SORA NOTE

嶋田先生から空のみんなへ


リチャード・ロジャース

【3月3日(土)】
3月に入りました。中学3年生・高校3年生にとっては正念場の時です。何の力にもなれませんが、祈ることはできる嶋田先生です。試験当日に培った力を全て出し切ることができますように…と心から祈っています。

さて、今日は集まったメンバーを見て、「サウンド・オヴ・ミュージック」の1曲「さようなら、ごきげんよう」から始めることとしました。なぜそうしたか…と問われれば「直感です」としか答えられないのですが、先生の直感は「楽しさから練習をスタートするべき」と教えてくれました。
楽しかったかどうかはメンバーに聞いてみなければ分かりませんが、音程感覚・和音感覚を磨くためには、結果的に非常に有効な時間となりました。
「さようなら、ごきげんよう」の冒頭をドレミで読むと「ミファソーラシラソファミレードレミーファソラーソファミーレーミー」となります。あらためて、リチャード・ロジャースってすごい作曲家だったのだなぁ…と思います。この音階、ただの1度も2音を跳ぶことなく、完璧に隣の音へ隣の音へと移行していきます。その次はどうなるかと言うと「ドーレーミファソファミレドーシドレーミファミレドシーレードー」となる。最後の部分の「シーレードー」だけ「シ」から「レ」に2音跳んでいますが、あとは全て隣の音への移行です。
これはすごい。「次の音は必ず隣の音に移行すること」という条件で作曲するとして、これほど魅力的なメロディーを生み出すことができるでしょうか。
条件を満たすだけならカンタンです。嶋田先生にもスグ作曲できます。いきますよ。「ソラシラソファミレドレミファソー」「ソラソファミレドレドレミレドー」いかがですか?
こんな曲、誰も歌ってくれませんよ。やっていることはロジャースも嶋田先生も同じようなことなのですが、着想が天と地ほども違います。ロジャースがミュージカルの天才であり、湯山先生が「サウンド・オヴ・ミュージック」を古今東西のミュージカルのNo1だと仰るのもウナズけます。
どういうことかと言うとですね、「さようなら・ごきげんよう」を歌うことは、合唱の基本中の基本となる「ドレミファソラシド」の音階の練習に直結する…ということなんです。ソプラノの「クックー」という部分は(嶋田先生がいつも言っている)「ド」の音を聞いて「ファ」や「ラ」の音を取るという基本が押さえられていて、基本練習のオンパレードみたいな曲です。
「春の小川」や「富士山」の練習で、ドレミファを正確に歌うことがカンタンではないことは「空」のメンバーは分かっているはずです。自分では正確にドレミファを歌っているつもりでも、キッチリ音を決めることはムズカシイことなのです。その力を養うための一つのステップになったことは間違いありません。
報告しておきたいことは、約1時間の練習で「さようなら・ごきげんよう」を全部の音を取って最初から最後まで歌い切ってしまった…ということです。最後の「グッバイ」が4回繰り返される部分はハーモニーがドンドン変化していって一筋縄ではいかないのですが、短い時間で歌い切ってキレイなハーモニーを作ることができました。全員が初見の曲を使ってメロディーを歌って楽しく…という嶋田先生の当初の直感(目論見)からは大きく上方修正された成果をあげることができたと思います。
「さようなら・ごきげんよう」は「エーデルワイス」から続いて歌われる曲で、曲と曲とが切れないようにピアノ伴奏に工夫がされています。楽譜を見て「エーデルワイス」と「さようなら・ごきげんよう」がつながっていることを確認してください。そのつながりを味わうために2つの曲を通して歌い、「エーデルワイス」から始まる「愛唱曲集」の練習に突入していきました。「歌の広場」から始まる「新・愛唱曲集」と合わせると全部で10曲ありますが、先生は表現についてはあまり口を出さず、メンバーが歌いたいように歌う様子を聴いていました。
これができるのは、メンバーの中に「こんなふうに歌いたい」という「思い」があると感じられるからです。メンバーがどう歌えば良いのか分かっているのに「ああ歌え」「こう歌え」と指令を出すことは得策ではありません。
みんな、ドンドン「自分の思い」を膨らませてください。「自分ならこう歌う」という「思い」を持っている子は強い。ケンカや肉体の強さではありませんよ。心の強さです。音楽というものは(人生というものは)最終的には自分の表現(生き方)を自分で決めることが必要です。それができる人は強い人です。

今日もみんなから力をもらいました。生きるパワーをもらっているのは嶋田先生の方です。楽しい時間をありがとう。来週もよろしくお願いいたします。

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