は完全な姉妹関係です。「雉」は自然(雉)と人間との激しい闘争を描き、「わさび田」は自然(わさび)と人間(少年)との温かい融和を描きます。静と動、争いと平和、厳しさと温かさ、この対比が見事であり、「運命」と「田園」の対比と全く同じです。「雉」と「わさび田」はセットで聴くべき音楽と言えましょう。

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