SORA NOTE

嶋田先生から空のみんなへ


全員が「自分ならこう歌う」と思っているものが

【令和元年10月5日(土)】
10月に入りました。この後は12日、19日、26日、11月2日と進んで、11月3日(日)に湯山先生をお迎えしてのたった一度のリハーサルとなります。メンバーの奮闘努力に期待します。
というわけで、自由に使える練習時間は今日が最後かなぁと思って練習会場に向かいました。中学生・高校生は中間テストの前ですし、地域や学区の行事も盛んになる季節です。果たして欠席連絡のメールが6件入ってきました。
恒川先生からは先週の練習の課題として「あしたうまれる」「八月の手紙」「ゆりがさいてる」と「海と祭りと花の歌」は2・4・5曲目が不安なメンバーがいる…との連絡をもらっていました。
ですが、それは先週にガンバってくれたメンバーから出された課題であって、今週のメンバーの課題ではありません。今、目の前にいるメンバーに最も必要な支援は何か…。悩みましたね。
しかし考え方によっては、先週のメンバーが感じたことは多くのメンバーが感じることであり、ゆえに今週のメンバーも多くの部分で共有する課題であるはずです。それに浜田先生によると、前述の課題を出してくれたメンバーは今日も来ており、この課題を克服することはかなりの部分で有効であると考えました。
「あしたうまれる」はソプラノがメロディーではなくハーモニーに回る部分の音程が課題です。P22の23~24小節目と27~28小節目の「ルルルル」「ラルラル」の音程がキッチリ決まるとカッコイイので確認をしました。具体的には「柵乗り越えて」と歌った直後にメゾソプラノの♯ソ♯ラシの音程で「ルルル」と歌うと音程が取りやすいようです。「フクロウ夜回り」も直後にメゾソプラノのシドレを歌う。全く同じ音型がP25にも現れます。
ただし、この方法は本番で使うかどうかは分かりません。今は実際にメゾソプラノの音を歌うことで音程を(音の流れを)確認しておき、本番はメゾソプラノの音を全力で聴いて合わせる…という予定でいきたいと思います。
そして「声の表情」。歌い方が一本調子なことが問題でした。「枯れた花びら 匂い覚えろ 白いツメクサ まず手始めに」はお父さんの力強さで。「馬小屋を脱出して一人で生きていくんだ。そのためには、まず、どの草が食べられるのか覚えるんだ。覚えられなければ死ぬしかないのだぞ」と言うキビシイ教えです。一方「おまえの鬣(たてがみと) よじれる赤毛(が) 異国で(外国で)揺れたら 私が照らす」はお母さんの愛情で。「おまえは美しい。ステキだよ。自由に生きなさい。私は光になってあなたを見守るわ」と歌う愛の歌です。
この一連の流れが、同じ表情、同じ声色、同じ表現で歌われてしまうことが問題です。この流れを一本調子で歌って良しとするならば、その人は詩の世界を全くイメージしておらず、ヒラガナを音符に乗せて歌っているだけだと言い切ることができます。だから一生懸命に説明しました。イメージを豊かに膨らませ、おおいなる共感に裏付けられた「表現」を工夫していきましょう。
「ライオンとお茶を」はリズムワールドです。オモシロイ練習でした。楽譜を持たずに「リズムを感じて歌いましょう」と言って始めたところ、メゾソプラノが完全にソプラノに吸収され、2つのパート全員でソプラノを歌ってしまうという怪奇現象が発生。ちょっと笑えました。
この現象、普通の合唱団の普通の指揮者なら怒るかもしれない。怒ると言うかキビシク注意するところでしょう。ところが嶋田先生は笑えた。なぜかと言うと、この現象はメゾソプラノのメンバーが完全にソプラノの音を理解しているからこそ起きる現象だからです。知らず知らず隣のレールに入っていっただけのことで、「ソプラノを完全に知っているメゾソプラノメンバー」であることが証明されてむしろ嬉しかった。嶋田先生が最も大切にしている「合唱力」だからです。
しかし、本番でこの怪奇現象を発生させたらば笑ってばかりはいられません(笑)。ほんのちょっと注意を払えばクリアできるはずです。
「ゆりがさいてる」はメロディーラインを明るく強く歌うことに尽きます。メロディーラインを受け持つのはソプラノとメゾソプラノ上のメンバーですから、その子たちの健闘にかかっている。具体的には「白く咲いてる」「浴衣 湯上り」の最後の音(低いレ)までシッカリと歌い切るということです。同じように最後の「揺れる」「わたし」も最後までシッカリと歌い切ることです。
この部分は低声部(メゾソプラノ下とアルト)がメロディーよりも高い音になります。だからシッカリと声を響かせないと、メロディーラインが消えてしまうのです。そうかと言って低声部に「弱く歌ってください」とは言えない部分なので、ここはソプラノとメゾソプラノ上の健闘にかかっている…という訳です。
「海をみていると」は1番・2番・3番を思いっきり明るく元気よく豊かに歌いましょう。生きているお父さんの身体と私の身体とが触れ合う(読めば分かりますがお父さんの身体にタッチしている私が描かれています)喜びです。
4番をどう歌うか。これは湯山先生の指揮に委ねましょう。メンバーは「お父さんが死んでいる」ことを理解しておいてください。ただ、「死んでいるお父さん」では言葉が強すぎてイメージが歪んでしまいます。嶋田先生のイメージは
1~3番「生きて触れ合うことのできたお父さん」
4番「私の心の中に生きているお父さん」
です。その4番の表現がどうなるか、テンポや強弱、声の出し方など「自分ならこう歌う」という表現を考えておいてください。全員が「自分ならこう歌う」と思っているものが作曲者自身の指揮で「ひとつの表現にまとまっていく」という、素晴らしく輝きのある時間になるはずです。考えただけでワクワクしてきます。
時間がありません。残った時間は「まためぐる春に」の確認でした。もう一度、原点に立ち返って、A B C B2 C2 D E D2 F A2 終結部 という構成を一つ一つ確認していきました。時間はかかりましたが成果も大きかったと思います。

約半数のメンバーでしたから、バッチリとハモるとか強弱を生かすとか声色を揃えるとか、そういった表現整理ではなく、一人一人の不安な部分をクリアしていく時間となりました。参加メンバーが整理できたことが全員で集まった時に生きた成果となってくれることを願っています。

冒頭に書いたように嶋田先生がアプローチできる練習は残り4回。その後は11月3日(日)に湯山先生をお迎えし、翌週が本番です。
11月3日は「部活の練習で」「地域の集まりで」という欠席はご容赦ください。「部活の本番の試合で」と言うのなら嶋田先生も何も言いません。1年間でほんの数回、全員の力を結集する時間というものが「空」の活動にはあり、11月3日と9日、そして本番10日はその必要がある時間です。
全ての関係者の鋭意奮闘をお願いいたします。

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